日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
食道多発狭窄を来した1例
加藤 真司小林 聡高木 健裕駒屋 憲一前田 孝三品 拓也日比野 佑弥白木 之浩
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2024 年 57 巻 2 号 p. 60-66

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Abstract

症例は67歳の男性で,20年前より食物の通過障害,嘔吐を認め,17年前に当院消化器内科を受診した.胸部上部,中部,下部食道に3か所の狭窄を認め,食道炎の瘢痕狭窄と診断し,その原因として食道アカラシアが先行していた可能性が考えられた.内視鏡的拡張術による保存的治療を繰り返し行っていたが,症状の改善が乏しくなったため,胸腔鏡下食道亜全摘術を施行した.病理所見では,食道壁全体にAuerbach神経叢への炎症細胞の浸潤と神経節細胞の減少,消失を認めた.3か所の狭窄部位は神経細胞の消失に加え膠原線維の増生を認め,悪性所見は認めなかった.食道全体に潰瘍瘢痕を多数認めることから,食道アカラシアが先に存在し,口側は食道炎により瘢痕狭窄を来したと考えられた.食道アカラシアに伴う多発狭窄はこれまでに報告がなく,非常にまれな病態と考えられたため報告する.

Translated Abstract

The patient was a 67-year-old man who had been admitted to our hospital for an investigation of dysphagia 17 years earlier. Three strictures were found in the upper, middle, and lower esophagus of the chest, and we diagnosed esophageal achalasia and cicatricial stricture associated with esophagitis. Endoscopic dilatation was performed repeatedly, but the stenotic symptoms repeatedly improved and recurred.We judged that the condition would not improve, and thoracoscopic subtotal esophagectomy was performed. The pathological findings included infiltration of inflammatory cells into the Auerbach plexus and a decrease or disappearance of ganglion cells throughout the esophageal wall. A loss of nerve cells and hyperplasia of collagen fibers were observed in the three stenotic sites, but no malignant findings were observed. Numerous scarring ulcers were also present. It is thought that esophageal achalasia occurred first, and thereafter cicatricial stenosis occurred on the oral side due to repeated inflammation. The occurrence of multiple strictures associated with esophageal achalasia has not been previously reported, and therefore, this is considered to be an extremely rare condition.

 はじめに

食道アカラシアは下部食道括約筋(lower esophageal sphincter;以下,LESと略記)の弛緩不全と食道体部の蠕動運動の障害を認める原因不明の食道運動機能障害と定義されるまれな疾患である1)2).本症例は胸部上部,中部,下部食道の3か所に狭窄部位を認め,食道アカラシアとそれに伴う口側の食道炎による瘢痕狭窄と考え,長期にわたり内視鏡的拡張術による保存治療を繰り返したが,症状の改善が乏しくなったため,胸腔鏡下食道亜全摘術を施行した.食道アカラシアに伴う多発狭窄はこれまで報告がなく,非常にまれな病態と考えられたため文献的考察を加え報告する.

 症例

患者:67歳,男性

主訴:食物のつかえ,嘔吐

既往歴:特記事項なし.

現病歴:20年前から食物の通過障害,嘔吐を認め,17年前に当院消化器内科を受診した.内視鏡検査で,胸部上部,中部,下部食道に3か所の狭窄を認め,食道の異常収縮運動を示唆する,らせん状の収縮所見1)3)を認めた.食道アカラシアとそれに伴う口側の食道炎による瘢痕狭窄と診断し,以後17年間にわたり内視鏡的拡張術を繰り返していた.1~2年に1度程度の頻度で食物が狭窄部につまることで受診され,その度に拡張術を行っていた.2年前頃から1年に2回程度へ頻度が増加した.当初手術を希望されなかったが,保存的治療による改善が乏しくなったことに加え,内科主治医が交代となった機会に改めて手術治療についての提案が行われたところ,根治を目的とした手術を希望され外科紹介となった.

外科初診時現症:身長164 cm,体重42 kg,BMI 15.6.

身体所見上は特記すべき異常所見は認めなかった.

胸部造影CT所見:外科紹介時,食道は拡張し,胸部上部,中部,下部食道に3か所の狭窄部位を認め,数珠状に連なった囊状の拡張食道となっていた(Fig. 1a, b).

Fig. 1  Chest contrast-enhanced CT. Three strictures were found in the upper, middle, and lower esophagus of the chest. a: Coronal view. b: Sagittal view.

上部消化管造影検査所見:外科紹介時,食道は囊状に拡張し,各狭窄部で造影剤の停滞を認めた(Fig. 2).

Fig. 2  Upper gastrointestinal series. The esophagus was dilated like a sac, and stagnation of contrast medium was observed at each stricture.

上部消化管内視鏡検査所見:17年前の内科診断時,胸部上部・中部食道の狭窄部位は瘢痕による膜様狭窄を呈していた(Fig. 3a, b).また,食道の異常収縮運動を示唆する,らせん状の収縮所見と食物残渣の停滞を認めた(Fig. 3c).診断から17年経過した外科紹介時には,食道の異常収縮所見は認めず,拡張部位の粘膜は食道炎により白色調であった(Fig. 3d).

Fig. 3  Esophagogastroduodenoscopy. a: Upper thoracic esophageal stricture site. b: Middle thoracic esophageal stricture site. Cicatricial stenosis occurred at the upper and middle thoracic esophageal stricture sites. c: Spiral contraction and stagnation of food residues suggested abnormal contraction of the esophagus. d: The dilated site was white due to esophagitis.

食道内圧検査については,17年前の内科初診時より施行していなかった.造影検査での食道の拡張,造影剤の食道内停滞所見,内視鏡検査による内科診断当初の食道異常収縮所見と残渣貯留所見より,食道アカラシアとそれに伴う食道炎による多発狭窄と考えた.繰り返す内視鏡的拡張術での症状改善が乏しくなってきていたことから,胸腔鏡下食道亜全摘術を施行する方針とした.BMI 15.6と著明なるい痩を認め,血中アルブミン値が2.8 g/dlと栄養状態不良であったことから,手術予定の1週間前から入院とし,中心静脈カテーテルより高カロリー輸液を行い栄養管理の介入をした後に手術とした.

手術所見:手術は胸腔鏡下食道亜全摘術,胸骨後経路による胃管再建術を施行した.腹臥位,6ポートで手術を開始した.食道は著明に拡張し,易出血性であり,慢性炎症のため剥離層は消失していた.食道裂孔部は特に強い炎症による癒着を認めた.食道壁に沿って縦隔から剥離した後,胸部上部食道を自動縫合器で離断し,胸部操作を終了した.次に体位を仰臥位とし,開腹下での腹部操作にて細径胃管を作成した.胸骨後経路で胃管を挙上し,頸部で吻合した.手術時間は9時間26分,出血170 gであった.

術後経過:術後縫合不全を合併したが,保存的治療で改善し,術後60日目に退院となった.退院後食事摂取量は増加し,体重は外科紹介時から8 kg増加した.経過中に軽度の吻合部狭窄を認めたが,内視鏡的拡張術で改善し,それ以降安定した状態で術後4年が経過している.

切除標本所見:食道壁は全体に肥厚し,胸部上部,中部,下部食道に輪状狭窄を認め,びらん,潰瘍瘢痕が多発していた(Fig. 4).

Fig. 4  Macroscopic findings. There were three sites of stricture and dilation, with marked wall thickening and scarring at the stenotic sites.

病理組織学的検査所見:食道壁全体に筋層の走行異常や肥厚を認め,変性と石灰化を認めた.Auerbach神経叢の神経節細胞は消失し,外膜神経叢の神経節細胞も消失していた.また,神経叢周囲にはリンパ球の浸潤を認めた(Fig. 5a~f).Azan染色では潰瘍瘢痕に一致して広範囲に膠原線維の増生を認めた(Fig. 6a).S100蛋白染色では,狭窄部位ではAuerbach神経叢の神経節細胞はほとんど消失し,残存している神経節周囲に炎症細胞の浸潤を強く認めた(Fig. 6b).また,拡張部位と狭窄部位の差は認めなかった.明らかな悪性所見は認めなかった.

Fig. 5  Pathological findings (HE staining). The pathological findings included infiltration of inflammatory cells into the Auerbach plexus and a decrease or disappearance of ganglion cells throughout the esophageal wall. Loss of nerve cells and hyperplasia of collagen fibers were observed at the three stricture sites. a: Upper thoracic esophageal stricture site (×40). b: Upper thoracic esophageal stricture site (×100). c: Middle thoracic esophageal stricture site (×40). d: Middle thoracic esophageal stricture site (×100). e: Lower thoracic esophageal stricture site (×40). f: Lower thoracic esophageal stricture site (×100).
Fig. 6  Immunostaining. a: Azan staining showed hyperplasia of collagen fibers. b: S100 protein staining showed inflammatory cell infiltration around the residual ganglion.

以上より,食道アカラシアに伴う食道多発狭窄と診断した.

 考察

食道狭窄は,その成因や病態により悪性狭窄と良性狭窄,また機能的狭窄と器質的狭窄に分類される.悪性狭窄では食道癌の頻度が高く,他には悪性疾患の食道転移,縦隔リンパ節転移による狭窄などがある.良性狭窄では器質的狭窄の要因として逆流性食道炎,腐食性食道炎,内視鏡治療後の狭窄などがあり,機能的狭窄では食道アカラシアを代表とする,各種の食道運動機能障害がある.その他,食道弁状狭窄(食道web)や先天性食道狭窄症などが挙げられる4)

食道アカラシアは10万人に0.4~1人の頻度で発症するまれな良性疾患である2).病態はLESの嚥下時弛緩不全と食道体部運動機能障害を特徴とし,症状としては食道内の食物残渣停留による嚥下障害や逆流物の誤嚥による呼吸器症状などがあるが,現在もその病因は不明であり,遺伝や免疫異常,ウイルス,消化管ホルモンなどの関与が示唆されている5).病理学的変化としては,固有筋層の内輪筋と外縦筋の間のAuerbach神経叢が線維化し,T細胞を中心とするリンパ球の浸潤と神経節細胞の減少,消失を認める.神経叢の変化は拡張部で高度,狭窄部で中等度に認め,これらの神経叢の変化は病変の病因であるか結果を見ているかは議論がある.また,拡張した食道においては食物の停滞に伴う慢性食道炎と,固有筋層の肥厚を認める6)~8).食道アカラシア取扱い規約第4版1)では,食道の縦軸の蛇行の少ないものを直線型(straight type;以下,St型と略記),食道の縦軸の蛇行の強いものをシグモイド型,L字型を呈する場合を特に進行シグモイド型(advanced Sigmoid type;以下,aSg型と略記)としている.本症例は多発狭窄があるため分類は難しいが,St型に分類されると思われる.本症例の術前診断としては,内視鏡所見にてらせん状収縮を認め,上部消化管造影検査所見と合わせて食道アカラシアと考えた.病歴として40歳代より症状が出現しているため,先天性は考えにくい9).診断当初より食道内圧検査やpHモニター検索による食道運動の異常についての把握は行われていないため食道アカラシアの確定診断には至らないこと,その他の食道運動機能障害を来す疾患としてびまん性食道痙攣症やnutcracker esophagusのようなアカラシア類縁疾患との鑑別は不十分であることが,術前診断における反省点であった.

病理所見は,本症例では狭窄部,拡張部ともにAuerbach神経叢の神経節細胞が消失し,残存している神経節周囲に炎症細胞の浸潤を強く認めた.典型的な食道アカラシアにおいても神経節細胞の変性,消失などの変化を食道全体に認めることから,本症例の胸部下部食道の狭窄は食道アカラシアによるものとして矛盾しないと考えた.胸部上部,中部食道の狭窄は,びらんや潰瘍瘢痕も多数認めたことから,食道アカラシアが先に存在し,長期間の経過で繰り返す炎症により瘢痕狭窄を来したと考え,食道アカラシアに伴う多発狭窄と診断した.胸部上部,中部食道の病理所見については,繰り返す炎症により神経節細胞が変性,破壊されたものか,通常の食道アカラシアに認める変化と同様の神経節細胞,神経線維の消失の所見なのか判断は難しいが,本症例では初期に観察された異常収縮運動が術前の内視鏡検査では完全に消失しており,慢性炎症による二次的変化が示唆される.

治療法は,カルシウム拮抗薬や亜硝酸塩による薬物治療,内視鏡的バルーン拡張術や経口内視鏡的筋層切開術などの内視鏡的治療,Heller-Dor法や食道切除術などの外科的治療がある10).食道切除術については,筋層切開を繰り返している症例やLESの瘢痕狭窄が高度な症例に選択される10)11).また,吉川ら12)は,長期間無治療で経過し食道の拡張が著明で,横隔膜上で食道が蛇行しているaSg型のような症例では,筋層切開ではLES圧の改善が得られず無効となる症例が存在することから,食道切除も含めた治療を検討する必要があるとしている.本症例は,食道の拡張が著明で3か所の高度狭窄を認めたことから,根治的な治療として食道亜全摘術を選択し,良好な経過を得た.しかし,診断から17年間にわたり症状再燃と内視鏡的拡張術を繰り返しており,診断当初より内視鏡や腹腔鏡下での筋層切開術などの低侵襲な治療介入を検討し,患者へ提案することで今回のような高度侵襲を伴う治療を回避できた可能性も考えられ,治療における反省点であった.

医中誌web ver. 6にて,1964年から2022年12月において「食道アカラシア」,「多発狭窄」をキーワードに,またPubMedにて,1950年から2022年12月において「esophageal achalasia」,「multiple」,「stricture」をキーワードに検索したが,同様の報告は認めず,本症例のような食道アカラシアに伴う多発狭窄は非常にまれな病態であると考えられた.

利益相反:なし

 文献
 

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