2023 年 7 巻 論文ID: 2022-044
学習効果を高めるために学生が実践する学習方法(認知的方略)が,薬学生の学習成果にどのような影響を与えているかを推察するため,薬学生の認知的方略と卒業試験成績との関連性について解析した.学年を区別して確認的因子分析を行う多母集団同時分析により,「深い処理方略」,「まとめ作業方略」,「反復作業方略」の3つの認知的方略が共通に使用されていることが抽出され,また因子間相関から各認知的方略の使用傾向が学年によって異なることが示された.これらの認知的方略と薬学科6年生の卒業試験との関連性について,「深い処理方略」の使用が卒業試験成績に対し正の影響を示した.一方「反復作業方略」を多く使用する学生ほど成績が相対的に低く,この方略による学習は卒業試験成績に反映され難いことが推定された.以上より,将来の卒業試験に向けた「深い処理方略」の使用促進のため,低学年のうちからその有効性を認知させることが重要であると考えられた.
This study investigated the relationship between pharmacy students’ cognitive strategies and their graduation examination results for learning effectiveness. Confirmatory factor analysis of the data collected from various grade levels revealed that “deep processing”, “summarizing”, and “repetition” strategies were commonly used by students in all years of study. Still, the tendencies to use a specific cognitive method differed by year. The sixth-year students who frequently used the deep processing approach scored higher in the exams than those who mainly used repetition. The results of structural equation modeling indicated that deep processing positively affected the examination scores, while repetition did not. Therefore, lower-year pharmacy students should learn the cognitive strategies that are most effective for successful performances in future graduation examinations.
学校法人星薬科大学のディプロマポリシーには,学士の学位授与の要件として「高度化,専門化する医療に対応できる薬学の基礎知識と専門知識を有する.」「科学的・論理的な思考能力を基礎として,問題を構造化し,解決する能力を有する.」などを含む5つの能力を身に付けなければならないことが記されている.また,これらの能力を担保するために,通常の学部講義科目の単位認定試験とは性質を異にし,薬学部で習得すべき総合的な知識や判断,解決力を一つの試験で測定する卒業試験に合格することが要求されている.通常の学部講義科目の試験は,本質の理解を伴わない暗記といった方法でもある程度対応が可能である一方,卒業試験に合格するための知識や能力は短い時間で獲得できるものではなく,比較的早い段階から相応の学習方略(learning strategy)を提示し実践させることが重要と推定される.
学習方略とは「学習の効果を高めることを目指して意図的に行う心的操作あるいは活動」と定義される1).この学習方略はさらに,学習者が効果的な学習のために自身の心理状態を調整する方法(コントロール方略)と,実際の学習場面で学習内容を繰り返したりまとめたりといった認知する過程を調整する方法(認知的方略)に大別され,このうち認知的方略が学業成績に影響を与えることが報告されている2).認知的方略と学業成績との関係を示した研究は,これまで特に中学高校教育を対象として行われてきた.例えば,中学生の学業成績に対し,繰り返し書くなどの作業を中心とする方略が正の影響を与えることや2),高校生の数学の成績に対し,内容を理解しようとする方略が正の相関を示すこと3),さらに高校生の英語の成績に対し,関連した内容をまとめて覚える方略が正の影響を示すことが報告されている4).また,大学教育の中でも文系学部では,教育学部の数学学習において高校生を対象とした研究3) と同様の結果が報告されている5).このように,中学高校教育では学習方略の研究が盛んであり,大学教育でも文系学部では研究が進んでいる一方で,医学や薬学など医療系学部の分野で調査された例は少ない.近年看護学部では,看護学生が専門科目を学ぶ過程で用いる学習方略を調査した研究や6),学習方略の使用の程度と能動的な学習行動との関連性を調査した研究が行われつつあるが7),医療系学部での総合的な試験を対象とした学業成績と学習方略との関連性についての研究は知られていない.一般に卒業要件として卒業試験が課される薬学部において,長期間の総合的な学習が必要な卒業試験成績と認知的方略との関連を明らかにすることは,薬学部における教育支援を検討する上で重要な意味を持つと我々は考えている.
このような背景のもとに本研究では,卒業試験成績の向上につながる効果的な学習方略を明らかにすること,さらに卒業試験の合格を目指す薬学生,及びこれら学生を指導する教員への指針を示すことを目的として,薬学生が使用する認知的方略を全学年にわたり横断的に調査し,このうち最終学年の学生に注目した認知的方略と卒業試験成績との関連性について解析を行った.
調査対象は2019年度に在籍した星薬科大学の全学生1677名とした.調査時期は,講義等で学年の全員が揃う機会を選択し,1年生から4年生は2019年6月に,5年生は学外における実務実習の期間を避けるために6年次に進級後の2020年6月に,6年生は2019年10月に,以下の調査内容に従ってgoogleフォームを使用したアンケート調査を行った.調査にあたり,予め本研究の趣旨,研究不参加によって何ら不利益を受けないこと,研究対象となることへの同意をいつでも撤回できること,個人のプライバシー保護に配慮することを文書及び口頭で説明し,同意書を提出した学生に対してのみ回答を依頼した.
2) 調査内容認知的方略を測定する項目は,大学生を対象とした調査における内的整合性が確認されている梅本の認知的方略の使用尺度8) 及び認知的方略尺度9) を参考に12項目を用い,「全くあてはまらない」,「あてはまらない」,「どちらともいえない」,「当てはまる」,「よくあてはまる」の5件法で回答を求めた.この尺度には,学習内容を何かに繰り返し書いて覚える「反復作業方略」3項目,新しい学習内容を今まで習った知識と関連付けて覚える「深い処理方略」6項目,学習内容をノートにまとめることで覚える「まとめ作業方略」3項目が含まれた(表1).
F1 | F2 | F3 | 共通性 | |||
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深い処理方略 α = 0.853 | ||||||
Q8 | 勉強するときは,内容を関連づけて覚える. | .82 | –.12 | .05 | .66 | |
Q9 | 勉強するときは,新しい内容と今まで習ってきたことを頭の中で結びつける. | .80 | –.03 | –.08 | .62 | |
Q6 | 勉強するときは,その内容を頭の中に思い浮かべながら学習を進める. | .75 | –.05 | .01 | .55 | |
Q4 | 前に習ったことを思い出しながら,勉強を進める. | .64 | .03 | –.02 | .42 | |
Q7 | 用語などを覚えるとき,似たようなものをまとめて覚える. | .63 | .12 | .02 | .44 | |
Q5 | 勉強するときは,同じ内容はまとめて覚える. | .57 | .11 | .02 | .36 | |
まとめ作業方略 α = 0.860 | ||||||
Q11 | 勉強するとき,教科書や問題集の内容をノートにまとめている. | .01 | .88 | –.06 | .73 | |
Q10 | ノートを自分なりにまとめ直して勉強する. | .00 | .85 | .03 | .74 | |
Q12 | 教科書や問題集を読むとき,その内容の大筋をノートに書いてまとめる. | .01 | .72 | .04 | .56 | |
反復作業方略 α = 0.827 | ||||||
Q2 | 用語などを覚えるとき,何かに書きうつしながら勉強する. | –.01 | .00 | .87 | .76 | |
Q3 | 用語などを覚えるときは,繰り返し書いて覚える. | –.02 | –.08 | .84 | .64 | |
Q1 | 勉強するときは,何かに書きながら学習を進める. | .04 | .16 | .62 | .52 | |
負荷量平方和 | 3.11 | 2.69 | 2.46 | |||
寄与率 | 28.55 | 21.54 | 8.19 | |||
因子間相関 | ||||||
F2 | .19 | |||||
F3 | .13 | .49 |
得られた調査データについて「全くあてはまらない」から「よくあてはまる」をそれぞれ1~5の数値に変換し,IBM SPSS Statistics 26を用いて最尤法,Promax回転で因子分析を行い薬学生が持つ認知的方略を推定した.学年間の比較にはIBM SPSS AMOS 26を使用し,等値制約の異なる3つのモデルについて最尤推定法で多母集団同時分析10) を行った.制約条件として,配置不変モデルは等値制約を置かず母集団間で因子構造のみが同じとし,測定不変モデルは観測変数に対する因子負荷量が等値とし,全母数等値モデルはさらに観測変数の誤差分散及び因子の分散共分散が等値とした.これらのうち少なくとも配置不変モデルが成立していれば,各学年間で同じ認知的方略が使用されていると判断される.モデルの適合度は,Comparative Fit Index(CFI,基準 > 0.9),Root Mean Square Error of Approximation(RMSEA,基準 < 0.05),及びAkaike’s Information Criterion(AIC,基準:モデル間でより低い値)によって評価した.
3. 認知的方略と卒業試験成績の関連性の解析方法星薬科大学の卒業試験は,6年次9月と11月に国家試験に準じた345問のマークシート形式のテストで実施し,2回の合計得点で合否判定する.不合格者については,さらに1月に3回目のテストを1,2回目と同じ要領で実施する.本研究では,原則全員が受験し十分に学力が伸びていると考えられる11月に実施の第2回卒業試験成績を用いた構造方程式モデリングを行った.また6年次より前の基礎学力の違いが,卒業試験成績に対する認知的方略の影響に関与するかどうかを確認するため,4年次に受ける総合演習科目の成績を4年次成績としてモデルに入れた分析を行った.さらに,良い成績を得る学生の認知的方略の特徴を確認するため,方略の使用の程度を表す方略得点として,各方略に関連する質問項目の平均値を用いた階層クラスター分析(平方ユークリッド距離,Ward法)を行った.得られたデンドログラムを基にクラスター数を決定し,各クラスター間の卒業試験成績を一元配置分散分析後Tukey法で検定して比較した.
アンケート調査の結果,全学生1677名のうち857名(51.1%)から回答を得た.いずれの学年も,平均値±標準偏差が最大値の5を上回る天井効果や,最小値の1を下回る床効果は見られなかった(表S1).
全学年での認知的方略尺度の構成について因子分析を行った結果,第1因子はQ8「勉強するときは,内容を関連づけて覚える.」など6項目が負荷し,「深い処理方略」が抽出された(寄与率28.6%,α = 0.853).第2因子はQ11「勉強するとき,教科書や問題集の内容をノートにまとめている.」など3項目が負荷し,「まとめ作業方略」が抽出された(寄与率21.5%,α = 0.860).第3因子はQ2「用語などを覚えるとき,何かに書きうつしながら勉強する.」など3項目が負荷し,「反復作業方略」が抽出された(寄与率8.2%,α = 0.827)(表1).
2. 認知的方略の学年間比較認知的方略の因子構造が学年間で等しいかどうかを検討するため,まず学年ごとに確認的因子分析を行い,1~6年生いずれも概ね良好な適合度を示すことを確認した.次に1~6年生を同時分析した結果,配置不変モデル(CFI = 0.940, RMSEA = 0.032, AIC = 897.3),測定不変モデル(CFI = 0.935, RMSEA = 0.031, AIC = 873.5),全母数等値モデル(CFI = 0.904, RMSEA = 0.034, AIC = 921.3)の,仮定した全てのモデルにおいてCFI,RMSEAの基準を満たした.このうち測定不変モデルにおいてAICがより低い値を示したことから,測定不変モデルを採用した(表S2).測定不変モデルにおける因子間の相関係数は,1年生ではどの方略の組み合わせにも弱い相関があるのに対し,3年生以降から「深い処理方略」と「反復作業方略」の相関がなくなることが示された(表2).
因子負荷量 | 1年生(n = 171) | 2年生(n = 132) | 3年生(n = 121) | 4年生(n = 108) | 5年生(n = 132) | 6年生(n = 193) |
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Q1 | 0.719 | 0.693 | 0.632 | 0.725 | 0.709 | 0.686 |
Q2 | 0.869 | 0.761 | 0.849 | 0.875 | 0.918 | 0.853 |
Q3 | 0.795 | 0.660 | 0.725 | 0.720 | 0.863 | 0.756 |
Q4 | 0.690 | 0.669 | 0.696 | 0.586 | 0.687 | 0.537 |
Q5 | 0.641 | 0.605 | 0.645 | 0.562 | 0.595 | 0.564 |
Q6 | 0.771 | 0.701 | 0.778 | 0.780 | 0.658 | 0.724 |
Q7 | 0.692 | 0.674 | 0.768 | 0.624 | 0.702 | 0.615 |
Q8 | 0.770 | 0.711 | 0.841 | 0.765 | 0.882 | 0.738 |
Q9 | 0.826 | 0.761 | 0.777 | 0.676 | 0.830 | 0.680 |
Q10 | 0.814 | 0.880 | 0.913 | 0.843 | 0.885 | 0.855 |
Q11 | 0.777 | 0.883 | 0.846 | 0.905 | 0.866 | 0.785 |
Q12 | 0.700 | 0.768 | 0.701 | 0.757 | 0.724 | 0.755 |
因子分散 | ||||||
深い処理方略 | 0.318 | 0.237 | 0.358 | 0.262 | 0.262 | 0.174 |
反復作業方略 | 0.379 | 0.245 | 0.323 | 0.351 | 0.560 | 0.421 |
まとめ作業方略 | 0.768 | 0.974 | 0.972 | 0.991 | 1.002 | 0.955 |
共分散(相関係数) | ||||||
深い処理方略⇔反復作業方略 | 0.133***(0.382) | 0.063*(0.261) | 0.053(0.155) | 0.067(0.222) | 0.045(0.118) | 0.036(0.132) |
深い処理方略⇔まとめ作業方略 | 0.187***(0.378) | 0.024(0.049) | 0.175**(0.297) | 0.195**(0.382) | 0.170**(0.331) | 0.059(0.146) |
反復作業方略⇔まとめ作業方略 | 0.204***(0.378) | 0.209***(0.428) | 0.183**(0.327) | 0.299***(0.507) | 0.374***(0.500) | 0.339***(0.535) |
* p < 0.05,** p < 0.01,*** p < 0.001
認知的方略と卒業試験成績との関連を検討するため,6年生の認知的方略と卒業試験成績を用い構造方程式モデリングを行った.なお6年生のアンケート回答率は72.3%で,アンケート回答者の成績231.1 ± 31.4及び未回答者の成績228.8 ± 33.4(いずれもmean ± SD)を比較すると,分散は等しく(F-test p = 0.49),平均値にも差は無かった(t-test p = 0.60).構造方程式モデリングの結果,「深い処理方略」が卒業試験成績に対し有意な正の影響を示し(標準化パス係数β = 0.35,p < 0.001),「反復作業方略」が有意な負の影響を示した(β = –0.26, p < 0.01)が,卒業試験成績と「まとめ作業方略」との関連性は示されなかった(図1A).この時の適合度はCFI = 0.931,RMSEA = 0.072であり,概ね良好な値を示した.また,基礎学力として4年次の総合演習科目の成績を入れたモデルでは,卒業試験成績に対し4年次成績が正の影響を示し(β = 0.60, p > 0.001),「深い処理方略」が正の影響を(β = 0.26, p > 0.001),「反復作業方略」が負の影響をそれぞれ示した(β = –0.24, p = 0.002)(図S1).さらに階層クラスター分析の結果,「深い処理方略」と「反復作業方略」の得点が高いグループA(n = 64),3つの方略全ての得点が高いグループB(n = 82),「深い処理方略」の得点のみ高いグループC(n = 47)の3グループに分類された(図1B).各グループの方略使用の相対的割合は,グループCで「深い処理方略」の使用割合が最も高く,またグループAからCの順で「反復作業方略」の使用割合が低下した(図1C).各グループの卒業試験成績は,グループAが221.2 ± 32.0,グループBが232.5 ± 31.7,グループCが241.9 ± 26.3(いずれもmean ± SD)であり,グループAとC間で有意な差が認められた(p = 0.002).
6年生の認知的方略と卒業試験成績の関連性.n.s.:not significant,* p < 0.05,** p < 0.01,*** p < 0.001.A:構造方程式モデリング.片矢印はパスを示し,その数値は標準化パス係数を示す.両矢印は相関関係を示し,その数値は相関係数を示す.CFI:0.931,RMSEA:0.072,AIC:180.4.誤差項,観測変数は省略してある.B:階層クラスター分析(平方ユークリッド距離,Ward法).C:各グループの方略使用の相対的割合.
卒業試験成績の向上に効果的な薬学生の行動指針,また教員の指導指針を提供することを目指して,薬学生が持つ認知的方略を全学年で調査し,「深い処理方略」,「まとめ作業方略」,「反復作業方略」の3つの認知的方略の因子が全学年で共通して使用されていることを確認するとともに(表2及びS2),「深い処理方略」の使用が卒業試験成績を向上させ,「反復作業方略」の使用は成績を向上させにくくすることを示す結果を得た(図1A).また4年次成績をモデルに入れ基礎学力を一定とした場合も,これらの認知的方略は依然として有意であることが示されたため(図S1),6年次に行う認知的方略は基礎学力に関わらず卒業試験成績に影響を及ぼす可能性が考えられた.今回使用した認知的方略尺度は,一般に大学生を対象に信頼性が確認されたものであったが8,9),改めて卒業時に卒業試験や薬剤師国家試験の受験を控えている薬学生に対しても同様に適用できる尺度であることが示唆された.
構造方程式モデリングによる分析の結果では,卒業試験成績に対して「深い処理方略」が有意な正の影響を示した(図1A).「深い処理方略」は,新しく習うことと既存の知識を関連付けたり,内容をまとめて覚えたりする方略で,一般に学業成績へ正の影響があることが知られている5,11,12).薬学生が学ぶ物理や化学などの基礎科目,薬理学や薬剤学などの応用科目,そして臨床科目は,相互に関連が深く範囲が広いため,卒業試験成績を向上させるには物事を深く理解していくような認知行動が効果的であると考えられる.
次に,卒業試験成績に負の影響を示す因子として「反復作業方略」が明らかとなった(図1A).同様にクラスター分析から,どのグループも「深い処理方略」は多く使用している中で,「反復作業方略」の得点が高いグループほど卒業試験成績が低くなっていることが示された(図1B).またグループ B では3つの方略の得点が高かったが,学生が許容できる学習時間の絶対量には上限があると仮定すれば,グループBの学習時間だけが極端に長くなることは考えにくい.したがってクラスター分析の結果は,各方略の得点の大きさが学習時間全体に占める相対的な割合の大きさに対応していると解釈するのが妥当である(図1C).これらのことから,一定の学習時間の中で「反復作業方略」の使用割合が相対的に高い学生ほど,卒業試験成績の伸び方が鈍化することが示唆された.一般に,「反復作業方略」を含む比較的浅い処理を主体とする学習方法は,大学生の講義科目試験の成績に影響を与えないか11,12),負の影響を与える13) と言われている.別の研究では,「反復作業方略」は科目試験成績に正の関連があるものの,その効果は学習時間が媒介するものであり,学習時間が同じであれば「反復作業方略」の使用は試験成績の向上に関与しないことが示唆されている14).また,個々の科目試験の一部やCBTなど,選択式で基礎的知識の有無を測る必須形式問題の試験では「反復作業方略」はある程度有効であることが予想される.一方,国家試験に準じた形式で行われている本学の卒業試験の内容は,必須問題を除いてそれまでの多くの試験とは質及び量ともに異なり,たとえマークシート形式であっても暗記に頼った浅い知識では得点に結びつきにくいと考えられた.以上のことを踏まえると,短時間のうちに複数の科目にわたる広範囲かつ深い知識が要求される卒業試験に向けた学習では,試験までに割くことが可能な学習時間が不足しがちとなり,相対的に非効率で時間のかかる「反復作業方略」の使用が障害となっていることが考えられた.
各因子間の相関関係について着目すると,1年生は「深い処理方略」「まとめ作業方略」「反復作業方略」の3つの方略間で正の相関がみられるのに対し,3年生以上になると「深い処理方略」と「反復作業方略」間は無相関となった(表2).またクラスター分析で分類された3グループの特徴を見ると,「深い処理方略」は全グループが一様に使用しており,「反復作業方略」の使用度にグループ間で差が認められる(図1B).これらのことから,3年生頃から「反復作業方略」の使用を継続させる学生と減少させる学生とが次第に生じ,使用する方略が個人の好むものに固定化されていく可能性が示唆された.本学では3年次前期から研究室に配属されることが特徴であり,研究活動という深い思考力と理解力が求められる科目が比較的早期から導入される.また本学の全授業科目を,教養,薬学基礎,薬学応用,薬学研究,薬学臨床の5つに分類し,それぞれの年間修得単位数の年次推移をみると,1年から2年次では教養と薬学基礎が最も大きな割合を占めているのに対し,3年次では薬学応用と薬学研究が大きな割合を占めている(図S2).こうしたカリキュラム上の特徴が,3年次において使用する方略の転換を誘発するきっかけとなっている可能性が示唆された.一方で,低学年生が受ける個別の講義科目のように範囲が狭い試験などでは,時間をかければ成績に結び付く「反復作業方略」の使用がある程度有効なため,学生によってはその使用が定着して使い続けてしまうケース15) も存在するのではないかと考えられた.
今回測定した3つの学習方略のうち「まとめ作業方略」は卒業試験成績にする因子とはならず,6年生で「まとめ作業方略」と「深い処理方略」との相関性が消失していた(図1A及び表2).大学生において,まとめノートの作成は成績に影響を与えるが,その効果はまとめ方によって正負異なると報告されている16).今回の尺度ではそのまとめ方までを区別しておらず,測定因子としては卒業試験成績に対して有意な影響を示さなかった可能性がある.しかし「まとめ作業方略」に関する今回の知見は,研究計画の段階では予測できなかったものであり,また本研究が横断的研究であることからも十分に考察できる段階にはない.このような大学生のノートテイキングに関した長期間にわたる研究はまだ少なく,今後の研究対象の一つと言えよう.
今回得られた知見は,1年生から6年生まで全学年の調査に基づいているものの,1大学での調査であることに留意すべきであり,今後より幅広い薬学部での調査が本知見のさらなる発展に寄与すると考えられる.また,1時点の横断研究であることも検討の余地があり,ある学年の縦断的調査によって「反復作業方略」などの変動に関するより深い考察が得られるものと思われる.さらに今回は学習方略のうち,学業成績に影響を及ぼすとされる認知的方略に着目して分析を行ったが,今後は認知的方略を制御するとされるコントロール方略との関連性も含め調査することで,卒業試験の成績向上につながる効果的な学習指針及び指導指針を明らかにできると期待している.
本研究では,卒業試験や薬剤師国家試験を目前に控えた6年生において,認知的方略の一つである「深い処理方略」は学生全員が使用し卒業試験成績を向上させるのに対し,相対的に非効率な「反復作業方略」の使用によって試験成績が伸びにくくなってしまう結果が示された.学生に対する「深い処理方略」のような望ましい学習方略の使用を促進させる具体的な方策については既にいくつかの研究が行われている.例えば,ある学習方略が将来的に有効であることを教示することのほかに,今現在の試験にも有効であることを認識させる必要があるとする研究や17),自身が深い処理方略を使用できるという感覚をグループワークで身に着けさせることが重要であるとする研究18) が存在する.低学年次で行われる個別の講義科目の試験などに対して「反復作業方略」がある程度必要であることは考慮すべき点であるが,学生に対しては,低学年次から十分な工夫を施した方策を通して「深い処理方略」の使用促進を図り,知識の理解を深めることが将来の卒業試験に役立つと認識させることが重要と考えられた.一方で,指導する教員は,近年急速に普及した電子端末による学習の効果に関する検証を含めより深い理解が得られる学習方法や授業設計,試験設計等を常に模索していく姿勢が重要であろう.
本研究は,2019年度星薬科大学教育方法等改善に係る調査・研究費により実施されたものである.本アンケート調査にご協力いただいた本学学生に感謝いたします.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.
この論文のJ-STAGEオンラインジャーナル版に電子付録(Supplementary materials)を含んでいます.