日本消化器外科学会雑誌
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編集後記
編集後記
本山 悟
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2021 年 54 巻 5 号 p. en5-

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元来,皐月のこの時期,私たちは日々の忙しさに追われながらも,ひとときの新緑と薫風を堪能できる最も心地よい季節である.しかし今年も昨年に続き,それさえ感じられない日が長らく続き,社会全体に暗雲が垂れ込めている.要は,そこにある鮮やかな新緑,いつもどおりに吹きわたっている薫風を享受する心,つまり「レセプター」が機能しない状況なのだと思う.国民皆が不安に包まれ,先が見通せない社会情勢の中,それに加えて病を患い,自身や家族の人生の先行きの不安に苛まれている患者さんたちに接するにつけ,この状況,そろそろ退散してもらわねばならないと強く思う.

本誌第54巻第5号は1編の原著論文と7編の症例報告で構成されている.いずれも読みごたえのある論文ながら,私は,本号の「一押し論文」として,「食道癌根治切除により成人Still病様症状が消失した1例」を選んだ.「腫瘍随伴症候群」,なんとも厄介な,そしてもどかしい病態である.だからこそ外科医にとってはまさに腕の見せ所となる.“がんの外科的な根治を行えば本当に随伴症状も完全に消失するのか?”患者に対してその可能性は伝えられても,確信をもって間違いなくがんを治せばこの病態も治るとも言えない.そもそも外科医本人こそがもっともこのことに自問自答しながら患者の治療にあたることになる.さらに得てしてこのような場合,患者の病態も複雑で,治療戦略も十人十色となる.本症例では成人Still病様の症状と所見を認め,著者らはこれを「腫瘍随伴症候群」と診断した.そのうえで,進行食道癌に対して,それも39度の高熱が続く中,標準治療である術前化学療法を行わずに食道切除に踏み切った.術後経過は良好で,術前続いた高熱も収まり,成人Still病様の症状は徐々に軽快した.食道癌も再発なく2年が経過している.不安を抱えながらも十分な科学的診断のもと,果敢に手術を断行した著者らのsurgical judgmentに心から敬意を表する.

2年前の本誌編集後記でも使った言葉であるが,問題のある症例の積み重ねこそが若き外科医の血となり肉となる.さらに悩み抜いて治療したその症例の報告論文は,次に続く外科医に授けられ,委ねられる.本誌の使命はまさにこの循環にある.科学に基づいた政策と医療により解決されたこのたびのコロナ禍の消化器外科医療が次の時代につながると,夏には言えることを信じて,晴天を仰げる日を待ちたい.

 

(本山 悟)

2021年5月1日

 

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