2021 Volume 5 Article ID: 2020-004
障害者差別解消法の施行に伴い,すべての大学において学生を含む障がい者への差別的取り扱いの禁止が義務化された.このため,各大学において障がいを有する学生への支援,合理的配慮が提供され始めたが,個人情報保護法等に十分配慮しながら,薬学教育における具体的な支援事例を紹介し,議論する機会を設けること,また,合理的配慮に精通した教職員による事例紹介と薬学教育への応用に関して議論することは,障がいを有する学生への支援および合理的配慮を提供するうえでの注意点やあり方を共有できる貴重な機会といえる.本稿では,姫路獨協大学での支援事例として,高学年学生ノートテイカーによる支援や音声変換システム等の導入による支援の試みについて,支援を試みた教員の意見および支援を受けた学生の意見を紹介する.
All universities must prohibit discriminatory treatment of persons with disabilities according to the Act for Eliminating Discrimination against Persons with Disabilities. Support and reasonable accommodation for students with disabilities are provided as a result of this Act. Still, the introduction and discussion of specific support cases have been limited in pharmaceutical education due to privacy laws. A faculty member who is familiar with reasonable accommodation and its application to pharmaceutical education introduced a valuable case study on providing support to students with hearing disabilities. In this paper, examples of support from Himeji Dokkyo University are introduced, in particular the support of senior-grade student notetaking and the introduction of a speech conversion system, along with the opinions of the faculty members who tried the support and the hearing impaired students who received the support.
平成28年4月,「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」,所謂,障害者差別解消法が施行された1).これに伴い,すべての大学において学生を含む障がい者への差別的取り扱いの禁止が義務化され,合理的配慮の不提供の禁止についても,国公立大学では義務化,私立大学では努力義務化となった2).一般社団法人日本私立薬科大学協会の学生部長会議は,私立薬科大学および私立大学薬学部の学生部長が一堂に会し,会員大学から提出された学生部に関連した承合事項に対する各大学があらかじめ回答し,その回答をもとに議論する場である.平成29年度の学生部長会議の承合事項は8件あり,そのうち1件は「障がい学生支援に係るボランティアの確保について」という障がい学生支援に関するものであった.また平成30年度は4件の承合事項のうち,「聴覚障害・視覚障害学生に対する支援について」および「障がいを持つ学生に対する支援組織,学修指導,就職支援体制について」という2件の障がい学生支援に関する承合事項が挙げられており,各大学とも障がいを有する学生への合理的配慮について,試行錯誤しながら進めている様子がうかがわれた.また,第2回日本薬学教育学会大会において,「個性が輝くインクルージョンの実現―合理的配慮と方略・評価の多様化,薬剤師としての資質の水準を考える―」と題したシンポジウムが開催された3).このシンポジウムは,我が国の薬学教育に関する学会等で合理的配慮に関して議論された初めてのシンポジウムであり,第3回,第4回の大会でも合理的配慮に関するシンポジウムやワークショップが開催され,薬学教育における合理的配慮の提供と卒業生の質保証について議論がなされてきた.
このような背景から,各大学において障がいを有する学生への支援,合理的配慮が提供され始めたが,個人情報保護法等に十分配慮しながら,薬学教育における具体的な支援事例を紹介し,議論する機会を設けること,また,合理的配慮に精通した教職員による事例紹介と薬学教育への応用に関して議論することは,障がいを有する学生への支援および合理的配慮を提供するうえでの注意点やあり方を共有できる貴重な機会といえる.本稿では,姫路獨協大学での支援事例を紹介する.なお,当該学生および保護者から,第4回日本薬学教育学会大会での発表および薬学教育における誌上シンポジウムの執筆について,あらかじめ同意を得ている.
姫路獨協大学は1987年に姫路市と獨協学園による公私協力方式で開学した大学である.開学当初は外国語学部と法学部で構成され,その後,1989年に経済情報学部が設置されたことから,文科系大学として運営されていたが,2006年に医療保健学部,2007年に薬学部が設置され,文理総合大学へと移行してきた.さらに,2016年には文科系3学部を改組した人間社会学群と看護学部が設置され,現在,1学群,3学部で構成される総合大学である.姫路獨協大学の事務組織は,学群・学部に事務組織を置くかたちをとらず,1学群,3学部と事務局が並列する形となっており,事務局内に設置された総務部,教務部,学生部等が全学群・学部の事務業務を一括して担当している.障がいを有する学生が入学し,大学に対して合理的配慮が求められた場合,具体的な支援や合理的配慮について事務部門で判断することが困難な場合が多くあった.すなわち,文科系学群は講義中心のカリキュラムになっていることに対して,医療系学部は講義のみならず学内および学外での実習を伴うことなどから,所属学部の教員が授業スタイルに応じて個別の支援や合理的配慮を提供しており,これを事務部門で統括することが困難であった.なお,令和元年度より,教務部が中心となって障がい学生支援調査が開始され,支援事例の収集と評価が進められている.
聴覚障害を有する学生が入学し,新入生健康調査が行われた際,当該学生から提出された書類に「聞き取りが難しいので,私の顔を見て話して欲しいこと.大事なことは筆談でお願いします.」という記載があった.当時の薬学部長と事務部門の担当者が当該学生に対する支援について相談したところ,他大学では一般のボランティアが関わっているが,単なるボランティアではなく研修を受講したボランティアが必要であること,薬学部の学習内容を考慮すると一般のボランティアでは対応が難しいのではないか等の意見があり,一般ボランティアは募集しなかった.当該学生は手話を使っておらず,大学入学までは読唇術によって講義者からの情報を得ていたことから,語学科目については,授業や試験で会話を課す部分は別途筆記で対応いただくよう,それ以外の講義科目では,当該学生のほうを向いて講義をしていただきたいこと,その他必要に応じて配慮していただきたいことを薬学部長から各授業担当者に依頼があった.また,姫路獨協大学薬学部では,3年次まで教室の座席を指定していることから,当該学生の座席を講義担当者の口元が見えやすい座席に変更した.
1年間の授業が終了したのち,薬学部長から当該学生に授業の様子について確認したところ,大部分の科目は,教科書や資料,パワーポイントと教員の口元からフォローできた,ということだったが,板書が中心の授業への対応が難しかった,試験日程等が口頭で伝達されたことがあり,把握できなかった,という問題が生じていたことが判明した.特に,大事な日程が把握できなかったことによって,学生が大きな不利益を被ったことから,新たな支援策について検討し,薬学部長の研究室に所属する6年次学生が化学系科目のノートテイカーを担当することとなった.なお,ノートテイカーはティーチングアシスタントとして雇用し,姫路獨協大学の規定に基づいて謝金を支払った.予算は薬学部の運営経費からの支出とした.
当該学生は教室の前から2列目の座席が最も講義者の口元を確認しやすいとのことで,2列目の中央付近を指定座席としていたため,ノートテイカーの学生は,当該学生のとなりに着席し,学生と同じ授業資料を配布された(図1,2).また,ノートテイカーは,白紙のA4用紙を準備し,教員が口頭で説明した部分で重要なところなどを授業資料あるいはA4用紙に書き込み,当該学生に提示するようにした.授業終了後,当該学生からノートテイカーや教員に対して質問があればそれに対応し,適宜励ますようにしていた.初年度は問題点も生じていたものの,ノートテイカーの導入により,学生の化学に対する理解と興味が急速に高まっていることを薬学部長が実感したとのことであった.

当該学生とノートテイカーの着席場所

当該学生とノートテイカーの位置関係
初年次から3年次までの科目のうち,当該学生の希望によりノートテイカーを導入した科目は,実感する化学,基礎物理学,物理化学,無機化学,分析化学Ⅱ,生薬学,薬学基礎演習であり,基礎薬学分野の化学系,物理系科目がこれに該当した.一方,当該学生は,生物系科目,薬理学,薬剤学等の医療薬学系科目では,ノートテイクを必要としなかった.この理由として,授業資料にイラストが多い科目のため,視覚的情報から授業内容を把握しやすいことなどが考えられた.
6年次生がノートテイカーを担当していたため,その年度が終了しノートテイカーが卒業することに伴い,新たなノートテイカーが必要となるが,当該学生の3年次までは高学年学生が積極的に支援に携わりたい意思を持っていたことから,切れ目のないノートテイカーの確保ができた.一方,測定はしていないものの,ノートテイカーを担当した学生は,当該学生の支援に携わることで,医療人としての倫理観の涵養,教育能力の伸長にも大きく影響していると予想される.このような支援により,当該学生が,Problem-based learning(PBL)をはじめとする発表が必要となる場面で口頭発表に挑戦したいという意思を持つようになっていった.
当該学生が4年次へと進級した時期にあわせて,ノートテイカーの確保が困難となった.この理由として,授業内容が応用的であり,ノートテイカー自身に高い学力が要求されること,4年次および6年次のスケジュールがタイトであること,実務実習期間の変更も影響していた.また,専門用語が多くなること,PBLおよびTeam-based learning(TBL)への対応,実務実習につながる臨床準備教育および実務実習事前学習への対応も必要であると考えられた.
まず,実務実習事前学習に相当する講義科目において,音声変換システムが導入できないか検討した.姫路獨協大学では,臨床準備教育における薬歴作成訓練を目的として,東邦薬品ホールディングス株式会社より自動音声認識・電子薬歴一体型システムの貸与を受けており,このシステムには音声変換システムAmiVoice®も搭載されている.このAmiVoice®は,マイクから入力された音声データをテキストデータに変換するシステムであり,ワープロ等のアプリケーションにも対応可能であるため,講義者の音声データを当該学生の机に設置したPCに表示することで,ノートテイカーの代わりとして講義での情報保証ができないか試みた.具体的には,教壇に立つ講義者がマイクをつけ,20 mのUSB延長ケーブルで教室の中央2列目に着席した学生の横に設置したPCにテキストデータを表示するシステムの導入を検討した(図3).その結果,会話程度の内容とスピードであれば誤変換がほとんどない状態でリアルタイム表示ができるものの,一部の専門用語は誤変換されることが判明したことから,本システムを実用化していくためには,辞書データの強化が必要であることが示唆された.当該学生にもこのシステムを見せたうえで導入するか否かを相談したが,あまり効果的な支援にはならないのではないかという印象であったため,講義科目への導入は見送った.しかしながら,PBL等の授業でグループメンバーがいつ発言するかわからない状況では,当該学生が読唇術により言語情報を得ることが困難であるため,本システムを用いてグループメンバーの発言を表示および記録することで,議論における情報保証ができないか検討している.

音声変換システムAmiVoice®を用いたテキスト変換支援の試行例
また,これまでは授業で使用している教科書やプリントの説明時に説明している部分を書画カメラで映写し,重要な部分の強調や追加は口頭での説明に留めていたが,口頭で説明するとともに赤字のボールペンで書き込み,当該学生が重要な部分を把握できるよう配慮した(図4).例えば,アセトアミノフェンによる肝障害の発現メカニズムに関する講義では,図3に示すプリントを書画カメラで映写し,当該学生のほうを向いて口頭で説明するとともに講義者が赤字部分を記入した.また,アルコールによるCYP2E1の誘導の説明時には治療薬マニュアルの55ページを開くよう赤字で記入したのち,治療薬マニュアルの該当ページを書画カメラで映写しながら,あらかじめ該当部分を蛍光ペンでマークした部分をボールペン等で示すことで,どの部分が重要な事柄か当該学生が把握できるよう努めた.

授業資料の提示方法の工夫例
また,演習科目にパパパコメントを導入した.このパパパコメントは,リクルート社が公開したBETA版のツールであり,2018年9月現在,リクルート社は運営から撤退し,有志によって同名の仕組みが公開,運用されているもので,インターネットを介して専用サイトにアクセスしたうえであらかじめ教員が設定した「部屋名」を入力し,インターネットおよび教員のPCを介して,講義で投影されているスライド上に文字を送ることができるシステムであり,講義という受動的学習法に能動的,双方向性を持たせるために注目されているシステムである4).演習のテーマは,pH変動試験の実施とデータ解釈,果物系ジュースと重曹の混合による配合変化の理解,実際の処方例を用いて配合変化の回避方法を立案であったが,教員による説明,学生による発表時に導入したところ,当該学生以外の学生から好意的なコメントが多数あり,教育者と学習者の双方向性の情報交換による学習効果の伸長が示唆された.また,当該学生からは,授業が楽しめたこと,画面を通じて言葉がつながるので助かった,というコメントがあったことから,聴覚障害を有する学生に対して効果的であると考えられた.
当該学生は,シンポジウムが開催された時点で4年次前期を終えたところであったため,今後,後期の臨床準備教育,薬学共用試験,実務実習へと進んでいくことになる.近畿地区では,臨床準備教育における概略評価表(例示)〈近畿地区版〉を作成し,これに基づく測定結果を実務実習受け入れ施設に開示するとしている.また,この測定結果を科目の成績判定に用いてもよいという合意形成が得られており,姫路獨協大学では,すべての観点について第1段階以上に到達していることを実務実習参加の要件とし,1つの観点でも第1段階に到達しなかった場合は,実務実習への参加を認めず,留年という運用をとっている.すなわち,この評価表に示されるshows howレベルのパフォーマンスの修得に向け,どんな支援が必要なのか,当該学生とともに考えていく必要がある.また,薬学共用試験における受験上の配慮,実務実習に向けての支援体制も,今後の課題であると思われる.
最後に,半年間当該学生の支援に携わった筆者の主観を述べる.当該学生を支援するなかで,当該学生が「障がいを有しているから他の人よりも頑張らなければならない」という意思を持っていることを感じた.これは他の学生や担当教員の教育および支援に関するモチベーション向上に大きく影響していると考えられる.また,教員のみならず友人の支援が不可欠であり,大学という環境において,様々な個性をもった学生たちが相互に協力しながら学ぶことで,医療人に必要とされる倫理観や自己研鑽への姿勢,チームワークなどを学ぶことが出来ると思われる.また,ノートテイカーやツールを活用しながら,学生ごとの希望を聞き,臨機応変に対応することが重要であり,単にノートテイクを導入した,ツールを導入したというだけでは,問題は解決しない.また,支援に携わる前提として,障がいを有する学生にとってはこれが日常であるということを強く認識したうえで,どんな支援が必要かを考えることが重要であると考えている.
当該学生の支援事例をご教示いただきました,姫路獨協大学薬学部通山由美教授に深謝いたします.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.