2023 年 7 巻 論文ID: 2023-033
日本は世界に類をみない速さで高齢化が進んでいる.そのため,地域医療を担える薬剤師の養成,特に在宅医療を担える薬剤師の養成が重要な課題である.京都薬科大学では,在宅医療で活躍できる薬剤師を養成するために,在宅医療における多職種連携教育および在宅医療に必要なフィジカルアセスメント教育に関するプログラムを構築し,実践している.在宅医療における多職種連携教育では,1)京都薬科大学・京都橘大学合同多職種連携教育(IPE)研修会,2)在宅研修アドバンストプログラム,の2つのプログラムがある.また,薬剤師のためのフィジカルアセスメント教育では,卒前教育から卒後教育へと一貫したフィジカルアセスメントに関連した教育プログラムがある.本稿では,これらのプログラムを構築し実践することで得られた知見について概説し,さらに在宅医療で活躍できる薬剤師養成に対する今後の課題について私見を述べたい.
Japan’s aging is progressing at an unparalleled pace. Therefore, it is essential to train pharmacists who can actively contribute to community health care, especially in home health care. Therefore, Kyoto Pharmaceutical University has established and is implementing a program for education on interprofessional home health care and physical assessment necessary for it. Interprofessional education (IPE) in home health care consists of two programs, namely, (1) the Kyoto Pharmaceutical University/Kyoto Tachibana University joint IPE workshop and (2) an advanced program for home health care training. The physical assessment education program for pharmacists is an educational curriculum related to physical assessment that is consistent from pre- to post-graduate education. In this review, I outline the findings obtained through the establishment and implementation of these programs as well as offer my views on the future challenges surrounding the training of pharmacists who can play an active role in home health care.
2015年10月に厚生労働省から発表された「患者のための薬局ビジョン」では,かかりつけ薬剤師・薬局を基盤として薬剤師業務を「薬」というモノ中心の “対物業務” から「患者」というヒト中心の “対人業務” へシフトさせることが求められている1).そのため,患者や地域住民に対する “薬局や薬剤師の見える化” を推進させようとする流れがあることは周知の事実である.
日本は2007年に世界で最初の超高齢社会(65歳以上の人口割合が全人口の21%を超えた社会を指す)に突入し,世界に類をみない速さで高齢化が進んでおり,大きな問題点として,①高齢化・少子化の進展,②在宅医療・介護に関わる社会的課題,がある.このような背景から,日本では地域包括ケアシステムを構築し対応している.そのため,訪問医や訪問看護師,ケアマネジャーなどの地域医療を担う他職種と連携ができる薬剤師の輩出,すなわち「地域医療を担える薬剤師の養成」,特に「在宅医療を担える薬剤師の養成」が重要な課題になっている.
京都薬科大学では,在宅医療で活躍できる薬剤師を養成するために,在宅医療における多職種連携教育および在宅医療に必要なフィジカルアセスメント教育に関するプログラムを構築するとともに実践している.在宅医療における多職種連携教育では,1)京都薬科大学・京都橘大学合同多職種連携教育(IPE; Interprofessional education)研修会,2)在宅研修アドバンストプログラム,の2つのプログラムがある.また,薬剤師のためのフィジカルアセスメント教育では,卒前教育から卒後教育へと一貫したフィジカルアセスメントに関連した教育プログラムがある.
本稿では,これらのプログラムを構築し実践することで得られた知見について概説し,さらに在宅医療で活躍できる薬剤師養成に対する今後の課題についても私見を述べたい.
本研修会は2016年度から実施しているプログラムで,毎年,京都薬科大学の5年次生と京都橘大学の看護学生,理学療法学生,作業療法学生(京都橘大学はいずれもすべて4年次生)の4領域の学生が一堂に会して行うIPE研修会で,本研修の目的は「医療チームの一員として自分の専門職の役割を理解すること」と「他の専門職の視点,考え方,役割を学ぶこと」の2点であり,異なった医療人教育を受けている学生たちがSGDを通して,各専門職にはどのような強みや弱みがあって,各専門職が協働してどのような形でチーム医療に貢献できるのかを理解することをアウトカムにしている.
本研修会で用いるシナリオは「左中大脳動脈梗塞が引き金で片麻痺になった60歳代の患者が軽度の認知症を患いながらも妻と一緒に暮らしたいという願いから在宅医療を希望している」といった事例で,シナリオには患者の主訴や現病歴,既往歴,生活歴,家族構成,理学的所見,心電図検査所見,画像所見,入院から退院までの患者の経過,退院時処方,リハビリ関係職に重要である機能的自立度評価法(FIM; Functional Independence Measure)といったSGDを実施するために必要な情報が示されている.本研修会は,第I部でまず同じ学科の学生同士でSGDを行い,このシナリオについて「各専門職として何ができるのか」についてのプロダクトを作成し,それを発表してもらう.その後,第II部では各学科の学生を混在させた学科混成グループにして「各専門職としてだけではなく,在宅でのチーム医療を実施するための共通アウトカムを立てること」を目的にSGDを行い,プロダクトを作成し,発表してもらう2部構成で実施している(図1).SGDにおいて,第I部では同じ教育を受けているため議論がスムーズに進むことが多いが,第II部では各専門性に則った医療人教育を受けているためかそれぞれの立場からの考え方の違いが明確化され,それぞれの意見をうまく統合させた共通のアウトカムを導き出すのに苦労している様子が観察できた.しかし,参加した学生からは表1に示すような前向きな意見が多かった.
京都薬科大学・京都橘大学合同多職種連携教育(IPE)研修会の概要
多職種連携教育(IPE)研修会に参加した各学科学生のコメント(抜粋)
薬学 | 〇同じ症例であるにも関わらず見ている視点が異なり,このようなところに注目しているのかということを知れてとても有意義であった. 〇薬学部は薬に注目してしまい,もう少し広い視野でみていく大切さを学んだ. 〇他職種それぞれの視点を知り,薬学では教わらないことが知れてリスペクトの視点ができた. 〇看護やリハビリに関する知識が乏しかったため,他学部の学生さんから学ばせて頂いたことが多くあった. 〇それぞれの専門職の話を聞いてSGDを行うことで,同学科のSGDで出した結論よりも幅広い結論を出すことができた. |
看護学 | 〇看護の視点は広く浅いもので,知らないこと,見えていないことが沢山あることを学べた. 〇他学部の学生から看護師にやって欲しいことを言われて「なるほど」と思った. 〇看護特有?の考え方を伝える難しさを知ることができた. 〇他の職種がどのような点に注目して健康問題を捉えるのかを理解することができた. 〇他職種と連携する中で,看護のコーディネーターとしての役割について再認識できた. |
理学療法学 | 〇4学科の最終的な目的は同じでも,理学療法士がリスクは少ないと考えている内容について薬剤師や看護師はリスクが高いと感じていることがあることを知れてよかった. 〇理学は薬の知識がほぼない.看護もそうだと思っていたがそうではなかった. 〇様々な視点から考えることができた.自分たちの専門分野だけではなく,他職種の方の意見も必要だと感じた. 〇このようなチームカンファレンスは実習でしか経験できなかったが,実際に学生時代に経験できるのは大変貴重だ. |
作業療法学 | 〇薬学の学生さん達の知識は作業療法の授業では得ることが出来ないことが多く,チーム医療を行う上でお互いの役割や得意分野を知ることが出来て良かった. 〇他学部の学生さんたちと話すことで,自分の専門性を改めて認知できたし,他の職種と一緒に考えるのは心強いと思った. 〇自分の本職の内容を他職種に伝えることの難しさを知れた. 〇専門的知識に特化した意見を聞くことで,患者へのアプローチ方法の視野が広げることが出来たのでよかった. |
また,IPE教育を評価する尺度としてRIPLS(readiness for interprofessional learning scale)2) が国際的に用いられているため,RIPLSを用いて評価した結果,19項目すべてにおいてIPE前後で有意な教育効果が認められた(表2).
多職種連携教育(IPE)研修会の教育効果
RIPLS評価項目 | IPE前(n = 140) | IPE後(n = 140) | p値 | 効果量r | ||
---|---|---|---|---|---|---|
中央値 | (25%–75%) | 中央値 | (25%–75%) | |||
1.他の学生と学ぶことは,有能な医療チームの一員になるために役立つ | 4 | (4–5) | 5 | (5–5) | <0.001 | 0.4 |
2.医療系学生が協力して患者の問題を解決した場合,最終的に患者は利益を得る | 4 | (4–5) | 5 | (4–5) | <0.001 | 0.4 |
3.他学部の医療系学生との協同学習は,臨床上の問題を理解する能力を向上させる | 4 | (4–5) | 5 | (5–5) | <0.001 | 0.4 |
4.資格取得前に他学部の医療系学生と学ぶことは,資格取得後の連携を向上させる | 4 | (4–5) | 5 | (5–5) | <0.001 | 0.5 |
5.コミュニケーションスキルは,他学部の医療系学生と一緒に学ぶ必要がある | 4 | (4–5) | 5 | (4–5) | <0.001 | 0.5 |
6.協同学習は,他の専門職のことについて前向き(肯定的)に考えることに役立つ | 4 | (4–5) | 5 | (5–5) | <0.001 | 0.5 |
7.少人数のグループ学習をするためには,学生はお互いに信頼,尊重することが必要である | 4 | (4–5) | 5 | (5–5) | <0.001 | 0.4 |
8.チームワークのスキルは,医療を学ぶすべての医療系学生にとって必要不可欠である | 5 | (4–5) | 5 | (5–5) | <0.001 | 0.4 |
9.協同学習は,自己の(専門職の持つ)限界を理解するのに役立つ | 4 | (4–5) | 5 | (4–5) | <0.001 | 0.4 |
10.他学部の医療系学生との協同学習は,時間の無駄である* | 2 | (1–2) | 1 | (1–2) | <0.001 | 0.5 |
11.医療系学生は,他学部の医療系学生と一緒に学ぶ必要性はない* | 2 | (1–2) | 1 | (1–2) | <0.001 | 0.5 |
12.臨床的な問題解決能力は,自分と同じの専門の学生からしか学ぶことができない* | 2 | (1–2) | 1 | (1–2) | <0.001 | 0.5 |
13.他学部の医療系学生との協同学習は,患者や他の専門職とのコミュニケーション(意思疎通)を取るために役立つ | 4 | (4–5) | 5 | (4–5) | <0.001 | 0.4 |
14.協同学習は,他学部の医療系学生と小グループによる課題学習に取り組む機会を積極的に受け入れる | 4 | (4–4) | 5 | (4–5) | <0.001 | 0.5 |
15.他学部の医療系学生との協同学習は,患者の問題の本質を明確化するのに役立つ | 4 | (4–5) | 5 | (4–5) | <0.001 | 0.4 |
16.資格取得前の他学部の医療系学生との協同学習は,より良いチームワーカーになるために役立つ | 4 | (4–5) | 5 | (4–5) | <0.001 | 0.5 |
17.看護職や他のメディカルスタッフの役割は,主に医師をサポートすることである* | 3 | (2.8–4) | 3 | (2–4) | 0.005 | 0.2 |
18.他学部の医療系学生との協同学習は,自分の目指す専門職の役割が理解できない* | 2 | (2–2) | 2 | (1–2) | <0.001 | 0.3 |
19.自分の専門領域では,他学部の医療系学生よりもっと多くの知識やスキルを習得しなければならない | 4 | (3–4) | 5 | (4–5) | <0.001 | 0.3 |
RIPLSは5段階評価(強くそう思う:5,そう思う:4,どちらともいえない:3,そう思わない:2,まったくそう思わない:1)
*:質問10,11,12,17,18は逆転項目
p値:Wilcoxon符号付順位和検定(IPE前vs IPE後)
効果量rは統計量Zから算出(効果量小;0.3 > r > 0.1,効果量中;0.5 > r > 0.3,効果量大;r > 0.5)
2025年問題や2040年問題への対策の一つに在宅医療の推進が掲げられている.しかし,在宅医療における多職種連携は,各医療従事者の所属先が異なっているため,病院などの医療機関内で実施する多職種連携と比較して難しく,より密な連携の実施による “顔の見える関係” を構築することが重要である.そのため,在宅研修アドバンストプログラムを構築し,渡辺西賀茂診療所やゆう薬局の協力のもとで2016年度から実施している.本プログラムは,「在宅医療におけるチーム医療の実際を学ぶ」,「多職種の仕事を学ぶ」,「在宅チーム医療における薬剤師の役割を知る」の3本柱で構成されている.薬学部5年次で全学生が実施する薬局実習・病院実習は,主に薬を介した患者対応や他職種との関わりなどを指導薬剤師から学ぶ「薬剤師になるための実習」であることに対し,本プログラムは「一医療系学生として他職種の視点を知り,在宅チーム医療における薬剤師の役割を学ぶ実習」であり,他職種の指導者と一緒に患者宅に同行する点が異なっている.本プログラムを通して,他職種と協働しながら地域で患者を支えていく医療を体験し,その中で薬剤師として何ができるかを考える機会を与えることを目的としている(図2A).図2Bは,本プログラムの一例である.初日の朝一から多職種ミーティングが始まり,訪問医と同行する訪問診療や訪問看護師と同行する訪問看護,訪問リハビリ,訪問介護,老健施設での夜勤の介護職を体験する夜勤体験,他学部の学生と自由にディスカッションする他学部学生合同ミーティング,などの項目を設定した.また,本プログラムに参加する薬学生には「薬剤師にフィジカルアセスメントは必要か」,「薬からのアプローチが出来なくなったら,薬剤師としての仕事の区切りにしてないか」,「看取りを経験して,薬剤師としてできることが何かあるのか,もしあるのであれば何ができるのか」という3つ観点について常に考えて研修に臨むようガイダンスで事前に説明をして参加してもらった.その結果,薬剤師にフィジカルアセスメントは必要かの項目では「訪問時に患者の異変を常に察知し,医師・看護師・その他の職種へフィードバックできる能力が必要だと感じました」や,看取りについては「これまで病気を治すことや治療の事しか考えていなかったので看取る事実に衝撃を受けました」,「がん末期の患者さんの人生の最後の時期をどう過ごすかについてアプローチできることを話し合い,多職種の様々な視点からご本人とその家族をサポートすることが重要だと思いました」など薬学生の意識変容が見受けられる意見が多くあがった.
在宅研修アドバンストプログラムの概要.A:本プログラムと5年次の実務実習との違い.B:本プログラムのスケジュールと研修内容.
また,本プログラムを評価するために,我々が独自に考案した在宅医療に必要な10項目についての評価表を作成し,本プログラムの前後で評価した結果,10項目すべてにおいて有意に教育効果が認められ,特に「在宅医療における他職種の役割」,「在宅医療における多職種連携について」,「在宅医療における看取りについて」などでは顕著な教育効果が認められた(表3).
在宅研修アドバンストプログラムの教育効果
在宅研修アドバンストプログラム評価項目 | 研修前(n = 31) | 研修後(n = 31) | p値 | 効果量r | ||
---|---|---|---|---|---|---|
中央値 | (25%–75%) | 中央値 | (25%–75%) | |||
1.医療保険や介護保険制度について | 3 | (2–4) | 4 | (3–4) | 0.005 | 0.5 |
2.在宅医療における薬剤師の役割 | 3 | (3–4) | 5 | (4–5) | <0.001 | 0.8 |
3.在宅医療における他職種の役割 | 3 | (2–3) | 5 | (5–5) | <0.001 | 0.9 |
4.在宅医療における多職種連携について | 3 | (2–4) | 5 | (5–6) | <0.001 | 0.9 |
5.在宅現場での薬物療法について | 3 | (2–3) | 5 | (3–5) | <0.001 | 0.8 |
6.在宅現場での服薬管理について | 3 | (2–4) | 5 | (4–5) | <0.001 | 0.8 |
7.在宅現場での栄養管理について | 2 | (2–3) | 4 | (3.5–5) | <0.001 | 0.9 |
8.在宅現場での薬剤師によるフィジカルアセスメントについて | 2 | (2–3) | 4 | (4–5) | <0.001 | 0.8 |
9.在宅現場での患者との関わり方 | 3 | (2–3) | 5 | (5–6) | <0.001 | 0.9 |
10.在宅医療における看取りについて | 1 | (1–2) | 4 | (3–5) | <0.001 | 0.9 |
6段階評価(理解している:6 ↔ 理解していない:1)
p値:Wilcoxon符号付順位和検定(研修前vs研修後)
効果量rは統計量Zから算出(効果量小;0.3 > r > 0.1,効果量中;0.5 > r > 0.3,効果量大;r > 0.5)
薬学教育モデル・コアカリキュラム平成25年度改訂版3) においては,「患者の身体所見の観察・測定・評価」,「その身体所見を薬学的管理に活かす」,「病状に合わせた適切な対応」など患者の状態を把握することができる薬剤師養成に関するGIOやSBOが明記されており,これらの観点は在宅医療においても重要になる.このような背景から,京都薬科大学では,学部教育として2年次の「解剖学・生理学実習」で基礎的観点からのフィジカルアセスメント(以下,PA)教育を,4年次の「実務事前実習」では臨床的観点からのPA教育を,PA教育を受けていない旧4年制薬学教育を受けた薬剤師などに対しては生涯教育として「フィジカルアセスメント講座〈入門コース〉・〈実践コース〉」を開講するなど,学部教育の卒前教育から薬剤師になってからの卒後教育に至るまで一貫したPAに関連した教育プログラムを構築した4) (図3).
京都薬科大学におけるフィジカルアセスメント関連教育の流れ(文献4より引用)
基礎的観点からのPA教育を実施している2年次の解剖学・生理学実習では,ヒトの生理現象を自ら測定することで健常人の正常な状態把握と理解をアウトカムにしている(図4).これについては,私自身,プログラム構築のみに関わっただけで,実際は解剖学・生理学実習を担当されている先生方から教育・指導を実施して頂いている.
解剖学・生理学実習の主な項目とフィジカルアセスメントの内容
臨床的観点からのPA教育を実施している4年次の実務事前実習では,次年度に薬局実習・病院実習を控えているため,薬物療法を受けている患者の状態把握と理解をアウトカムにしている.特に大切にしている観点は,異常所見からの副作用の発見で,その異常所見が「病態から出現しているのか」あるいは「薬剤の影響から出現しているのか」をどのようにして見分けるのかについて,まずは学生同士で考えてもらい,その後,教員からフィードバックを行っている.また,医療現場でのPAの活用方法について理解するために,実際に病棟でPAを実施している病院薬剤師から実例を紹介して頂いている(図5).
実務事前実習の主な項目とフィジカルアセスメントの内容
最後に,生涯教育としてのPA教育である.特に旧4年制薬学教育を受けた薬剤師は臨床・実務経験が豊富ではあるが,PAに関する教育を受けた経験が乏しいため,在宅医療を進めるに当たってもPAに関する実践力の習得と向上が必要になる.そこで,京都薬科大学では,生涯教育研修プログラムの一つとしてPA講座を開講している.この講座は2段階に分かれており,主に初心者を対象とした「入門コース」と,その上級版としての「実践コース」である.まず入門コースは,PAという共通言語を用いて多職種(特に医師と看護師)と情報共有するための思考プロセスの習得をアウトカムとしている.そのため,医師,看護師,薬剤師それぞれの立場で行うPAに関する概念の講義や,PAの実技トレーニングは行わずに実症例を用いた症例検討を実施している5) (図6A).入門コース受講後のアンケート調査では,受講者の約90%が薬剤師のPAについて具体的なイメージができたと回答しており,その理由として「医師,看護師,薬剤師がそれぞれPAを取る目的がイメージできた」,「医師や看護師から副作用評価につながるPAを求められており,薬剤師としても職能に活かせる」,といった回答が得られた5) (図6B).実践コースは単なる実技トレーニングだけではなく,バイタルサイン測定手技を習得したうえで,臨床推論や患者の病態アセスメントから薬学的介入への実践に繋げることをアウトカムとしている.そのため,聴診や血圧測定などの実技トレーニングのほか,症例をフィジカルアセスメントトレーニングフィギュア(Physiko®;京都科学)に再現させて実際に肺音や心音,腸蠕動音(グル音)の聴取などを実施して患者の状態を把握しながら薬学的介入を考える研修会としている.また,これまで様々なところで実施されている薬剤師対象のPA研修会はバイタルサイン測定手技の実技講習がほとんどであったため,実際にPAを実践する方法や方略がわからずPAを実施できていない現状が多かった.そこで,実践コースでは実際にPAを実践しておられる薬局薬剤師と病院薬剤師の実践例を紹介して,PAの実施向上につなげるための項目も設けている6) (図7A).実践コース受講後のアンケート調査では,満足度は高く,特にバイタルサイン測定手技よりも症例検討や病院薬剤師や薬局薬剤師の実践例紹介の方が満足度が高かった.特に実践例紹介では,「病院・薬局でのPA実践例を知りできる気がした」,「在宅での実践症例がとても勉強になった」,「薬剤師はPAに関わらなければならないと思った」,といった前向きな意見が多く見られた.さらに,実践コースに参加した受講者に対して1年4カ月後に実施したPAの実践状況に関する追跡調査では,4名(実践コース受講者の31%)がPAを実践しており6) (図7B),そのうち,医薬品の適正使用に関与できたと実感した受講者は3名(PA実践者の75%)で,全員が「薬の副作用防止に関与できた実感を持てた」と回答していた6) (図7C).
フィジカルアセスメント講座〈入門コース〉について.A:フィジカルアセスメント講座〈入門コース〉のプログラム.B:薬剤師が行うフィジカルアセスメントの具体的なイメージ化(文献5より引用)
フィジカルアセスメント講座〈実践コース〉について.A:フィジカルアセスメント講座〈実践コース〉のプログラム.B:受講後のフィジカルアセスメントの実践状況とその内容.C:受講後のフィジカルアセスメントの実践が医薬品適正使用に関与できた内容(文献6より引用)
これまでに紹介した教育プログラムの内容を図式化した(図8).京都薬科大学のような単科大学では一施設だけで在宅医療を担える薬剤師を養成することは非常に難しい.しかしながら,このように他施設と協力することで,在宅医療を担える薬剤師の教育プログラムを構築・実践することが可能であることを強調したい.
在宅医療で活躍できる薬剤師の教育プログラムの概要図
一方,今後に向けて考えなければならない課題も山積している.薬学部だけでは在宅医療で活躍できる薬剤師養成は非常に難しいため,医学部や歯学部,看護学部,リハビリテーション学部,情報学部などの他学部と協力して教育することが可能なシステム構築が必要である.さらに,渡辺西賀茂診療所のような在宅チーム医療を実際に経験できる環境の有無(ハード的側面)による影響も大きい.さらに,在宅医療を担い,その教育ができる指導者(スーパーバイザー)的な薬剤師が少ない.以上のことから,在宅医療を鳥瞰的に把握でき,自ら薬剤師として何ができるかを考えて動ける “在宅医療を担える薬剤師のスーパーバイザー” を育成することが最重要課題であると考える.薬学教育に関わっている大学教員だけではなく,薬局実習や病院実習の指導薬剤師,薬学教育・薬剤師教育を支援して頂いている患者やその家族の方々,医師や看護師,ケアマネジャーなどの多職種の方々,などの協力なしでは不可能である.そのため,様々な関係者にこれまで以上に協力を仰ぎながら,大学と研修施設が相互に協力し,研修内容などの再検討も含めさらなる密な関係を構築することで,“在宅医療を担える薬剤師のスーパーバイザーの養成” に尽力したいと考える.
このようなプログラム構築と実践は,私ひとりだけの力では到底実施不可能であり,京都薬科大学の多くの教員や事務職員,京都橘大学,渡辺西賀茂診療所,ゆう薬局などの他施設の先生方や事務職員の皆さまのご協力の下で成り立っており,これらの皆さまのご協力なしでは実現できなかったプログラムです.この場を借りて,これらのプログラムに関与して頂きましたすべての皆さまに深謝申し上げます.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.