抄録
本稿では、これまでほとんど未着手であった介護離職による労働市場からの退出者数と所得損失を推計した。用いたデータは『就業構造基本調査』である。労働市場からの退出者は、離職後2 年が経っても就業を再開していない者とした。生存解析の手法を用いて介護離職者の就業再開率を推定し、就業再開率と年間の離職者数を乗じることで就業再開者数を得た。労働市場からの退出者数は、年間の離職者数から就業再開者数を引くことで求めた。年間の介護離職者9 万9,100 人のうち、35.7%は就業を再開し、労働市場からの退出者は6 万3,700 人であった。介護離職によって失われた雇用の3/4 は正規雇用以外であった。前職・正規雇用の介護離職者で就業を再開した者のうち正規雇用の割合は半数に満たず、残りは正規雇用以外での就業再開であった。
離職者数において、介護離職が全離職理由計に占める割合はわずか1.8%であった。しかし、介護離職者の就業再開率(35.7%)は全離職理由計(67.3%)より低いので、退出者数の割合でみると3.6%となる。さらに、女性の40 代、50 代の退出者の1 割は介護離職によるものであった。まだ働ける中高年の労働力の喪失という観点からみた場合、介護離職は決して無視できる数ではない。
介護離職者の所得損失を推計する上で障害となるのが、推計に必要な介護離職者の離職前賃金が得られないことである。本稿では、介護離職者と属性が近い「週6 日以上介護をしている有業者」の賃金を介護離職者の離職前賃金として用いた。また、所得損失の推計では、就業再開によって生じる所得を考慮した。
離職後1 年間の所得損失の合計は1,821 億円であり、経済産業省(2018)の2,700 億円の約3 分の2 であった。推計差の7 割は離職前賃金として介護離職者と属性が異なる一般有業者の賃金を用いたことにより、3 割は就業再開による所得を無視したことによる。所得損失は、就業率低下によるものと賃金下落によるものとに分けることができる。就業率低下による所得損失は、離職して無業となることによるもので、賃金下落による所得損失は、就業を再開しても賃金が離職前より下がることによるものである。所得損失の内訳は、就業率低下77.1%、賃金下落22.9%であった。賃金下落による所得損失の約4 分の3 が正規雇用によるものであり、その7 割が、賃金が大幅に低い正規雇用以外として就業を再開したことによるものであった。介護離職による所得損失が複数年にわたって続くと、社会全体の年間の所得損失は、離職時期が異なる離職者の当該年における所得損失額の合計となる。本稿の試算結果を当てはめると、年間の所得損失は少なくとも3,400 億円であった。