Japanese Journal of Pharmaceutical Education
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Special Topics “The practice of Institutional Research for Outcome-based Education”
Trials of institutional research (IR) for the faculty of pharmaceutical sciences
—The case report of the faculty of pharmacy and pharmaceutical sciences, Fukuyama University—
Eijiro KojimaTakashi IshiduJun KamishikiryoYukihisa Matsuda
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2018 Volume 2 Article ID: 2018-009

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Abstract

福山大学薬学部IR(Institutional Research)委員会が,入学時に実施しているプレイスメントテストと1年生の成績の解析内容を中心に,卒業もしくは国家試験合格に資するデータ探索の一環として実施した事例を紹介する.データの取り扱いには慎重を要するため,かなりデフォルメしているとともに,データ個々について踏み込んだことは言及できないが,参考になればと思う.我々のこれまでの解析結果は,ベテランの先生の経験則を裏打ちまたは補強するものが多かったが,単なる思い込みが共通認識になっていたものも一部あった.これらの作業を通して,改めてIRの重要性を実感したが,学部の方策立案にクリティカルな情報を得るには更なる研鑽が必要なことも同様に実感した.

なお,本演題の内容は,福山大学薬学部IR委員会のこれまでの活動内容を一部抜粋して構成した(委員会メンバー:小嶋英二朗,石津隆,上敷領淳,松田幸久).

はじめに

2012年中教審答申をうけ,各大学においても,学習成果の評価,内部質保証システムの評価等の方策立案に向けて,日々,苦慮していることと思われる.これらの評価とIR(Institutional Research)は深く連携しており,IRの成果は更なるプラン立案に有力な情報となる.IRは,いわゆるPDCAサイクル(plan - do - check - act cycle)を効率よく回すための要の役割を担っているとも考えられるため,充実が急がれる.

福山大学においても,授業評価アンケート,卒業生アンケートなど,学生に種々の聞き取り調査を実施し,それらを授業・教育システムの改善に利用している.一方,就学期間が長い薬学部において,留年・退学といった就学上の問題は,本人,家族および大学それぞれに重要な決断を強いる現状がある.そのため,薬学部の教員には,学生の学修指導のための指標となるデータを求める声が以前から多かった.しかし,個人情報の取り扱い上の壁が高く,教員個々のレベルでの解析しかできなかったため,ベテランの先生の経験則に頼っている状況だった.ところが,上記のような大学を取り巻く環境の変化に伴い,学部独自のIRに対する取り組みの必要性も大きくなってきたこともあり,ルールに則った上で,IR目的での個人情報の取り扱いが可能になってきた.

本シンポジウムでは,入学時に実施しているプレイスメントテストと1年生の成績の解析など,卒業学科試験(卒試)もしくは薬剤師国家試験(国試)合格に資するデータ探索の一環として,福山大学薬学部IR委員会が実施した事例を紹介する.データの取り扱いには慎重を要するため,かなりデフォルメしているとともに,データ個々について踏み込んだことは言及できないが,参考になればと思う.

なお,本演題の内容は,福山大学薬学部IR委員会のこれまでの活動内容を一部抜粋して構成した(委員会メンバー:小嶋英二朗,石津隆,上敷領淳,松田幸久).

福山大学薬学部における教学IRの目的

IRとは本来,教育,経営,財務情報を含む大学内部のさまざまなデータの入手や分析と管理,戦略計画の策定,大学の教育プログラムのレビューと点検など,包括的内容を意味する.大学教育の質保証を促進していくためには,必要なデータの収集,解析および解析結果に基づいた行動戦略の策定が必要であり,その目的のためには,教育関係に特化したIR,すなわち教学IRの開発が有効だと考えられる(大学IRコンソーシアムホームページから抜粋).

福山大学では,教学IRを“大学の計画策定,政策形成,意思決定を支援するための情報を提供する目的で行われるリサーチ”と定義し,内部質保証のための大学自身による点検部門として福山大学教学IR部門を設置しており,「根拠データに基づく分析結果を踏まえ,改善に向けた提言を全学に発信することを業務とし,実践志向の強い組織的な調査分析活動を行います.」と謳っている(福山大学ホームページから抜粋).

薬学部においても,退学・留年対策,卒業留年対策,薬剤師国家試験対策が喫緊の課題である.我々の学部の学生の特徴として,少子化の影響なのか地方経済の停滞など別の要因なのかは定かではないが,入学生を選別する余裕があまりないこと,それに伴い,学生の学力を育て上げる要素が大きいことなどの点が挙げられる.卒試・国試合格までを視野に入れて,入学後間もない時期に,在学中に学習面で何らかのトラブルを生じる危険度の高い学生を抽出するシステムを探索する目的で実施した薬学部でのIR活動を紹介する.

1.入試種別による分析

福山大学では6種類の入学試験(入試)の形式がある.以前から,入試の形式によって,在学中の動向に差異があるのではないかという疑念が教員間にあった.そこで,すでに卒業した年度2学年分の学生を対象に入学後の動向を調査した(図1).入学から国試合格までスムーズにいった群を【スムーズ(合格)】,卒業まではスムーズにいった群を【スムーズ(卒業)】とした.一方,国試不合格など,なんらかのトラブルに遭遇した群を【トラブル(全体)】とし,内訳として,国試不合格を【トラブル(国試)】,卒試不合格を【トラブル(卒試)】,5年生までに留年及び休学経験のある群を【トラブル(留年)】,退学者の群を【トラブル(退学)】とした.なお,入試種別のデータは非開示のため,A~Fに記号化した.

図1

入試種別人数の比率

この解析においては,入試Aの学生は何らかのトラブルに100%遭遇していた.この傾向は経験的に把握していたことであり,経験を裏付ける結果であった.すでに判定基準の見直しなどを行っており,トラブル傾向はある程度解消している.一方,入試DとEでは,学生の動向に大きな差はなかった.この2つの入試に関しては,大きな差があるのではという懸念を多くの先生が持っていたが,実際に解析してみるとほぼ偏見に基づく懸念だったことがわかった.この解析結果は,入試Aのような場合は対策を練る必要があるとはいえ,入学してからの就学姿勢を,いかに望ましい軌道に乗せるかが重要かということを暗に示しているように感じられた.

2.学部成績の分析

国試もしくは卒試の合否の目安としてGrade Point Average(GPA)を利用できないかどうか検討した.すでに卒業した年度の学生を対象に,6年間の通算GPAと卒試,国試における割合を示す(図2).この時点において,福山大学では,優・良・可・不可で成績を出しており,GPAは3点満点である.現在のGPAは4点満点になっている.なお,GPAの数値そのものは記述を控えている.

図2

年度Aにおける6年生の動向

GPAが高い群ほど,卒業保留や国試不合格になるリスクは低いということは,改めて言及するまでもないが,GPAが低い群でも,卒試を合格すれば,中間層とほぼ変わらない国試合格率を示していた.一方,GPAが高い群でも,わずかだが,国試不合格となる場合もあった.国試は広範な範囲から出題されることから,長期間の対策が必要となるため,体調管理が重要な要素となる.体調管理の側面から個々の事例をみてみると,GPAはあまり関係なかった.また,GPAが低くても,ポテンシャルのある学生は,うまく軌道に乗せることが重要だと分かった.

上述したことは,年配の先生方は経験的にわかっていたことだが,この解析で重要なことは,GPAを使ってある程度の数値基準を提示できたことである.卒試や国試合格の割合がGPAからある程度予測できるので,これに学生個々の性格を考慮して指導ができるようになった.

3.学年ごとの成績の分析

卒試・国試に向けて,GPAの数値目標を提示できることは分かったので,続いて学年ごとのGPAの変動を調べた.ある2つの学年の1年から4年までのGPAの変動を示す(図3).ここでも数値そのものの記載は控えている.

図3

入学年度別GPA(年度別)の推移

4年次以降のGPAはほぼ変わらないことはわかっているので,4年までのGPAで比較すると,例示した2つの学年に関わらず,2年次に大きな落ち込みがあった.つまり,2年次の落ち込みをある程度抑えることができれば,前項で示したGPAの数値目標に近い値で今後を予測できることになる.これにより,低学年での学生指導に,有用なある程度の数値目標を提示することができた.また,1,2年生の専門科目では,GPAの低下を最小限に抑えられるように,特に丁寧に教えることを担当教員の努力目標とすることができた.

4.プレイスメントテスト(PT)を利用した分析

学力不足の学生が卒試・国試合格を達成するには,6年次での補正では大変困難であり,低学年から対策を講じる必要があるというのが,ここ数年の本校薬学部教員の共通認識になっている.また,留年・退学者対策の面からも,入学後のできるだけ早い時期に,学修生活上のトラブルに遭遇する危険度を測る手段が求められている.しかし,本校では,6種類の入試があり,それらに共通するファクターがない上に,入試のデータは非開示となっている.

薬学部では,入学直後に高校の化学,生物および物理・数学の3科目のPTを実施している.PTと1年次終了時におけるGPAとの相関を解析し,PTが上記危険度測定のツールになりうるかどうか検討した.ある入学年度のPT平均(3科目)と1年修了時のGPAとの相関イメージを示す(図4).個々の科目についても,程度の差はあるが,ほぼ同様の相関イメージとなっていた.なお,数値および個々の分布は,これまでと同様に控え,イメージ図に変更した.

図4

PT平均(3科目)と1年修了時のGPAの相関

結論を言うと,入学前の成績は入学後の学力を測る根拠に乏しかった.PTとGPA間に,緩い正の相関があるにはあるが,1年後の成績を予見するには,PTは精度が低すぎた.ただ,個々の事例を鑑みると,PTの成績は上位だが1年後の成績は下位の群と,PTおよび1年後の成績ともに下位の群はあった.前者は生活指導,後者は学修指導を適切におこなうことが有効だと思われるが,少なくとも1年経過しないとこれらの群が明らかにならないことにもどかしさを感じた.

前々から様々なところで言われていたように,大学での成績と入試の成績はあまり関係ないように思われる.福山大学薬学部ではこの傾向が顕著で,入学後のスタートダッシュを上手に導いて学修生活の軌道に乗せる必要を強く感じた.

5.中間試験結果の利用

ごく最近の試みを最後に紹介する.薬学部では,期末の定期テストの他に,各期の半ばに多くの専門科目で中間試験を実施している.中間試験結果は,データとして上がってこないので,各担当の先生方にお願いして,定期試験合格の危険度に応じて色分けしてもらい,一覧表にしたものを,取扱注意の資料として学部の先生方に提示している(図5).現時点では,この資料が入学後最も早く利用できる学修関係の資料である.効果の程度を検証するところには至っていないが,学修指導の際に有効活用されているようだ.

図5

中間試験結果の利用

最後に

福山大学薬学部におけるIR活動を紹介した.これまでの活動で,経験則を裏付けるデータが得られた.また,経験則にありがちな偏見を是正することもできた.さらに,学修指導に活かせる数値データをある程度提供することもできた.一方,ある程度の傾向は読み取れても,入学年度毎,学年毎,個人毎の変動の予測には至っていないなど,十分な成果とは言い難い.IRは継続的に追跡していくことに意味があるため,薬学部IR委員会を組織し,定期的に活動している.

手探り状態で始めた学部IRだったが,それなりの数値データが得られ,解釈次第で活用できることが分かったのは収穫だった.これらの作業を通して,改めてIRの重要性を実感したが,学部の方策立案にクリティカルな情報を提供するためには,さらなる研鑽が必要なことも同様に実感した.

我々の取り組みが,まだ,手つかずの方々にとって少しでも参考になれば幸いに思う.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

 
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