境界型人格障害とは, 未熟な心理的防御反応により衝動をコントロールすることが困難となり, 症状が悪化すると自傷行為になどの自己破壊的行動へ移行する精神障害である.
今回われわれは, 境界型人格障害を有する患者の歯科治療に対し, 全身管理法として静脈内鎮静法を選択し予定処置は遂行し得たが, 術後管理に難渋した症例を経験した.
患者は17歳の女性で, 身長161cm, 体重42kgであった. 13歳から摂食障害のため小児科へ入院し, その後自傷行為を繰り返すようになり精神科へ転科し, 境界型人格障害と診断された. 現在は, ベンゾジアゼピン系薬剤を5種類および栄養剤1種類を内服中である. 精神科主治医へ対診を行ったところ, 精神状態は安定しており, 処置を行うにあたり問題はないとのことであった. 上下両側智歯周囲炎に対し, 2回に分けて抜歯術が予定された.
1回目の処置は, 右側上下顎智歯の抜歯術が予定された. 鎮静法の導入にミダゾラム, 塩酸ケタミンを静脈内投与した. 至適鎮静状態が得られたため局所麻酔を施行したが, 直後より不穏を強く示し十分な鎮静が得られず, 急遽プロポフォールへ変更し無事予定処置を終了した.
帰室直後より急に息ごらえ・あえぎの無呼吸状態を呈する, いわゆる息とめ発作が出現し, 経皮的酸素飽和度が74%に低下した. バッグ-マスクによる加圧人工呼吸を施行すると自発呼吸はすぐに再開したが, すぐに息とめ発作が出現しこの状態が約1時間継続した.
2回目の処置は前回の経験からプロポフォールによる静脈内鎮静法を選択し, 無事予定処置を終了した.
病室へ帰室した直後, 前回と同様二の息とめ発作が出現し, 経皮的酸素飽和度が56%へ低下し意識消失, 顔面蒼白, 口唇にチアノーゼを認めた. 直ちに, バッグ-マスクによる加圧人工呼吸を繰り返し施行した. 患者は2回とも翌日に退院することができたが, 術後の対応に難渋した.
精神疾患を有する患者の歯科治療を行うにあたり, われわれ歯科麻酔科医はさまざまな方法により精神的ストレスを軽減させ, 安全に歯科治療が行われるような環境を提供しなければならない. そのためには, 患者の精神状態と精神状態が安定するために患者との充分なラポールを形成することが重要と痛感した.
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