音楽教育学
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研究論文
  • ─ 音声の可視化とインタビューを通して ─
    市川 恵, 中野 武史, 志村 洋子, 鹿倉 由衣, 小佐川 心子, 今川 恭子
    2019 年 49 巻 1 号 p. 1-12
    発行日: 2019年
    公開日: 2020/08/31
    ジャーナル フリー

     本研究では, 長唄演奏家と声楽家の音声の可視化による比較検討及び声楽家へのインタビューを行い, 長唄演奏家の音声を模倣しようとする声楽家の声の操作性を明らかにすることを試みた。長唄の発声者1名, 声楽の発声者1名の歌声 (唄声) を対象とし, 長唄の《三番叟》の一部分をうたわせ, 音声の周波数分析を行った。長唄演奏家と声楽家の音声を比較し相違点として明らかになったのは, 周波数帯域4kHz以上の高調波の有無, 高調波の上下変動状況の相違, 音節の境界の無音区間による切れ目の明瞭さの3点であった。また, 長唄の音声を模倣しようとした声楽家の音声の変化を分析した結果, 声楽家は高調波成分の制御, 1母音内の周波数変調や振幅変調を引き起こすような操作によって, 長唄らしい特徴をもつ声を出そうとしたことが推測された。その際, 普段とは異なる身体感覚, 空間の意識をもつことで声をコントロールして長唄の音色に近づけようと試みていた。

  • ─ 領域「自立活動」の目標と内容を反映した音楽科教育 ─
    尾崎 祐司
    2019 年 49 巻 1 号 p. 13-24
    発行日: 2019年
    公開日: 2020/08/31
    ジャーナル フリー

     本研究の目的は, 加賀谷哲郎が我が国の特別支援教育の黎明期に「音楽療法」と呼んでいた, 障害者に対する音楽科の活動概念を明らかにすることである。その活動は, 小中学校学習指導要領 (平成29年告示) の「連続性・関連性」の概念と捉えられるからである。彼の活動の動機は, 小学校教員としてマイノリティ立場の子どもを指導した経験にあった。彼は中でも知的障害者に対する教育行政に問題意識を抱いていた。そのため, 子どもの「情緒の安定」に意義を見出した「音楽療法」を開発した。筆者は, 特別支援学校の学習指導要領が無かった時代に, 加賀谷が子どものどのような困難に教育ニーズを見出したのか, 彼の「療法」の概念を考察した。その結果, 彼は現行の特別支援学校学習指導要領の「自立活動」の目標と内容に相当する考え方を音楽科の学習に反映する必要性を訴えていた, と明らかにできた。

  • ─ 教研集会講師としての活動に焦点を当てて ─
    山本 耕平
    2019 年 49 巻 1 号 p. 25-36
    発行日: 2019年
    公開日: 2020/08/31
    ジャーナル フリー

     本研究は, 作曲家の林光 (1931~2012) が日本教職員組合主催の教育研究全国集会に講師として参加していた1960年代後半から1970年代を中心に取り上げ, 彼の音楽教育論を明らかにすることを目的とする。林は1950年代にうたごえ運動や労音などの社会運動と積極的に関わる中で, 「民衆芸術論」の実践をこれらの社会運動に見出していた。そして後に彼は1968年から教育研究全国集会に講師として参加し, 民衆芸術論を基に「歌うことを中心とした音楽教育」を構想した。歌曲の教材選択について林は教科書にこだわらず子どもたちが生き生きと歌えるものを選ぶべきだと考えていた。そして教師の伴奏については, 楽譜通りに弾くことよりもむしろ教師の持てる技術の中で子どもの歌声を引き出すことを重視していた。林の音楽教育論とは, 知識や技術を重視する傾向にあった当時の音楽教育に対し, 子どもが主体的に音楽を楽しむ中で人間的に成長していくことを目指すものであった。

研究報告
  • ─ トマス・トゥリノによる音楽行為の分類を切り口として ─
    西田 治
    2019 年 49 巻 1 号 p. 37-47
    発行日: 2019年
    公開日: 2020/08/31
    ジャーナル フリー

     音楽科の授業では, 音楽を演奏したり, つくったり, 鑑賞したりするのに対し, 生活の中では多くの人々が再生機器による音楽鑑賞を主として行っており, 両者の音楽行為には隔たりがあるようにみえる。しかし, トゥリノによる音楽の領域区分を用いて, 学校の内と外の音楽行為がどのような価値観に基づいているかについて比較すると, 両者ともにサウンドの質の良し悪しで音楽行為を価値づけている点で共通している可能性があることが明らかとなる。そして, その共通する価値観は, 演奏することよりも聴き手にまわる人々を増やすという課題を生んでいる。そのため, より多くの人々が音楽科教育の中だけでなく, 生涯を通して演奏にかかわり続けるためには, その価値観を転換させることが必要となる。それは, 音楽とは「演奏者/聴き手」と分化して行われ, サウンドの質で判断するものであるという価値観を偏重することからの脱却を意味する。

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