日本鳥学会誌
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オスはいつさえずるのがトクか?: 繁殖諸活動の中における効果的なさえずり方
濱尾 章二
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2000 年 49 巻 2 号 p. 87-98,101

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抄録

鳥のオスが多くの子を残すためには,多くのメスを受精させることと共に,子が自立するまでの世話や他のオスによる受精を排除するための父性防衛が必要になる.これらの繁殖諸活動のうち,鳴禽類のさえずりは主につがい相手の誘引に使われる手段である.オスが多くのメスを得るためには,時期を選ばずさえずっているべきである.しかし,そのような行動は,ヒナの餓死やつがい外受精をまねくであろう.
この論文では,効果的にメスの誘引をはかるために,オスが繁殖諸活動の中でどのように時期を選んでさえずっているのかについて検討する.そのために,まずさえずりと他の繁殖活動の間にみられるトレードオフの関係を示す.次に,2つの鳥種を例にあげて,繁殖ステージとさえずり活動の対応を生態的,社会的条件と関連づけて論議する.なお,鳥のさえずりには,メスの誘引の他にもなわばり防衛の機能があるが,これらの機能は相互に排他的なものではない.同じ鳴き声がそれを聞く個体の性によって異なる信号として受け取られるのである.この論文では,さえずりがメスの誘引に重要なはたらきをしていると考えられる種を取り上げ,さえずり活動の変化をメス誘引の観点から考察する.
スズメ目の種では,父性防衛はメスが受精可能な期間,常に一緒にいてその行動を追跡するメイトガードによって行われることが多い.Ezaki(1987)は,特定のオオヨシキリ Acrocephalus arundinaceus のオスを繁殖期を通じて観察し,さえずり活動に費やされた時間とメスへの連れ添い行動に費やされた時間の間に負の順位相関があることを見いだした.このことは,さえずることとメイトガードが両立しないことを示唆している.つがい相手のメスが受精可能な期間にさえずって他のメスを誘引することは,オスにとって自らの父性を失うという出費が生じると考えられる.
日本で繁殖するスズメ目鳥種の中から,子の世話の雌雄分担について情報があるものについてまとめたところ,オスが抱卵を手伝う種は26.6%であった(Table1).これらの場合,オスはメスよりも少ししか抱卵しないことが多いようである,また,全体の25.3%の種では,抱卵はメスのみによって行われるものの,オスが抱卵中のメスに給餌をする.しかし,その頻度は高いものではない.これらのことから考えると,多くの種では抱卵に対するオスの寄与は大きなものではなく,抱卵がさえずり活動を制限するほどの仕事になっていないものと考えられる.雛への給餌については,オオヨシキリで活発にさえずると雛への給餌が少なくなることが示されている.個々のオスについて早朝のさえずり頻度と昼間の給餌頻度を同じ日に調べたところ,両者の間に負の順位相関が認められた(Urano 1990a).雛への給餌は96.1%の種では雌雄で行われており(Table 1),この活動がオスのさえずり活動に影響している種が多いものと考えられる.
続いて,さえずり活動と繁殖ステージの関係について検討する.オオヨシキリでは,メスを獲得するとオスはさえずらなくなるが,メスが産卵を始める頃に再び独身時と同じくらいの頻度でさえずり始める.オスがこの時期さらなるメスの獲得を目指していることは明らかで,事実多くの調査地で一夫多妻となるオスの割合が高いことが報告されている.つがい形成から産卵開始の頃までの間,オスはメイトガードを行っている.メスの受精可能期間は終卵産下の前日の朝までと考えられているので,メスがまだ産卵を終えておらず受精可能でつがい外受精の危険があるのに,オスはメイトガードをやめて第2メスの誘引に移るわけである.Hasselquist & Bensch(1991)は,オスが父性を失う可能性とメスを得られる可能性の大小から,さえずり再開のタイミングを調節していることを示した.彼らは,シーズンが進むとつがい形成が減ること,なわばりへの侵入が増えること,そしてさえずりの再開が繁殖ステージの中で相対的に遅くなることを示した.つまり,季節が進んでつがい外交尾をされる危険が増し,一方さえずってもメスを得られる可能性が低くなって来ると,オスはメスの誘引よりもメイトガードを優先させるわけである.この研究は,オスがメイトガードとさえずりそれぞれの出費と利益を計りながら,繁殖努力の配分を調節していることを明らかに示している.
ウグイス Cettia diphone のさえずりはなわばり防衛の機能をもつことがわかっている(百瀬1986).一方,次のような理由から,ウグイスのさえずりにはメスを誘引する機能もあるものと考えられる.それは第一に,なわばりの面積が大きく変化してもさえずり頻度に変化がみられないこと,第二に,シーズン初期のメス渡来前よりもメスが渡来した後の方がさえずりが活発になること,そして,さえずり続けることによって多くのメスを獲得していることである(濱尾 1992, 詳細後述).

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