人文地理
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論説
近代における都市空間形成を通じた「市民」形成―米騒動後の湊川公園の変容過程を事例として―
中川 祐希
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2019 年 71 巻 3 号 p. 221-244

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抄録

本稿は,神戸市の湊川公園の変容過程を事例とし,米騒動後における「市民」形成によって,いかなる都市空間が形成されたのかを明らかにした。米騒動と労働争議を契機に,都市行政は,湊川公園に公設市場や職業紹介所といった施設を設置した。都市行政は,「貧民窟」や労働者地区,歓楽街と近接するがゆえに,湊川公園にこのような整備を施した。さらに音楽堂と児童遊園地が設置されたことで,湊川公園は,諸階層を「市民」へと教化する空間に変容した。このように「市民」が湊川公園の利用者として想定される一方で,不況により公園内には数多くの野宿者が姿を現していた。はじめ都市行政は野宿者を救済の対象として認識した。しかし,「市民」を想定した公園の整備が進展し,昭和天皇の即位を祝う記念事業が開催されたことで,野宿者は排除や抑圧の対象に位置づけられた。湊川公園が私生活を積極的に管理する「勤勉」な「市民」によって利用される公園に変容する過程で,野宿者はこの規範から逸脱する「怠惰」な主体として捉えられた。こうして米騒動後の湊川公園は,「市民」への主体化の成否によって,諸階層が選別される空間へと変容した。

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© 2019 一般社団法人 人文地理学会
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