薬学教育
Online ISSN : 2433-4774
Print ISSN : 2432-4124
ISSN-L : 2433-4774
誌上シンポジウム:薬学教育への「栄養薬学」の導入とその意義
病院薬剤師から見た栄養薬学の必要性
曽我 昭宏矢野 育子
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2021 年 5 巻 論文ID: 2021-007

詳細
抄録

入院患者の栄養状態を改善することは,退院後の人生を含めて考えた場合,生活の質の向上や死亡率の減少へとつながる重要な要素である.高齢社会を迎え,栄養状態の評価やその効率的な改善方法の開発が不可欠である.平成25年度改訂版薬学教育モデル・コアカリキュラムでは,D衛生化学に「栄養」に関する到達目標が追加され,E医療薬学やF薬学臨床では実習前教育として基本的な到達目標が設定されている.しかしながら,薬学が得意とする薬理学・薬物動態学と栄養学との関連を体系的に学ぶ教育はほとんど行われていないのが現状である.ここでは,臨床現場での栄養サポートチームの活動や最近注目されている低栄養の新診断基準であるGLIM criteriaと,栄養状態が薬物動態や薬物反応性に与える影響について紹介し,病院薬剤師の立場から「栄養薬学」という新しい概念の必要性について述べる.

Abstract

Improving the nutritional status of inpatients is an important factor that leads to improved quality of life and reduced mortality after discharge. In an aged society, there is a need to develop methods for evaluating the nutritional status and addressing it. The Model Core Curriculum for Pharmacy Education (version 2013) includes attainment objects related to “nutrition” in chapter D “Health and Environmental Sciences” as well as basic attainment objects of prepractical training education in chapters E “Therapeutics” and F “Pharmacy Practice Experiences”. However, the actual situation is hardly applied to learn the relationship systematically between nutrition and pharmacodynamics/pharmacokinetics, which are considered as pharmaceutical advantages. Here we introduce the multidisciplinary activities of a nutrition support team in our hospital, new diagnostic criteria for malnutrition, GLIM criteria, the nutritional status effects on pharmacokinetics and pharmacodynamics. We further propose the need for a new concept of “Nutritional Pharmacy” from the viewpoint of hospital pharmacists.

はじめに

本著では,2020年9月12,13日に開催された第5回日本薬学教育学会大会においてシンポジウム16「薬学教育への「栄養薬学」の導入とその意義」(オーガナイザー:北河修治神戸薬科大学名誉教授,栗原順一帝京大学名誉教授)で講演した内容に加筆し,病院薬剤師の立場からみた栄養薬学の必要性について述べる.

薬学教育モデル・コアカリキュラムにおける栄養の位置付けと課題

平成25年度改訂版薬学教育モデル・コアカリキュラムにおいて,いわゆる「栄養」については「D衛生薬学」の「(3)栄養と健康」として,各栄養素について基礎的な到達目標(SBO)が設定されている1).また,臨床応用面での栄養教育としては,「E医療薬学」,「F薬学臨床」において,次の3項目が追加されている(図12)

図1

薬学教育モデル・コアカリキュラムE,Fの「栄養」に関する項目.文献1, 2)より,「栄養」について抽出(→以降は筆者挿入)

1つ目は,「栄養状態の異なる患者(肥満,低アルブミン血症,腹水など)における薬物動態と,薬物治療で注意すべき点を説明できる」であり,これは栄養状態が薬物動態や薬効・副作用に与える影響について,個別化医療の観点から学習することである.

2つ目は,「F薬学臨床」の実習前教育として,「患者の栄養状態や体液量,電解質の過不足などが評価できる」がある.しかし,栄養状態と疾患や薬物療法の関係について体系的に大学で学ぶ機会が不足しているのではないかと考える.

3つ目として,「F薬学臨床」の地域医療への参画の中で,「在宅患者の栄養状態等の病状とその変化を体験する」とある.限られた実習期間において,患者の栄養状態を評価し,適切な栄養療法や輸液療法を提案できる機会は自ずと限られるであろう.

したがって,薬学部卒業後に薬剤師の視点で栄養管理を実践し,栄養状態に応じた薬物療法を提案できるようになるためには,基礎教育と臨床をつなぐ病態を考慮した栄養評価について,体系的に大学教育の中で学ぶ必要があると考える.

栄養サポートチーム(NST: Nutrition Support Team)の活動

日本静脈経腸栄養学会(JSPEN, Japanese Society for Parenteral and Enteral Nutrition(2020年1月より日本臨床栄養代謝学会Japanese Society for Clinical Nutrition and Metabolismへ名称変更))に登録されたNST稼働施設数の推移を示す(図23).NSTは高カロリー輸液の導入され始めた1970年代初頭から一部の病院で独自に設置されていたが,全国的には普及せず経過した.1998年にNSTの新しい運営方式が提案され,2001年よりJSPENからの後押しもあり4),NST稼働施設は2006年時点で600施設以上に増加した.さらに,2006年に栄養管理実施加算が新設され,入院時に患者の栄養状態を評価することや多職種による栄養チームの活動が初めて診療報酬上で評価されるようになったことを受け,2010年には1,578施設まで増加し,同年NST加算が新設されることとなった3)

図2

日本静脈経腸栄養学会(NST委員会)のNST稼働施設登録数.文献3)の図1を一部改変

NST加算5) では,栄養管理を要する患者に対して,医師,看護師,薬剤師,管理栄養士等が共同して必要な診療を行った場合に週1回算定が可能である.また,栄養管理を要する患者とは「A血中アルブミン値が3.0 g/dL以下であって,栄養障害を有すると判定された患者.B経口摂取又は経腸栄養への移行を目的として,現に静脈栄養法を実施している患者.C経口摂取への移行を目的として,現に経腸栄養法を実施している患者.D栄養サポートチームが,栄養治療により改善が見込めると判断した患者」のいずれかに該当する場合をいう.近年では,BやCに該当するような静脈栄養や経管栄養の患者のうち,経口からの食事へ移行することを目標とした活動に重点が置かれるようになってきており,薬物治療との関わりの重要性が増している.

続いて,JSPEN認定資格であるNST専門療法士について紹介する.NST専門療養士認定制度は2004年から開始され,認定基準は図3の通りである6).同学会に認定されるためには,薬剤師などの国家資格を有すること,5年以上医療・福祉施設において栄養サポートに関する業務に従事していること,所定の単位数の研修取得,学会認定施設で計40時間の実地修練の各条件を満たした後,認定試験に合格する必要がある.NSTにおける薬剤師の活動については,2008年にJSPEN薬剤師部会から「静脈・経腸栄養の処方支援」と「栄養療法における適正使用」,「薬剤管理指導と栄養管理の連携」の3項目の活動指針が挙げられている7)

図3

JSPEN認定NST専門療法士認定規程.文献6)NST専門療養士認定規程を一部改変

神戸大学医学部附属病院では,栄養状態のみならず,電解質や内分泌異常への対応も重要であるという観点から一般的に用いられるNSTではなく,NEST(Nutrition Electrolyte and Endocrine Support Team:輸液・栄養サポートチーム)の名称で,2006年8月から診療科横断的に活動している.毎週火,水,金曜日に全診療科の入院患者を,また,木曜日には造血幹細胞移植患者を対象としたチームでの回診等を行っている.その活動の成果として,造血幹細胞移植患者に対してNESTが早期に介入することによって,非介入群と比較して総投与熱量やタンパク量を有意に増加させ,移植後28日目の血中総タンパク濃度,血中アルブミン濃度を有意に増加させること 8) や,体重減少量や入院期間の減少傾向9) 等を報告している.

低栄養の新診断基準GLIM criteriaについて

これまで栄養状態に関する多くの診断基準が世界の各地域で使用されていた.2015年以降,世界各国の静脈経腸栄養学会が会議を重ね,2018年9月に欧州臨床栄養代謝学会と米国臨床栄養代謝学会が同時に,世界基準の低栄養診断基準であるGLIM(Global Leadership Initiative on Malnutrition)criteria10) を発表し,注目されている.GLIM criteriaの特徴は栄養不良を現症と病因の両面から評価していることである.

具体的には,図4に示すように,検証済みのスクリーニングツールを用いて,現在の低栄養に関する危険因子をスクリーニングする.この検証済みのスクリーニングツールには,主に外来患者向けのMUST11) や,入院患者向けのNRS-200212,13),高齢者に対するMNA14,15) などがある.現症として,意図しない体重減少,低BMI,筋肉量の減少について評価し,また,病因として,摂食量の低下またはタンパク同化能力の低下,疾病により増加する栄養負荷もしくは全身の炎症状態を評価する.現症と病因のどちらかに1つでも該当項目があれば,現症に基づいて重症度を判定する,という流れである.このようにGLIM criteriaでは,患者の低栄養状態を現症と病因の両面から判定することから,栄養状態を体系的に評価することができるとされている.GLIM criteriaの策定過程においても,サルコペニアや悪液質などの定義とも矛盾しないよう考慮されており,今後,薬学的管理を行う際に活用できるものと考える.

図4

低栄養に対するGLIM診断の流れ.文献10)図1を一部改変

腎機能障害患者へのアミノ酸製剤の使用

アミノ酸製剤に関する最近の話題について紹介する.すなわち,2020年6月25日付厚生労働省医薬・生活衛生局医薬安全対策課長通知16) として,重篤な腎障害,高窒素血症のある患者のうち,透析及び血液ろ過を実施している患者は,アミノ酸含有輸液製剤の禁忌から除外されることになった.

JSPENのガイドライン17) では,血液透析の患者に,1.0–1.2 g/kg/日,腹膜透析患者では,1.1–1.3 g/kg/日のタンパク質を投与するよう推奨されている.これは,アミノ酸が透析膜から容易に除去されるため,透析患者では通常より多く必要となるためである.しかし,腎不全患者用のアミノ酸輸液は含有するアミノ酸量が少なく,腎不全は水分制限が必要な病態でもあることから推奨されるアミノ酸量を充足することは困難であった.また,一般用アミノ酸製剤は腎障害のある患者には禁忌となっており,使用しづらい状況にあった.これらの背景を受け,2017年6月にJSPENから厚生労働省及び医薬品医療機器総合機構(PMDA, Pharmaceuticals and Medical Devices Agency)に添付文書における禁忌を変更するための要望書が提出され,一部緩和が認められた.この結果,透析または血液ろ過を実施している患者の病態を検討し,一般用アミノ酸製剤を積極的に活用して,必要量を投与することが可能となった.

低栄養状態が薬効や薬物動態に与える影響

低栄養状態にあるがん悪液質の患者では,オピオイド系鎮痛剤であるトラマドールの効果が有意に低いとの報告がある(表118).すなわち,疼痛のあるがん入院患者に対してトラマドールを使用した場合,1週間でNumerical Rating Scale(NRS)が20%以上改善した(トラマドールの効果があった)患者割合は,悪液質のない患者群で83.6%であったのに対し,がん悪液質のある患者群では45.8%と有意に低いことが示された.腫瘍から産生される炎症性サイトカインのinterleukin-6(IL-6)は,がん悪液質の進行に関連すると言われていることから,著者らは,IL-6血中濃度やIL-6遺伝子多型とトラマドールの有効性との関連を考察している18)

表1 トラマドールへの反応性とがん悪液質の関係
悪液質あり(n = 24) 悪液質なし(n = 55) P値
トラマドールの効果,n(%)
 なし 13(54.2) 9(16.4) .001
 あり 11(45.8) 46(83.6)

・悪液質の判定は,EPCRC(European Palliative Care Research Collaborative)のガイドラインを参考に,5%以上の体重減少またはBMI 20 kg/m2以下,及び6か月以内の2%以上の体重減少とした.

・トラマドール開始後1週間でNRSの低下が20%未満の場合を無効と判定した.

・検定はFischer正確確率検定を用いた.

文献18)表2を一部改変

トラマドールは,Cytochrome P450 (CYP) 2D6によりO-脱メチルトラマドールに,またCYP3A4によりN-脱メチルトラマドールに代謝され,これら代謝物はさらにグルクロン酸抱合を受けることから(図519),トラマドールの薬効とCYP2D6遺伝子多型との関連が示唆されている.頭頸部がん患者において,CYP2D6遺伝子多型と悪液質の進行がトラマドールの薬物動態に与える影響についての報告がある20).Glasgow prognostic score(GPS)21) 1あるいは2に分類される悪液質の進行した患者では,N-脱メチルトラマドール血中濃度が低下傾向にあり,一方,トラマドールとO-脱メチルトラマドール血中濃度が有意に上昇することが報告されている20).この論文では,悪液質の進行によって,CYP3A4の代謝能が低下すると考察されている.

図5

トラマドールの代謝経路.文献19)図1を一部改変

このように低栄養状態が薬物動態や薬効・副作用に与える影響について,今後,薬剤師業務の中でも注目する必要があると考える.

最後に

6年制の薬学教育の中で,栄養に関する基礎的な教育は既に行われている.今後,個々の患者の栄養状態を体系的に評価する能力を養成するとともに,薬物動態や薬効への栄養状態や栄養療法の影響を考慮して最適な薬物治療を提供することを目指す「栄養薬学」のカリキュラム整備が重要になると考える.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

文献
 
© 2021 日本薬学教育学会
feedback
Top