私の一押し論文は,佐藤和秀先生の「ρ吻合により栄養改善が得られた胃全摘後blind pouch syndromeの1例」です.BPSは,消化管術後に盲係蹄を残したことで内容物のうっ滞を来し,吸収障害に起因する栄養障害を生じる疾患群です.腹痛などさまざまな症状を呈しますが,CTや内視鏡では異常を認めにくいため,診断・治療に難渋すると言われています.本症例では,30年前に胃全摘の既往があり,2年前から食事摂取量の急激な減少と体重減少を認めていましたが,検査の結果BPSと診断され,ρ吻合により改善を認めています.この報告のすばらしい点は2つあります.1つ目は,診断のために上部消化管X線造影検査を実施したことです.ここが本症例のターニングポイントとなっており,ファインプレーだったと思います.2つ目は,術式としてρ吻合を選択したことです.このようなリカバリーショットでは,いかに低侵襲で最大の効果を得るかを考える必要があります.ρ吻合は切除を要さず,縫合閉鎖距離が短い点から,合理的な選択だったと言えるでしょう.本報告の読者は,診断・治療が困難なBPSについて多くのことを学べると思います.
「査読への想い:如何に教育的な査読によりいい論文を作り出すか?」
私がはじめて症例報告を書いたのは,研修1年目のときでした.先輩から,文献検索の仕方からコンピューターの使い方まで手取り足取り教えてもらい,無我夢中で書いたことを思い出します.そのとき先輩から言われたことは,「その症例報告を藁をもすがる思いで読む人が世界のどこかにいるかもしれない,その結果救われる患者さんが世界のどこかにいるかもしれない」,ということでした.昨今,さまざまな診療ガイドラインが制定され,エビデンスに基づく医療(EBM)が重視される時代となりました.しかし,臨床の現場において,何の迷いもなくガイドライン通りの診療が施せる患者さんはむしろ少ないのではないでしょうか? 私は,このEBM時代において,症例報告の価値はさらに高まったと感じています.ぜひ,自分の症例報告が,いつかどこかで患者さんのために役立っていることを想像し,質の高い症例報告を書くためのモチベーションにしてもらえればと願っています.私は,光栄にも査読者という立場をいただきましたが,著者と同じ想いでいい論文が作り出せるよう尽力したいと思っています.
(佐伯 浩司)
2023年8月1日