2021 Volume 5 Article ID: 2021-001
2016年4月に施行された「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(障害者差別解消法)により,障害を理由に大学が「受験」「入学」「授業への参加」等を拒否することは「不当な差別的取扱い」に相当するとして禁止されることとなった.また,障害学生に対する合理的配慮が,国立大学では「義務」,私立大学では「努力義務」となり,大学は障害学生に対する合理的配慮の提供を「組織」として請け負うこととなった.しかし,「組織」として請け負うべき配慮の内容を誰が決定し,どのような形でその内容を「合理的」と判断するのかは,現時点では個々の大学に委ねられており,支援現場は困惑しているのが実情である.本稿では,同志社大学における合理的配慮の合意形成のプロセスと,その制度運用のための支援現場の課題をご紹介することで,「組織として合理的配慮の提供を請け負うこと」について皆様と問題の共有ができることを期待している.
According to the “Act for Eliminating Discrimination Against Persons with Disabilities”, which came into effect in April 2016, universities are prohibited from refusing students with disabilities to take entrance exams, enroll in classes, or participate in classes because of their disabilities, as this constitutes unfair discriminatory treatment. In addition, providing reasonable accommodation for students with disabilities is mandatory at national universities and a mandatory effort at private universities. Thus, universities started undertaking the provision of reasonable accommodation for students with disabilities as an organization. However, each supporting organization was expected to determine the contents of reasonable accommodation, leading to confusion. This paper describes the process of consensus building on reasonable accommodations at Doshisha University and the difficulties faced by the support organizations in providing necessary measures. This paper hopes to share some problems associated with the provision of reasonable accommodation as an organization.
「まさか,自分が生きているうちに,この法律が制定されることになるとは,夢にも思っていなかった」
2016年4月に施行された「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(障害者差別解消法)1) は,一夜にして障害者を取り巻く環境を変えたといわれる.冒頭の言葉は,ある聴覚障害当事者が,本法律施行に際して発した言葉である.同法は,それぐらい当事者やその関係者にとって,極めて強いインパクトを与えるものであった.
本法律により,高等教育機関における障害学生支援も大きな転換期を迎えることとなった.本稿では,障害者差別解消法の制定によって何が変わったのか,高等教育機関たる大学には何が求められているのか,について概観し,「組織として合理的配慮の提供を請け負うこと」について考える機会としたい.
福祉先進国であるアメリカ合衆国では,1973年に「リハビリテーション法504条」にて,障害に基づく排除・差別が禁止され,1990年には「障害を持つアメリカ人法(通称:ADA法)」によって,障害者差別の禁止と,障害者が他者と同じくアメリカでの生活を営むことができる機会が保障されることとなった2).日本においては,2016年に障害者差別解消法が施行され,法律によって障害者差別が禁止されることとなったが,アメリカに遅れること実に25年以上ということになる.
さて,障害者差別解消法は,まさに「差別解消」を進めるための2つの方策が中心となっている.一つは「不当な差別的取扱いの禁止」,そしてもう一つは,「合理的配慮の提供」である.同法の適用範囲は,行政機関等に相当する国立大学では,不当な差別的取扱いの禁止と共に,合理的配慮の提供も「法的義務」となる.他方,民間事業者である私立大学では,不当な差別的取扱いは同様に禁止されているものの,合理的配慮の提供は,現時点(2021年1月現在)において「努力義務」とされている3)(図1参照).なお,2020年12月現在,内閣府は,民間事業者も合理的配慮の提供を義務とする障害者差別解消法の改正案を提出することを検討している4).早晩,私立大学においても合理的配慮の提供が「努力義務」から「法的義務」に変更される可能性が高いといって差し支えないだろう.
障害者差別解消法の適用範囲
(PEPNET-JAPAN:聴覚障害学生サポートブック―18歳から学ぶ合理的配慮―に基づいて筆者が作成3))
以下に,前述の2つの中心的方策である「不当な差別的取扱いの禁止」と「合理的配慮の提供」について,同法の条文に基づいて概観する.
1.不当な差別的取扱いの禁止「不当な差別的取扱いの禁止」については,障害者に対して,正当な理由なく,障害を理由として,障害者の権利利益を侵害してはならない,とされている.不当な差別的取扱いとは,財・サービスや各種機会の提供を拒否したり,提供に当たって場所・時間帯などを制限したり,障害者でない者に対しては付さない条件を付けることなどがこれに相当するとされる.
大学の場合,何が「不当な差別的取扱い」となるだろうか.国立大学は,障害者差別解消法によって「合理的配慮の提供」が法的義務となることに伴い,国立大学協会が2015年(同法施行の前年)に「教職員対応要領(雛形)」および「障害を理由とする差別の解消の推進に関する教職員対応要領における留意事項(雛形)」を策定し,各国立大学に提供した.後者の留意事項では,「不当な差別的取扱いに当たり得る具体例」と「合理的配慮に該当し得る配慮の具体例」を例示している5).表1には,留意事項に例示された「不当な差別的取扱に当たり得る具体例」を転載している.
・障害があることを理由に受験を拒否すること |
・障害があることを理由に入学を拒否すること |
・障害があることを理由に授業受講を拒否すること |
・障害があることを理由に研究指導を拒否すること |
・障害があることを理由に実習,研修,フィールドワーク等への参加を拒否すること |
・障害があることを理由に事務窓口等での対応順序を劣後させること |
・障害があることを理由に式典,行事,説明会,シンポジウムへの出席を拒否すること |
・障害があることを理由に学生寮への入居を拒否すること |
・障害があることを理由に施設等の利用やサービスの提供を拒否すること |
・手話通訳,ノートテイク,パソコンノートテイクなどの情報保障手段を用意できないからという理由で,障害のある学生等の授業受講や研修,講習,実習等への参加を拒否すること |
・試験等において,合理的配慮を受けたことを理由に評価に差をつけること |
国立大学協会「障害を理由とする差別の解消の推進に関する教職員対応要領における留意事項」 5) より
これによると,障害があることを理由に,大学が「受験」「入学」「授業への参加」等を正当な理由なく拒否することは「不当な差別的取扱い」となる.つまり,障害者差別解消法以前は,「障害」を理由に受験を拒否することが可能であったわけで,実際障害をもつ受験生の進学先は障害者に門戸を開いていた(支援が充実していた)一部の大学のみに限定されていたといえる.逆に,同法制定により,すべての大学が「障害」を理由に受験,入学を拒否できなくなった.障害のある受験生の進学先は,「受け入れてくれる大学」「支援制度のある大学」から「学びたい大学」へと一気に拡がったことになる.
2.合理的配慮(reasonable accommodation)の提供障害者差別解消法の2つ目のポイントである「合理的配慮の提供」は,障害者から社会的障壁の除去を必要とする意思の表明があった場合,実施に伴う負担が過重でないときは,社会的障壁を除去するために合理的な配慮をしなければならない,というものである.社会的障壁(social barrier)とは,「障害がある者にとって日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物,制度,慣行,観念その他一切のもの」である.ここで定められた社会的障壁が,施設・設備等の事物だけでなく,制度,慣行,観念といった無形の制度,文化,慣習,偏見なども含まれる点は非常に重要である.
大学における「合理的配慮の提供」の目的は,障害学生に対して他の学生と等しく学びの機会を保障することにあることは言うまでもない.しかし,いったい何を持って「合理的」とするか,については議論が絶えない.なぜなら,大学では単位や資格を取得するための水準が定められており,その水準に到達したかどうかを厳正に判断しなくてはならず,そのためには障害の有無にかかわらず「公平性」が担保されなくてはならないからである.
図26) は,合理的配慮の説明の際に頻繁に用いられるイラストであり,equality(平等)とequity(公平・公正)の違いが端的に示されている.イラストの左側では,野球観戦をする3人に「平等(equality)」に同じ数の箱が与えられている.与えられた箱の数は平等(同じ)であるが,これでは野球観戦の機会(情報へのアクセスの機会)が等しく与えられたとはいえない.平等であることが,必ずしも同等の機会を保障することには結びつかないことを示している.
equalityとequity.
Interaction Institute for Social Change6) より転載
他方,イラストの右側は3人それぞれが公平に(equity)野球観戦できるようにするために必要な数の箱が与えられている.等しく情報にアクセスできる機会を保障するために必要な配慮は,個々の特性に応じて内容決定され,当然ながら配慮が不要な者もいれば,配慮が必要な者であっても,その特性に応じて配慮内容(箱の数)が異なることを示している.障害学生に対する支援が,得てして,「優遇されている」と指摘されることも少なくないが,あくまで大学における合理的配慮とは,「他の学生と等しく学びの機会を保障する」ためのものであることを留意されたい.
本章では,大学における「不当な差別的取扱いの禁止」と「合理的配慮の提供」について概観した.障害があることを理由に,「受験」「入学」「授業への参加」等を正当な理由なく拒否することが「不当な差別的取扱い」に相当することは前述の通りであるが,「正当な理由」とはどのようなものであるかについてもここで触れておきたい.
日本学生支援機構「一緒に考えよう!合理的配慮の提供とは」7) によると,社会的障壁を除去するための合理的配慮の提供が「教育の本質」に影響するようなケースは,「正当な理由」に該当するとされる.「教育の本質」は,通常,学部・研究科の場合には「ディプロマ・ポリシー」「カリキュラム・ポリシー」「アドミッション・ポリシー」に,また科目の場合にはシラバスの「教育目標」として明示されているため,それと照らし合わせることになる.つまり,障害学生に対する合理的配慮を提供することによって,これらに示された「教育の本質」を損なう恐れがある場合には,不当な差別的取扱いとはならないということになる.
ただし,その場合であっても,「大学がカリキュラムの本質を変えない範囲で,合理的配慮を尽くし,教育目標に到達するための手段が,障害によって行えない場合に,それ以外の手段で学ぶ方法(代替措置)についてどのように検討されたか」を客観的,具体的に説明する必要がある.つまり,その「正当な理由」を一方的に押しつけるのではなく,「双方の建設的対話による相互理解」8) が必須となる.この「建設的対話」は障害者差別解消法の基本方針にも取り入れられている.
障害者差別解消法では,障害者を「身体障害,知的障害,精神障害(発達障害を含む.)その他の心身の機能の障害(以下「障害」と総称する.)がある者であって,障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるもの」と定義している.これは,「障害のある人が日常・社会生活で受ける制限は,心身の機能の障害のみに起因するものではなく,様々な社会的障壁と相対することによって生ずるもの」とする障害の「社会モデル」9) に依拠している.
ここで,脚が不自由な人が「なぜ自由に目的地に行けないのか」という問題を考えてみる.多くの人は,「その人の脚に障害があるから」と答えるであろう.このように障害者の社会生活上の不利(disability)の原因を心身の機能の障害(impairment)に還元しようとする考え方は「医学モデル(medical model)」と呼ばれる10).障害とは個人的なものであり,医療が必要なものとみなす医学モデルにより,障害者の社会参加は,長らく本人の自助努力や家族の責任に委ねられてきた.
他方,「社会モデル(social model)」の場合は,脚が不自由な人が目的地に行けない原因を「自分の脚で歩けない」という機能障害そのものではなく,「高層階に行く手段が階段しかないから」というように社会の側にも還元させる.つまり,障害者の社会生活上の不利(disability)は心身の機能障害(impairment)それ自体ではなく,機能障害と社会的障壁との相互作用によって生じる10) とするのが「社会モデル」による障害の捉え方である.これにより,従来の「障害は心身の中にある」という考え方が,「障害は社会と個人の間にある」と捉えられるようになった11).つまり,障害は「ある」か「ない」かではなく,環境と個人の相互作用の相対的な関係性の中で捉えるべき12) とするのが社会モデルの特徴である.
さて,前述の通り,障害者差別解消法は,「社会モデル」に依拠して障害を捉えている.この点を踏まえると,大学における合理的配慮の内容は極めて慎重に扱わねばならない.なぜなら,全く同じ障害を持った学生であっても,所属する(志望する)学部が違えば,教育の本質も異なるため,障害学生(個人)と所属学部の教育の本質(環境)の相互作用の相対的な関係性の中で,どのような配慮が「合理的」であるかを検討しなくてはならないからである.したがって,合理的配慮の内容決定には,各大学の障害学生支援部門の専門スタッフだけではなく,当該学生が所属(志望)する学部・研究科の教学担当者との丁寧な建設的対話が必要となることは言うまでもない.
ここで,筆者が所属する同志社大学の障害学生支援制度と障害者差別解消法施行に伴う制度変更について紹介しておく.
同志社大学では2000年に「障がい学生支援制度注1)」が発足し,大学が組織として障害学生の支援をすることとなった.当時国内では,大学が障害学生支援を実施するケースは珍しく,本学も含め,障害学生への支援は,本人の自助努力と,学内サークルやボランティア,友人や家族の協力に依存していた.本学では,学生の自律的成長を目指して,「在学生が障害学生を支援する」という方式をとることとし,支援の担当部署は教務部ではなく学生部に置かれることとなった(現在まで続く).この「在学生が障害学生を支援する」方式は,現在,日本国内の多くの大学で採用されている.
さて,同志社大学の障害学生支援制度は,障害者差別解消法施行以前は,以下のようなプロセスをたどっていた.
①障害学生が,「障がい学生支援室注2)」に授業への支援(視覚障害学生の移動介助や聴覚障害学生のノートテイク・PC通訳など)の相談
②障害学生と「障がい学生支援室」スタッフとで授業時の配慮内容を検討・決定
③「障がい学生支援室」が障害学生の所属学部(研究科)に「配慮依頼」文書を送付
④障害学生の所属学部(研究科)から(障害学生が受講している)各授業担当者に対して「配慮依頼」文書を送付
⑤各授業担当者が,「配慮依頼」文書に記載されている内容に基づいて障害学生への配慮を提供
このように書くと,システマティックに整備された制度に見えるが,最終的に「配慮依頼」に応じるかどうかは「教員の裁量」に委ねられている点において,非常に不安定な制度であると言わざるを得なかった.実際に,学部から授業担当者に送付される文書のタイトルは,「配慮のお願い」となっており,教員がそのお願いに応じてくれなくても,事実上は強制力のない「お願い」に過ぎなかった.
また,従来は,障害学生が障害学生支援室を経ず,直接科目担当者に配慮の相談(例えば課題の〆切延長など)に行くことも少なくなかった.それにより,教員がその申し出を拒否することもあれば,逆に過剰な配慮をしてしまうこともあり,さらには,相談がなくとも「あなた,障害があるのだから困っているんでしょう?」とおせっかいな配慮が行われることもあった.つまり,このような「お願い」方式に基づく制度は,授業担当者の心意気や思いやりに依存しており,本来必要であるはずの配慮を確実に提供することを確約するものではなかった.当然,このような制度では「公正」な配慮がなされているとは言い難かったことも事実である.しかしながら,障害者差別解消法以前は,必ずしも組織が差別解消の責務を負う必要は無かったため,このような「お願い」方式による支援制度であっても一定の機能を果たしていた.
2016年の法律制定に伴い,本学では,2018年4月より「障がい学生支援制度」の一部見直しをすることとなった.以下にそのプロセスを示す.
①障害学生が,「障がい学生支援室」に授業への支援の相談
②障害学生と「障がい学生支援室」スタッフとで授業時の配慮内容を検討・決定(ここまでは従来と同じ)
③「障がい学生支援室」が障害学生の所属学部(研究科)に「配慮提案」文書を送付
④障害学生の所属学部(研究科)から(障害学生が受講している)各授業担当者に対して「配慮依頼」文書を送付
⑤授業担当者は「配慮依頼」文書に記載された内容を確認し,配慮内容の「諾否」を意思表示
⑥配慮内容が承諾された場合は,所属学部(研究科)と障害学生との間で「合意確認書」を締結
⑦授業担当者が配慮内容に合意できない場合は差し戻して,再度障害学生と「障がい学生支援室」とで配慮内容の再検討
⑧「障がい学生支援室」が障害学生の所属学部(研究科)に配慮内容の「再提案」文書を送付(再度合意がとれない場合は⑦⑧を繰り返す)
⑨配慮内容について合意されないまま1ヶ月が経過すると,「障がい学生支援調整委員会」を設置(第三者による合理的配慮の提供の要否及び内容の審議・決定)
いわば,「お願い」方式から「合意」方式への転換である.この見直しによって目指すところは,従来の「思いやり」に基づく不安定な支援を是正し,「法」に基づく「公正な合理的配慮の確実な提供」を実現することにある.
なお,障害者差別解消法が施行されて早5年が経とうとしているが,まだまだ多くの課題がある.例えば,同法では,差別解消に係る大枠の方針を提示するのみであり,具体的にどのように対応していくかは各大学に委ねられている.文部科学省の対応指針や日本学生支援機構の資料を参照しながら,今まさに多くの大学の支援担当者は各大学の状況に合わせた運用方針の策定と日々の支援業務に追われていることであろう.
前述の図1では,「必要な数の箱」を組織として提供する責任があると述べたが,実際に「学内の誰(どの部署)が箱を用意(合理的配慮を提供)するのか」「どのような箱(合理的配慮)がいいのか」「箱(合理的配慮の内容)はいつも同じでいいのか」「その箱(合理的配慮)が適切であるかどうかは誰が判断するのか」など,現場レベルでの具体的な支援内容・方法の議論はまだ緒に就いたばかりといえる.
障害者差別解消法は,「全ての国民が,障害の有無によって分け隔てられることなく,相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現」を目指して制定された.読者の皆様の本務校においても,その大学で学ぶことを選んでくれたすべての学生たちが相互に人格と個性を尊重し合いながら共生するキャンパスの実現を目指しておられることであろう.
本稿では,あくまで一例として同志社大学の取り組み事例をご紹介したが,皆様の大学に所属する障害学生と大学との関係性に鑑みた「必要な箱」が全ての学生に確実に行き渡ることを願うばかりである.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.