西アフリカ・サヘル地域の農村部において食料不足が慢性化しているにもかかわらず,世帯間の格差は大きく,富裕層は余剰作物を生産しつづけている。本論文は,農村部における経済格差と,その経済格差が生じる原因を地域の文脈にそって明らかにする。サヘル地域では,農耕民と牧畜民のあいだで野営契約が結ばれてきた。この野営契約は西アフリカのサヘル地域で広く見られるものである。野営契約によって,牧畜民とその家畜は農耕民の畑に滞在し,周辺の畑で放牧が許される。牧畜民は農耕民からトウジンビエや現金などの報酬を受け取るかわりに,農耕民の畑には家畜の糞が落とされ,作物を生産する畑の養分となる。牧畜民に野営契約を依頼できるのは村の富裕者のみであり,彼らは多額の村外収入をもつ。この富裕者の畑には野営契約によって養分が集積するが,周囲に広がる貧困層の畑では植物が家畜によって食べられ,養分が収奪されている。富裕者と貧困層の作物生産には大きな差異があり,農耕民と牧畜民の間で結ばれる野営契約という伝統的慣習によって,経済格差が拡大しつづけている。