Japanese Journal of Pharmaceutical Education
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Review Article
A practical study to optimize remedial and supplementary education for pharmacy students
Mai Aoe
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2022 Volume 6 Article ID: 2022-019

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抄録

近年,薬学部の定員数増加及び少子化傾向を背景に,一部の薬科系大学では,退学率及び留年率が増加傾向にある.そこで,最適な補習・補完教育の構築を目的とし,学生の特性により適する学習方略を検討するため,1)問題演習型補講,2)事前学習動画を用いた講義型補講の2つの方略を企画・実践し,その学習効果を検証した.その結果,前者では,成績中位群(第2群)において,非受講者の方が受講者より成績が高いこと,後者では成績中下位群(第3群)において,補講受講者の方が非受講者より成績が高いことを明らかとした.さらに,ゲーミフィケーションの概念を取り入れ,独自に作成した構造式かるたを用いた学習方略の立案・実践し,その評価を行った.その結果,学生間での事前共同学習が促されることで学習効果につながることを見出した.これらの研究より,学生の特性に合わせた学習方略を選択することで,効果的な補習・補完教育を提供し得ることを示した.

Abstract

In recent years, the number of pharmacy schools has been increasing, and the number of students has been decreasing, thereby increasing the dropout and retention rates in some schools. Therefore, we examined learning outcomes for the purpose of optimal remedial and supplementary education. First, I examined the impact of student characteristics on learning outcomes in each learning strategy. Two strategies were implemented in the study: a problem practice strategy, and a lecture-style supplementary education strategy using videos of prior learning. The learning effects of these strategies were then verified. The results show that in the practice strategy, non-attendees achieve higher grades than the attendees in the middle group (group 2); and in the strategy using videos, the attendees in the supplementary course achieve higher grades than the non-attendees in the middle and lower groups (group 3). The second is the development of a learning strategy utilizing gamification. We created a game of structural formula called “Karuta” in the hope that it would encourage collaborative learning among students, while focusing on chemical structural equations. We then designed and implemented a learning strategy using the Karuta and evaluated the learning outcomes. Our findings show that the effects of learning differed, depending on the characteristics of the students.

緒言

全国の薬科系大学・薬学部数及び入学定員において,1992年は46学部7,730人であったが,2020年の6年制では75大学77学部11,602人と約1.6倍に激増した.一方で,薬剤師国家試験合格者数は1992年には7,497人であったものが,2020年では9,958人であり,薬学部定員の増加ほど増えてはいない.また,私立大学における2015年度入学生が6年間で卒業し,薬剤師国家試験に合格した割合は58.2%であり,現在薬学部では,2人に1人程度しかストレートで薬剤師になれないとの報告がある1).本問題は,前述の6年制薬学部の定員増加に加えて,少子化による18歳人口の減少も合わさり,入学者の学力低下が著しいためといわれている.厚生労働省からは「入学定員数の抑制も含め教育の質の向上に資する,適正な定員規模のあり方や仕組みなどを早急に検討し,対応策を実行すべき」との提言を受けている2).また,文部科学省においても,薬学部教育の質保証についての検討が進められている3)

このような状況を背景に,入学時より学習への不安を抱える学生や,薬剤師として求められる専門教育への対応が難しい学生が増え,一部の薬科系大学では,退学率及び留年率が増加傾向にある4).現状の薬学教育において取り組めることは,入学させた学生に最適な教育を行い,教育の質の保証を行うことにあると考える.そこで学生の学力や特性に応じて柔軟に対応可能な補習・補完教育に着目した.しかし,通常の講義に追加される補習・補講教育は,多くのミッションを抱える学生や教員にとって過剰な負担となる可能性も考えられ,最適な補講を検討して提供するという観点が必要である.学力向上や学生の能動的な学習を促すためにも,従来の方略も含めて学習成果を評価することが重要となる.そこで,補習・補完教育の最適化を目指して2つの研究課題に着目した.1つ目として,各学習方略は学生の特性によって学習成果にどのような影響を与えるのかの検討,2つ目は,薬学部におけるゲーミフィケーションを活用した新たな学習方略の開発である.大阪大谷大学薬学教育支援・開発センターでは「構造式かるた」を作製した.その「かるた」を用いて,事前学習やかるた大会を含めた学習方略の立案・実践とその評価を行った.これらの研究について以下に概説する.

学生の特性に適した学習方略の探索研究

1つ目の研究課題では,各学習方略において学生の特性が学習成果に与える影響の検討である.

2018年度に成績下位層にも有効な補講の方略を見出すことを目的とした実践研究を行った5).具体的には,有機化学教育において,1)問題演習型補講,2)事前学習動画を用いた講義型補講の2つの学習方略を企画・実践し,成績群別による学習効果を検証した.評価には,補講前の化学系科目の定期試験結果を用いて四分位で4群に分類し,補講受講者と非受講者の成績を補講後に実施した知識習得度確認試験及び定期試験結果を用いた.その結果,問題演習型補講では,成績中上位群(第2群)において,非受講者の方が受講者より有意に成績が高いことが示された.また,事前学習動画を用いた講義型補講では,成績中下位群(第3群)において,受講者の方が非受講者より有意に成績が向上することを明らかとした.これより,受講者の補講前の成績によって,得られる学習成果が異なることを実証した.

ゲーミフィケーションを活用した学習方略の開発

2つ目の研究課題は,薬学部におけるゲーミフィケーションを活用した学習方略の開発である.ゲーミフィケーションとは,一般的に「ゲームの考え方やデザイン・メカニクスなどの要素をゲーム以外の社会的な活動やサービスに利用すること」と定義されており,人の行動に対するモチベーションを向上させる方法に利用されている6).また国際的には,ゲーミングを活用した薬学教育について種々の報告がある79).そこで,ゲーミフィケーションの活用に着目し,化学構造式を中心に学生間での共同学習が促されることを期待した化学構造式かるた(以下,「かるた」)を作成した.その「かるた」を用いた学習方略の立案・実践と,その学習成果を評価した.

1. 4, 5年生対象の「かるた(医薬品構造編)」を用いた科目分野横断教育

本学習方略を図1に示す.科目分野横断学習の促進を目的に,取り札には50個の医薬品を題材とした化学構造式を,読み札には医薬品の化学構造が有する官能基や複素環名などの特徴や性質,薬理作用,薬物動態などを記載した「かるた(医薬品構造編)」と事前学習用の解説動画を作成した.その「かるた(医薬品構造編)」を用いて,薬学部4,5年生を対象に事前学習を含めて,かるた大会を実施し,その学習成果をアンケートの主成分分析によって評価した.その結果,実務実習を経験した5年生の方が4年生よりも「かるた(医薬品構造編)」及び大会に対して好印象となる傾向を示した.本結果は,実務実習で科目分野横断教育を経験した後の振返りとしての実施が効果的であることを示唆していると同時に,学部教育において,実務実習後に得られるような科目分野横断学習への興味と化学が実臨床に役立つという視点を低学年次から持たせる必要があることが考えられた10)

図1

構造式かるた(医薬品構造編)を活用した学習方略の概要.文献10)より引用

2. 1年生対象の「かるた(基本構造編)」を用いた有機化学教育

また,本方略を1年生の有機化学教育へと適用して,「かるた(基本構造編)」の作成を行った.今回の「かるた(基本構造編)」では50個の化合物を題材とした.その内訳は,複素環式化合物が14個,ベンゼン環をもつ化合物が16個,それ以外の化合物が20個である.かるたの例及び本学習方略を図2に示す.取り札には,化合物の化学構造式を,読み札には化学構造が有する官能基名やその性質,反応などを記した.その「かるた(基本構造編)」を用いて事前学習及びかるた大会を実施し,その学習成果について知識習得度試験とアンケートのクラスター分析及び自由記述のテキストマイニングによる対応分析を用いて検証を行った.その結果,受講者の意識や学業成績によって,本方略が知識定着への手段となる群や,かるた大会の解説を利用して学習の手段とした群が確認された.また,化学を嫌いと評する傾向にある成績下位群ほど,短期記憶の傾向がみられた.これより,本方略を有機化学の基礎学力向上に適用するためには,さらなる改善が必要であることを示した11)

図2

構造式かるた(基本構造編)の例と,その「かるた(基本構造編)」を活用した学習方略の概要.文献11)より引用.

[A]構造式かるた(基本構造編)の例.読み札は3ヒントを記した.取り札の表面には構造式を,裏面には化合物名を記載した.

[B]構造式かるた(基本構造編)を活用した学習方略の概要

補習・補完教育の最適化に向けて

今回,ご紹介した2つの研究のうち,最初に紹介した研究では,各学習方略において,学生の特性(補講前の学業成績)が学習成果に与える影響を検証した.現状,すべての学生に有効な学習方略は見出せていないものの,学生の特性によって異なる学習成果が得られることを示した.さらに,2つ目の研究として紹介したゲーミフィケーションを活用した教育では,学生間での事前共同学習が促されることで学習効果につながることを見出した.これらの研究より,学生の特性に応じた学習方略を選択することで,効果的な補習・補完教育を提供し得ることを示した.

ゲーミフィケーションを活用した教育は,利点があったとしても,すべての教育上の問題を解決する万能薬でないことを海外の先行研究で議論されている12,13).本方略でも同様に,すべての学生の学力向上のための万能薬とはいえない.しかし,日本の薬学教育でも学生の学力を向上させるため,学習方略の選択肢を増やすことには価値があると考える.より良い新たな学習方略の開発にむけて,今後も薬学教育分野に知見を積み重ねていく必要性がある.

おわりに

2015年より始めた本テーマの教育研究であるが,当初は何をどのように研究を進めれば良いのか全くわからない手探りの状況であった.改めて振返ってみると,この数年間で論文執筆に繋がったのは多くの人との出会いや環境によって,私自身を育てて頂いた成果と考えている.「学習環境(Learning Environment)とは,施設としての広さや気温といった環境だけでなく,学ぼうとする学習項目と自分達とのレベル差や批判的な教員の態度,同僚同士の関係など様々な学習に影響を与える因子を総括的に指す」とある14).私自身も薬学教育に携わる先輩や同僚・仲間たちから多くのことを日々学ばせて頂いており,本稿でご紹介したような教育研究を遂行できる環境に改めて感謝したい.また,教育研究に夢中になると計測可能な数字の学習成果ばかりに目を向けがちとなるが,これまで先達者から受けてきたように,その根底にある学習者の成長を願う「思い」があることも忘れずにいたい.大変微力ながら,私も誰かの成長の助力となれるように,今後も薬学教育に貢献していく所存である.引き続き,皆様からのご指導とご鞭撻をお願い申し上げる.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

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