人文地理
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論説
ムスリムの被差別集団から見たバングラデシュ農村のコミュニティ―タンガイル県南部の村を事例として―
杉江 あい
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2017 年 69 巻 2 号 p. 191-211

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抄録

バングラデシュの村落社会は宗教やカーストの違いに基づく多様な社会集団から構成されているにも関わらず,先行研究は被差別集団を含まないムスリムのみを主要な研究対象としてきた。また,従来の開発研究は,コミュニティを一枚岩に捉え,そこでの合意形成を無批判に民主的であるとする見方を批判してきたが,現在バングラデシュで展開されている農村開発事業では均質的なコミュニティが想定されている。本稿は,ムスリムの被差別集団が居住する地域におけるコミュニティの実態を,最も下位のインフォーマルな合意形成の単位であるショマージに着目して明らかにすることを通じて,バングラデシュ農村のコミュニティのありようを再考する。本稿が検討した事例において,ショマージは特定の村や集落を基盤として形成されていたが,ショマージのメンバーシップの条件設定とその承認はカースト的制度による不平等な権力関係に基づいてなされていた。経済,教育水準が一様に低く,政治的に従属的な被差別集団は,同じ村に居住するムスリムから成るショマージやその共同的な活動から排除されていた。そうした被差別集団から成るショマージは,紛争解決や宗教施設の建設・運営をする上で近隣住民に頼らざるを得ない状況にあった。カースト的制度に基づく不平等な権力関係はバングラデシュ農村のコミュニティを特徴づけており,そこでの合意形成は必ずしも民主的なものであるとは言えない。

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© 2017 一般社団法人 人文地理学会
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