2023 年 7 巻 論文ID: 2023-031
社会構造の変化に伴い医療者へのニーズも多様化している.この状況に適応できる薬剤師を養成する方法の1つに分野横断型教育がある.我々は,薬局・病院実務実習を終了した学生を対象に症例検討を実施する際,基礎から臨床分野の様々な講義を受講することで分野間の繋がりを意識できるかを3年間のアンケート調査により検証した.その結果,分野横断型カリキュラムへの興味の有無により学生の学習に対する認識に違いがあった.多くの興味を持った学生は,横断的な思考を臨床で活かしたいという意識がある一方,興味を示さなかった一部の学生は,薬剤師としての知識を獲得することへの意識が強く,知識を「患者」の治療に活用するという視点が欠如しているように思えた.実務実習を経験した学生を対象に分野横断型授業を実践することは,5年間の振り返りだけでなく症例を多角的に捉えることの重要性など気付きを与える機会として重要であると思われた.
The needs of medical providers are diversifying along with the changing social structure. Cross-disciplinary education helps train pharmacists to adopt to this situation. A questionnaire was conducted over three years to determine if students who completed practical training in pharmacies and hospitals were able to make the connection between various studies and the pharmaceutical sciences in case studies. Hierarchical clustering analysis and heatmap as statistical analysis were performed on these questionnaires. The results showed that their learning depended on their interest in the cross-disciplinary curriculum. Students interested in this curriculum had conscious of applying cross-disciplinary thinking to their clinical practice. In contrast, uninterested students focused only on becoming pharmacists without considering their acquired knowledge from other subjects in patient drug therapy. It was suggested that practicing cross-disciplinary classes played an essential role in encouraging students to approach problems from various points of view as they integrated their previous learning into their practice.
医療を取り巻く環境は,科学技術の進歩や多様性の受容など社会構造の変化に伴い著しく変化している.医療人を養成する教育機関では,これらの変化に柔軟に対応できる人材育成が求められている.薬学教育では,薬学教育モデル・コア・カリキュラムが,平成18年度の6年制開始とともに導入されて以来,平成25年度の改訂版を経て,令和6年度入学生より2回目の改訂版が適用される1).今回の改訂では,平成25年度の改訂版を基本に医学・歯学の教育モデル・コア・カリキュラムとの連携を検討した上で,新たな資質・能力として,「総合的に患者・生活者をみる姿勢」,「情報・科学技術を活かす能力」の2つが加えられている1).このように医療学部間の連携は今後も拡大していくことが予想される一方,各学部の特色を出すことも求められる.自然科学や社会性を基盤とする薬学部では,薬剤師としての職能だけでなく,行政や一般企業など様々な職域で社会に貢献できる人材育成をも担っている.したがって,様々な環境に対応できる人材を教育するには,基礎から臨床まで幅広い知識の学習だけでなく,獲得した知識の繋がりを意識した教育が重要であり,分野横断型教育の方法はその有効な手段の1つであると思われる.実際,様々な大学の薬学部では,分野横断型の教育に関する取り組みが実践されており,その有効性が報告されている2–6).
これまで我々は,分野横断型教育の一環として,Academic Detailing(AD)7–10) の考え方の一部を取り入れた内容の科目を設定し,実践している.ADは,欧米やオーストラリアなどでは広く浸透しており,医療従事者,特に医師が患者へ医薬品を処方する際,有効性,安全性および費用対効果などを総合的に考慮して臨床上の判断ができるようにAcademic Detailer(海外では主に臨床薬剤師等)が医師を対象に行う支援・推進活動のことである.医薬品を総合的に評価するADの考え方を分野横断型教育に応用することで,1年次から学修してきた科目の繋がりや臨床への応用という視点に学生の意識を向ける,あるいは気付きを与えることを目的として我々は,複数分野の講義と症例検討を実施してきた.そしてこのような分野横断型科目の実践時期としては,大学6年間で学ぶ講義の大部分が終了し,実務実習を経験して間もない時期が適当であると判断した.これまで同様な実践例として,学部4年次生を対象としたProblem based learning形式による演習が報告10) されているが,実務実習を終了した学生を対象とし,複数年に渡って分野横断型教育として検証した例は報告されていない.そこで今回我々は,学生が基礎から臨床の様々な分野の講義を受講することで,症例検討にどのような効果(気付き)が得られるか,また,学生の意識にどのような変化があるかを3年間のアンケートを基に階層的クラスター分析など統計学的手法により検証した.
今回検証した科目は「医薬開発特論II」(以下,本科目)であり,昭和薬科大学5年次に在学している学生を対象として,薬局・病院実務実習終了後(2月末~3月上旬)に開講している必修選択科目である.本科目では,脂質異常症をテーマに講義形式とSmall Group Discussion(SGD)を組み合わせた構成となっている.具体的な講義分野としては,有機化学,医薬品化学および薬理学(基礎薬学),薬物動態学および病態治療学(医療薬学)そして治療ガイドラインの活用法および薬物治療の実践(臨床薬学)とし,脂質異常症患者の症例を様々な視点で検討できるように設定している.過去3年間(2020年度~2022年度)の本科目の進め方を表1に示す.2020年度および2021年度は(表1左側),各分野の講義を行った後にSGDを実施した.その後,学生は発表を行い,最後に教員による症例解説の全10コマにて科目を完結した.一方,2022年度は(表1右側),各分野の講義が与える効果を検証すべく,講義の前にSGDを実施し一度成果物を作成させた.2日目以降は,これまで通りとし全11コマで構成した.SGDは,1グループの学生数を6~8名とし(年度ごとに学生数が変わる),全16班で行った.また,検討する症例は2種類準備し(図1),8班ずつ割り当てた.どちらの症例も細かい点は異なるが脂質異常症の状態であり,その薬物治療において適切な薬剤を選択する過程を検討させるように設定している.また,学生への症例提示は,実務実習を経験し,症例に慣れていることを踏まえ,SGD開始直前とした.
本科目の構成と進め方
2020,2021年度 | 形式 | 内容 | 2022年度 | ||
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コマ数 | 日数 | コマ数 | 日数 | ||
SGD* | 症例検討 | 1 | 1日目 | ||
2 | |||||
1 | 1日目 | 講義 | 総論:アカデミック・ディテーリングについて | 3 | 2日目 |
2 | 基礎薬学:有機化学,医薬品化学(薬理学含) | 4 | |||
3 | 2日目 | 医療薬学:薬物動態学 | 5 | 3日目 | |
4 | 医療薬学:病態治療学 | 6 | |||
5 | 3日目 | 臨床薬学:「動脈硬化性疾患予防ガイドライン」の説明 | 7 | 4日目 | |
6 | 臨床薬学:薬物治療の実践 | 8 | |||
7 | 4日目 | SGD*,発表,講義 | 症例検討,発表,症例解説 | 9 | 5日目 |
8 | 10 | ||||
9 | 11 | ||||
10 |
* SGD:Small Group Discussion
脂質異常症患者の2症例
調査期間は,2020年度~2022年度の3年間であり,調査対象の学生数は,年度ごとに2020年度:124名,2021年度:127名,2022年度:102名であった.調査方法は,Google formにて本科目の最終日に実施し,その場で学生に回答させた.質問項目数は,2020年度および2021年度は全12項目(多肢選択形式:8項目,自由記述形式:4項目),2022年度は全14項目(多肢選択形式:9項目,自由記述形式:5項目)とした.図2は2022年度のアンケートの質問項目である.質問項目は3年間とも同じであるが,2022年度は2項目追加した.これは,講義の前にもSGDを実施することで,講義の効果を検証するための質問である(質問12および質問13).質問内容は以下の5種類に分けることが出来る.
・ADの認知度と講義内容の難易度について(質問1~4)
・本科目を通して学んだことや本科目の実施時期について(質問5~7)
・分野横断型カリキュラム(以下,横断カリキュラム)と講義の効果について(質問8~13)
・本科目を受講したことによる心境の変化について(質問14)
アンケートの質問項目(2022年度)
アンケート結果の解析には,多肢選択形式および自由記述形式の回答に対して,統計解析ソフトウェアR(ver. 4.3.0)11) およびテキストマイニングのソフトウェアKH Coder 3b0712) をそれぞれ使用した.
2-2-2)多肢選択形式の回答に対するデータ処理質問1~5,7~9の回答を統計解析するために,下記要領にて選択肢に数字を割り振り定量化した.複数回答を可能とした質問1,3,4,5,7では選択肢を全てダミー変数(「0」または「1」)で処理した.一方,択一選択である質問2,8,9では,選択肢の数だけ数字を割り振った.つまり,質問2では「とても難しかった」:1,「難しかった」:2,「普通」:3,「簡単だった」:4,「とても簡単だった」:5,質問8では「通常の科目別のカリキュラム」:1,「どちらともいえない」:2,「横断カリキュラム」:3,そして質問9では「感じなかった」:1,「どちらともいえない」:2,「感じた」:3とした.また質問9の回答をクラスター分析とヒートマップに反映させるため(学生全員を対象とするため),質問9の選択肢に質問8の「通常の科目別カリキュラム」と「どちらともいえない」と回答した学生をどちらも「0」として組み入れた.
2-2-3)自由記述形式の回答に対するデータ処理KH Coderにて文章を単語に区切る形態素解析システムでは,Mecab13) を選択し,これに続く解析結果の精度向上のため,専門用語自動抽出モジュールであるTermExtract14) を用いて強制抽出語と,使用しない語を決定した.強制抽出語には「横断性」と「脂溶性」を,使用しない語には阪口ら15) の手法に基づき「思う」,「考える」および「感じる」を選んだ.
2-2-4)クラスター分析およびヒートマップ(多肢選択形式の質問)学生の回答を基に,階層的クラスター分析(以下,クラスター分析)を用いて分類し,その分類の特性を視覚的に捉えるためにヒートマップと組み合わせて解析した.クラスター分析の距離計算にはCosine類似度を,クラスタリングにはWard法を用いた.なお,本研究におけるヒートマップでは,行に多肢選択形式の回答結果を,列には学生を配置した.
2-2-5)対応分析クラスター分析で分類したグループの特徴をより詳細に可視化するために対応分析を行った.その際,学生全員が回答の対象となる自由記述形式の質問14の回答数131件を解析対象とし,外部変数には質問9の回答を設定した.なお,これらの解析の設定では,出現数による取捨選択で最小出現数を5,差異が顕著な上位60語とすることとした.
3. 倫理的配慮アンケートの質問項目には,氏名など個人が特定できる,あるいは学生への心理的な介入をするような質問項目などは設けておらず,「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」で定められている範疇には該当しないと判断した.また,アンケートの回答にあたっては,学生自身の判断とし,回答しなくても成績等に不利益を生じないことを説明した.
アンケートの有効回答率は,2020年度は91.1%(113名回答/124名),2021年度では96.9%(123名回答/127名)そして2022年度は93.1%(95名回答/102名)であった.多肢選択形式に対する学生の回答を単純集計したものを表2(質問1,5,7:[A]複数回答可の質問の回答,質問2,8,9,12:[B]択一選択の質問の回答)に示した.この中で,横断カリキュラムへ興味を持った学生(質問8)や講義を受けることによって症例検討に対する気付きが有ったと回答した学生(質問12)が多かった.さらに本科目を通して学んだこととして,疾患の治療や薬剤選択そして分野間の繋がりと回答する学生が多かった.
次に,本結果を基に自由記述形式の回答を用いて統計解析を行ったので,以下その結果を記載する.まず,多肢選択形式および自由記述形式で得られた回答間での関係性を検証するために,クラスター分析を実行後,ヒートマップを組み合わせた.その結果,2つのグループGroup AとGroup Bに二極化し(図3[A]),その境界線上でヒートマップの色の濃淡が明確に異なる質問があった(列9A:質問9に対応).これは,直前の質問8にて,横断カリキュラムに興味を持ったと回答した学生を対象に,本科目について分野の横断性を感じたかどうかを問う質問であったが,該当学生はどの選択肢を選んでもGroup Aに分類された.一方でGroup Bに分類された学生は,質問8において「通常の科目別カリキュラム」または「どちらともいえない」と回答した学生であった.さらに,この2つのグループの割合を年度ごとに比較してもその割合は同程度であり,Group Aは65%前後,Group Bでは35%程度であった(図3[B]).続いて,分類されたグループの特徴をより詳細に可視化するために対応分析を試みた.その結果,この2グループと質問14(横断カリキュラムを受けたことによる,心境の変化に関する質問)の回答との間に違いが見られた(図3[C]).Group Aの学生は,「患者」という用語の頻度が高く,その周りの用語として「ガイドライン」,「臨床」,「内容」,「横断」,「視点」そして「提供」が関連していた.また,質問9で分野の横断性,つながりを感じた学生から(図3[C]-*3),「評価」,「実務」および「現場」に強い関連性があった.一方,Group Bでは,「選択」の頻度が最も高く,これに「薬剤」と「勉強」という用語が関連していた.さらに「薬剤師」の頻度も高く,これには「薬」と「症例」,「医療」と「収集」がそれぞれ近い距離に位置していた.
階層的クラスター分析によるヒートマップと対応分析.[A]ヒートマップ,[B]Group AとGroup Bに分類された学生の年度ごとの割合,[C]対応分析.
多肢選択形式の単純集計結果より,横断カリキュラムに興味を持った学生(質問8)および講義を受けることでSGDの際に気付きが有ったと回答した学生(質問12)が共に多かった.これは,症例検討する上で問題点に対し多角的に捉えることの重要性に学生が気付くことができ,ADの考え方を応用した本科目の効果が期待される結果が示されたものと思われる.また,クラスター分析とヒートマップから学生は横断カリキュラムに興味を持ったかどうかによってGroup AとGroup Bに二極分類された.これを受けて自由記述内容の対応分析を行った.その結果より,Group Aの学生では,「患者」という用語に「ガイドライン」,「臨床」,「内容」,「提供」と言った臨床現場に関する用語が,そして「横断」と「視点」の用語から分野の繋がりに関する用語が見られたことから,これらの学生は,本科目で学んだ分野横断的な思考を臨床で活かしたいという方向へ意識が向いていると感じられた.一方,Group Bの学生は,「選択」の近くに「薬剤」や「勉強」など学習に関連する用語が出現し,「薬」と「症例」や「医療」と「収集」が結びついていたことから,「薬剤師」に必要な知識や情報を修得することに意識が向いていると感じられた.この学生は,横断カリキュラムへの興味が希薄あるいは判断しかねているため,獲得したことを「患者」の治療に活用するという視点が欠如しているように思えた.また,2グループの構成割合が3年間とも同程度であったことから,毎年一定数の学生は横断カリキュラムに興味を示していないため,今後は,低学年から臨床を志向した分野間の繋がりや知識の使い方がより学生へ伝わるような講義内容へと検討するなど教育的工夫が必要であると感じた.以上より,実務実習を経験した5年次学生にADを応用した横断カリキュラムを実践することは,単なる実習の振り返りだけでなく,学部5年間のまとめと不足している知識や問題点に対する捉え方などの気付きを与える機会として重要であると思われた.本科目によるこの気付きは,実務実習前の学生を対象としているこれまでの横断型教育の報告例とは異なり,より臨床に即した教育効果が得られたものと思われる.6年制薬学教育の質的保証の観点からも,今回の検証結果は,有益な知見を提供できるものと思われる.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.