2018 Volume 2 Article ID: 2018-013
6年制薬学教育では医療人の育成が重視され,知識に偏重することなく,知識・技能・態度をバランスよく教育する必要がある.医学教育では従来より医療人として相応しい技能・態度を身に着ける教育方法として「屋根瓦方式教育」が取り入れられてきた.今回,本学において1年次生と5年次生における「合同演習」を実施した.平成29年度に受講した1年次生および5年次生のアンケート調査結果から1年次生の約80%,5年次生の約60%以上の学生から本合同演習は評価されていた.今後,教えられる側の学生のニーズに応じた教育の遂行,教える側の学生に対する目的と意義の周知や薬学教育におけるスパイラルな医療人教育への応用が課題と考えられた.
平成18年度よりスタートした6年制薬学教育では医療人の育成が重視され,5年次にはすべての学生が医療現場へ出向く実務実習が実施される.したがって,学生は医療現場の様々な場面で活用できるコミュニケーション能力を熟成する必要がある.また,平成25年に改定された「薬学教育モデルコアカリキュラム」(新カリ)では基本理念に医療全体を取り巻く情勢の変化等を踏まえて「薬剤師として求められる基本的な資質」(いわゆる10の資質)が提示された.この中にはコミュニケーション能力も掲げられており,卒業時までに学生が身に付けておくべき必須の能力の1つとされている.このように,医療人の育成を重視する6年制薬学教育では知識に偏重することなく,知識・技能・態度をバランスよく教育することが求められている.
しかし,技能や態度に関する教育は講義を中心とした知識に関する教育に比べて多くの人的資源が必要となる.医学部等の医療系学部と比較して学生数が多い薬学部の特徴を鑑みると学部教育における対応が急務となる.医学教育では医療人として相応しい技能・態度を身に着ける教育方法について従来から工夫がなされてきたが,上級生が下級生を教えるという「屋根瓦方式」の学習システムが様々な形で取り入れられてきた.「屋根瓦方式教育」は,以前より医学部などで卒前および卒後臨床教育の一手法として用いられた教育手法1,2) であり,現在では薬学教育においてもこの手法を取り入れ始めている.今回,本学おいて実践されている「屋根瓦方式 合同演習」の事例を紹介し,その評価および今後の課題について考察する.
本学薬学部では,平成25年度から1年次「基礎生物学」と5年次「医療の最前線 医療コミュニケーションII」の連携による屋根瓦方式の合同演習を実践している.当授業における目的は入学直後の1年次生においては学習支援の一環として「基礎生物学」で生物学の基本的な知識の復習・習得すること,同学年学生間のコミュニケーションを深めることであり,実務実習を直前に控えた5年次生においては医療現場で対峙する初対面の患者に1年次生を想定し,その際のコミュニケーション能力を養うことである.5年次生は学力や知識をどの程度有しているか全くわからない初対面の1年次生に対して,相手に合わせてわかり易く「生物学」の基礎を教えることになるが,実務実習の際に医療現場で初対面の患者に服薬説明を行う状況と同じであることを理解し,コミュニケーション能力の熟成を目標に授業へ参加することになる.
「屋根瓦方式 合同演習」の概略を示す(図1,図2).1年次生は,生物系担当教員から高校生物レベルの基礎知識の確認・習得のために基礎問題を使用した演習および解説講義を70分2コマ受講する.5年次生は,合同演習で使用する問題(問1–5の計5問)が提示され各問題の解説担当者(1–2名/活動単位)が解説内容に関するコンセンサスを得た上で70分3コマの演習で模範解答を作成する(図3).その後,合同演習の活動単位ごとに各問題の解説担当者が集まり1年次生との合同演習のリハーサルを70分2コマの演習で実施する.合同演習当日は,1年次生4–5名のグループに対して解答担当の問題が提示される.5年次生の問題解説担当者は同問題を担当する1年次生グループに解答する際に必要となる知識を分かり易く教え,解答の作成を導く.1年次生グループは,5年次生の指導の基に作成した解答を利用して,問題の解答を全体会議で発表する.引き続き5年次生が予め作成しておいた模範解答を利用して1年次生の解答の不備等を指摘しながら,解説を行う.1年次生は,解答をした問題の確認をすると共に,他の問題についても知識も加え情報を共有し知識の整理を進める.
屋根瓦方式 合同演習の概略
屋根瓦方式 合同演習の活動単位
合同演習で使用した問題と5年次生が作成した模範解答例
平成29年度1年次および5年次の受講学生を対象とした「屋根瓦方式 合同演習」に関するアンケート調査結果について示す(図4,図5).対象者は平成29年度1年次生男子クラス203名,女子クラス224名ならびに5年次生212名となる.アンケート調査の回答方法は,いずれも5件法(とてもそう思う,そう思う,どちらともいえない,そう思わない,まったくそう思わない)と自由記述とした.
1年次生に対するアンケート結果
5年次生に対するアンケート結果(N=212)
1年次生の回答は,「Q1 基礎問題の演習を通じて,生物学に対する理解が深まりましたか」に対して,“とてもそう思う”または“そう思う”と回答したのが男子クラスで全体の84.7%,女子クラスで全体の83.9%だった.同様に「Q2 屋根瓦方式 合同演習を通じて,生物学を学ぶ意欲が深まったと思いますか」に対しては,男子クラスで全体の83.3%,女子クラスで全体の83.0%だった.「Q3 グループ討論にどの程度参加できましたか」に対しては,男子クラスで全体の86.6%,女子クラスで全体の79.9%だった.「Q4 上級生と接することにより,数年後の自分をイメージすることができましたか」に対しては,男子クラスで全体の71.3%,女子クラスで全体の74.6%だった.自由記述では,“学校生活について質問ができ,不安が解消できた”,“数年後の自分の姿を明確にイメージできた”や“自分も先輩方のようになりたいと思った”などの意見が多数挙げられていた.
また,5年次生の回答は,「Q1 教えることで,基礎生物学の知識を復習することができたか」に対しては,“とてもそう思う”または“そう思う”と回答したのが全体の73.1%だった.同様に「Q2 わかりやすい言葉で説明するなど下級生に合わせたコミュニケーションができたか」に対しては,全体の61.3%だった.「Q3 グループ討論を上手にファシリテートできたか」に対しては,全体の59.9%だった.自由記述では,“年代が離れた人とコミュニケーションをとるよい機会になった”,“1年生に教えることで自分の理解の甘さに気が付いた.教えることの難しさを感じた”や“入学時の1年生の時の必死さを思い出した”などの意見が多数挙げられていた.
平成25年度から開始した本合同演習は,運用方法についての試行錯誤を行いながら調整し本年で5年目を迎えている.29年度1年次および5年次の受講学生を対象としたアンケート調査結果から1年次生については「生物学」の基本的な知識の復習・習得すること,同学年学生間のコミュニケーションを深めることについて80%以上の学生が,実務実習を直前に控えた5年次生については医療現場で対峙する初対面の患者に1年次生を想定しコミュニケーション方法を習得することについて60%以上の学生から本合同演習が効果的であったと評価していた.
屋根瓦方式教育システムを利用した様々な試みが医療系学部において実施されているが,その中でも平成20年度の「質の高い大学教育推進プログラム」において東京医科歯科大学の「下級生が上級生に教わる歯科臨床体験実習」が,また平成21年度には「大学教育・学生支援事業」(学生支援推進プログラム)において,東邦大学の「医学部チュートリアル早期学習における学生屋根瓦システムの構築」が採択され,その効果についての検証も進められている3,4).本合同演習についても運用方法の調整が進んだことや29年度から1年次生として受講した学生が5年次生となり,双方の立場から本合同演習を受講したことからも,今後受講学生のアンケート調査を利用した経時的な教育効果についての検証を進めていく予定である.
薬学6年制教育では,社会のニーズに合った質の高い医療人の養成を目指しており,その資質を身に着けるために知識のみならず技能・態度教育が重視されている.しかし,技能・態度教育には多くの人的資源が必要となり,医療系学部の中でも学生数が多い薬学部においてその方策を様々な角度から検討されており,屋根瓦方式の教育システムがその方策の1つとして活用できることが示唆された.
屋根瓦方式の教育システムの課題として考えられることとして,以下の点が挙げられる.1つ目は,「教えられる側の学生のニーズに応じた教育の遂行」である.今回の合同演習では個々の1年次生「生物学」の基本的な知識に対する客観的評価と知識レベルに応じた個別教育がどこまで実施できたかは検証されていない.2つ目は,「教える側の学生に対する目的と意義の周知」である.今回の合同演習では5年次生のアンケート調査から,本合同演習の目的や意義に疑問を感じる意見も少数ではあるが挙がっており,より効果的な教育を目指すためには十分な対応が必要と考えられる.3つ目は,「薬学教育におけるスパイラルな医療人教育への応用」である.6年制薬学教育では低学年から高学年に渡るスパイラルな医療人教育の遂行が求められているが,屋根瓦方式教育システムは複数学年の学生が同時に学ぶ形態からその活用が有効と推察できる.しかし,薬学教育のカリキュラムの過密さは深刻であり,本学においても本合同演習の実施でさえも,調整に苦慮しているのが実情である.平成31年度から開始される新カリの基で行われる実務実習は4期制となり,本合同演習に参加する5年次生の確保が当面の課題となっており,カリキュラム構築における柔軟性の確保も重要な検討課題と考えられる.
以上,屋根瓦方式を利用した本合同演習のようなアクティブラーニングに対する授業評価については薬系大学からの報告はまだまだ少なく,当合同演習による教育効果を検証することによって薬学部教員への価値あるフィードバックが期待される.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.