薬学教育
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実践報告
模擬薬局でのロールプレイ症例に関するトレーシングレポート作成実習の導入と評価
川上 美好園部 尭仁上田 祥貴吉山 友二
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2023 年 7 巻 論文ID: 2023-009

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抄録

トレーシングレポート(Tracing Report: TR)は,情報提供・連携ツールとして近年着目されている.今回,北里大学薬学部実務実習事前実習において,新たにTR作成実習を導入しその有用性を評価した.模擬薬局を利用して「後発医薬品への変更可の処方箋を持参した患者への対応」に関するロールプレイを行った.その症例について医師への情報提供の内容を考え,TRを作成した.終了後に学生272人にアンケートを実施した.回収率は100%であった.TRという言葉を事前に知っていた学生は28.7%であった.98.1%の学生がTRについて「十分またはやや理解することができた」と回答し,88.3%の学生が「次年度の薬局実習の中で,TRを作成して医療機関に情報提供できると思う」と回答した.事前実習でTRを知り,模擬薬局での実践を通して情報提供の内容を考え,実際に作成したことは,薬局実習での実践に繋がると考える.

Abstract

Tracing reports (TR) are a tool for pharmacists to provide information and collaborate with physicians. In this study, pharmacy students practiced creating a TR in their pre-practical training at Kitasato University School of Pharmacy. The students participated in a role-play scenario of changing a prescription to a generic drug in the simulated pharmacy. They developed a TR after considering the information needed for the prescribing physician. A questionnaire was administered to the students after the role-play practice to evaluate the exercise. The survey was given to 272 students, with a 100% response rate. The results showed that 28.7% of the students knew the term TR before the exercise, and 98.1% answered that they “fully or somewhat understood” TR. Also, 88.3% believed they could prepare a TR and give the information to a physician during their upcoming pharmacy practice experiences. These results indicated that understanding and creating a TR in the pre-practical training within the controlled environment of the simulated pharmacy led to greater confidence in students to use this communication method in future practical training.

背景・目的

トレーシングレポート(服薬情報提供書,Tracing Report: TR)は,患者から収集した,緊急性は低いが薬物療法の有効性・安全性の上で重要と考えられる情報を伝えるための情報提供文書である.2015年に患者のための薬局ビジョン1) で,かかりつけ薬剤師・薬局が持つべき機能として,「医療機関等との連携」が明示された.同時に「対物業務から対人業務へ」が明確になり,薬局と医療機関との連携は,年々重要性を増してきている.その中でTRは情報提供・連携ツールとして着目されている2,3).医療の高度化・複雑化や,高齢で複数の疾患があること等から,患者が複数受診をする場合も多い.そのため,薬局で収集した情報を医師に提供し,情報共有することにより,ポリファーマシーの抑制に繋がることが期待される.また,処方された薬の中に飲みにくい剤形がある,副作用が疑われる症状がある,一般用医薬品や健康食品等を服用している等,薬局薬剤師が聞き取る情報の活用が,よりよい薬物療法に繋がる場面も多い.これらの情報を伝え共有することは,調剤報酬上,服薬情報等提供料4) として算定できる.また,2021年8月から開始された,認定薬局5) の要件の1つにも含まれ,ますますTRが利用される機会が広がっている.

薬学生の5年次薬局実習は,薬学教育モデル・コアカリキュラム―平成25年度改訂版― 6) に準拠して実施されている.その中で「連携」については,F薬学臨床(4)チーム医療への参画【②地域におけるチーム医療】に含まれている.しかし,知識レベルでの説明や討議そして体験にとどまり,実践までは含まれていない.2024年度に改訂実施が予定される新しい薬学教育モデル・コア・カリキュラム7) では,F臨床薬学F-2多職種連携における薬剤師の貢献において,一歩踏み込んだ実践を含む薬局実習となる予定である.

薬局実習前の大学内での事前実習では,現在までに全国の各大学でさまざまな取り組み,TDM 8),フィジカルアセスメント9),シミュレータ10),基礎的臨床能力試験11) などが報告されている.しかしTRに関しての報告はない.

以上のことから,北里大学薬学部では,5年生での薬局実習前に,今後ますます重要性が高まると考えられるTRを知り,体験することが重要であると考え,2021年より4年次の実務実習事前実習において,新たな実習項目として,模擬薬局でのロールプレイ症例に関するTR作成実習を導入した.今回,実習終了後の学生へのアンケート調査から評価したので報告する.

方法

1. 実習の概要

TR作成実習は,4年生次に履修する「病院・薬局実習事前実習」の1項目で,「保険薬局での患者・来局者応対と服薬指導〈応用編〉」の中の課題症例として行った.

図1のスケジュールに示した通り実習を実施した.実習2週間前の「地域医療薬学III」講義内で,当日の実習内容と予習(処方内容に関する医薬品情報,課題から推察される疾患と薬物治療に関する情報を調べ,患者背景にあわせた薬学的管理を検討)に関する説明を行った.実習当日は,多目的室で実習全体及び予習内容に関する補足説明を行った後,模擬薬局での役割分担(インタビューの薬剤師,服薬指導の薬剤師,観察者)を決定した.その後模擬薬局に移動し,患者役の教員を相手に,薬剤師役の学生が,課題症例「後発医薬品への変更可の処方箋を持参した患者への対応」(詳細は図2参照)に関して,患者インタビューと服薬指導のロールプレイを行った.観察者と教員によるフィードバックを行った後,多目的室に戻った.その後,薬局の実務での一連の流れとして,実際に模擬薬局で対応した症例に関する調剤報酬算定,薬歴の作成,TRの作成を演習した.実習終了後にこの新しい実習項目の有用性を評価するために,実習に参加した学生に対してアンケート調査を実施した.

図1

実習スケジュール

図2

課題症例

2. アンケート

2021年度北里大学薬学部薬学科4年生で,「保険薬局での患者・来局者応対と服薬指導〈応用編〉」を履修した272名を対象に,実習終了後に無記名自記式のアンケートを実施した.アンケートは選択肢方式と自由記載方式とした.

3. テキストマイニング

アンケート中自由記載方式とした,問9「本日の実習でTRに関して,自分が学ぶことができたと思うことを100字程度で自由に記載してください」の回答については,その傾向を捉えるために,KH Coder Ver.3(https://khcoder.net/)を用いて,テキストマイニングによる共起ネットワーク分析を行った.共起ネットワーク図には,出現回数が10回以上の抽出語について,上位60を描画した.強い共起関係ほど濃い線で描写し,出現回数が多い語句ほど大きい円で描写するバブルプロット(バブルの大きさ100%)とした.

4. 倫理的配慮

本研究は,「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」の範囲に該当しない研究であるため,研究倫理委員会への申請承認は行っていないが,指針に沿って研究を実施した.参加者への倫理的配慮として,研究参加者の自由意志によるアンケートを実施するため,アンケート用紙に,「実習に参加された北里大学薬学部4年生を対象に,今回の実習の到達度の確認および今後の実習内容の改善を目的とし,アンケート調査を行います.この調査結果は,個人が特定できない形で学会報告等に使用させていただく場合があります.このアンケートに回答いただいた時点で調査に同意していただいたものとさせていただきますので,よろしくお願いします.」と記述し,説明を行った上で実施した.

結果

アンケートの回収率は100%(272/272)であった.そのうち記入漏れのあった学生7名を除く265名の回答内容を解析対象とした(表1).

表1 アンケートの内容と回答
合計n = 265
問1 実習(予習講義)の前に,「トレーシングレポート」という言葉を知っていましたか?
  1.知っていた 76(28.7%)
  a.言葉のみ知っていた(なぜ知っていたのか必ず記載)    27(10.2%)
  b.「薬局の薬剤師から医療機関に対して行う情報提供」であることを知っていた(なぜ知っていたのか必ず記載)    49(18.5%)
  2.知らなかった 189(71.3%)
問2 本日の実習において,皆さんには,模擬薬局で実際に実施した症例から,情報提供内容を考え,「トレーシングレポート」を作成する演習を行ってもらいましたが,医師へどのような情報を提供すればよいかわかりましたか?
  1.自分自身で,情報提供の内容に気づくことができた 111(41.9%)
  2.他の実習生との会話から,情報提供の内容に気づくことができた 11(4.2%)
  3.実習指導の先生から教えてもらって情報提供の内容に気づくことができた 135(50.9%)
  4.よくわからなかった 8(3.0%)
問3 本日の実習を終えて,「トレーシングレポート」について理解することができましたか?
  1.十分理解することができた 123(46.4%)
  2.やや理解することができた 137(51.7%)
  3.あまり理解することができなかった 5(1.9%)
  4.全く理解することができなかった 0(0%)
問4 本日の実習において,「トレーシングレポート」をどの程度,自分の思うように書けたと思いますか?
  1.十分自分の思うように書くことができた 14(5.3%)
  2.やや自分の思うように書くことができた 138(52.1%)
  3.あまり自分の思うように書くことができなかった 108(40.7%)
  4.全く自分の思うように書くことができなかった 5(1.9%)
問5 本日の実習において,「トレーシングレポート」を書く際に難しかった点は何ですか?
  ・「情報提供事項」について(選択肢2,3は複数回答可)
  1.難しい点はなかった 57(21.5%)
  2.何を書いたらよいかわからなかった(その理由を必ず具体的に記入してください) 68(25.7%)
  3.どのように表現したらよいかわからなかった(その理由を必ず具体的に記入してください) 156(58.9%)
  ・「提案事項」について(選択肢2,3は複数回答可)
  1.難しい点はなかった 92(34.7%)
  2.何を書いたらよいかわからなかった(その理由を必ず具体的に記入してください) 77(29.1%)
  3.どのように表現したらよいかわからなかった(その理由を必ず具体的に記入してください) 106(40.0%)
問6 本日の実習を終えて,模擬薬局での症例の一連の流れの中で,「トレーシングレポート」を学んだことは有用でしたか?
  1.有用と思う 262(98.9%)
  2.有用と思わない 3(1.1%)
問7 来年度5年次の薬局実習で,実際の患者さんへの対応の中で,今回の実習での経験をもとに,「トレーシングレポート」を作成して,医療機関に情報を提供することができそうですか?
  1.情報提供できると思う 234(88.3%)
  2.情報提供できないと思う 31(11.7%)
問8 本日⑬の実習のあなたの満足度はどの程度ですか?
76.6 ± 13.7%
(Mean ± S.D.)
問9 本日の実習で「トレーシングレポート」に関して,自分が学ぶことができたと思うことを100字程度で自由に記入してください.
図3参照

実習の前にTRという言葉を知っていた学生は,28.7%(76/265)であった.76人のうち,「言葉のみ知っていた」学生は27人,「薬局の薬剤師から医療機関に対して行う情報提供であることを知っていた」学生は,49人であった(問1).

「本日の実習において医師へどのような情報を提供すればよいかわかりましたか?」の設問には,回答が多い順に,「実習指導の先生から教えてもらって情報提供の内容に気づくことができた」50.9%(135/265),「自分自身で,情報提供の内容に気づくことができた」41.9%(111/265)であった(問2).

98.1%(260/265)の学生が,実習後にTRについて「十分またはやや理解することができた」と回答した(問3).

「本日の実習において,TRをどの程度,自分の思うように書けたと思いますか?」の設問には,57.4%(152/265)が「十分またはやや自分の思うように書くことができた」,42.6%(113/265)が「あまりまたは全く自分の思うように書くことができなかった」と回答した(問4).

「TRを書く際に難しかった点は何ですか?(重複回答可)」の設問については,[情報提供事項]については,21.5%(57/265)が「難しい点はなかった」と回答し,「何を書いたらよいかわからなかった」25.7%(68/265),「どのように表現したらよいかわからなかった」58.9%(156/265)との回答であった.また,[提案事項]については,「難しい点はなかった」が34.7%(92/265)であり,「何を書いたらよいか分からなかった」29.1%(77/265),「どのように表現したらよいかわからなかった」40.0%(106/265)との回答だった.「何を書いたらよいか分からなかった」,「どのように表現したらよいかわからなかった」具体的な理由としては,その書き方について,文書で書くのか箇条書きなのかわからなかった,前後の挨拶文や敬語の使い方(言葉遣い)がわからなかった.内容について,簡潔に書くべきか詳しく書くべきかわからなかった.どこまで詳しく(用法・用量など)書くべきかわからなかった.医師への提案事項として剤形変更の提案や代替薬の提案まで思いつかなかった.などがあげられた(問5).

今回の実習を終えて,模擬薬局での症例の一連の流れの中で,TRを学んだことは有用であったと98.9%(262/265)の学生が回答した(問6).

また,「次年度5年次の薬局実習の中で,TRを作成して,医療機関に情報提供できると思う.」と88.3%(234/265)の学生が回答した(問7).

学生のこの項目に対する満足度は,76.6 ± 13.7%(平均±S.D.)であった(問8).

アンケート問9,自由記載「本日の実習でTRに関して,自分が学ぶことができたと思うことを100字程度で自由に記入してください.」の回答者247名の内容を,KH Coder Ver.3を用いて解析(テキストマイニング)した.回答者の全文章は386の文章が記載されており,総抽出語数10,063語,異なり語数762語であった.このうち助詞や助動詞など一般的な語を除外して3,982語,異なり語582語を対象に分析を行った.

出現回数上位10番目までの単語のうち9つ,「TR-医師-書く-学ぶ-思う-情報-患者-伝える-提供」(図3A)の語句につながりがみられた.具体的には,「TRの重要性を理解することができた.TRにより緊急性は低いが大切な情報を提供しやすくなると思った.」,「実際の書式でTRを書き,どう表現すれば医師に情報が伝わるかを学ぶことができた.」などの記述があった.

図3

「自分が学ぶことができたと思うこと」(問9)に関するテキスト

マイニングによる共起ネットワーク図

その他にも「存在-知る-知らなかった」(図3B),「提案-事項」,(図3C),「処方-変更-薬剤師」(図3D),「実習-薬局-実際-記入-今回」(図3E),「見る-例-表現」(図3F)の語句のつながりがみられた.具体的には,「TRの存在を知ることができて良かった.」「具体的な根拠と共に情報提供し,処方変更も考えて提案事項を記載することが重要であると学んだ.」などの記述がみられた.

考察

実務実習事前実習前にTRという言葉を知っていた北里大学薬学部4年生は,28.7%と少なかった.同様の調査報告が存在しないため,比較検討はできないが,TRという言葉は,実務実習前の学生にとってはまだ一般的ではなく,今回の実習がTRを知る機会になったことが明らかになった.

今回の課題症例としては,「後発医薬品への変更可の処方箋を持参した患者への対応」を利用した.TRは副作用が疑われる場合や,患者の服薬状況の伝達(剤形変更や一包化の提案を含む),残薬調整など1214) に利用される場合が多いが,今回は,「服薬状況」に関する課題とした.その理由は,4年生の段階でそれまでに学習した内容や医薬品情報などからある程度予習が可能であること,予め課題を読むことで患者の問題点が錠剤(カプセル剤)を飲み込むのに苦労していることがわかり,剤形を考えなければいけないことを予習できるように設定した.学生の多くは,TRで医師へどのような情報を提供すればよいかわかったが,自分自身で気づくことができた場合(41.9%)と,指導教員から教えてもらってわかった場合(50.9%)に分かれた.5年次の臨床現場での薬局実習に向けては,自ら学ぶことが重要であることから,今後実習生自身で気づくことを目標とした事前実習内容に向けて,さらなる改良を考慮したい.

また,多くの学生はTRについて「十分理解することができた・やや理解することができた(98.1%)」と回答したが,「本日の実習において,TRをどの程度,自分の思うように書けたと思いますか?」の問いについては,「十分またはやや自分の思うように書くことができた(57.4%)」,「あまりまたは全く自分の思うように書くことができなかった(42.6%)」との回答であり,TRについて理解することができたものの,実際のTRについては,自分の思うようには書けなかった学生も多いことが明らかになった.実際のTRの記入では,医師への情報提供時の挨拶文や言葉遣い,説明内容の詳しさなどがわからず,剤形変更を提案することまで気がつかなかったなど,知識としては理解できても,体得しきれなかった部分も多く,5年次に薬局の現場で実際のTRに触れた際に,実症例を体験して学ぶ機会があることが望まれる.

TRに関して自分が学ぶことができたと思うことに関する自由回答をテキストマイニング解析した結果,多くの学生達が,医師への情報提供手段としてのTRとその書き方や内容について学ぶことができたと感じ,疑義照会以外の情報共有方法として,TRの存在を知り,連携手段として活用して,処方変更などの提案事項を記載すること,書く際には,文章を丁寧に書く文章マナーが必要なことなども学ぶことができたことが明らかになった.TRを疑義照会以外の医師への情報共有方法として知るだけでなく,医師に向けた文章だということを体験し,薬剤師として,提案事項を記載する必要性を感じたことから,知識としてだけではなく,自らの実体験として学ぶことができたことが示唆された.また,今回の結果には含まれないが,この実習項目では,同日に同症例で薬歴を記載する実習も行っている.「薬歴と同様に書いてしまったが,医師に読んでもらうものだから敬語で丁寧に書く必要があった」などの意見もみられ,薬剤師が利用する文書である薬歴とTRの違いについても体験する機会になったと考えられる.

今回の実習後多くの学生が,模擬薬局での症例の一連の流れの中でTRを学んだことは有用であり,次年度の薬局実習で,TRを作成し,医療機関に情報提供できると考えていた.実習の満足度も76.6%と高かった.現在の薬学教育モデル・コアカリキュラム―平成25年度改訂版―6) 学習成果基盤型教育(Outcome Based Education)では,より参加・体験型の学習を目標としている.実際に,体験型教育の有用性も報告されている15,16).今回の結果からも実務実習に向けたTRに関する体験型の事前教育の有用性が示唆された.

本研究の限界としては,コロナ禍での実習となったため,学生が書いたTRについて学生同士が話し合う機会を設けることができず,実習の最後に記載例を提示する形式とした点にある.今後薬局実習施設の指導薬剤師とも意見交換をしながら,実習のブラッシュアップに努めたい.

以上より,実務実習事前実習においてTRを知り,学生自身が対応した模擬症例を通して,情報提供の内容を考え,実際に作成したことは,薬局における情報提供・連携に関する基本的な知識と技術の習得を可能とし,薬局実習での実践に繋がると考える.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

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