2021 Volume 5 Article ID: 2020-079
本稿は,令和元年8月に行われた第4回日本薬学教育学会大会(大阪)のシンポジウム13で発表した「大学主体の実務実習の在り方を考える」という講演の内容をまとめたものである.内容は以下の3項目である.1)「6年制教育の目的と大学主導の実務実習の位置づけ」では,学校教育法に戻り,6年制薬学教育の目的について確認した.2)「全大学教員による実務実習,臨床教育への関与」では,平成25年度のカリキュラム改定により4年までの教育は「臨床準備教育」と位置付けられ,学年進行に応じて臨床能力,問題解決能力につながる構造的な体系を科目間で共有する授業体系を構築することが必須であることを述べた.3)「今後,大学が真剣に考えなければならないこと」では,参加・体験型実習でいかに充実した臨床教育を大学主導で構築するかについて提案を行った.
This report gathered up the contents of the symposium to “Reconsideration of the university-led pharmaceutical education” in symposium 13 of the 4th Japan Society for Pharmaceutical Education (Osaka). First, I confirmed a different purpose between the 6-years system education and the 4-years system education in Japanese university, and considered the positioning of the university-led clinical education in Japanese faculty of pharmaceutical sciences. Second, I explained the needs of cooperation between many lectures of the specialized field to reconstitute the structural system which is connected in a clinical skill, ability for solution to the problem depending on grade progress. Moreover, I confirmed that the education until 4th grade was placed as “a clinical propaedeutic” by the new curriculum in pharmaceutical education. Third, I performed three proposals that the university-led construction of the substantial clinical education that the faculty members of university must think seriously in future.
薬学教育モデルコア・カリキュラムの改訂を考える前に,今一度,6年制薬学教育に託された目的を考えてみたい.薬学教育6年制への移行時には,6年制と4 + 2年制があたかも等価のように並列で検討が進められた.改定に携わった方々は意識されていたと思うが,当時若手(?)だった私を含め,現場の教員は6年制と4年制の大学が持つ目的の違いにどれほど気が付いていただろうか.単に実務実習が6か月間加わり,2年教育年限が増えるだけだろう,実務教育はできる教員に任せておけばいい,という風潮がなかったとは言えない.大学主導,つまり実務実習も含め大学の責任で教育しなければ,と感じた教員は当時,どれほどいただろうか.
学校教育法第八三条には,4年制大学教育の目的が次のように規定されている.「大学は,学術の中心として,広く知識を授けるとともに,深く専門の学芸を教授研究し,知的,道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする.2項には,大学は,その目的を実現するための教育研究を行い,その成果を広く社会に提供することにより,社会の発展に寄与するものとする.」
一方,6年制大学教育については同法第八七条の2項に,「医学を履修する課程,歯学を履修する課程,薬学を履修する課程のうち臨床に係る実践的な能力を培うことを主たる目的とするもの又は獣医学を履修する課程については,前項本文の規定にかかわらず,その修業年限は,六年とする.」とある.
つまり,実務実習を含む薬剤師としての臨床能力の育成は,まさに,6年制大学教育の目的である「薬学を履修する課程のうち臨床に係る実践的な能力を培う」ことを目的としており,「その修業年限は,六年とする」という意味はここにある.だからと言って,4年制大学教育の目的である「深く専門の学芸を教授研究し,知的,道徳的及び応用的能力を展開させること」,「その成果を広く社会に提供することにより,社会の発展に寄与する」ことを考えないでいいという意味ではない.図1に示すように,4年制大学教育との違いは,薬剤師という臨床能力の育成は,大学6年間とそれに続く4年制大学院だけで完成するのではない.薬剤師として,社会人大学院の充実,卒後臨床研修を通した生涯学習,臨床現場との連携によるシームレスな教育体制の確立が必要であり,卒業後の卒後研修には大学として関わることが必須である.さらに,改革が進む高等教育を修了した高校生が修得しているはずの学力の3要素を生かす教育体制を,教育に携わる大学教員すべてが意識することこそ,大学主体の教育であり,その第1歩が実務実習体制へのかかわり方である.
シームレスな薬剤師教育と大学で行う教育
教育現場と臨床現場の兼任という教育環境がない薬学部の教員には,医学部とは異なり臨床的な実践能力を教育することの難しさと,たとえ臨床能力を育成しても,育った学生が自分の関わる医療現場での戦力にならないという宿命的な構造が存在する.実務実習の単位が卒業研究とほぼ同じと設定されている大学では,今まで通りの卒業研究指導と同様の臨床教育への指導を実施することが求められるのではないか.卒業研究を一部のセンターに任せるというシステムをとっている大学はほとんどないのに,臨床実習ではこのような体系で行っている大学は多いと思う.これでは6年制の大学教育の目標の達成は困難である.
6年制開始当初は,実務実習に出る前の教育と称して事前学習(D-1)という枠が設定されたため,この教科を担当する教員が結果的には実務実習を担うという構造が一般化していたが,平成25年度のカリキュラム改定により,臨床教育は大きく変わり,4年までの教育は「臨床準備教育」と位置付けられ,臨床現場での実務遂行能力の基礎,実務で直面する問題を解決するために必要な能力の育成が学部での教育の目的となった.カリキュラム改定では,到達目標(SBOs)が増えた,減ったという議論ではなく,このような大枠が変わったことを薬系教員が十分に理解し,改定することが必須であったはずである.つまり,自分が担当する授業科目がどのように臨床能力,問題解決能力につながるかを常に意識し,学生に伝達しながら教育を行うことが求められている.網羅的で科目内で完結してしまうような今までの授業から,高学年,さらには卒業後の臨床能力,問題解決能力につながる構造的な体系を科目間で共有する授業体系を構築することが必須であったはずである.
6年制大学教育における臨床教育,実務実習はだれのために,何のために行うのか,各大学で真剣に議論する必要がある.実務実習の単位が取れないと卒業できないからよろしく,という狭い考えから脱却し,国民に信頼される薬剤師を世に送りだすということを真剣に考えなければいけない時期に来ている.本シンポジウムではまず,以下の3点の検証を提案した.
1)薬局-病院の一貫性はもちろん,図2に示す1–2期,2–3期,3–4期という3クールにわたる連続22週間の実務実習の各クール間の平準化が行われているか.また,薬局と病院の実習の間の2週間に行うべきことは十分に行われているか.特に定員の多い大学ではこの点は極めて重要である.検証を重ね,どの時期でも安定した実務実習を受けられるよう,現場と連携しながら改善を続けることが重要である.
5,6年次の薬学教育と実務実習
2)学習成果基盤型教育(OBE)を教員全員が理解した上で,平成25年度の改訂薬学教育モデルコア・カリキュラムがOBEとプロセス基盤型のハイブリッド構造になっていることを十分認識し,OBEで行う実務実習の実施,卒業時における学修成果の評価,そこに至る過程(カリキュラム・ポリシー)の整合性とを明確にすることが重要である.卒業研究との整合性を考えた時,改訂薬学教育モデルコア・カリキュラムによる実務実習に,卒業研究と同等の単位数を与えているなら,そこまでに到達する低学年からの一連の教育の総合的な構造関連性を,教員間で理解・共有した上で,教育に当たることが必要である.
3)大学教育において,OBEに則った卒業時に内部質保証としてディプロマ・ポリシーの達成度を評価することが求められている.社会との接点は5年次の実務実習からであることを考えると,4年生修了時に,第一の内部質保証を担保しなければならないことも十分認識する必要がある.4年間かけて育てた学生は,この第1の内部質保証を満たしているかの検証が必要である.4年次の共用試験を視野に入れた臨床学習は重要であるが,4年次だけの付け焼刃の網羅的学習にならないよう心がけることが大切である.
学生が5年次に実習施設で,臨床現場の環境を十分に生かして,積極的に実習に参加し薬剤師としての資質を伸ばすために,教員が学生と共に7年に一度ではなく,毎年,上記のようなPDCAサイクルを推進しなければいけないことは自明である.これからの医療に薬剤師が期待されることが多く提案されている今こそ,学生から社会の要求にこたえられる能力を引き出すための教育は,大学における臨床準備教育から始まっていることを,臨床現場を持たない大学人として,意識することが必要である.
さらに,22週間の実務実習だけで臨床能力が担保されているのか,実務実習終了後に大学に戻ってきた学生は,臨床に係る実践的な能力を維持し,成長しているかを検証し改善を続けることが,大学に求められる今後の課題である.
現場では初めての改訂薬学教育モデルコア・カリキュラムに準拠した実習であるが,大学人としては,4年間,新カリキュラムで育てた学生の臨床現場へのデビューである.大学は臨床準備教育として学部教育に何が求められるのか,施設間との連携においてどのようなことが必要とされるのか,オール薬剤師で一体となって共有し,社会のニーズに合った未来の薬剤師を,実務実習から創り出すため,再度,皆様と一緒に考えてゆくきっかけとなれば幸いである.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.