抄録
咀嚼筋隙は解剖学的に複雑な構造のため, 炎症性変化が惹起すると臨床的および病理学的に診断を下し治療を行うことが困難な場合が少なくない. 患者は出産して3週間後の30歳の女性である. 下顎左側智歯周囲炎の診断にて近歯科にて原因歯である智歯を抜去され, その6日後に出産した. 抜歯1か月後に同部の自発痛, 開口障害, 左側頬部の腫脹が出現したため当科を紹介され受診した. 臨床経過, 診察およびCT所見により左側下顎骨髄炎と診断し, 長期間のペニシリン系の抗菌薬を経口投与したが, 著明な改善は認められなかったため, 全身麻酔下にて左側咬筋底部の浅層と深層の間に存在した腫瘤を摘出し, 病理学的に顎放線菌症と診断した. 咬筋隙における膿瘍は大臼歯部病変を原因として生じるものが多く, 臨床的に顎下部と側頭窩の間で急性あるいは慢性症状としてあらわれる. 本症例において, 細菌の組織内侵入を確認するため, さまざまな染色法を実施することにより確定診断を得た.