日本消化器外科学会雑誌
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特別報告
ウォータージェットメスを用いた肝切離:“fountain sign”による安全な脈管処理
藤本 康弘奥野 将之多田 正晴中村 育夫廣野 誠子
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2022 年 55 巻 9 号 p. 600-601

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はじめに

肝切除は,1)肝実質を破砕し,2)脈管を損傷せぬように露出しながら,温存するか,切離するかを判断するという操作を繰り返し行う術式である.肝実質の破砕と脈管の愛護的な露出には,鉗子による肝実質の破砕(clamp crushing method)や,超音波外科用吸引装置(ultrasonic surgical aspirator, CUSA®;以下,CUSAと略記)による肝実質の破砕が一般的に行われている.いずれも金属で肝実質を破砕するため時に脈管を損傷し,大量の出血を招くおそれがある.ウォータージェットは工業分野での切断加工に利用されてきたが,ウォータージェットメスとして医療用に応用され,日本において現行機種は2015年に導入されている(erbe JET2®).ウォータージェットメスを用いた肝切除は,組織の破砕ないし温存に際して,鉗子およびCUSAのように金属が直接組織に接することはく,水流を介した操作であり,愛護的な肝実質破砕が可能である.ウォータージェットメスは転移性肝癌,肝門部胆管癌,肝移植ドナーなどの正常肝臓や硬変程度の低い肝臓に対する安全な切離に有効であることがすでに報告されている1)2).また,hydatid cystsに対する手術において被膜の温存に有効であるとする報告がある3).高度肝硬変症例においても,残肝機能を温存するために腫瘍核出術を行う場合は,ウォータージェットメスは腫瘍被膜の温存を容易にし,被膜損傷による腫瘍細胞散布の防止に有効であると考える.温存対象血管の背側の組織破砕が十分となった場合,水流の回り込みをあたかも“噴水”のように確認できることから,これを“fountain sign”と名づけ,脈管の背面ないしは脈管と腫瘍被膜間の剥離完了の指標とした.動画では,従来の鉗子やCUSAを用いた肝切離に比べより容易かつ安全に脈管を処理することが可能であることを示す.

手技

鉗子により肝実質を破砕する場合,グリソン枝や静脈枝の露出の際に,鉗子の先端を実質内にblindで挿入することとなり,挿入の程度や鉗子の開き具合および閉じ具合に熟練を要する.CUSAは振動子の側面,先端により破砕するため,さまざまな角度,深さに対応することができるが,使用にあたり熟練を要する.また,構造がやや複雑なため装置トラブルが問題になることもある.一方,ウォータージェットメスは,構造がシンプルでセットアップが容易であり,水流により肝実質を破砕するため,温存組織へのダメージが少なく,肝実質の破砕効率も良好であるという利点がある.さらに,ウォータージェットメスの水流の回り込み効果により,温存対象の構造物に沿った水流が,構造物の奥から噴出し,“fountain sign”として認めることで,脈管の「裏取り」が可能であることを確認できる.すなわち,ウォータージェットメスを用いた肝切離においてfountain signを確認することで,グリソン枝や静脈枝の裏に安心して鉗子を通すことができ,熟練者の感覚に頼らずに,安全に脈管処理の操作が可能となる.

動画1:開腹下の右葉切除術(前半)

HBV-LC(Child-Pugh A 5点,肝障害度A)を背景とした肝細胞癌症例.Mercedes-Benz切開にて開腹の後,型通り,プリングル手技に備え肝十二指腸靭帯をテーピングし,右葉を授動した.その後動画で示すように右肝動脈を結紮切離し,次いで右門脈をブルドッグ鉗子にてクランプし,肝表面に現れたdemarcation lineを指標にウォータージェットメスにて肝実質切離を開始した.中肝静脈の末梢枝であるV5を露出する際にfountain signを指標に裏どりを確実なものとし,安全に鉗子を通し結紮切離できている.

動画2:開腹下の右葉切除術(後半)

肝実質切離が進み肝門部の術野展開が良好となった時点で,ビデオに示す通り,右門脈を結紮切離,ついで右胆管を結紮切離している.ウォータージェットメスにて肝実質切離を続行し,中肝静脈の枝であるV8を露出する際にもfountain signで裏どりを確実なものとし,結紮切離を行っている.Staplerにて右肝静脈を切離し,肝切除を完了している.手術時間は5時間12分,出血量は200 gであった.

動画3:肝硬変症例での腫瘍核出

アルコール性肝硬変(Child-Pugh B 7点,肝障害度B)を背景とした,S5を中心とした径16 cmのHCCに対して拡大S5亜区域,中肝静脈合併切除(H54’8’-MHV)を予定した.右肝静脈と腫瘍被膜が広く接しており,血管損傷および被膜損傷を避ける目的で,ウォータージェットメスを使用した.

腫瘍被膜を温存しながらの実質切離は,ウォータジェットメスを用いると容易で,被膜損傷のリスクを気にせずに行うことができた.処理対象となっている静脈が腫瘍により圧排されている部位でも,ビデオに示すように,脈管を愛護的に剥離することができ,出血なく結紮切離できている.肝硬変症例においても,被膜周囲,脈管周囲では,ウォータージェットメスによる切離は有効である.

おわりに

今回,我々は肝切除術の肝切離操作において,出血につながる可能性のある脈管処理をより安全に行う工夫として,ウォータージェットメスを用いたfountain signの有用性を紹介した.ウォータージェットメスを用いた肝切離において,fountain signによる脈管の露出は容易に行うことができ,さらに温存するべき脈管を損傷せずに裏取りすることが可能で,安全な脈管処理に有効である.今後,本手法の有用性を証明するために,ウォータージェットメスを用いた肝切除術の症例集積を加え,従来のクラッシュ法やCUSAを用いた肝切除術症例の手術成績と比較検討する予定である.

利益相反:なし

文献
 

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