Japanese Journal of Pharmaceutical Education
Online ISSN : 2433-4774
Print ISSN : 2432-4124
ISSN-L : 2433-4774
Special Topics | Challenges and prospects for clinical education required for the revised model core curriculum
Clinical pharmacy education in Japan’s universities pharmacy faculties:
Education of pharmacists with the ability of comprehending patient’s conditions
Takashi Imanishi
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2022 Volume 6 Article ID: 2022-004

Details
抄録

近年,薬剤師の役割が『対物業務から対人業務へ』と移行するにおいて,薬剤師には患者状態を把握するための能力,“ヒトを診る力” が必要となる.本稿では,京都薬科大学での “ヒトを診る力” を兼ね備えた薬剤師教育の取り組みの概要と今後の薬剤師に求められるフィジカルアセスメントに関する私見を述べる.本学では,学部教育として2年次の「解剖学・生理学実習」で正常な生理学的状態を理解するためのフィジカルアセスメント教育を,4年次の「実務事前実習」では患者の病状把握とその薬物療法について理解するためのフィジカルアセスメント教育を行っている.さらに,旧4年制薬学教育を受けた薬剤師に対しては生涯教育として「フィジカルアセスメント講座」を開講しフィジカルアセスメント教育を行っている.最後に,フィジカルアセスメント教育に携わる者として大切なことは,薬剤師のフィジカルアセスメントの目的を常に見失わないことであると考える.

Abstract

In recent years, as the role of pharmacists has transformed from a simple pharmaceutical supply service to a specialized patient-focused service involving aspects of the medication, and pharmacists are required to have the ability to comprehend patients’ conditions. In this review, the available programs on pharmacist’s education for the optimal prediction of patient’s conditions in Kyoto Pharmaceutical University will be presented as well as my personal views on the physical assessment required of pharmacists in the future. In Kyoto Pharmaceutical University, undergraduate education involves physical assessment education to enables understanding of the normal physiological state in the second year “anatomy and physiology laboratory” course and physical assessment education to better identify the patients’ medical condition and its suitable pharmacotherapy in the fourth year “prepharmacy practice” course. Furthermore, the “Physical Assessment Course” is offered as continuous and life-long education for pharmacists that completed the former four-year system of pharmacy education, in which physical assessment education is provided. Finally, as a faculty member involved in physical assessment education, I consider that the purpose of physical assessment carried out by pharmacists should always be considered essential.

はじめに

現在,医療の世界においては,医師,薬剤師,看護師をはじめ,多種多様な医療関係職種が各々の高い専門性を前提として,医療情報を共有し,業務を分担するとともに互いに連携・補完し合いながら患者の病状に対して的確に対応した医療を提供する「チーム医療」が推進されている.このような状況下,2010年4月に厚生労働省医政局長から『医療スタッフの協働・連携によるチーム医療の推進について(医政発0430第1号)』が通知され1),医療現場の薬剤師には多職種と連携して医療の質を向上させる能力が求められる時代に突入した.日本病院薬剤師会は本通知の解釈において,患者状況を評価する一つの手段としてバイタルサイン聴取を含めたフィジカルアセスメントを挙げている2).また,2015年10月に厚生労働省から発表された『患者のための薬局ビジョン』では「かかりつけ薬剤師・薬局」を基盤に,薬剤師業務を「薬」というモノ中心の “対物業務” から「患者」というヒト中心の “対人業務” へシフトさせることが求められている3).このように,これからの薬剤師には,薬の専門的知識はもちろん,患者の状態を把握するための能力,つまり “ヒトを診る力” が求められている.

大学での薬学教育においても,現在運用されている改訂薬学教育モデル・コアカリキュラムのF薬学臨床「(3)薬物療法の実践」のGIOにおいて【①患者情報の把握】として「身体所見の観察・測定(フィジカルアセスメント)の目的と得られた所見の薬学的管理への活用について説明できる」や「基本的な身体所見を観察・測定し,評価できる」などの到達目標が掲げられており4),現在6年制薬学教育を受けている薬学生や6年制薬学教育を修了した薬剤師はある一定水準のフィジカルアセスメント教育を受けている.一方で,旧4年制薬学教育を修了した薬剤師は臨床・実務経験が豊富ではあるものの,フィジカルアセスメントに関する教育を受けた経験が乏しく,卒後研修による自己研鑽によってその不足分を補っている.

上述のことを踏まえ,京都薬科大学では,学部教育として2年次の「解剖学・生理学実習」でフィジカルアセスメントの基本であるバイタルサインの測定を,4年次の「実務事前実習」では基本的なフィジカルアセスメントの手技の再確認とともに,薬剤師および救急救命士の資格を有する大学教員から薬局における急変時対応,実際に病棟活動でフィジカルアセスメントを実践している病院薬剤師からベッドサイドでの患者状態観察や副作用回避事例,などについて教育を行っている.一方,旧4年制薬学教育を受けた薬剤師に対しては,生涯教育として「フィジカルアセスメント講座〈入門コース〉・〈実践コース〉」を開講し,多様化する薬剤師職能の中で患者の状態把握についてフィジカルアセスメントを用いた多職種連携(特に医師と看護師)および情報共有するための思考プロセスの習得や現場での活用方法について大学教員をはじめ医療現場で活躍されている医師,看護師,病院薬剤師,薬局薬剤師から教育を行っている(図1).

図1

京都薬科大学におけるフィジカルアセスメント関連教育の流れ

以上のように,これからの大学における薬剤師教育は,大学だけではなく,医療現場との連携・協力を得て今後必要とされる “ヒトを診る力” を兼ね備えた薬剤師を育成していくことが重要である.本稿では,京都薬科大学における “ヒトを診る力” を兼ね備えた薬剤師教育の取り組みについての概要紹介とこれからの薬剤師に求められるフィジカルアセスメントに関する私見を述べる.

学部教育(基礎)におけるフィジカルアセスメント教育

解剖学や生理学はヒトの身体の構造と機能を知る学問であり,薬理学,病理学,病態生理学,薬物動態学,など生物系科目のすべての基本となる学問である.特に生理学はフィジカルアセスメントを修得するためには非常に重要となる.患者の症状を理解して身体所見を評価するためには,正常の状態がどのようなものであるかをきちんと認識しておく必要がある.その認識があるからこそ,身体に表出する異常を示すサイン(症候)が生理学的異常として把握でき,何が患者の身体で起こっていて,今後どのように進行していくのかを予測することが可能となる.繰り返しにはなるが,正常な生理学的状態を理解しておくことがフィジカルアセスメントを実施するうえでの基本中の基本となる.そこで,フィジカルアセスメント修得のための基礎として,2年次で実施している解剖学・生理学実習の一部にフィジカルアセスメント実習を導入し,学生の同意の上で学生自身が被験者となり正常な状態のバイタルサインを聴取することで,それらから何が読み取れるかについて考え,理解を深めることをアウトカムにしている.主なバイタルサイン測定の内容は心拍数や血圧,血中酸素飽和濃度などで,これらのバイタルサイン聴取に必要となる医療機器(聴診器,自動血圧計,パルスオキシメーター)について説明を行い,実際に測定させることにより正常な状態のバイタルサインとはどういうものかを身をもって体験し,4年次に実施する実務事前実習のフィジカルアセスメント実習に向けたバイタルサインの必要性の醸成を図っている.

学部教育(臨床)におけるフィジカルアセスメント教育

4年次で実施している実務事前実習は,5年次で実施する薬局実習・病院実習の準備教育として実施されている.その内容は,散剤や水剤などの調剤を代表とする調剤関連項目,注射剤の無菌混合調製を代表とする注射混合,初回面談や服薬指導を代表とする医療コミュニケーションなど実務実習に必要とされる様々な項目が含まれており,その中の一つの項目としてフィジカルアセスメント実習を設けている.特に,4年次のフィジカルアセスメント実習では,5年次に実施する実務実習に備えて,2年次で習得した生理的条件下でのフィジカルアセスメントではなく,薬物療法を受けている患者の状態把握やその解釈など病態生理学およびその薬物療法を想定したフィジカルアセスメントをアウトカムにしている.主な内容は,1)バイタルサイン測定の再習得,2)様々な疾患を想定した正常時バイタルと病態時バイタルの違いの把握,3)異常所見を把握する方法とその対応策,4)実際に病院薬剤師が実施しているフィジカルアセスメントの実践例,としている.特に2)様々な疾患を想定した正常時バイタルと病態時バイタルの違いの把握,3)異常所見を把握する方法とその対応策,については意識障害を例にして「薬局の待合室で患者が意識を失った.さて,薬剤師としてどのように対応するか?」を教員から学生に投げかけ,学生同士で話し合ってもらう.例えば,①意識障害の程度は?(曖昧な表現ではなく,JCSなどを使った客観的な評価方法ではどうなのか?),②意識を失った原因は?(病態から来ているのか?あるいは薬剤から来ているのか?もし病態から来ているのであれば,どのような疾患が考えられるのか?具体的にはカーペンター分類による意識障害の鑑別診断法AIUEOTIPS 5) について説明(表1)),③意識を失った患者にどのような対応をすればよいのか?(119番要請,ブドウ糖の補給,スポーツドリンクの補給,ショック体位(ただし,心不全や頭部外傷の患者では下肢を挙上することで悪化する可能性があること)),などについて学生自身で考えて答えてもらっている.また,実際に病棟活動でフィジカルアセスメントを実践している病院薬剤師を講師として招聘し,ベッドサイドでの患者状態観察や副作用回避事例などについて紹介してもらうことにより,薬剤師が実践するフィジカルアセスメントが身近で必要な医療行為である意識を持ってもらう機会としている.

表1 意識障害の原因を鑑別する鑑別診断法AIUEOTIPS(カーペンター分類)
A : Alcohol 急性アルコール中毒,ビタミンB1欠乏症(Wernike脳症)
I : Insulin 低血糖,糖尿病性ケトアシドーシス,非ケトン性高浸透圧性昏睡
U : Uremia 尿毒症
E : Encephalopathy 脳症(肝性脳症,高血圧性脳症,脳腫瘍)
: Electrolytes 電解質異常(高・低Na,高・低Ca,低Mg)
: Endocrine 内分泌(甲状腺クリーゼ,副腎クリーゼ,甲状腺機能障害)
O : Oxygen 低酸素状態(低酸素血症),CO中毒,CO2ナルコーシス
: Overdose 薬物中毒
T : Trauma 外傷(脳挫傷,急性硬膜下血腫,急性硬膜外血腫)
: Temperature 体温異常(低・高体温)
: Tumor 脳腫瘍
I : Infection 感染症(脳炎,髄膜炎,敗血症,肺炎,呼吸器感染,尿路感染)
P : Psychiatric 精神疾患
: Porphyria ポルフィリン症
S : Syncope 失神
: Stroke/SAH 脳梗塞,脳出血/くも膜下出血
: Seizure てんかん
: Shock 各種ショック

生涯教育におけるフィジカルアセスメント教育

旧4年制薬学教育を受けた薬剤師に対しては,生涯教育の一環として,「フィジカルアセスメント講座〈入門コース〉・〈実践コース〉」を開講し,多様化する薬剤師職能の中で患者の状態把握についてフィジカルアセスメントを用いた多職種連携(特に医師と看護師)および情報共有するための思考プロセスの習得や現場での活用方法について大学教員をはじめ医療現場で活躍されている医師,看護師,病院薬剤師,薬局薬剤師,から教育を行っている.入門コースでは,主にフィジカルアセスメント初心者を対象に,フィジカルアセスメントという共通言語を用いて多職種(特に医師と看護師)と情報共有するための思考プロセスの習得をアウトカムとしている.そのため,フィジカルアセスメントの実技トレーニングは行わず,実症例を用いた症例検討により多職種連携を想定した中でどのようにして薬剤師がフィジカルアセスメントを実践していくかについての考え方を習得する研修会としている6).一方で,実践コースは単なるフィジカルアセスメントの実技トレーニングだけではなく,バイタルサイン測定手技を習得したうえで,多職種との共通言語であるフィジカルアセスメントを活用して患者の病態アセスメントから薬学的介入につなげることをアウトカムとしている.そのため,聴診や血圧測定などの実技トレーニングとともに,症例をフィジカルアセスメントトレーニングフィギュア(フィジコ®)で再現させて実際に肺音や心音,腸蠕動音(グル音)の聴取,瞳孔観察などを実施して患者の状態を把握して薬学的介入を考える研修会としている.また,医療現場で薬剤師がどのようにフィジカルアセスメントを実践しているかについて,薬局薬剤師からは在宅におけるフィジカルアセスメント実践例を,病院薬剤師からは病棟のベッドサイドにおけるフィジカルアセスメント実践例を講演して頂き,具体的な活用方法についてもアドバイスしている.

まとめ:薬剤師に求められるフィジカルアセスメントとは?

日本の薬剤師を取り巻く環境が大きく変化し,それに伴い薬剤師業務の在り方も従来の調剤業務だけではなく,臨床現場において患者の状態を的確に判断し,医薬品の適正使用に向けてさらに踏み込んだ介入が求められている.それを背景として,2015年に薬学教育モデル・コアカリキュラムが改訂され,SBOsにフィジカルアセスメント関連項目が追記され,様々な大学でフィジカルアセスメント教育が実施されている.

しかし,長谷川らは,様々な大学の薬学部で実施されているフィジカルアセスメント実習において「現状として手技だけを指導して意義を指導していない大学が多い」との指摘があると報告している7).私自身,フィジカルアセスメント講習会を何度も担当している中で,知らず知らずのうちにフィジカルアセスメント講習会の目的が “患者の状態把握と評価” から “スキル向上” になっているのではないかと自問自答することがある.この点をフィジカルアセスメント教育する立場として決して忘れてはならないし,常に自問自答するべきだと考えている.もちろん,スキルがなければフィジカルアセスメントの実施は不可能であるため,スキル習得のための実技学習は必須である.しかしながら,薬剤師が行うフィジカルアセスメントの目的や医師や看護師など他職種が行うフィジカルアセスメントとの住み分けの理屈が理解できていなければ,どの職種がフィジカルアセスメントを実施しても同じ評価になり,“ヒトを診る力” を兼ね備えた薬剤師教育ではなくなり,本末転倒になる.そのため,フィジカルアセスメントのスキルだけでなく,あくまでも,薬剤師が行うフィジカルアセスメントの目的と医師や看護師などの他職種が行うフィジカルアセスメントとの住み分けの理屈,言い換えれば “方法論だけではなく解釈論” について,教育する側がきちんと理解しておく必要があると考える.つまり,バイタルサイン聴取などを含むフィジカルアセスメントの手技は方法論であるためどの職種であっても同じ結果になる可能性があるが,その得られた結果の解釈は各職種によって異なり,評価が異なる可能性がある.だからこそ,薬剤師もフィジカルアセスメントを実施できる “ヒトを診る力” を兼ね備えた薬剤師になる必要がある.図2に示すように,薬剤師のフィジカルアセスメントの目的は,「医薬品の適正使用確保」と「副作用評価」だと考える.これらの目的を達成するためには,「生命維持ができているのか?」,「どのような症状が出現しているのか?」,「出現しているのであれば,その原因は疾患からなのか?あるいは薬からなのか?あるいはそれら以外のものなのか?」,「フィジカルアセスメントで測定された客観的データに信憑性があるのか?」などを自分自身で確かめて価値判断をする,つまり “ヒトを診る力” を身に付けることが大事であり,それが出来ないと,現在,薬局・薬剤師に求められている『対物業務から対人業務へ』の目的の達成が不可能になり,薬物療法に携わる薬剤師に対する不要論が益々増大し,薬剤師の死活問題に発展しかねないと言っても過言ではない.

図2

医師,看護師,薬剤師のフィジカルアセスメントの関連性

薬剤師によるフィジカルアセスメントについて脚光を浴びるようになってから約10年ほどが経過し,当初の薬剤師がフィジカルアセスメントを行う必要性や目的を議論する段階から,薬剤師が実際にフィジカルアセスメントを実施してその価値判断の上で患者に対して医療を提供する段階に来ていると考える.そのため,薬学教育に関わっている大学教員だけではなく,病院・薬局の実務実習指導薬剤師などの臨床現場の薬剤師も一緒に一丸となって薬学教育・薬剤師教育に目的を持ってさらに尽力する必要があると考える.また,薬学教育・薬剤師教育を支援して頂いている患者・家族の方々,医師や看護師などの多職種の協力なしでは不可能でもあるため,様々な関係者にさらなる協力を仰ぎながらさらに努力していく必要があると考える.私自身も最新の医療について研鑚を積み,“ヒトを診る力” を兼ね備えた薬剤師教育に少しでも貢献できるように努力していきたいと考えている.

謝辞

本学におけるフィジカルアセスメント教育は,2年次で実施している「解剖学・生理学実習」に携わって頂いている本学の先生方,4年次で実施している「実務事前実習」に携わって頂いている本学および医療現場の薬剤師の先生方,および生涯教育で実施している「フィジカルアセスメント講座〈入門コース〉・〈実践コース〉」に携わって頂いている医師,看護師,薬剤師をはじめとする医療現場の先生方,など多数の先生方のご協力・ご支援の下で実施されています.関係者の皆さまには,この場を借りて深謝いたします.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

文献
 
© 2022 Japan Society for Pharmaceutical Education
feedback
Top