日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
腹腔鏡下手術で治療した横隔膜傍裂孔へルニアの1例
材木 良輔谷口 礼橋本 聖史武居 亮平青木 斐子寺川 裕史東 勇気寺田 逸郎月岡 雄治桐山 正人
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2022 年 55 巻 1 号 p. 18-24

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Abstract

症例は32歳の女性で,腹痛,嘔吐を主訴に当院を受診した.外傷歴はなく,6か月前に横隔膜ヘルニアと診断されたが無症状のため経過観察となっていた.4か月前より食後の腹部不快感を自覚するようになり,5 kgの体重減少も認めた.胸腹部CTでは,食道裂孔左側で胃が胸腔内に脱出しており,腹部食道と脱出胃の間に左横隔膜脚を認めたため,横隔膜傍裂孔ヘルニアと診断した.治療は腹腔鏡下にヘルニア内容を還納し,ヘルニア門の直接縫合を行った.横隔膜傍裂孔ヘルニアは食道裂孔近傍の横隔膜にヘルニア門を形成し,ヘルニア門と食道裂孔の間に横隔膜組織が介在しており,傍食道型の食道裂孔へルニアとは異なる疾患である.一般に診断は難しいとされるが,CTによる詳細な観察で診断は可能である,治療には外科的処置が必要であるが,腹腔鏡手術は低侵襲で術視野もよく有用な治療法と考えられたので,報告する.

Translated Abstract

A 32-year-old woman visited our hospital with complaints of abdominal pain and vomiting. Six months earlier, she had been diagnosed with diaphragmatic hernia, but this was left untreated due to being asymptomatic. Two months after this diagnosis, she became aware of abdominal discomfort after a meal, and subsequently she had weight loss of 5 kg. A CT scan revealed that the stomach prolapsed into the thoracic cavity from the left outside of the esophageal hiatus, and diaphragmatic tissue was found between the hernia orifice and esophagus. From these findings, parahiatal hernia was diagnosed. We returned the contents of the hernia under laparoscopy and then closed the hernia orifice with sutures. Parahiatal hernia differs from paraesophageal hiatal hernia, in that there is diaphragmatic tissue between the esophageal hiatus and hernia orifice. Diagnosis is generally difficult, but can be made by detailed observation with CT. Laparoscopic surgery, which is minimally invasive and has a good field of view, is useful for curative treatment of this condition.

はじめに

横隔膜傍裂孔ヘルニアは,横隔膜ヘルニアの一つで,食道裂孔近傍にヘルニア門を形成し,ヘルニア門と食道裂孔の間に横隔膜組織が介在する疾患である1).傍食道型食道裂孔へルニアとは異なる疾患で,極めてまれである.今回,腹腔鏡手術を施行した横隔膜傍裂孔ヘルニアの1例を経験したので報告する.

症例

症例:32歳,女性

主訴:嘔吐

既往歴:甲状腺機能低下症,手術・外傷の既往なし.

現病歴:2018年7月,健診の胸部単純X線写真で異常を指摘され,他院で横隔膜ヘルニアを指摘された.同年9月より食後の腹部不快感を自覚するようになり,5 kgの体重減少を認めた.2019年1月,夕食にファストフードを摂取した後に腹痛,嘔吐を発症し当院を受診した.2017年まで,健診の胸部X線写真では異常を指摘されていなかった.

入院時現症:腹部は平坦・軟 圧痛なし.

血液検査所見:一般血液検査・生化学検査に異常は認めなかった.

胸部X線検査所見:左横隔膜の頭側に心陰影・肺に重なる気泡を認めた(Fig. 1).

Fig. 1 

Chest X-ray showing gastric gas in the left thoracic cavity.

胸腹部CT所見:食道裂孔左側に4.5 cm大のヘルニア門を認め,胃体部から胃前庭部が左胸腔内へ脱出していた.ヘルニア門で流出路狭窄を来しており,胃には内容液が貯留し拡張していた.ヘルニア門と食道裂孔の間には横隔膜組織の介在を認めた(Fig. 2a, b).

Fig. 2 

CT findings. a: The body of the stomach had escaped to the left thoracic cavity. b: Diaphragmatic tissue (↓) was found between the hernia phylum and esophagus (*).

透視下に胃管を挿入し,胃内容を1,000 ml排液した.血性排液はなく,胃管による減圧をはかったところ症状は軽快した.循環障害や胃穿孔は生じていないものと考え,精査をすすめた.

上部消化管内視鏡検査所見:透視下で内視鏡検査を施行したが,捻転のため幽門前庭部から肛門側へはスコープ通過が不可能で,内視鏡的整復は困難であった.観察できる範囲の胃内に粘膜病変は認めず,逆流性食道炎も認めなかった.

上部消化管造影検査所見:胃体部から前庭部は胸腔内に存在し,上下逆位の所見を示した.通過障害は改善しており,造影剤は十二指腸へ流出した(Fig. 3).

Fig. 3 

Upper gastrointestinal series showing the upside down stomach and the escaped body of the stomach in the left thoracic cavity.

以上から,横隔膜傍裂孔へルニアと診断した.胃は胸腔内に脱出したままだが,通過障害は改善しており,患者希望にて1か月後の手術を予定した.その間,再閉塞や絞扼のリスクを説明し食事指導を行ったうえで,外来で経過をみた.

手術所見:腹腔鏡下手術を行った.臍に12 mmカメラポートを挿入し,左右季肋部に5 mmポート,臍右上に12 mmポート,左臍上に5 mmポートを留置し,心窩部から肝臓鉤を挿入した(Fig. 4).左胸腔内に胃穹窿部および胃体部が入り込んでおり,鉗子で牽引することで整復可能だが,牽引をやめると胃は胸腔内へと脱出してゆく状態であった.ヘルニア門は約4 cmでヘルニア囊を有していた.ヘルニア門の位置で腹膜を切開し,ヘルニア門より胃と腹部食道を剥離しヘルニア門となる横隔膜を露出させたところ,腹部食道とヘルニア門との間に左横隔膜脚が介在することが確認できた(Fig. 5a, b).ヘルニア囊は切除せず,ヘルニア門を2-0 PROLONE®で縫合閉鎖した.ヘルニア門の横隔膜組織の強度が保たれており,縫合後の過緊張もなかったため,メッシュは使用しなかった.手術時間は2時間45分で,出血は少量であった.

Fig. 4 

Port placement in surgery. L: liver retractor.

Fig. 5 

Intraoperative findings. a: The left diaphragmatic crus (↓) between the hernia orifice and abdominal esophagus (*). b: The hernia orifice was closed by suturing with non-absorbable thread.

術後経過:術後5日目に退院し,術後1か月目の上部消化管造影検査では胃は正常な位置にあり,上部消化管内視鏡検査で,逆流性食道炎は認めていない(Fig. 6).術後1年が経過した現在,再発や逆流症状は認めていない.

Fig. 6 

An upper gastrointestinal series 1 month after the operation showed that the stomach was in a normal position.

考察

横隔膜傍裂孔ヘルニアは横隔膜ヘルニアの一つで,ヘルニア門は食道裂孔に隣接する,横隔膜脚を介して外側に位置する横隔膜ヘルニアである1).発生機序は胎芽期の胸腹膜管の閉鎖不全が原因とされ2),本疾患は,ヘルニア門と食道裂孔の間に横隔膜組織が介在するという点で傍食道型食道裂孔へルニアとは明らかに異なるものである3)

医学中央雑誌でキーワードを「傍裂孔ヘルニア」として1964年から2020年までを検索したところ,食道手術後症例を除く原発例を,自験例を含め12例認めた(Table 14)~14).本邦報告例は全例女性で,自験例を除き60歳以上であった.本症例は若年発症例で,前年まで胸部X線検査で異常を認めていなかった.外傷,妊娠,手術歴はなく,BMI 26と肥満による腹腔内圧上昇が関与した可能性はある.裂孔左側が多く,ヘルニア門は平均4.5 cm,記載のある全例で胃が脱出臓器に含まれていた.裂孔左側近傍では横隔膜から連続する腹膜が胃穹窿部に付着しており,この位置にヘルニア門があると胃が脱出臓器になりやすいものと考えられる.主訴は心窩部痛,体重減少,嘔吐などで,胃の脱出に伴う症状が多かった.一般に横隔膜傍裂孔ヘルニアの診断は困難で14),有症状化する以前からなんらかの横隔膜ヘルニアの存在を指摘されていた症例は7例であった.手術が施行された11例中,術前に確定診断がついていた症例は7例で,うち6例がCTで食道裂孔とヘルニア門との間に横隔膜組織が存在することを根拠に診断されていた.CTでは水平断に加え,矢状断,冠状断でヘルニア門周囲の構造を詳細に観察することが重要と思われる.

Table 1  Twelve cases of parahiatal hernia (including our case) reported in Japan
No. Author Year Age/Sex Pointed out before coming to the hospital Chief complaints Size of the hernia orifice Contents Preoperative diagnosis Surgical approach Way of repair
1 Aragaki4) 2006 70/F none Dysphagia, Vomiting unknown Stomach Paraesophageal hiatal hernia Laparotomy Mesh+Toupet fundoprication
2 Hasegawa5) 2009 86/F Diaphragmatic hernia Left chest back pain 6×5 cm Stomach, Omentum, Transverse colon Parahiatal hernia open Suture
3 Kawahara6) 2010 84/F none Abdominal pain, Vomiting unknown Stomach Parahiatal hernia no operation
4 Doi7) 2011 68/F none Vomiting unknown Stomach Parahiatal hernia Laparotomy Suture+Mesh
5 Omori8) 2011 67/F none Chest back pain 3 cm Stomach Parahiatal hernia Laparotomy Suture
6 Ishino9) 2012 79/F Esophageal hiatal hernia Heartburn, Anorexia, Weight loss unknown unknown Esophageal hiatal hernia (mixed type) Laparotomy Suture+Nissen fundoprication
7 Kakizoe10) 2012 77/F Diaphragmatic hernia Vomiting 4 cm Stomach, Lateral segment of liver Parahiatal hernia Laparotomy Suture
8 Watanabe11) 2013 79/F none Vomiting, Upper abdominal pain 7×6 cm Stomach, Omentum, Spleen unknown open Suture
9 Muroi12) 2014 76/F Chest X-ray abnormality, 5 years ago Upper abdominal pain 4 cm Stomach Paraesophageal hiatal hernia open Suture+Mesh
10 Yamasaki13) 2015 96/F Diaphragmatic hernia, 4 years ago Vomiting 4 cm Stomach, Duodenum, Omentum, Transverse colon Parahiatal hernia open Suture
11 Abe14) 2016 61/F Diaphragmatic hernia, 10 years ago Vomiting, Hematemesis 4 cm Stomach, Omentum Bochdalek hernia open Suture
12 Our case 32/F Diaphragmatic hernia, 6 months ago Upper abdominal pain, Vomiting 4 cm Stomach Parahiatal hernia Laparotomy Suture

治療に関しては,高齢を理由に保存的に加療された1例を除き,11例で手術が行われた.保存的に治癒することはなく,脱出胃による症状,脱出臓器の嵌頓壊死のリスクもあることから,手術加療が望ましい.術式は,6例に腹腔鏡手術,5例に開腹手術が選択されている.食道裂孔付近は開腹手術では深い術野となるが,本症例の腹腔鏡手術では,肝臓鉤を使用することで良好な視野を得ることができた.腹腔鏡手術は,整容性に加え,手術操作面においても利点があるものと考えられる.治療の原則はヘルニア門の確実な閉鎖である.ヘルニア囊の切除に関しては,食道裂孔へルニア以外の横隔膜ヘルニアでのヘルニア囊遺残による合併症の報告はなく.胸膜や肺損傷をさけるためにも,切除は必須ではないと思われる15).報告例では,8例で縫合のみ,3例でメッシュが使用されており,再発例は認めなかった.縫合糸は,横隔膜は恒常的に張力がかかるため,非吸収糸を使用すべきとされる16).本疾患を含む食道裂孔へルニア以外の横隔膜ヘルニアにおいて,メッシュ留置に関する一定の見解はない.メッシュ留置の是非は,ヘルニア門のサイズのみでなく,組織の強度,閉鎖後の緊張の程度に応じて決めるのが現実的で,本症例ではヘルニア門と食道裂孔が近接しているため,腹部食道とメッシュが接することによるトラブルを回避するため,メッシュは使用しなかった.術後に逆流性食道炎を発症した症例が2例あるが,いずれも内服で軽快している.噴門形成が付加された症例を2例認めるが,そのうちの1例は食道裂孔へルニア合併例であった.本疾患は食道裂孔ヘルニアとは本質的に異なるため,噴門形成は不要と思われる8)

本症例の経過の特徴として,腹痛や嘔吐といった急性症状は減圧で軽快し,外来での待機期間を経て手術を行ったという点があげられる.術中所見において,脱出胃は鉗子で牽引することにより腹腔内に還納できたが,牽引をやめると再脱出した.この所見からは,非外科的手法により還納状態を維持することは困難で,胃は慢性に脱出した状態だが,過負荷がなければ通過障害や血流障害のない状態であったことが考えられた.ファストフードの摂取後に急性症状を発症しており,食物残渣による胃拡張がヘルニア門で流出路狭窄をおこしたと思われ,これを放置すれば血流障害や壊死を来しうる.このような状況では第一に減圧を行い,壊死や穿孔が疑われれば緊急手術を必要とする.高齢のため非手術となった報告例6)では通過障害による急性症状の度に胃管で減圧し,消化管術後患者と同様の食事指導を行うことで再燃を予防していたが,耐術能のない症例ではやむをえないものと思われる.本疾患の原則は手術加療であり,診断がついたら基本的に早期の治療が望ましい.

横隔膜傍裂孔ヘルニアはまれな疾患で診断は容易ではないが,CTでの詳細な評価が診断に有用と思われた.また,治療法としての腹腔鏡手術は,低侵襲で術視野も良好であり有用な外科的治療法の一つと考えられた.

利益相反:なし

文献
 

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