Japanese Journal of Pharmaceutical Education
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Special Topics “What we can see through a methodological lens of qualitative research”
Practical report on qualitative research
—Approach in pharmaceutical education laboratory—
Misa NagataTomohisa YasuharaTomomichi Sone
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2019 Volume 3 Article ID: 2019-007

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Abstract

昨今,薬学に求められる「人,社会,教育」を対象とした研究を行うには,これまでの量的なアプローチだけでは不十分であり,質的なアプローチが必要になった.質的研究による成果報告も増えたが,質的研究にはその特性上,新たに一人で研究を始めることには独特の困難がある.本総説では,当研究室にて実践している質的研究のうち,2016年4月に発災した熊本地震の際に,モバイルファーマシー(災害対策医薬品供給車両)によって被災地支援活動に従事した薬剤師の思いを明らかにした修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いた研究と,本学5年次に実施したTeam Based LearningとProblem Based Learingを組み合わせた学習に対する学生の思いを,Steps for Coding and Theorization(SCAT)と因子分析・クラスター分析した結果を合わせた混合研究の2つを紹介する.質と量の双方の観点を持ち続け,目的に合致した手法を選び,時には重ね合わせることは,薬学教育研究がさらに発展するために必須である.

はじめに

薬学の研究成果の中にも質的研究の実践例が増えつつある13).昨今,薬学に求められる「人,社会,教育」を対象とした研究を行うには,これまでの量的なアプローチだけでは,教育や社会現象の過程をどれだけ反映しているかという疑問が残り不十分であり,質的なアプローチが必要になってくる.しかしながら,質的な研究は,研究者の主体的解釈を積極的に活用する特性4),量的研究にはみられない研究プロセス,得られる結果の不確定さから,量的な研究,特に実験科学を中心としてきた薬学研究者には戸惑いを与えることが多い.このような従来の薬学の背景を持った者が質的研究を新たに始めるには,一人で実践するにはハードルが高いという印象を与えることは否めない.

摂南大学薬学教育学研究室では,質的研究の有用性に早くから着目し,これまでに様々な研究にその手法を導入してきた.当研究室でも教育研究の試みは量的な手法である所謂アンケート解析から始めたのは全国の多くの薬学教育研究者と変わらないが,量的な手法の限界に行き当たった5,6).即ち,「アンケートが示す客観的な結果」と「教育実践者が実際に感じている学生の反応」にギャップを感じ,そのギャップをアンケートの解析では埋められないという悩みである.アンケート解析のみに頼らず,テキストマイニングやKJ法といった手法も取り入れてみたが,根本的な解決にはいたらなかった7).今振り返ってみれば,本質的には量的な手法であるテキストマイニング4) や,「質的なものの考え方」を身に付けていなかった当時の我々が行うKJ法では,文脈に富んだ解釈を導き出せる訳がなかった.そのような我々が質的な手法に出会えたのは僥倖であった.量的なアプローチでは決して明らかにはできなかった文脈的な解釈をもたらす手法に出会い,当研究室における「人,社会,教育」を対象とした研究に幅が広がった.以来,当研究室では研究目的や取得できるデータに合わせて量的な研究と質的な研究,またはそれらを合わせて用いる混合手法を活用している.質的なアプローチにより薬学教育領域においてこれまでにはない視点での解析を行うことができた.成果としては,薬学部における卒業研究に対する教員の思いの抽出とその結果に基づいた卒業研究の評価を作成する試み8) や,参加型の問題解決型学習に対する学生の思いの抽出,Small Group Discussion(SGD)のチューターを務めた上級生に対する意識の変容の解析などである.また,臨床における薬剤師の思いを抽出する方法としても有用であり,熊本地震支援に従事した薬剤師の思いの抽出9),健康サポート薬局制度導入に対する現場の薬剤師の思いの構造化などの成果を上げてきた.

本総説では,当研究室にて実践している質的研究のうち,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(Modified-grounded theory approach: M-GTA)を用いた2016年4月に発災した熊本地震の際に,モバイルファーマシー(災害対策医薬品供給車両)によって被災地支援活動に従事した薬剤師の思いを明らかにした研究と,本学5年次において実施していたチーム基盤型学習(Team Based Learning: TBL)と問題基盤型学習(Problem Based Leaning: PBL)を組み合わせた問題解決型学習に対する学生の思いを,学生のレポートのSteps for Coding and Theorization(SCAT)による解析とアンケートの因子分析・クラスター分析した結果を合わせた混合研究の2つを紹介する.

M-GTAを用いた研究

有名な質的解析の手法の一つにグラウンデッド・セオリー・アプローチ(Grounded theory approach: GTA)がある.GTAは,インタビューなどで得られた記述データを切片化し,構造化,概念やカテゴリなどの関係を捉え,暫定的なモデルを構築する.データの切片化は,作業の定型化を容易にするため解析過程に客観性を持たせやすい利点がある一方で,切片化されたデータからは文脈が失われることが多く,それぞれのデータが持つ語りが劣化する懸念がある.この欠点を補うため木下康仁氏が修正した方法であるM-GTAは,データの文脈を意識し,データの切片化をなるべく避け,データそのものがもつ語りを多く残しながら,現象ごとの影響関係や行動推移のパターン,システム変化など,何らかのプロセスを構造化していく方法である1012).M-GTAのメリットはインタビュー対象者などの語りとして収集されたデータが持つ文脈をそのままに概念をつくることで,データの持つ本来の物語がそのまま結果に反映されやすいことである.対してデメリットは,研究者の主体的解釈を積極的に活用するため,研究者の質によって結果にばらつきが出やすい質的研究の一面が表れやすいことである.

今回紹介する研究は,2016年4月に発災した熊本地震で初運用されたモバイルファーマシーによって被災地支援に従事した薬剤師の感じた被災地あるいはモバイルファーマシーに対する思いなどを明らかにすることを目的に実施した一例である.

熊本地震の際にモバイルファーマシーを運用したことは,災害時に「薬」に特化した医療車両を派遣したという意味でも社会的に新規の事象になる.モバイルファーマシーを用いた医療支援という新規の事象を整理しその課題や,支援に携わった薬剤師の葛藤を明らかにし,社会に対して発信し,科学的な研究成果として記録に残すことは薬学研究の使命としても極めて重要である.しかしながら,従来の薬学が用いてきた量的な研究手法では,社会的に新規であり関わった人が少なく比較対象も少ない事象を取り扱うことは困難である.一方,人間科学の分野では,新規の事象が発生した場合には,その事象を構造化し全体像を明確にすることが重要であり,そのためには質的研究が適しているとされている13).熊本地震における薬剤師の活躍と我が国で初めて投入されたモバイルファーマシーの貢献を明らかにし,今後の展開につなげるためには,質的研究を選択することが最適であると考え,本研究を実施した.

M-GTAでは,インタビューの具体的回答内容であるヴァリエーション,内容のキーワードやその他思いついたことを書いておく理論的メモ,全体を説明する定義,全体を一言でまとめた概念名からなる分析ワークシート(図1)を概念ごとに作成する.概念の関係性を考慮してカテゴリをまとめ(表1),これらの関係性を結果図(図2)としてまとめることで対象とした事象のプロセスを構造化していく.このように構造化することで全体像が明確され,事象を把握し共有することが可能になり,今後の展開につなげることが可能となる.

図1

M-GTAで用いた分析ワークシートの例

表1 概念とカテゴリのまとめ
カテゴリ 概念
支援によって得たもの 避難者への直接貢献
避難所・被災者の状況
出来なかったことへの後悔
モバイルファーマシーの浸透
モバイルファーマシーが
活用されるためのステップ
災害支援の法的な整備
マスコミ対応の必要性
将来的な運用の在り方
運営上の問題
今後の薬剤師
モバイルファーマシーに
よる支援の壁
モバイルファーマシーの中での隔離
支援体制に組み込まれない
有効な活用場所が不明
低い認知度
情報管理の困難
薬剤師としての意識 薬剤師としての業務
公衆衛生管理
服薬指導
医薬品ロジスティック
薬剤師としての使命感
支援の質に関係する因子 理解ある他職種の存在
被災地外との情報通信
連携でかなう支援 他者・他職との連携
薬剤師同士の相互支援
医療チームミーティングへの参加
被災地との連携
支援に行くための葛藤 派遣される薬剤師の心情
派遣させることの葛藤
被災地に関する情報不足
過去の災害支援経験
支援を後押しした因子 派遣の募集
動機の補強
後方支援
支援を阻む因子 派遣準備の不安
派遣先での不安
支援者の被災
診断的行為への躊躇い
デバイスとしてのモバイルファーマシー モバイルファーマシーの基本的技能
引継ぎ
撤退を見据えた活動
支援に行くための理由 過去の被災体験
行けなかった被災地支援
役に立ちたいという思い
図2

M-GTAによる結果図

表2 SCATによるステップコーディングの例
番号 テクスト 〈1〉テクスト中の着目すべき語句 〈2〉テクスト中の語句の言いかえ 〈3〉左を説明するようなテクスト外の概念 〈4〉テーマ・構成概念(前後や全体の文脈を考慮して) 〈5〉疑問・課題
1 グループで問題を解きお互いの意見を聞きながら正解を導き出すことが意外と難しく思いました. グループ,意見,正解を導く,難しい グループワーク,議論から正解にたどり着く困難さ グループワークにおけるメンバー間の議論から正解にたどり着く困難さへの気付き.
2 また,意見を出し合うことでわからない所は教えあえるのでよかったと思いました. 教えあえる良さ 知識の相互補完というグループワークの利点 グループワークは知識の相互補完・間違いへの気付きを得る学びの場である.
3 個人のテスト結果がだめでも,みんなで考えて答えを確認したので自分のミスや考え方の違いを再度確認できるのでとても勉強になりました. みんなで考え,
ミス,再度確認,勉強になる
間違ったところを
みんなで考え直す
間違いへの気づきを得る学びの場

SCATと因子分析・クラスター分析の混合研究

SCATは,言語データを断片化して解析する質的研究のための手法で,4段階のコーディング(表2)をすることにより,データを洗練化できることから,アンケートの自由記述欄などの比較的小さな質的データの分析にも用いられる14,15).コーディングの手順と手法が明確に定められているため,研究者の主体的解釈が結果に与える影響が少なく,質的解析の初学者が取り組みやすい手法といえるが,データの断片化と定型的なコーディング作業を経るためデータ本来が持つ文脈の損失に注意を払う必要がある.当研究室では,比較的文脈性の低いデータを取り扱う場合,あるいは文脈そのものの取り扱いに不慣れな者が大量のデータを取り扱う場合にSCATが適していると考える.

摂南大学薬学部では2015年度まで5年次生に対して,社会調査研究の実践を想定したアンケート作成と調査,解析を行う演習を実施していた.この演習は,TBLの応用問題としてPBLを取り入れ,自ら作成したアンケートを自分たちで答えてそのデータを解析する実践型の取り組みである.本研究は,この新たな取り組みを体験した学生が得た気付き・学びと,それに至るまでのプロセスを明らかにすることを目的として行った.本演習に関する量的解析を前提としたアンケートと質的解析を前提とした600字のレポートを用いて,量・質の各研究だけでは把握しきれない現象を捉えようと実施した混合研究である.

アンケートの全設問42項目を用いて行った因子分析とクラスター分析では,スクリープロットより因子の固有値1.5以上を指標とし,最終的な共通性0.2以上,どの因子に対しても因子負荷量が0.4未満の項目を排除することを基準に探索的因子分析を行い,最終的に残った28項目を用いて因子分析を行った.その結果,7つの因子が抽出された.累積寄与率は70.3%となった(表3).更に算出された因子得点より階層型クラスター分析(Ward法)を行った結果,5群に分けられた(図3).この5つの群ごとに学生のレポートをSCATにより質的な解析を行った.本論文では,例としてA群に関する解析結果を紹介する.因子分析とクラスター分析の結果から,この群の特性は「演習評価としてのピア評価や演習方法としてのTBLの導入に対し好意的である.また,本演習を,難しいと感じ達成感は乏しい.」と読みとれた.この結果に対し,SCATから得られた結果を重ね合わせると「知りたい命題を設定したことで,やりがいや集中力が増し,意見が出しやすくなったと感じ,自由なテーマ設定に好意的である.TBLでの学習により統計学の知識を深めた実感や知識定着度の高さを実感している.また,グループワークを通して理解の不十分さを,グループメンバーと自身を比べることで弱みや不足点に気付き,メンバーに触発されてグループワークに取り組んだ.」と読み取ることができる(図4).因子分析・クラスター分析の結果は,アンケート結果を統計学的に分類し,その妥当性や客観性を数値結果として評価することができる.しかし,「達成感は乏しい」と学生たちが答えたその内面を示すことは決してない.一方,SCATの手順に従って解析された結果は,記述の文脈を踏まえて解析されたものとなる.そのため,量的研究では分からなかった「達成感は乏しい」と学生たちが答えたその内面を「グループメンバーと自身を比べることで弱みや不足点に気付いた」ことによるものだと読み取ることができた.量と質の両アプローチは対立するわけではなく,それぞれの利点を活かして相補的に用いることで,量的・質的な解析結果の妥当性を高めあう結果になったと考えられる.

表3 アンケート項目と因子名
アンケート項目
因子1 演習評価としてのピア評価導入 ピア評価を他のグループワークにも取り入れるべきだ.
ピア評価を実習にも取り入れるべきだ.
TBLの効果的な実施にピア評価は必要だと思いますか?
ピア評価は廃止すべきだ.
TBLにおけるピア評価の存在は学習意欲を高めますか?
ピア評価があなたに与える影響はどのようなものですか.
因子2 演習方法としてのTBL導入 ピア評価がなくても演習態度は変わりませんか?
TBLは臨床研究立案法を理解するために有効な学習方法だと思いますか?
TBLは統計学を理解するために有効な学習方法だと思いますか?
TBL式の演習は効果的な学習法だ.
講義とTBLどちらが理解しやすいですか?
個人学習とTBLどちらが理解しやすいですか?
この演習は無駄だった
TBL式の演習は廃止すべきだ.
因子3 評価に与える競争心の影響 IRATの成績で他人に負けたくないと思う.
GRATの成績で他のグループに負けたくないと思う.
ピア評価でグループメンバーに負けたくないと思う.
演習中に他の人に刺激されて頑張ろうと思ったことはありましたか?
因子4 演習への教える側としての能動的参加 TBL中にグループメンバーに教えた経験はありましたか?
あなたはグループメンバーから頼られたことはありましたか?
他人に教えることで,より理解が深まった.
グループのディスカッションに積極的に参加できましたか?
因子5 演習の達成感 GRATはどの程度の難易度だったとき達成感がありましたか?
IRATはどの程度の難易度だったとき達成感がありましたか?
因子6 演習の難易度 IRATの難易度はどうでしたか?
GRATの難易度はどうでしたか?(グループで取り組む難易度として)
因子7 演習の楽しさ あなたのグループが協力的なグループだったから頑張れたと思う
TBLに楽しく参加できましたか?

最尤法,対角要素=SMC,Quartimin回転

図3

クラスター分析(Ward法)による樹形図

図4

因子分析とSCATの結果を合わせた例

終わりに

質的研究は漠然とした「思い」や「当たり前」がきちんと理論となって出てくるものであるという実感が経験を重ねるごとに増している.質的な解析には質的な解析でしか見えないものがあり,量的な解析には量的な解析でしか見えないものもある,というのが多くの解析を行ってきて持った実感である.双方の観点を持ち続け,目的に合致した手法を選び,時には重ね合わせた教育研究を行うことで,学習者自身が明確に言語化出来ておらず,自由記述アンケートなどでは表現できない思いや目の前で起きている現象が明らかになる場合もある.薬剤師を取り巻く環境の変化に対応しながら学習の質の向上を追い求める薬学教育においては,量的研究と質的研究のどちらにも偏らず両者を統合的に用い,複雑な現象や課題にアプローチしていくことが最良と考える.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

文献
 
© 2019 Japan Society for Pharmaceutical Education
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