薬学教育
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原著
薬学部学生の読解力と学内成績および薬剤師国家試験成績との関係
宮崎 誠
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2023 年 7 巻 論文ID: 2022-058

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抄録

本学6年次生の読解力を測定し,得られた能力と学内で実施された試験の成績および薬剤師国家試験成績との関係を検討した.読解力の偏差値は中央値が63程度であったが,一部には50に満たない者もいた.5年間の学内総合成績が低い者は『イメージ同定』の能力が低く,国家試験不合格者は合格者に比べて『推論』の能力が低かった.個々の学生の読解力の特徴から,学生を4つのタイプに分けることができた.『推論』,『イメージ同定』,『具体例同定』のいずれもが低いタイプでは5年間の学内総合成績も国家試験模擬試験成績も他のタイプに比べて有意に低かった.以上より,読解力が国家試験の合否に間接的にも影響している可能性が示唆され,薬学部における学生の教育・指導において読解力は考慮すべき基礎能力であると考える.

Abstract

This study examined the reading comprehension skills of sixth-year pharmacy students in Japan and compared them to the results of university exams and the National Pharmacist Examination. The median deviation score in reading comprehension was about 63, but the scores of some students were less than 50. The results showed that students with lower academic performance over the first five years of the pharmacy program showed lower “representation” abilities. Also, students who failed the national examination had fewer “inference” abilities than those who passed. The students’ results were divided into four groups based on their reading comprehension characteristics. Students who scored low in “inference,” “representation,” and “instantiation” also performed poorly academically and on mock national examinations. These results suggested that reading comprehension influences whether one passes the National Pharmacist Examination. Therefore, reading comprehension skills are fundamental in the education and guidance of pharmacy students.

緒言

近年の初等中等教育について,文部科学省中央教育審議会は2020年に次のように指摘した1) :「国際的な比較によれば,我が国の児童生徒は,複数の文書や資料から情報を読み取って,根拠を明確にして自分の考えを書くことやテキスト(中略)や資料自体の質や信ぴょう性を評価することなど,言語能力や情報活用能力に課題が見られる.」.この根拠には文部科学省による「全国学力・学習状況調査」や経済協力開発機構(OECD)による「生徒の学習到達度調査(PISA)」などの結果があげられている.2003年度のPISAの調査結果2) では日本の15歳児のReading Literacyが下落し,学力低下論争となった.2018年の調査報告においてもOECDの平均値より得点は高いものの2015年より有意に低下した3).PISAではReading Literacyを「自らの目標を達成し,自らの知識と可能性を発達させ,社会に参加するために,テキストを理解し,利用し,評価し,熟考し,これに取り組むこと.」と定義しており,読解力と訳されている2).調査にはコンピュータを用いた試験が利用されており,生徒は長文を読み,それに関連する問に答える3).一方これと同じ頃,新井らは文章を読み解く力を診断するリーディングスキルテスト(RST)4,5) の研究開発を行い,その成果から国内の中高生の多くが中学校の教科書の文章を正確に理解できないと著書に記した6).RSTもコンピュータを使って行われるが,問題文はPISAに比べれば短い200字程度であり,実際の教科書や新聞,辞書,法律などを出典とする文章が用いられている.RSTでは分野を問わず,図表も含めたあらゆる言語化された情報を正確に読み解く力「汎用的読解力」を測ることができるとされている7).このように複数の指標において,小中高生の文章を読み取る能力の低下が同時期に問題として取り上げられている.

薬剤師に求められる役割が対物から対人へ大きく変化しようとしている8).これに伴い薬学教育においては学生のコミュニケーション能力や課題発見能力,問題解決能力を向上させることを目的に,学生自身による積極的で能動的な学習を促す多くの取組が試みられている.このような新たな学習方略においても,教科書や資料を読んで理解することで新たな知識を獲得する行動が基本となることは従来と変わりはない.むしろこれまで以上に重要視すべき行動ではないかと考える.しかし,そこに文章を正しく読み取ることのできない学生が存在することは想定されていないと思われる.現在の薬学部学生は,初等中等教育において読解力の低下が問題視されて以降の世代であるにもかかわらず,その読解力を明らかにし薬学教育との関連性や影響を評価・考察した報告はほとんど見当たらない.

大学生は一般に入学試験による選抜を経ていることから,読解力が極端に低い者が大学に在籍している可能性は低いと思われるが,読解力の実情次第では授業方法や学修指導方法を根本的に見直さなければならないかもしれない.そこで,本研究では本学6年次学生の読解力を測定することで,学部学生の読解力の現状を明らかにした.さらに学内で実施された試験の成績や薬剤師国家試験成績との関係を調査した.なお,本研究では本邦の小学校から一般企業に至るまで広く利用されているRSTを利用して読解力を測定したことから,以降の『読解力』とはRSTによって測定された能力を前提とする.

方法

1. 読解力の測定と学内の試験成績等

大阪薬科大学(現 大阪医科薬科大学薬学部)の2019年度6年次として在籍中の学生307名を研究対象の候補とした.まず,2019年4月9日に口頭にて候補学生全員に本研究の目的や方法などを説明した.同様の内容は学内にも掲示した.研究への参加は学生の自由意志に委ね,翌月7,8日にRST(一般社団法人 教育のための科学研究所が提供)を実施し,同意した者が約50分の試験を受検した.ほとんど解答せず成績に信頼性がないと判断した者を除き有効回答者とした.読解力は読解プロセスに基づいた6分野7種の能力,すなわち『係り受け解析』:文の基本構造を正しく把握する力,『照応解決』:代名詞などが指す内容を正しく認識する力,『同義文判定』:2つの文の意味が同一かどうかを判定する力,『推論』:既存の知識と新しく得られた知識から論理的に判断する力,『イメージ同定』:文と非言語情報(図表など)を正しく対応させる力,『具体例同定辞書』:辞書の定義を読んで言葉を正しく使いこなせる力,『具体例同定理数』:理数的な定義を読んでその用法を獲得できる力に分けて測定された9)図1には各能力を測定する例題を示す.以上の測定結果の他に『具体例同定辞書』と『具体例同定理数』を総合的に評価した『具体例同定』を加えた学生個々の成績を電子ファイルとして入手した.各能力の成績には,全国受検者の成績をもとに中学生1~3年生の平均を50として算出された偏差値を用いた.なお,RSTの成績は中学生では学年と共に伸びるが高校在学中には統計学的に有意な変化はなかったとする調査結果が示されている10) ことから,本研究では個々の学生の読解力は本学在学中に大きく変化しないものと仮定する.在学中,学生は様々な機会に種々の学力や学修成果の評価を受ける.本研究では薬学に関連する学生個々の成績として,入学直後の化学,生物学,数学の試験成績の平均点(入学時3科目成績)を用い,薬学教育を受ける前の基礎学力の指標とした.薬学部在学中の総合的な学修成果の指標には,5年次までの教養科目や実習・演習科目などを含む合否判定科目以外の全ての科目の定期試験成績や評価の平均点(5年間総合成績)を用いた.薬剤師国家試験における合格は薬学教育の最終目標の1つであることから,2019年度に本学で4回実施された薬剤師国家試験模擬試験の各回の得点(模擬試験成績)および第105回(2019年度)薬剤師国家試験の合否判定を使用した.具体的には次の通りである.入学時3科目成績および5年間総合成績はそれぞれ上位から下位までを20%毎に5群(上位群,中/上位群,中位群,下/中位群,下位群)に分け各群間で読解力の各成績を比較した.国家試験成績は合格群と不合格群との間で読解力の各成績を比較した.一方,数学が苦手でも化学が得意な学生がいれば化学が苦手でも薬理学や薬物治療学が得意な学生もおり,それぞれが学生の成績の個性となって表れているように,7種の読解力の成績にも個々の学生に特異的な傾向が潜在していると思われる.そこで7種の読解力についても類似した能力パターンを示す学生同士を個人差も考慮しながらいくつかのタイプに分けることを試みた.タイプ分けの方法には,具体的にどのような特徴のパターンがいくつ存在するかは明らかでないことから,階層型クラスタリング法を用いた.すなわち,全受検者の7種の読解力成績全てを同時に変数として用い,類似した成績パターンを持つ学生同士を1つのクラスターとして結合し,その後順次似たパターンのクラスター同士を結合することで全学生をいくつかのクラスター(タイプ)に分けることができる.得られたタイプ間で5年間総合成績と模擬試験成績を比較した.本研究は本学の研究倫理審査委員会より承認を得た(承認番号0066).

図1

RSTの例題(文献9より一部改変)

2. 統計解析

すべての統計解析は,Microsoft Windows 10 Proコンピュータ上でJMP® Pro 15.2.1(SAS Institute Inc.)を用いて行った.2群間の分布の比較にはKolmogrov-Smirnov検定,群間の代表値の比較にはWilcoxon検定またはSteel-Dwass検定を用いた.読解力による学生の特徴付けは階層型クラスター分析(Ward法)により行った.有意水準は5%とした.

結果

1. 学生の5年間総合成績と読解力の概要

RSTの受検者158人のうち有効回答者157人を本研究の対象とした.図2において,この対象とした受検者と全6年次生の5年間総合成績を比較したが,両群の成績の中央値および分布に有意な差は認められなかった.図3に測定した読解力の概要を示す.いずれの能力も中央値が63程度であり,70を超える者も少なくない一方で,50に満たない者もいた.

図2

5年間総合成績における6年次生全員とRST受検者の比較.ヒゲは1.5倍四分位範囲内の最大値または最小値を示す.全員:n = 307,受検者n = 157.

図3

読解力の概要.ヒゲは1.5倍四分位範囲内の最大値または最小値を示す.

2. 成績から見た読解力の差

図4Aでは入学時3科目成績を上位群から下位群まで5群に分け各読解力の比較を行った.読解力のうち『イメージ同定』を比較した結果を例として示すが,5群間に有意な差は観察されなかった.他の読解力についても同様に5群間に有意な差は見られなかった(図は省略).図4Bは5年間総合成績を同様に5群に分けて『イメージ同定』を比較した結果である.下位群は上位群に比べて有意に能力が低かった(p = 0.049).しかし,その他の能力に5群間での有意な差は見られなかった(図は省略).図4Cにおいて国家試験の合格者群と不合格者群で『推論』の能力を比較したところ,不合格者群では有意に低いことが示された(p = 0.010).その他の読解力についても同様に両群で比較したが,いずれにも有意差は観察されなかった(図は省略).入学時3科目成績および5年間総合成績を第105回薬剤師国家試験の合格者と不合格者で比較した結果を表1に示す.いずれの成績も両群間で有意な差は見られなかった.

図4

試験成績から見た読解力の比較.(A)入学時3科目成績と『イメージ同定』の関係(下位:n = 32,下/中位:n = 32,中位:n = 29,中/上位:n = 32,上位:n = 31).(B)5年間総合成績と『イメージ同定』の関係(下位:n = 31,下/中位:n = 32,中位:n = 31,中/上位:n = 31,上位:n = 32).(C)薬剤師国家試験の合否と『推論』の関係(合格者:n = 134,不合格者:n = 14).ヒゲは1.5倍四分位範囲内の最大値または最小値を示す.*:significantly different

表1 入学時3科目成績および5年間総合成績における国家試験合否の比較
第105回薬剤師国家試験 p値
合格者 不合格者
入学時3科目成績 62.7(56.2–68.7) 62.8(53.0–74.0) 0.95
5年間総合成績 76.0(68.4–82.1) 75.9(71.5–81.9) 0.75

数値は中央値(四分位範囲).合格:n = 134,不合格:n = 14.

3. 読解力のタイプから見た成績の差

階層的なクラスタリング法を用いて読解力の類似性に基づき学生のタイプ分けを行った.その結果,図5Aに示すように学生を4つのタイプに分類することができ,各タイプを均等型,不均等型,高均等型,高同定型と名付けた.均等型と不均等型,高均等型と高同定型がそれぞれ相対的に近い特徴を有することが示された.図5Bには各タイプの読解力の特徴をレーダーチャートで示す.均等型は58人と最も人数が多く,ほぼすべての能力が60前後であった.不均等型は,『係り受け解析』や『同義文判定』は均等型と同等かそれ以上であるものの,『具体例同定』や『イメージ同定』が55程度と低く,『推論』や『具体例同定辞書』は50程度と極めて低いのが特徴であった.ただし,他のタイプに比べると該当する学生は少なく11人であった.高均等型は51人から成り,ほぼすべての読解力が均等に偏差値60~65程度であった.高同定型は,『係り受け解析』や『同義文判定』は他のタイプと同等の中位であったが,『具体例同定辞書』や『具体例同定理数』,『具体例同定』が偏差値65~70と極めて高い群であった(37人).図6は,タイプ間で5年間総合成績(A)あるいは模擬試験成績(B)を比較したものである.いずれの成績も不均等型では他のタイプよりも有意に低いことが示された(図6A:いずれもp < 0.0001,図6B;vs均等型p = 0.0026,vs高均等型p = 0.0012,vs高同定型p < 0.0001).模擬試験成績では,均等型,高均等型,高同定型は中央値として184~189点であったのに対して,不均等型は161点であり20点以上も他より低かった.

図5

読解力のクラスター分析による星座樹形図(A)とタイプ毎の読解力の特徴(B).均等型:n = 58,不均等型:n = 11,高均等型:n = 51,高同定型:n = 37.(B)における数値は平均値.

図6

5年間総合成績(A)および模擬試験成績(B)におけるタイプの比較.(A)均等型:n = 58,不均等型:n = 11,高均等型:n = 51,高同定型:n = 37,計n = 157.(B)均等型:n = 224,不均等型:n = 35,高均等型:n = 191,高同定型:n = 136.ヒゲは1.5倍四分位範囲内の最大値または最小値を示す.*:significantly different

考察

6年次学生の読解力を測定し,学内での試験や国家試験などの成績と読解力との関連性について定量的な調査を行った.学生の5年間総合成績を全6年次生と受検生で比較したが両群の成績分布に有意な差は見られなかったことから(図2),受検生は特異的な成績を持つ標本ではなかったと考える.受検生の多くの読解力はいずれの能力も偏差値63程度であったが,大きな個人差も明らかとなった(図3).中学生の平均値である偏差値50を下回る者は,東証一部上場企業の社会人においても存在するようであり7),本学特有の状況ではないようである.しかしながら,このような学生は中学から大学までの学びが本当に身についているのか疑わざるを得ないと同時に,文章を正しく理解できない学生もいることを念頭において日常の授業や学修指導等に取り組まなければならないことを示している.また,これまでにも同様の学生が卒業し医療や薬学関連企業・組織等に従事している可能性があることは,1大学のレベルではなく社会全体で共有すべき問題の1つとして捉えるべきことではないかと考える.

入学から卒業までの学生の成績を表す指標として入学時3科目成績および5年間総合成績,薬剤師国家試験の合否判定を用いて,各成績と読解力との関連性について検討した.5年間総合成績の下位者では上位者に比べて『イメージ同定』が有意に低いこと(図4B),また国家試験不合格者では合格者に比べて『推論』が有意に低いことが示された(図4C).しかし,国家試験の合否は5年間総合成績の差として現れなかった(表1).これらの差異をもたらした要因の1つとして出題形式や評価方法の違いがあるのではないかと推察する.いずれの成績も薬学に関連する学力を測定したものではあるが,国家試験では比較的長く複雑な文章を正しく読み取る必要があることから,論理的に判断する力『推論』が強く影響したのではないかと考える.学内の定期試験では論理的な判断の他に,構造式や図表などとも関連させた総合的な学力が評価されることも少なくない.実習においては手技や技能も評価され,実験データを考察しレポートに文章として表現しなければならない.このような点から非言語情報を正しく読み取る力『イメージ同定』が5年間総合成績の差に繋がったのではないかと考える.

RSTでは読解力を7種の能力で表している.これらの能力が総合してはたらくことで1人の読解力を構成していると考えられることから,読解力の類似性をもとに学生を特徴付けたところ4タイプに分けることができた(図6A).その1つ不均等型は『係り受け解析』や『同義文判定』に比べて,『具体例同定』や『イメージ同定』,『推論』が著しく低いことを特徴としていた(図6B).文字の羅列に対して文章としての構造や修飾関係は認識できるものの,その結果を既存の知識を交えて論理的に獲得し応用することは得意としないと解釈できる.新井はその著書11) において,不均等型と同様の特徴(『係り受け解析』や『照応解決』,『同義文判定』が高く,『推論』,『イメージ同定』,『具体例同定』が低い)を持つ学生が偏差値の高い私立大学文系にも少なからずいること,さらに理論と定義を理解する力が不十分であり,それを大量の情報を取り入れながら暗記で補っている理数系が苦手な集団であると記している.不均等型の学生において,5年間総合成績と模擬試験成績が他のタイプの者より有意に低かった(図6)ことも5年間総合成績(図4B)や国家試験合否の結果(図4C)と符合している.以上のことから不均等型については次のような学生像を想像することができる.入学時の基礎学力に問題はなく授業や実習に取り組むことができるが,次々と増える新しい用語や理論,実験結果が示すことを吸収するために理解するよりもむしろ丸暗記などに頼り詰め込んだ結果それなりの成績は維持できたが,国家試験では類似した文章や図が並び多くの知識を使って論理的に解答を限られた時間で組み立てなければならず,残念な結果で終わったのではないだろうか.もし入学後早々に読解力を測定しその時点で不均等型に相当する学生群を抽出することができていれば,1年次の段階から将来の学修を支援する布石を打つことができたのではないかと考える.

不均等型の学生では読解力の不足により充分な学修成果が得られていない可能性が示唆された.同様の様子は学生が受験した国試模擬試験の解答にも現れていた.例えば薬物の組織移行に関する正しい記述を2つ選ぶ理論問題において,解答選択肢の1つが「薬物の組織分布が平衡状態に到達すると,血漿中濃度と組織液中の濃度は等しくなる.」12) であった.この誤った選択肢を正しい記述として答えた者の割合が均等型,高均等型,高同定型でそれぞれ17.2%,23.5%,10.8%であったのに対して,不均等型では31.8%であった.薬物の分布については下位年次で学習することは当然,6年次で学生が使用した国家試験向けの参考書においても「タンパク非結合形薬物のみが血液-組織間の毛細血管を透過できると仮定すると,時間経過とともに,血中及び組織内の非結合形薬物濃度が等しくなっていき,平衡状態に達する.」13) と明記されている.不均等型の学生には分布における非結合形薬物の重要性にまで理解が及んでいなかったと思われ,結果としてこの問題の正答率は均等型,不均等型,高均等型,高同定型の学生でそれぞれ32.8%,0%,37.3%,51%と明らかな差となっていた.組織移行を論理的に解釈せずに,教科書等の文章を追いかけることに頼っていたとすれば起こりうることである.読解力の不足を補うために,学生本人も意識せずに習慣化された暗記中心の学習が結果的に学業成績全般の不振に繋がっていたのかもしれない.このような学生に早い段階で自身の読解力の弱点を提示すれば,学習方法を見直す動機や機会に繋がるのではないかと思われる.読解力を向上させる手段は確立されていないが,社会人でも向上する可能性はある14).薬学部の過密な教育課程において読解力養成に特化した講座等を開講することは人的・時間的にも容易いことではないが,教員が普段の授業や実習の中で読解力向上に向けた工夫を継続的に行うことはできる.教科書や資料の図表などについて読み取れる特徴を文章で学生にあげてもらい(『イメージ同定』),その結果が意味することを根拠と共に正しい用語(『推論』および『具体例同定辞書』,『具体例同定理数』)を使って説明してもらうことを試みたい.このような能力は期待される今後の薬剤師像に求められている1つではないだろうか.

本学6年次学生の多くは薬学を学ぶ上で支障にはならないであろう読解力を有していた.しかし一部には必ずしも充分とは言えない学生もおり,直接的ではないにしても読解力の不足が薬剤師国家試験の合否にまで影響している可能性が示唆された.特に『推論』や『イメージ同定』が共に低いとその影響は大きいようである.このような特徴を持つ学生は,自身の成績を保つために丸暗記などを中心にした方法を選び,他の学生以上の大きな負荷がかかっていたと思われる.学習時間や学習方法と読解力との関係は今後調査しさらに検討すべき課題である.しかしながら読解力を測定することは,普段の成績からでは知り得ない “国家試験が心配な学生” を入学直後から抽出し追跡できる可能性があり,学修指導・支援のための時間と選択肢を広げることに繋がる.RSTは総合的学力に関係する基礎的な能力を測定していると報告されている15).薬学教育においても読解力は必要な基礎的能力の1つとして,測定し学修支援に活用するに値する指標ではないかと考える.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

文献
  • 1)  教育課程部会における審議のまとめ[Internet].文部科学省 中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会;2021年1月25日(参照2022年10月25日)https://www.mext.go.jp/content/20210126-mxt_kyoiku01-000012344_1.pdf
  • 2)  PISA(OECD生徒の学習到達度調査)2003年調査[Internet].文部科学省;(参照2022年10月25日)https://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/001/04120101.htm
  • 3)  OECD生徒の学習到達度調査2018年調査(PISA2018)のポイント[Internet].文部科学省 国立教育政策研究所;2019年12月3日(参照2022年10月25日)https://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/pdf/2022/01_point.pdf
  • 4)  Arai N, Todo N, Arai T, et al. Reading skill test to diagnose basic language skills in comparison to machines. In: Proceedings of the 39th Annual Cognitive Science Society Meeting. 2017, p. 1556–1561.
  • 5)  Arai N, Bunji K, Todo N, et al. Evaluating Reading Support Systems through Reading Skill Test. In: Proceedings of the 40th Annual Cognitive Science Society Meeting, 2018, p. 100–105.
  • 6)  新井紀子.AI vs.教科書が読めない子どもたち.東京:東洋経済新報社;2018.
  • 7)  リーディングスキル(RST)のご案内[Internet].一般社団法人 教育のための研究所;2020年3月(参照2022年10月25日)https://www.s4e.jp/wysiwyg/file/download/1/1517
  • 8)  患者のための薬局ビジョン~「門前」から「かかりつけ」,そして「地域」へ~[Internet].厚生労働省;平成27年10月30日(参照2022年10月25日)https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000102179.html
  • 9)  「読む」力を測るリーディングスキルテスト 設問の特徴と例題[Internet].一般社団法人 教育のための科学研究所;(参照2023年2月13日)https://www.s4e.jp/example
  • 10)  新井紀子.AI vs.教科書が読めない子どもたち.東京:東洋経済新報社;2018. p. 195–218.
  • 11)  新井紀子.AIに負けない子供を育てる.東京:東洋経済新報社;2019. p. 98–100.
  • 12)  大阪薬科大学 薬剤師国家試験模擬試験 問題解答解説書2019.8.22, 23. 東京:株式会社ファーマプロダクト;2019. p. 153–154.
  • 13)  薬剤師国家試験対策参考書 改訂第9版 6 薬剤.埼玉県;薬学ゼミナール;2019. p. 81.
  • 14)  小・中学校における読解力の向上を図るための研究―各教科等の指導を通して―.東京都教職員研修センター紀要.2007; 6: 87–108.
  • 15)  石岡恒憲,菅原真悟.リーディングスキルテストのセンター試験および「言語運用力・数理分析力」テストとの相関分析.言語処理学会 第25回年次大会 発表論文集(2019年3月).2019; 910–913.
 
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