本稿は西アフリカ・ニジェール南部の農村における経済格差の拡大の実態を把握し,農耕民ハウサによる樹木の管理・利用の形態に着目することで,食料不足への対応策を明らかにすることを目的としている。この地域では,降水量の変動によって干ばつや作物の生育不良が生じ,土地の荒廃現象である砂漠化の進行と急速な人口増加によって利用可能な土地が減少している。こうした状況のもとで,人びとは慢性的な食料不足の問題に対峙している。しかし,すべての世帯が食料不足の問題に悩まされているわけではなく,なかには広い耕作地をもち,農作業に人を雇っている裕福な世帯もある。このような裕福な世帯においては,耕作地の養分状態を改善するための投資によって比較的安定した作物生産を維持することができる。他方,耕作地の養分状態を改善するための投資がかなわない世帯も多く存在し,農村では経済格差の拡大が生じているといえる。しかし,住民による樹木の所有状況に着目すると,裕福な世帯の耕作地において救荒食料となるバラニテス(Balanites aegyptiaca)が維持・管理されており,人びとが自由にバラニテスの葉や実を採取できるという仕組みの存在が明らかになった。裕福な世帯によってバラニテスが維持され,その樹木に対するアクセスが所有者に限定されずフリーアクセスであることから,ニジェールの農村部における飢餓に対するセーフティネットの存在を認めることができる。