2023 年 7 巻 論文ID: 2022-029
2020年からのCOVID-19の感染拡大に伴い,教育は大きな転換期を迎えた.薬学教育においても,対面授業が大きく制限され,薬学部教員の多くが,慣れないオンライン教育の実施を余儀なくされた.このため,薬学部教員は,全くノウハウがない中でそれぞれが独自に取り組みを行う必要に迫られた.2020年度内から教育系の学会では,オンライン教育の実施に関する情報共有の場が設定された.しかし,その多くは,成功体験や構築例の報告であり,意図せぬ小さな失敗や間違い(しくじり)を共有する機会は限られていた.そこで筆者は,薬学部教員を対象として,オンライン教育における「しくじり」およびその対策に関する調査を実施した.その結果,9名のしくじり先生から,報告を受けた.本稿では,しくじり先生の経験談を紹介することで,オンライン教育における「しくじり」を振り返る.今後の教育に活用し,良い点は継続し,改善すべき点は良くすることで質の高い教育を実践するためのPDCAサイクルを進める一助になることを期待している.
With the spread of COVID-19 from 2020, education has reached a major turning point. In pharmacy education, the implementation of face-to-face classes was greatly restricted. Many pharmacy faculty members were forced to implement unfamiliar online teaching methods. Therefore, pharmacy faculty members were forced to make their own efforts in the absence of any know-how at all. Within FY2020, educational associations set up a forum for sharing information on the implementation of online education. However, most of them were reports of success stories and construction examples, and there were limited opportunities to share small unintentional failures and mistakes (missteps). Therefore, the author conducted a survey of pharmacy faculty members regarding “mistakes” in online education and their countermeasures. As a result, we received reports from nine faculty members on their experiences. This paper reviews the “mistakes” in online education by presenting the experiences of the nine teachers. We hope that they will be utilized in future education and help to advance the PDCA cycle to practice high-quality education by continuing to implement the good points and improving the points that need improvement.
教育は,失敗の上に成功が成り立っているといっても過言ではないはずである.最初から上手に講義や洗練された演習を行っている人もいるかもしれないが,様々な失敗から試行錯誤を繰り返し教育効果の高い授業ができるようになる人もいる.しかし,2020年のCOVID-19感染拡大により,これまでの経験を吹き飛ばすように,学習方略の劇的な変更が余儀なくされ,各大学は独自に様々な工夫をしながら教育に当たった.薬学教育において,COVID-19パンデミック下での薬学教育とする実践例の報告がなされているが,成功例1,2) や構築例3,4) などの肯定的な報告が多い一方で,失敗例,教育効果が乏しい,などの否定的な報告は限られている.また,それぞれの教育について情報交換する機会も激減し,他者の視点からの見直しを図ることも十分ではない.実践結果から学習方略の見直しを行い,PDCAサイクルを回し適切な教育を実践することは質保証の観点からも重要である5).さらにそれぞれの持つ情報を共有することによって,良い教育の拡散にもつながると考えられる.そこで,2021年2月,全国の薬学部の教員を対象として教育実践例,特に失敗談やそのリカバリー方法を調査した.本稿では,調査により収集した,薬学部の “しくじり先生” より発表の同意を得た事例について完全匿名にて代理で紹介する.これらの事例を参考に,授業・演習デザインの一助になることを目的としている.
日本薬学教育学会からオンライン教育に関する特集号「COVID-19パンデミック下での薬学教育~レジリエントな教育システム構築に向けて~」が発行されている.この中で寄せられた報告数は15である.
その一方で,自身が独自に薬学部教員の一部に調査した「COVID-19パンデミック下でのしくじり教育(2020年度の振り返り)~繰り返さない教育システム構築に向けて~」では,9例の回答が得られた.なお,質問項目は以下の2つであり,シンポジウムにて匿名で公表する場合があることを事前に伝えている.
1)どういった失敗を経験されましたか?あるいは恨み,辛みなどの障壁がありましたか?できるだけ具体的に記述してください.
2)どのように対応,リカバリーしましたか?工夫した内容も含めて,具体的に記述してください.
~1人目のしくじり先生~
(しくじり)従来行っていた記述式のレポートを,オンラインによる課題提出にしたところ,提出物の剽窃が続出した.
(リカバリー)該当学生を呼び出し,レポート課題の重要性,剽窃の行為の持つ意味,将来の医療人としてどう考えるのかを話合いをし,指導(説教)し,反省文を書かせた.
~2人目のしくじり先生~
(しくじり)リアルタイム形式によるオンライン授業中に教員のPCが落ちて,授業が行えなくなった.
(対応策)学生は他の教員でも同様の事例があったためか,復帰まで待ってくれていた.以降,PC 2台体制で授業を配信した.
~3人目のしくじり先生~
(しくじり)教員の認識不足のため,Zoomによるオンライングループワークのグループ設定でミスをし,学生がブレイクアウトルームに割り振られない事態となった.
(リカバリー)当日の授業は中止,別日に補講とした.以降,表示名を工夫し,各学生がどのグループに当たっているか視認しやすく,グループ分けをしやすいようにした.
~4人目のしくじり先生~
(しくじり)保護者が学生と一緒に受講していた.
(リカバリー)授業内容から外れた発言は控えた.オンライン化により自宅での受講となり,家にいる保護者が授業の話を聞いていることはよくある光景であろう.
~5人目のしくじり先生~
(しくじり)講義で使用するツールが多すぎて学生が混乱した.
(リカバリー)各ツールに一長一短があり,教員がやりたい授業と親和性の高いツールを使いがちである.しかし,学生は多くのツールを使いこなせず,講義がうまくいかないことになるだろう.できれば,学生の受講環境を考慮した講義を行い,ユーザーフレンドを目指した方が学習効果が高いのかもしれない.
~6人目のしくじり先生~
(しくじり)カメラオフのため,学生の表情を読み取り理解度を確認しながら講義を進められない.
(リカバリー)講義毎に小テストを実施し,理解度を確認した.オンライン教育によるものか定期試験の成績はよかった.
~7人目のしくじり先生~
(しくじり)カメラオフ学生が授業を聴いているかわからず授業中に不安になった.
(リカバリー)振り返りシートを書かせ,コメント付きで返却した.信頼関係を築くことが大切と考え,即時フィードバックを積極的に行い,授業後も時間を取り対話する機会を設けた.その結果,対面よりも個々の学生を把握することができた.
2. 2限目(試験関係のしくじり事例)~8人目のしくじり先生~
(しくじり)オンライン試験での替え玉受験疑い.
(リカバリー)証拠不十分で検挙は難しかったので,緊急事態だろうが,測定は対面試験を行うようにする.
~9人目のしくじり先生~
(しくじり)定期試験を記述のみで構成したが,タイピングができないまたは遅いといった学生が多数おり,理解はしているが時間が足りないといった声が上がった.
(リカバリー)キーボードよりもスマホで入力したいという声が多かったので許可した.実際にはスマホで入力してもキーボードよりは遅いので,時間が足りなかったようであった.普段90点代の学生が80点代前半まで下がるなど,試験形式の変更に伴い若干の成績の変動が見られる傾向にあった.ただし,オンライン上にてマーク形式の試験を実施したものよりは格段に実力を評価できたとは思う.
~番外編(受講者の声)~
1)登校できない中でのオンライングループワークができたのは良かった.2)単位は認定されたけれど,学んだとは言い難い.3)画面を見続けるのはしんどい.
これら数々のしくじり先生の叫びから,得られた教訓を述べる.対面と同様の授業を行おうとして,失敗や予想外の事態が発生した.ただし,これはチャレンジした結果であり,失敗することは悪いことではなく,失敗に目を向けて改善することが良い教育につながるのは間違いないだろう.新たな発見から得られた良い教育は継続し,対面授業になった後でも続けていくことで,対面の良さ,オンラインの良さの双方を活かした教育ができるはずである.改善するべき部分は反省して次に活かす,そのための測定をしっかり行いPDCAサイクルを回すことが重要であることを改めて思い知らされた1年だったように思う.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.