日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
新型コロナウイルス感染症関連肺炎に使用したトシリズマブの投与後に生じたS状結腸憩室穿孔の1例
横野 良典賀川 義規三橋 佐智子西沢 佑次郎井上 彬友國 晃宮﨑 安弘伏見 博彰後藤 満一岩瀬 和裕本告 正明藤谷 和正
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2022 年 55 巻 12 号 p. 780-785

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Abstract

症例は63歳の男性で,新型コロナウイルス感染症を発症5日目に診断され自宅療養していた.6日目より中等症の酸素化不良が生じ重点医療機関に入院後,デキサメサゾン,レムデシビルの投与を開始された.9日目に重症化しトシリズマブを単回投与した.その後,酸素化は改善しステロイドを漸減後,17日目に協力医療機関に転院した.19日目に腹痛が生じ腹部CTでS状結腸憩室穿孔,汎発性腹膜炎の診断となり,20日目に当センター転院し,緊急手術となり腹腔鏡下に観察すると多量の膿汁とS状結腸に強い炎症を認めた.S状結腸切除,人工肛門造設術,腹腔内洗浄ドレナージ術を施行した.28日目,ステロイド漸減中に新型コロナウイルス感染症関連肺炎の急性増悪を認めたがステロイドパルス療法を行い改善し,48日目に転院となった.新型コロナウイルス感染症に対してトシリズマブを使用後にS状結腸憩室穿孔を発症した症例を経験した.

Translated Abstract

A 63-year-old man was diagnosed with coronavirus infection on day 5 after onset of symptoms and treated at home. On day 6, the patient developed moderate oxygenation failure and was admitted to hospital for initiation of treatment with dexamethasone and remdesivir. On day 9, the condition deteriorated critically and a single dose of tocilizumab was administered. On day 19 post-symptom onset, the patient presented with abdominal pain, and abdominal CT indicated a perforated diverticulum in the sigmoid colon and diffuse peritonitis. In emergency surgery, laparoscopic observation revealed a large amount of pus and severe inflammation of the sigmoid colon. Sigmoid colon resection, colostomy, and intraperitoneal lavage and drainage were performed. On day 28 post-symptom onset, there was acute exacerbation of pneumonia in response to the coronavirus infection during steroid dose reduction. The condition subsequently improved with steroid pulse therapy, and transfer to another hospital was possible at 48 days post-symptom onset. We report this case as an example of perforation of the diverticulum in the sigmoid colon following administration of tocilizumab for treatment of coronavirus infection-associated pneumonia.

はじめに

新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease-2019;以下,COVID-19と略記)は,2019年12月に中国で発生し,急速に感染が全世界に拡大した1).新型コロナウイルス感染症関連肺炎は急性呼吸窮迫症候群を引き起し呼吸不全に陥ることが主な死因の一つである.呼吸不全による死亡率を低下させるレムデシビル,デキサメサゾンに加えて2)3),IL-6阻害薬であるtocilizumab(以下,TCZと略記)は,非挿管患者の人工呼吸器の使用および死亡率を低下させることが報告されており4),中等症から重症症例に使用されている.TCZは2008年に抗リウマチ薬として認可されてから大腸穿孔の報告が散見されており5)6),今回,我々は新型コロナウイルス感染症に対してTCZを投与後に大腸憩室穿孔を発症した症例を経験したため報告する.

症例

患者:63歳,男性

現病歴:COVID-19を発症し,5日目に診断され,自宅療養していたが,6日目より酸素化不良が生じ中等症の診断で新型コロナウイルス感染症の重点医療機関で入院加療を開始した.デキサメサゾン,レムデシビルの投与を行ったが,8日目に酸素化不良あり重症と診断され,high flow nasal cannula(以下,HFNCと略記)を導入し,9日目にTCZを投与した.徐々に呼吸状態は改善し,HFNCを離脱しステロイド投与を漸減しながら17日目に協力医療機関に転院したが,18日目に腹痛が生じ,19日目のCTでS状結腸憩室穿孔,汎発性腹膜炎,腹腔内膿瘍と診断され,20日目に手術目的で当センターへ転院となった.

既往歴:特記事項なし.

ワクチン歴:発症–21日,–1日目に接種(Pfizer社,COMINATY intramuscular injection®

内服歴:特記事項なし.

生活歴:エホバの証人(輸血用血液製剤,血漿分画製剤の投与を拒否)ADLは自立していた.

喫煙歴・飲酒歴:特記事項なし.

入院時血液検査所見:WBC 13,500/μl,RBC 4.98×106/μl,Hb 13.5 g/dl,Hct 43.8%,Plt 16.0×104/μl,TP 4.3 g/dl,Alb 2.2 g/dl,T-bil 1.7 U/l,D-bil 0.3 U/l,AST 42 U/l,ALT 50 U/l,ALP 62 U/l,LDH 201 U/l,BUN 37 mg/dl,Cre 1.04 mg/dl,eGFR 56.69,Na 133 mEq/l,K 5.0 mEq/l,Cl 97 mEq/l,CRP 10.11 mg/dl

入院時画像検査所見:単純CT

胸部:両側胸膜下に網状,すりガラス状の陰影を認め両側肺に気管支拡張あり新型コロナウイルス関連肺炎の治療後の間質性肺炎と診断された.

腹部:S状結腸,下行結腸に憩室多発しており,S状結腸憩室が密集している部位に目立つ浮腫状の壁肥厚あり,憩室周囲には遊離ガス像を認め,骨盤内には低吸収域があり液体貯留を認めた(Fig. 1).

Fig. 1 

CT showed free air around the sigmoid colon diverticulum (a, arrowhead) and fluid collection in the pelvic space (b, arrowhead).

手術記録:臍部に小切開をおき腹腔鏡で腹腔内を観察すると,広範囲に拡張した小腸を認め左右側腹部から下腹部の腹膜が発赤し,腸管同士,腸管と腹膜との癒着も高度に認めた.S状結腸の展開のため骨盤内の癒着剥離を行うと,大量の白色膿汁が流出した.直腸周囲の剥離を行い,RS-Ra境界部で間膜処理し直腸を切離した.脾彎曲部を完全に授動する際に,後腹膜からの出血を認めたため腹腔鏡手術から開腹手術に移行した.止血後,下行結腸の憩室を全て取りきるように切離し標本を摘出した.腹腔内の洗浄後に下行結腸でストマを造設し手術終了した.

手術時間:285分,出血量1,850 ml(腹水含),輸血なし.

切除標本肉眼所見:S状結腸には色調変化と穿孔を認めた(Fig. 2).

Fig. 2 

The surgical specimen showed a color change and perforation of the sigmoid colon (arrowhead).

病理組織学的診断:S状結腸には固有筋層を欠く圧出性憩室が多発し,炎症を伴う憩室を認めた.腸管組織にうっ血や出血を認め,漿膜面にフィブリン析出や炎症細胞浸潤を認めており憩室炎と診断した.

術後経過:術中,敗血症と出血による血圧低下を認めたが,信仰上の都合から輸血を行わず,昇圧剤の使用と細胞外液での循環維持を行い,未覚醒・未抜管のままICU管理を行った.ステロイドカバーとしてハイドロコルチゾン200 mg/日の持続投与を行い,徐々に尿量増加を認め呼吸状態も改善したため,術後3日目に抜管し人工呼吸器を離脱した.術後5日目より経口摂取を開始し酸素カヌラ2 l/分でSpO2 99%を維持できていた.術後7日目に離床中に低血圧,痙攣発作を認め,その後徐々に呼吸状態の悪化を認め,胸部CTで肺野のすりガラス陰影の増悪を認めた(Fig. 3a).PaO2/FIO2 ratioは80まで低下した.6時間後の胸部CTでは肺血栓塞栓症は認めず,両側肺野の背側中心に広がるすりガラス陰影から新型コロナウイルス感染症関連肺炎後に生じた気質化肺炎の急性増悪と診断した(Fig. 3b).ステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン1,000 mg/日,3日間)の投与を行い,non-invasive positive pressure ventilation(以下,NPPVと略記)での陽圧換気を開始した.術後11日目,酸素化の改善を認めNPPVを離脱し,酸素マスク5 l/分で酸素化維持が可能となった.ステロイドを漸減し,術後23日目,プレドニゾロン50 mg/日の内服に減量しても呼吸機能の増悪を認めなかったため,術後27日目に転院となった.

Fig. 3 

CT on postoperative day 7. a) The first CT scan showed acute exacerbation of massive ground glass opacities in the lung fields after COVID-19 pneumonia. b) A second CT scan performed 6 hours later showed changes in the appearance of the ground glass opacities.

考察

Interleukein-6(以下,IL-6と略記)は病原体の侵入や組織障害が生じた早期に,免疫反応の開始,造血および生体防御のために伝達される欠かせないサイトカインである7).しかし,過剰かつ持続的なIL-6の産生はさまざまな炎症性疾患と関連し,急性期の過剰な防御シグナルが生存を脅かす危険性もある7).COVID-19で生じる急激な呼吸状態の悪化は,IL-6の増加によるhyperinflammatory syndromeが一因と考えられており8),IL-6上昇はCOVID-19患者の予後不良因子である.そこでTCZはCOVID-19肺炎の中等症から重症の非挿管患者の人工呼吸器装着率および死亡率を低下させる効果があり治療に使用されている.

TCZ投与に伴う副作用は主に関節リウマチ患者を対象とする研究で報告されており,特に消化管穿孔に関しては,発生率が2.7/1,000 patient years,穿孔後30日死亡率は46%と報告されている9).関節リウマチ患者の薬剤による消化管穿孔のリスクをTCZとanti-tumor necrosis factor薬とで比較した検討では,TCZ群は下部消化管穿孔のリスクが2倍以上に増加し,特に高齢者,PSL 7.5 mg/日以上の投与,憩室炎・憩室症がある患者はリスクが有意に増加すると報告されている9).日本リウマチ学会が定める関節リウマチに対するTCZ使用ガイドラインでも副腎皮質ステロイドがプレドニン換算で5 mg/日以上,呼吸器系疾患の既往・合併がある患者については重篤感染症の危険因子として挙げられている.

TCZにより消化管穿孔が生じる機序として,IL-6が腸上皮細胞の保護に関与していることがあげられる7).In vitroの報告ではマウスCitrobactor rodentium感染モデルにおいて,IL-6が欠損させたマウスでは結腸上皮の著しいapoptosisと潰瘍形成が生じ10),デキストラン硫酸ナトリウム誘発大腸炎モデルにおいてもIL-6の欠損は,重度の大腸炎を誘発するという報告がある11).動物実験において,IL-6はT細胞,B細胞,樹状細胞の相互作用を促進する役割を持たず,IFN-γおよびTNF-αの発現にも関与せず,抗菌的宿主防御に寄与するNOも増加させる作用を持たなかった.これらの報告から腸管におけるIL-6の保護作用は以下の三つの働きが考えられる.一つ目は,IL-6は細胞内においてJAK/STAT3を介しPI3-kinase,Aktシグナルペプチドを誘導し,胚細胞の分化およびcryptにおけるpaneth細胞の分化を促進させる作用がある12).二つ目にClaudin-2,mucinの発現を増加させることでtight junctionバリアを強化している.三つ目にBcl-xL,Mcl-2,IAP-2のanti-apoptotic proteinsをコードする標的遺伝子を誘導することで感染時の上皮細胞をapoptosisから保護していることが考えられる.TCZは抗IL-6受容体モノクローナル抗体でありこれらの作用を阻害することで,腸管上皮細胞のバリア機能を破綻させ,結腸上皮,特に憩室部においては潰瘍形成,穿孔が生じやすくなり,下部消化管穿孔のリスクが上昇していることが考察される.

海外では新型コロナウイルス感染症に対してTCZ投与を行い,15日目に右側の結腸穿孔を認めた2例が報告されている(Table 113)14).TCZ投与から穿孔までの期間は我々の症例も含め3例とも15日以内であった.Xieら9)のTCZ投与による消化管穿孔の内訳では,上部消化管が16%,下部消化管が84%(86.4%がS状結腸,10.8%が虫垂,2.7%が回腸末端)と報告されており,本症例も頻度の高いS状結腸の穿孔であり,COVID-19治療に関連した報告では初の左側結腸穿孔症例であった.COVID-19感染症に対する初期評価のCT撮影時において,胸部に加え腹部の評価を行い,憩室の有無を確認し,TCZを投与する場合においては腹部所見に注意して観察していく必要がある.

Table 1  Case reports of colon perforation after use of tocilizumab for pneumonia related to COVID-19
No. Author Year Patient characteristics Treatment of COVID-19 Duration from TCZ injection to perforation Site of perforation Treatment of perforation Pathological findings Outcome
Age Sex Past medical history
1 Rojo13) 2020 54 F obesity epilepsy hypertension methylprednisolone azithromycin hydroxychloroquine lopinavir/ritonavir
TCZ
15 days right colon right colonectomy with ileostomy complete loss of mucosal lining, wall necrosis with peritonitis dead
2 Gonzálvez Guardiola14) 2021 66 M metabolic syndrome methylprednisolone hydroxychloroquine lopinavir/ritonavir
TCZ
15 days right colon right colonectomy no malignancy or other areas of ischemia uncertain
3 Our case 63 M None dexamethazone remdesivir
TCZ
10 days sigmoid colon left colonectomy with colostomy mucosal hemorrhage, diverticulitis alive

COVID-19; corona virus disease-2019, TCZ; tocilizumab

本症例は術後7日目に新型コロナウイルス感染症関連肺炎の再増悪を認め,ステロイドパルス療法とNPPVでの呼吸管理により改善した.外科的侵襲後,ステロイドを漸減していたことに加え,新型コロナウイルス感染症関連肺炎の再増悪についてはリンパ球数・ウイルス抗体価の減少が再増悪の一因であることが報告されている15).本症例ではウイルス抗体価の測定は施行できなかったが,発症後からの総リンパ球数は200~500/μlと低値で推移しており,一因になった可能性がある.また,再増悪の時期は発症から中央値で27日(24~49日)と報告されており16),本症例でも26日目であり再増悪が生じうる時期と一致した.

COVID-19治療としてステロイド投与に加えてTCZを併用し炎症を抑制する治療を行う中,S状結腸憩室穿孔を発症した症例を経験した.COVID-19治療でTCZを使用したときに通常より消化管穿孔のリスクが上がること,また新型コロナウイルス感染症関連肺炎の再増悪が発生しうることを熟知しておくことが肝要と考える.

利益相反:なし

文献
 

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