2015 年 45 巻 1 号 p. 25-35
従来, 多くの研究は芸術的歌唱を音響学などの視点から科学的に分析してきた。しかし, 声楽教師や生徒の実践において中心となる問題は, 歌唱の能力と美しい声をいかに決定しうるのかであろう。本稿の目的は歌唱能力と美しい声の概念を再考することである。そのために本稿は, フレデリック・フスラーの思想を検討した。従来フスラーに関しては, 発声訓練における有効性の検証や, 科学的な分析がなされてきた。それに対し本稿は, フスラーの思想における「能力」と歌唱音声の「美しさ」を検討した。フスラーは, 全ての人が発声器官を有する以上, 歌う「能力」も有し, 発声器官を適切に使えば誰もが芸術的に歌うことができると認識する。フスラーの主張によれば, 歌唱音声の「美しさ」は発声器官の適切な使い方を反映している。フスラーの思想を通し, 歌唱能力と美しい声の概念を再考する必要性と, 声楽家や声楽教師の思想に関心を抱くことの重要性が再確認される。