2021 年 54 巻 7 号 p. 497-503
症例は66歳の男性で,胆道癌に対して肝膵同時切除(肝拡大左葉切除・膵頭十二指腸切除術)を施行された.術後5か月より膵空腸吻合部に仮性囊胞を形成し徐々に増大し,術後7か月で膵液排出障害による急性膵炎を発症した.本症例に対し開腹下に挙上空腸盲端より腹腔鏡用トロッカーシステムを挿入し経空腸的超音波内視鏡下ドレナージ術を施行し良好な内瘻化を得た.本法は腹腔鏡用トロッカーシステムの気密性を応用した簡便かつ安全な方法と考えられ,ここに報告する.
The patient was a 66-year-old male who had undergone hepatopancreatoduodenectomy as treatment for bile duct cancer. Abdominal CT performed 5 months after primary surgery revealed a pancreatic pseudocyst (PPC) in the pancreaticojejunostomy. Two months after detection of the PPC, the patient developed abdominal pain and visited the emergency department. After a close examination, the cause of his abdominal pain was diagnosed as acute pancreatitis due to expansion of the PPC. Transjejunal endoscopic ultrasound-guided drainage was performed under laparotomy using a laparoscopic trocar inserted into the blind end of the jejunal limb, and this resulted in successful endoprosthesis of the PPC content.
膵仮性囊胞の治療は従来外科的介入による直達式ドレナージが施行されていたが,内視鏡手技やデバイスの進歩により,近年は侵襲性の観点から内視鏡的ドレナージが選択される機会が増加している1).しかし,肝胆膵手術後の消化管再建症例においては経口的なアプローチが困難で治療に難渋する症例も少なくない.
今回,我々は肝膵同時切除術(肝拡大左葉切除・膵頭十二指腸切除術)後に発症した膵空腸吻合部仮性囊胞による急性膵炎症例に対し,挙上空腸盲端に留置した腹腔鏡トロッカーシステムより経口用内視鏡デバイスを挿入し,経空腸的超音波内視鏡下ドレナージ術を施行し良好な経過を得た症例を経験したためここに報告する.
患者:66歳,男性
主訴:心窩部痛
既往歴:胆管癌に対して肝膵同時切除術(肝拡大左葉切除・膵頭十二指腸切除術)後.他,高血圧,尿管結石術後,下肢慢性色素性紫斑(Schamberg病).
家族歴:特記すべきことなし.
現病歴:65歳時に胆管癌に対して当科で肝膵同時切除術(肝拡大左葉切除・膵頭十二指腸切除術)を施行した.膵空腸吻合は膵管膵実質-空腸全層結節縫合の後,膵実質貫通-空腸漿膜筋層密着縫合(3針で膵実質貫通後の被膜状での結紮を省略し,Blumgart変法とした)により吻合部を被覆した.縫合糸はいずれもモノフィラメント吸収糸を用いた.術後3日目に胆管空腸吻合部胆汁漏を呈し,同6日目に再開腹手術を施行,初回手術より54日目に退院した.膵液瘻の発症は認めなかった.術後の病理組織学的検査の結果,胆道癌取扱い規約(第6版)に基づきpT3aN1M0,pStage IIBと診断,術後4か月よりS-1による補助化学療法を施行されていた.術後5か月で施行した胸腹部造影CTで残膵主膵管の拡張(最大径5 mm)と主膵管と連続する直径20 mm大の囊胞の形成を認めていた(Fig. 1A, B,矢印).術後7か月後に心窩部痛を自覚し当科外来を受診した.
CT findings before drainage. Contrast-enhanced CT at 5 months after the primary operation showed a pancreatic pseudocyst with a diameter of 20 mm communicating with the main pancreatic duct (A and B, arrows). This pseudocyst had grown to a size of 35 mm at 7 months after the operation, accompanied with intestinal edema and peripancreatic fluid collection (C and D, arrowheads).
現症:身長158 cm,体重50 kg.上腹部に前回手術時の逆L字切開痕を認め,心窩部に疼痛と軽度の圧痛を認めた.
検査所見:CRP 1.20 mg/l,プロカルシトニン1.93 ng/mlと感染・炎症の存在を示唆する所見を認め,血清アミラーゼは485 IU/l(膵型アミラーゼ459 IU/l)と上昇していた.腫瘍マーカーはCEA 2.5 ng/dl,CA19-9 8.3 IU/mlと基準値内だった.
腹部造影CT所見:膵管空腸吻合部の囊胞は35 mm大に増大していた(Fig. 1C, D,矢頭).残膵実質は腫大し周囲脂肪織濃度の上昇を伴い残膵炎と考えられた.挙上空腸腸管壁の浮腫上肥厚,腸間膜脂肪織濃度の上昇を認め,炎症の波及が疑われた.
以上より,膵空腸吻合部に発生した仮性囊胞の増大により膵液排出障害を来し,残膵炎がじゃっ起されたと考えられた.抗生剤および膵酵素阻害剤による加療を開始したが改善に乏しく,入院2日目に全身麻酔下に経空腸的超音波内視鏡下膵仮性囊胞ドレナージ術を施行した.
手術所見:全身麻酔下・仰臥位で右肋弓下切開にて開腹した.挙上空腸断端に小切開を置き,3-0 Prolene糸にて巾着縫合を置いたうえで腹腔鏡用トロッカーシステム(エンドパス®XCELブラントチップトロッカー,15 mm)を挿入し内視鏡観察に備えた(Fig. 2, 3).スリーブより超音波内視鏡を挿入し観察すると腸管壁に接する直径15 mm大のエコーフリースペースを認め既知の仮性囊胞腔と考えられた(Fig. 4A).同部空腸壁をデュアルナイフで切開すると暗赤色の液体漏出が認められた(Fig. 4B).造影カテーテルを挿入し造影すると,挙上空腸とは別の貯留腔が描出された(Fig. 4C).処置終了後,トロッカーシステム挿入部の挙上空腸はEchelon 60(whiteカートリッジ)で切離した.
Intraoperative findings. The laparoscopic trocar system was inserted in the blind end of the jejunal limb (A and B).
Scheme of intraoperative findings. The pancreatic pseudocyst (arrow) and laparoscopic trocar system (arrowhead) is shown.
Endoscopic ultrasound (EUS) and fluoroscopic images. A: EUS image showing a pancreatic pseudocyst. B: Endoscopic view of the opening into the pseudocyst cavity. C: Fluoroscopic image of the contrast-filled pseudocyst (arrow).
術後経過:術中膵空腸吻合部近傍に留置した腸瘻排液のアミラーゼ値は術翌日に21,630 IU/l(膵型アミラーゼ21,630 IU/l)と上昇していた.同時に提出した腸瘻ならびに腹腔ドレーン排液の監視培養は陰性だった.特記すべき合併症を認めず術後10日目に退院となった.術後2年以上経過した現在も膵仮性囊胞の再発なく経過は良好である(Fig. 5).
CT findings after drainage. Contrast-enhanced CT after drainage showed that the pancreatic pseudocyst had disappeared (A and B).
膵仮性囊胞は一般に急性・慢性膵炎や外傷を誘因とし主膵管またはその分枝に狭窄や破綻が起こることにより形成される膵液の局所的な液体貯留2)3)であると考えられているが,自験例は先行する膵炎既往がなく膵切除後約5か月の経過で仮性囊胞腔が顕在化しており,遅発性膵液瘻4)5)と捉えても矛盾しない症例であると考えられる.ただし,自験例の画像検査所見は膵炎後の後期合併症として改訂アトランタ分類6)7)で定義された膵仮性囊胞に酷似しており,これに準じて治療方針を検討した.
従来膵仮性囊胞のドレナージ適応は,①有症状で囊胞径60 cm以上かつ6週間以上の保存的治療が無効な症例,②囊胞内出血あるいは感染を伴う症例,③急速に囊胞径が増大する症例とされてきたが,前述の改訂アトランタ分類6)7)で膵炎後の早期・後期合併症の病態整理がなされ,被包化壊死(walled-off necrosis;以下,WONと略記)という疾患概念が導入されて以降,ドレナージの適応となるのは感染を伴う膵仮性囊胞ないしはWONのうち保存的治療に抵抗性を示すものに限定されている8).ただし非感染例でも出血などの偶発症・合併症発症例,ないしは強い腹痛などの有症状例は相対的適応として治療を考慮する必要があるとされている.自験例は保存的加療期間こそ短いものの感染・膵炎ともに病態の増悪を認めたため,ドレナージ適応と判断した.
膵仮性囊胞の治療は従来経皮的ドレナージや消化管吻合による外科的内瘻化などが行われてきたが,前者の成功率はおよそ50%で開腹手術への移行や難治性瘻孔形成に至る例が多いとの報告がある9).さらに,外科的内瘻化後の重症合併症発生率や死亡率が経皮的穿刺に比較して有意に高い(それぞれ16.7% vs. 7.7%および7.1% vs. 0%)ことも報告されており10),より安全性・確実性に優れた治療方法の確立が模索されてきた.1992年にGrimmら11)が超音波内視鏡ガイド下経消化管ドレナージを報告して以降,同法が囊胞と穿刺ラインの位置関係をリアルタイムで把握できるという利点を有することから広く普及し,最近の検討では処置関連偶発症は0~15%と施設間格差を認めるものの,囊胞消失率は82~88%と良好な成績が報告されている12)~14).他方,本手技を行ううえでは病変が内視鏡が挿入されている消化管と接していることが必須である15).自験例においては病変が挙上空腸壁に接していたものの,超音波内視鏡下での安全な穿刺経路とチューブステント留置スペースが確保できなかったため,囊胞腔に沿って腸間壁を直接切開することによる内瘻化を行った.
自験例は胆管癌に対する肝膵同時切除術(肝拡大左葉切除術・膵頭十二指腸切除術)後であり,囊胞はChild変法による消化管再建後の膵空腸吻合部に形成されていた.急性膵炎を併発していたものの囊胞径は2 cmと比較的小さく,かつ胃壁とは接していなかったため,通常の超音波内視鏡下ドレナージは偶発症発生リスクが高いと推測された.また,急性膵炎存在下であることを踏まえると,ダブルバルーン内視鏡の適応も避ける必要があると考えられた16).このため直達経路として挙上空腸盲端からの超音波内視鏡挿入を選択した.本手技で用いた腹腔鏡用トロッカーシステムはその気密性からCO2送気下での十分なワーキングスペースを確保しえた.加えて15 mmのスリーブサイズは通常の経口超音波内視鏡を抵抗なく挿入可能であり,使い慣れたデバイスを使用できる点で実際に手技を行う消化器内科医のストレス軽減にも寄与したと考えられた.
自験例のように,挙上空腸盲端より腹腔鏡用トロッカーシステムを挿入し経空腸的に内視鏡下膵仮性囊胞ドレナージ術を施行した報告は,医学中央雑誌にて1980年から2019年で「膵仮性囊胞」,「内視鏡」,「空腸」をキーワードとして検索した結果認められなかった.また,PubMedを用いて同様の期間で「sonography」,「pancreatic pseudocyst」,「jejunum」をキーワードとして検索したが同様の結果であった.他方,挙上空腸盲端から経皮的腸瘻造設術を施行した後に瘻孔拡張を経て超音波内視鏡を挿入した報告が1例認められた1).いずれの手法も,消化管手術による腸管再建後など経口的に病変まで到達することが困難な場合や,経腹的ドレナージ経路を確保しがたい膵仮性囊胞症例において有効なドレナージ手段と考えられた.両手法を比較すると,造設瘻孔を用いたアプローチは開腹操作を要しない点で侵襲性に勝る可能性があるが,瘻孔拡張までに相応の期間を要するため緊急性のある症例に関しては適応しがたいと考えられた.自験例は保存的加療抵抗性の残膵炎を呈し緊急の対応を要すると考えられたため,仮性囊胞ドレナージ手段の一つとして挙上空腸壁の外科的切開などとともに腹腔鏡用トロッカーシステムを用いた内視鏡的ドレナージを提示し十分なインフォームドコンセントを行った.並行して今後同様の症例に対して適切に対応することを念頭に「腹腔鏡用トロッカーシステムを用いた経空腸的内視鏡下治療」として本学倫理委員会の承認を得た(承認番号B0557).自験例に則った腹腔鏡用トロッカーシステムの利用は適応外使用に該当する可能性があるため,適用に際しては同様の対応が望まれる.
膵仮性囊胞に対して開腹下に挙上空腸盲端から腹腔鏡用トロッカーシステムを用いて超音波内視鏡を挿入しドレナージ術を施行した症例を経験した.本法は通常の超音波内視鏡下ドレナージ術の適応とならない症例に対する有効な治療選択肢である.
利益相反:なし