2023 年 7 巻 論文ID: 2023-043
医療は常に進歩し続けており,それ故,薬物療法のあり方も進化し続けている.医療人としての薬剤師は,その時点で最新の知識を持って患者に最適な医療を提供する重要な役割を担っている.それは,創薬の立場であっても,臨床の立場であっても同じである.さらに,未来のよりよい医療を創造するために,現状を正確に把握した上で,新たな提案をできる能力は薬剤師にとって重要な資質の一つであるといえる.そのため,「薬学教育・モデル・コアカリキュラム」の中でも,「課題の発見と解決を科学的に探究する人材の育成」の必要性が掲げられており,薬学部教育の柱の一つとして,薬学研究の実践を通じ,課題解決能力を培うことが挙げられている.
しかし一方で,薬学部のカリキュラム上,医療人として備えるべき多角的な基礎・臨床の知識や技能の獲得も求められており,ともすれば,薬学研究に十分な時間的・精神的余裕をもって取り組めず,研究マインドの本質的な理解に到達するのは容易ではない.薬学部に所属する研究室の多くは,病態の本質的な理解や創薬を指向した基礎研究を推進しており,特に病院や薬局における臨床薬剤師を目指す学生にとっては,自身の将来のキャリアに直接的に結びついてこないため,卒業研究に対するモチベーションに繋がってこないケースもしばしば見られる.指導する側からすると,研究の立案・先行研究の調査から研究の遂行,結果に基づく公正な判断と考察,次の課題の抽出といった一連の研究サイクルを回す基本的な考え方や方略は,どの分野であっても根源的な部分では共通しており,卒業研究の元々の狙いもそういった「研究」そのものの理解を目指した教育を行っているつもりである.しかし,学生の側に立ってみれば,なぜ将来おそらく一生触れることのない内容の研究を一定期間行うことが薬学部の卒業要件になっているのかが理解できない,という考えにも一理ある.そういった疑問に,少なくとも教育者としては,何らかの明快な答えを持っておく必要があると思われるが,私自身も常々悩ましく感じている部分である.
そこで,本シンポジウムにおいては,薬学部の学生に対して研究を志向するマインドセットを限られた時間の中で如何にして醸成するかについて全方位的な観点から議論を深めたいと考えた.本議論は,明確に「正しい」答えがあるわけではないと考えられることから,できる限り異なる立場の先生方に集まっていただくことによって,議論を深めようと企図した.
シンポジウムにおいては,1番目の東京理科大学薬学部の高橋秀依先生には,基礎研究者としての立場から,6年制学科の学生にとって相応しい研究とはなにか?という問いかけに対して,実体験に基づき,学生が研究の純粋な面白さの気付きを与えることの大切さをお話しいただいた.2番目の慶應義塾大学薬学部の河添 仁先生からは,臨床現場で働く立場から,薬剤師が研究を行う意義,臨床的な課題解決のための研究の必要性について発信していくことの重要性についてお話しいただいた.3番目の大阪医科薬科大学薬学部の永井純也先生からは,医療系総合大学の中の薬学部の教員としての立場より,大学における研究室の重要性が,単に研究の遂行のみならず,生活面での人間関係の構築や後輩への指導等を通じて得られるものや,成果のまとめ・発信等多岐にわたることをご紹介いただいた.4番目の大阪大学薬学部の有澤光弘先生には,これまでに例を見ない6年制学科システムをいち早く構築した大阪大学薬学部のコース設計についてお話しいただくと共に,コース設計の中核を占めるコースごとの薬学研究の位置づけと研究を進めやすくするためのカリキュラムの再編成の思想についてお話しいただいた.
これらのお話の中で,薬学部における学生に研究志向のマインドセットを持ってもらうには,様々な角度からの考察と工夫が必要であることが明確化されたと感じている.常に教員の側も考え続け,それぞれの大学・研究室の事情や時代の流れに合致した形で,様々な領域で活躍する薬剤師が生涯にわたって持ち続けるべき研究マインドを教育する方法論を構築していく必要があることを再確認させられるシンポジウムであったと実感した.その臨場感が誌上シンポジウムにおいて伝われば幸いである.