2018 Volume 2 Article ID: 2018-025
平成18年度から開始された6年制薬学教育は,平成29年度に12年目を迎えた.この6年制教育の開始に先んじて平成16年に出された中央教育審議会による提言では,「第三者評価の体制整備」が,最重要事項として取り上げられた.これは,「社会からの要請に応える医療の担い手としての薬剤師の養成教育について,十分な検証と適正な評価を行うことが求められる」と判断されたことによるものである.すなわち,第三者評価の意義は,薬学教育プログラムが薬学教育評価機構が定める基準へ“適合”することの“認定”によって,6年制薬学教育が“社会が求める薬剤師養成教育の質”を満たしていることを客観的に保証することにある.本稿では,薬学教育評価機構における「第三者評価」について概説し,続いて平成28年度までの受審大学の主な評価基準における評価結果を実際に評価を担った評価委員会の視点から取り上げることによって,大学が自らの責任で教育研究の質を維持・向上させる内部質保証システムの重要性についての認識を高めるための情報の共有化を図りたい.
平成18年(2006年)度から開始された6年制薬学教育は,平成29年度に完成年度の2倍となる12年目を迎え,すでに数多くの6年制の卒業生が薬剤師として社会に出て活躍している.6年制薬学教育が従来の4年制教育と異なる点は,医療の高度化,多様化に的確に対応できる薬剤師を養成するために,各薬系大学において「薬学教育モデル・コアカリキュラム」に沿った教育,具体的には,医療人である薬剤師としての倫理観や使命感,問題解決能力,そして臨床実践能力を身につけるための教育の実施が求められていることにある.
この6年制教育の開始に先んじて平成16年に出された中央教育審議会による提言では,「第三者評価の体制の整備」が,上記のような6年制薬学教育を行うための「実務実習の指導体制の整備」,「共用試験の実施に向けた検討」と並んで,最重要事項として取り上げられている.また,同年の衆参両議院での薬学年限延長に関する法改正においても,「第三者評価体制の整備を進めること等により,高度化する薬剤師の職能を支える基礎教育及び実務で要求される知識,技能,医療人としての倫理観,薬剤師としての責任感等が養えるような質の高い教育の維持向上を図るよう留意すること.」が,付帯決議として要請されている.これらは,6年制薬学教育課程においては「社会からの要請に応える医療の担い手としての薬剤師の養成のための教育が行われていることについて十分な検証と適正な評価を行うことが求められる」ことを意味するものである.
こういった薬学教育第三者評価(以下,第三者評価)の必要性を鑑み,平成20年12月にこれを担う組織として薬学教育評価機構(以下,機構)が設立された.その後,機構によって評価基準の策定,全薬系大学での「自己評価21」の実施,評価実施マニュアルの作成が進められ,さらにトライアル評価とこれに基づいた評価基準の改定が行われた.このように第三者評価の体制が整備され,平成24年度には3大学による最初の自己点検・評価が行われ,平成25年度にこれに基づいた本評価が開始された.本稿では,7年間で一巡する全国74薬系大学・薬学部の第三者評価が平成28年度に4年目を迎え,約半数の大学が評価を終えるにあたって,これらの評価結果をもとにして,大学における6年制薬学教育の在り方について,機構において評価を行う側の立場から取り上げてみたい.
薬剤師の国家試験受験資格は,医師,歯科医師,獣医師と同様に,“学部の課程を正規に修了すること”であり,資格取得の要件(資格科目の単位数)が卒業要件とは別に規定されている諸資格とは異なる.すなわち,生命にかかわる専門職能である薬剤師の養成には,大学において“全人教育と一体となった専門教育”を修めることが必要であるとの理念から,資格科目ではなく養成機関が限定されており,またその教育プログラムは個々の大学に委ねられている.したがって,薬学における第三者評価の意義は,大学の教育プログラムが機構が定める基準に“適合”することを“認定”することで,大学が担う6年制薬学教育が“社会が求める薬剤師養成教育の質”を満たしていることを“客観的に保証する”ことにある1,2).
機構は,こういった社会的意義を反映した第三者評価の目的を以下のように示している.
第三者評価の実施体制やその実施方法については,機構が公表している「薬学教育評価ハンドブック」が詳しい(http://jabpe.or.jp/special/handbook.html).
第三者評価は,機構において,評価チーム,評価委員会および総合評価評議会によって実施される.まず受審大学は,評価を受ける前年を対象年度として,自大学の薬学教育について機構が定める「評価基準」に沿って「自己点検・評価書」を作成し,その記述内容を補完する学生受入状況,学年別授業科目やその修学状況,教職員数や専任教員の構成,教育研究環境に関する資料などの「基礎資料」と,記述内容の根拠となる学生便覧やシラバス,時間割表といった「添付資料」を共に機構へ提出する.この「自己点検・評価書」に基づいて評価が行われることになり,各大学が如何に自己点検・自己評価を行い,それを「自己点検・評価書」の中で如何に的確に表すかが重要となる.第三者評価は“ピア・レビュー”を基本とし,受審大学毎に置かれる評価チームは,薬系大学専任教員あるいはその経験者4名と薬剤師1名を評価実施員として5名で構成される.評価チームは,大学が作成した「自己点検・評価書」の調査・検証を書面調査および訪問調査によって行い,原則,訪問調査までの評価を「評価チーム報告書」としてまとめ,評価委員会に提出する.評価委員会は,大学教員,病院・薬局で実務を行う薬剤師といった薬学関係者を中心に,医療系大学の教員等で構成され,「評価チーム報告書」をもとに,当該年度の受審大学間の評価,さらには年度間の評価の公平性を担保することに留意して「評価報告書原案」を作成し,これを総合評価評議会に上申する.総合評価評議会は評価事業の最高意思決定機関であり,薬学関係者に,患者の立場,法律家の立場,報道の立場等から評価結果を検証する有識者が加わり,「評価報告書原案」をもとに「評価報告書」を作成し,理事長に報告する.機構は,年度末に理事長名でこの「評価報告書」を受審大学に送付することによって評価結果を通知するとともに,これを「自己点検・評価書」と「基礎資料」と共に社会へ公表する.これらは,毎年,年度末に機構のホームページの「薬学教育評価の結果と公表」(http://jabpe.or.jp/special/publication.html)に掲載される.
機構が定める「評価基準」は,表1に示した13の中項目の合計57基準,176観点によって構成され,評価結果は13の中項目毎の評価および総合的な評価に基づいて決定され,適合水準に達していると判断された場合に『適合』,非常に重大な問題があった場合は『不適合』と判定する.一方,一部に重大な問題が認められる場合は判定を保留して評価を継続する.各中項目は,S(卓越している)からD(適合水準に達していない)までの5段階で評価し,概評として文章により表記する.また,「評価報告書」では大学への提言として,中項目毎に「長所」,「助言」,「改善すべき点」を示す.このうち「改善すべき点」は大学における改善・改革を促すための提言であり,各大学は期限までに改善を行い,その状況について根拠資料を添えて「改善報告書」として機構に報告しなければならない.
大項目 | 中項目 | 『基準』数 | 『観点』数 | |
---|---|---|---|---|
教育研究上の目的 | 1 教育研究上の目的 | 1 | 1 | 5 |
薬学教育カリキュラム | 2 カリキュラム編成 | 2 | 25 | 7 |
3 医療人教育の基本的内容 | 8 | 25 | ||
4 薬学専門教育の内容 | 4 | 9 | ||
5 実務実習 | 9 | 29 | ||
6 問題解決能力の醸成のための教育 | 2 | 9 | ||
学生 | 7 学生の受入 | 3 | 17 | 8 |
8 成績評価・進級・学士課程修了認定 | 6 | 17 | ||
9 学生の支援 | 8 | 20 | ||
教員組織・職員組織 | 10 教員組織・職員組織 | 8 | 8 | 24 |
学習環境 | 11 学習環境 | 2 | 2 | 8 |
外部対応 | 12 社会との連携 | 2 | 2 | 8 |
点検 | 13 自己点検・評価 | 2 | 2 | 7 |
(合計数) | 57 | 176 |
受審大学の第三者評価は,このように大学からの「自己点検・評価書」の提出から始まり,最終的に「評価報告書」が公表されるまでの約1年間を要する.
平成28年度までの4年間の受審大学の評価結果をもとに,主要な「評価基準」に沿って6年制薬学教育の在り方について考えてみたい.
まず,基準1-1に示されている「教育研究上の目的」と,これに基づいて設定されるべき「三つの方針」,すなわち「学位授与の方針」(基準8-3-1),「教育課程の編成・実施の方針」(基準2-1)および「入学者受入の方針」(基準7-1)については,教育の質の担保と改善の促進を目的とする専門分野別評価の特徴と言える評価基準である(表2).これらについては,大学は概ねそれぞれが実施する薬学教育に相応しい目的や方針を設定しているものの,方針間の整合性が十分に取れていない例,あるいは方針と実際の教育内容に乖離が認められる例も散見された.また,これらを教育に具現化し,学生との共有化を図るシラバスについても不備が目立つ大学もあり,こういった点については今後早急に是正が図られるべきである.「三つの方針」については大学教育改革の実現に向けた文科省の省令改正(平成28年3月31日改正・平成29年4月1日施行)により,これらを一貫性のあるものとして策定し,公表することが求められていることから,大学はこれに基づいた見直しも行わなければならない.「三つの方針の策定及び運用に関するガイドライン」が各大学の建学の精神や強み・特色等を踏まえた自主的・自立的な三つの方針の策定と運用の参考方針として公表されている(文科省ホームページhttp://www.mext.go.jp).
中項目1.教育研究上の目的 |
【基準1-1】 |
薬学教育プログラムにおける教育研究上の目的が大学または学部の理念ならびに薬剤師養成教育に課せられた基本的な使命を踏まえて設定され,公表されていること. |
中項目2.カリキュラム編成 |
【基準2-1】 |
教育研究上の目的に基づいて教育課程の編成・実施の方針(カリキュラム・ポリシー)が設定され公表されていること. |
中項目7.学生の受け入れ |
【基準7-1】 |
教育研究上の目的に基づいて入学者受入れ方針(アドミッション・ポリシー)が設定され公表されていること. |
中項目8.成績評価・進級・学士課程修了認定 |
【基準8-3-1】 |
教育研究上の目的に基づいて学位授与の方針(ディプロマ・ポリシー)が設定され公表されていること. |
「三つの方針」のうち「卒業認定・学位授与の方針」(DP)は,「学生の学修成果の目標ともなるもの」とされており,大学が掲げるアウトカムとの整合性が問われる.また「教育課程の編成・実施の方針」(CP)については,「学修成果をどのように評価するのかを定める」ことが求められており,さらに「入学者受入の方針」(AP)は,「受け入れる学生に求める学習成果(「学力の3要素」についてどのような成果を求めるか)」を示すものとされている.
第三者評価の基準に照らして受審大学における「三つの方針」を見てみると,まずDPについては,これに基づいた「公正かつ厳格な学士課程修了認定」(基準8-3-2)において,卒業認定の在り方について改善を求められた大学があった.上記の省令改正に従えば,今後は大学が掲げる学修成果(アウトカム)との整合性を十分考慮したDPの設定と,これに基づいた適正な卒業認定制度が求められる.
CPについては,「学修成果の評価」が求められているが,これは第三者評価の評価基準においては「目標達成度評価の指標の設定とそれに基づいた適切な評価」がヒューマニズム・医療倫理教育(基準3-1-1)や問題解決能力の醸成教育(基準3-1-1),教養教育・語学教育(基準3-2-2),実務実習事前学習(基準5-1-1),問題解決型学習(基準6-2-1)において必須事項として取り上げられている.また,病院・薬局実習でも「実務実習の総合的な学習成果の適切な指標に基づいた評価」(基準5-3-6)が望まれており,さらにDPとの整合性から,学士課程修了認定における「教育研究上の目的に基づいた教育における総合的な学習成果の測定指標の設定とこれに基づいた測定の実施」(基準8-3-3)が望まれている.すなわち,省令改正によってCPに求められる事項はすでに「評価基準」に反映されているが,実際のカリキュラムにおいてこれらの基準を満たす大学はほとんどないのが現状であり,第三者評価においては多くの大学において「改善すべき点」として指摘されている.今後は各大学においてDPに基づいた目標達成度評価指標の設定と適確な評価の実施に取り組まなければならないが,少数ながら基準を満たしている大学も見受けられることから,機構としてはこういった例を毎年公表する「薬学教育(6年制)評価報告書」等において取り上げ,薬学全体の教育の質の担保・向上に資するものとして共有化を図ることも重要であると考える.
APについては,第三者評価において「教育研究上の目的に基づいたAPの設定・公表」(基準7-1)と「入学志願者の適性および能力の適確かつ客観的な評価」(基準7-2)が求められている.実際には,これらの基準に照らして適正な評価を行うことは難しいところではあるが,現状において改善が求められている大学もある.今後,入学者選抜において,さらに「学力の3要素」,すなわち「i)知識・技能,ii)思考力・判断力・表現力等の能力,iii)主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度」の学修成果を問うことが求められるとすれば,各大学での対応に留まらず,薬学全体として教育の質の担保・向上に資する入試制度のあり方を議論する必要があろう.
4年目の平成28年度の第三者評価では,自己点検・評価の対象年度が平成27年度であることから,初めて従前のカリキュラムに基づいた薬学教育とともに,同年から開始された学修成果基盤型教育に基づく改訂モデル・コアカリキュラムに沿った教育が評価の対象となった.今後は,第1サイクルの第三者評価が終了する平成31年度まで両方が評価の対象となり,受審大学は自己点検・自己評価においてこれに対応しなければならないが,年次進行とともに後者に関する評価が主となると予想される.一方,上記の「三つの方針」に関する文科省の省令改正は薬学に限ったものではなく,改訂モデル・コアカリキュラムに対応した薬学教育の開始に直接つながるものではないが,現行の「三つの方針」に関わる第三者評価の「評価基準」は,十分にその本質をとらえており,これに基づいた各大学における適正な薬学教育プログラムの構築・運用の指針となるものであると考える.
最後に,中項目13の「自己点検・評価」は,大学教育における内部質保証の在り方が問われている評価基準である.第三者評価は,薬学教育プログラムの質を担保し,その改善を図り,その質を社会に保証することを目的としており,外部質保証を担うものと言える.一方,各大学における内部質保証の意義は,自らの責任で大学における教育研究の質を維持・向上させることにあり3),自主的,自発的活動としての自己点検・評価の機能の充実を図るシステムを整備することが求められる.本中項目の評価結果からは,「自己点検・自己評価の実施とその結果の公表」(基準13-1)はほとんどの大学で行われているが,「自己点検・評価の結果の教育研究活動の改善等への活用」(基準13-2)については多くの大学で十分ではない状況がうかがえる.内部質保証システムは,大学が社会から負託された使命を遂行するために自らの教育研究活動を継続的に律するための仕組みであり,各大学における今後の改善が望まれる.
なお,実務実習等の改訂モデル・コアカリキュラムに沿った教育プログラムの内容に関する第三者評価の在り方については,別の文献をご参照いただきたい4).
第三者評価は,平成31年度で第1サイクルを終了し,その後同じ受審大学の順番で第2サイクルに入る.改訂モデル・コアカリキュラムに沿った薬学教育を受けた学生が初めて卒業するのが平成32年度末であることから,評価対象年が評価を受ける前年であることを考えれば,第2サイクルの第三者評価を開始する時期には考慮が必要かもしれないが,少なくとも上記の「三つの方針」に関する対応が各大学において十分に定着していることが期待される時期となろう.第2サイクルの「評価基準」はすでに決定され,公表されおり,第1サイクルの「評価基準」から,大学での「三つの方針に基づく薬学教育の PDCA サイクル」が教育の質保証として機能し,評価が教育の質向上につながることを目指した改定が行われている.先に述べたように,平成28年度までの約半数の大学が対象の評価結果ではあるが,第1サイクルでは総じて教育の質保証とその向上に必要な「三つの方針」に関する文科省令改正への対応と,内部質保証システムの構築とPDCA サイクルの実効性に課題が見出されており,改定ではこういった点を的確にとらえ,自己点検・自己評価を促す「評価基準」となっていると言える.一方で,評価を行う側とすれば,やはり受審大学の自己点検・自己評価が的確に「自己点検・評価書」に表されていることが教育の質保証・向上に資する適正な評価を行うことの必要条件であり,これを満たすためには,受審大学が第三者評価の意義に留まらず,先に示した改定の理念や個々の「評価基準」が真に求めているところについて,評価する側と十分に共有することが重要となる.そのためには,全大学参画のもとに第2サイクルの開始までに第1サイクルの評価結果の総括による課題の抽出と顕在化を図り,さらに改定「評価基準」に基づいた自己点検・自己評価の在り方の周知・共有化を進める必要がある.
薬学教育評価機構は,「我が国における薬学教育機関の教育の質を保証するために,薬学教育プログラムの公正かつ適正な評価等を行い,教育研究活動の充実・向上を図ることを通して,国民の保健医療,保健衛生,ならびに福祉に貢献することを目的とする」組織であり,「薬学教育プログラムの評価事業」とともに「薬学教育プログラムの充実・向上に関する教育事業」や「薬学教育プログラムの充実・向上に関する調査研究」をミッションとしている.機構自体が実効性のあるPDCAサイクルを実践し,こういった薬学教育プログラムの充実・向上に向けた「教育事業」や「調査研究」を先導する役割を果たすべきと考える.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.