2025 年 9 巻 論文ID: e09013
世界薬学連合(FIP)は薬学実務と薬科学,および薬学教育を代表する世界的な団体である.組織としては本部のほか,上記3分野を代表したグループからなり,それぞれの立場からFIPの活動を支えている.この文章では,FIPの組織の概要と,著者が薬科学から関わる活動について紹介する.
The International Pharmaceutical Federation (FIP) is a global organization representing pharmacy practice, pharmaceutical sciences, and pharmacy education. FIP consists of the Bureau and the 3 groups derived from the above 3 subjects to support the activity of FIP from each group. In this article, the summary of the organization of FIP and the activity of author from pharmaceutical sciences are overviewed.
FIPは,薬学実務と薬科学,および薬学教育の進歩を通じて世界的な健康を支援すべくリーダーシップをとる団体である.発足は1912年で,本部はオランダ・ハーグにあり,現会長はPaul Sinclair氏(オーストラリア)である.FIPは1948年よりWHOと連携しており,薬学からのサポートを行う唯一の団体としてその活動に参画している.筆者は2012年よりFIPの薬科学系部門にて活動しており,そのことから本稿の執筆依頼を受けた.以下,FIPについて概説するが,FIPが非常に大きな団体であることからすべてを網羅することは難しく,また組織が日々変化していくことから,筆者が十分に把握できていない部分もある.できる限りの正確性をもって執筆することを心掛けるが,不足の点があればご容赦願いたい.
FIPの組織としては,組織全体を統括するBureauに団体会員を含めた決議機関としてCouncilがある.2023年のAnnual Reportによると,世界各国・地域から153の団体会員(うち9は薬科学系団体会員)が所属しており,日本からは日本薬剤師会と日本病院薬剤師会,および薬科学系団体会員として日本薬剤学会が参画している.FIPでは個人や団体が薬学実務と薬科学および教育を軸に活動しており,それぞれがグループ(Board of Pharmacy Practice(BPP),Board of Pharmaceutical Sciences(BPS),およびFIPEd)を形成している.これら3本の柱はこれまでも連携をしていたが,前会長の故Dominique Jordan氏により,この3つのグループのより密接な連携が提唱され,ONE FIPを形成して互いの結束をより強めている.FIPでは薬剤師の職能の促進が重要な要素となるためにBPPが中心的役割を果たし,BPSが薬科学の側面からサポートし,その全体をFIPEdが教育の面から支えてきた.BPPはその活動の拠点をベースにSectionsに分かれている(表1左).例えば地域薬局の薬剤師が主なメンバーとなるCPSが最も大きなグループを形成しており,また,病院薬剤師によるHPS,大学教育関係者によるAcPS,製薬や流通などの企業関係薬剤師によるIPSなどがある.さらに,医療情報を扱うグループであるHaIS,保健・社会薬学を扱うSAPS,臨床化学にかかわるCBSのほか,軍および緊急時に対応する薬剤師のグループであるMEPSがある.昨今,世界各地で地震・洪水などの自然災害や戦争・紛争,難民問題が発生しており,それら緊急事態に対応するべく軍とNGOの薬剤師が緊密に連携している.これら薬剤師は現地で支援活動を行うほか,例えば言語が異なるためにコミュニケーションが取れない場合に用いられるピクトグラムの開発などにも力を入れている.FIPにはこのような活動に限らず様々な分野での薬学に貢献したものへ顕彰する制度があるが,2024年ケープタウン国際会議にて,これら緊急医療に貢献した小林映子氏(日本赤十字社医療センター)にFIP Fellowが授与された.
Board内の組織
BPP (Section) | BPS (SIG) |
---|---|
Academic pharmacy (AcPS) Clinical biology (CBS) Community pharmacy (CPS) Health and medicines information (HaMIS) Hospital pharmacy (HPS) Industrial pharmacy (IPS) Military and emergency pharmacy (MEPS) Social and administrative pharmacy (SAPS) |
Drug delivery and manufacturing (DDM) New generation of pharmaceutical scientists (NGPS) New medicines (NM) Personalised and precision medicine (PPM) Pharmacy practice research (PPR) Regulatory sciences and quality (RSQ) |
2024年4月に行われたBPS meetingでの集合写真.Sinclair会長(左端),Duggan CEO(右から2人目),筆者(左から4番目).
一方,薬科学系の組織であるBPSはその専門性からSIG(Special Interest Groups)が設定されている(表1右).筆者がFIPで活動を開始した当時は9つのSIGに分かれていたが,2019年に6グループに統合され現在に至る.著者の属するSIG NMにはFocus Group(FG)としてSmall molecules,Natural products and traditional medicines,Pharmacology,Biologics,Cell and gene therapiesが存在し,創薬に近い分野をカバーしている.そのほか,薬剤系となるSIG DDM,個別化医療にかかわるSIG PPM,レギュラトリーの分野を担うSIG RSQ,および薬局研究を扱うSIG PPRが存在する.BPSに限定したものではないが,BPSおよびSIGでは,薬科学に関する情報提供のためにwebinarの開催や国際会議World Congressのセッションの立案(後述),FIPが出版するモノグラフの執筆協力,SNSを利用した最近の薬科学の動向に関する情報提供(X(旧Twitter)アカウント@FIP_BPS(2025/3/1現在))などを行っている.これらSIGには著者のほか,伊藤美千穂氏(国立衛研),重永章氏(福山大),尾関哲也氏(名古屋市立大),加藤大氏(昭和大),楠原洋之氏(東京大)らが日本から参画している.
また,FIPEdは主に薬学教育分野をカバーするグループである.未知の疾患の出現や新たな薬物治療や多職種連携など,以前にも増してその手法や方法が複雑化してきている.薬学実務は各国の保険制度に依存し,またその教育の能力も国によって異なっている.教育の質保証はローカルな問題ととらえると同時に世界的な基準で保証していくことで世界的な薬学の発展につなげていくことが望まれる.このような背景のもと,各国の事情に鑑みつつ教育の能力と構造を向上していくことが求められ,教育に関するより強力な支持母体としてFIPEdが立ち上げられた.FIPEdは先に挙げた大学系SectionであるAcPS,および世界の薬系大学の集まりであるAcademic Institutional Membership(AIM)と連携している.現在,暫定的ながらFIPEdの初代事務局長として荒川直子氏(UCL)が活躍している.また,AIMには日本から城西大学,城西国際大学,慶應義塾大学,日本大学が加盟している(2025/5/8現在,AIM HP調べ).
以上の3本柱に加えて,若手の薬剤師のグループとしてEarly Carrer Pharmacist Group(ECPG),およびBPS SIGとしてSIG New Generation Pharmaceutical Sciences(NGPS)が存在する.FIPに興味のある若手の先生方はそれをきっかけにネットワークづくりをしていくのもよいであろう.
FIPは,年1回,9月初旬に世界各地でWorld Congressを開催している.2024年は南アフリカのケープタウンで開催され,2025年はデンマークのコペンハーゲン,2026年はカナダのモントリオールでの開催が決まっている.本会は,最近の薬学に関するアップデートを紹介する国際会議となっているが,その国際会議の前にはCouncilが開催され,FIPの運営について団体会員と議論がなされている.一方,国際会議では,いくつかの基調講演のほか,多くのセッションが持たれている.前回のケープタウン年会では “Innovating for the future of health care” の大テーマのもとさまざまな講演がなされた.開会式の行われる1日目には,“Pharmacy in South Africa” のように開催国の薬学実務や研究・教育などを紹介するセッションがもたれ,各国の薬学の相違点について議論が交わされた.2日目以降は,例えば基調講演セッションでは,医療格差にフォーカスした公平で質の高い医療と薬局の役割や,革新的な創薬と画期的医薬品へのアクセス改善における薬剤師の役割,人工知能(AI)による医療の進化とその薬局業務と健康に対するアウトカム,UHCと患者・薬局パートナーシップなどの話題が取り上げられた.そのほか,薬剤耐性,DDS,薬学教育における専門性の国際的な視点,偽薬,医療大麻などの幅広いトピックのセッションも持たれた.
蛇足であるが,我々SIGの仕事の一つにこれらWorld Congressのセッションの立案がある.セッション案はプログラム委員会にかけられるが,薬科学の範疇のみの演題では受理されず,いずれかのSectionとの共同提案となる.この共同提案先を探すのが一苦労で,演題を考えて興味を持ってもらえそうなSectionにアクセスし,それが承諾されて初めて提案にこぎつける(今年度からはbrain stormingの場などの設定がなされ,改善されつつある).今回の年会では,幸いにも我々のSIGから提案したCPSとの共同提案によるHIV managementに関する演題,またHPSとの共同提案になったマラリアの創薬と実務に関するセッションが採択された.特に前者のセッションでは東京医科歯科大(現東京科学大)の玉村啓和先生にHIVの創薬研究について講演いただいた.本国際会議では実際のセッションのほか,開催地での5 kmのコースを走るFun runと呼ばれる企画もある.この企画は単に健脚を競ったり交流を深めたりするほか,参加費が財団組織であるFIP Foundationに寄付され,社会貢献にもつながっている.
(左)HIVセッションの演者と.玉村氏(右から2番目)と筆者(右端).(右)Fun run出走前.オーストラリアと日本からの参加者と.
2016年に南京で行われたFIP Global Conference on Pharmacy and Pharmaceutical Sciences Educationにおいて薬学・薬科学・薬学教育に関する宣言(南京宣言)がなされるともに,Pharmaceutical Workforce Development Goals(PWDGs)が制定された.これは2015年に国連で示されたSustainable Development Goals(持続可能な開発目標)に基づき薬学系医療従事者にかかわるものとして設定された.これは13の開発目標が示されていたが,さらなる改変を受けて2020年,FIP Development Goals(FIP DGs,図1)が示された.これは21の開発目標を含み,それぞれの項目に医療従事,薬学実務,薬科学それぞれの側面からその開発目標が示されている.これら開発目標は,単に個々が達成するために設定する目標としてだけでなく,世界的な基準で到達すべき目標であるとの意味合いも含んでいる.それに付随して,その到達度を評価するための基準やエビデンスが必要とされ,その情報をまとめたデータハブとしてGlobal Pharmaceutical Observatory(GPO)が立ち上げられた.FIPEdはこのFIP DGsの立案に貢献し,また世界各国から様々な薬学に関する情報の収集を通じてGPOを立ち上げるなどの先導的な役割を果たしている.ここでまとめられた文書や構築されたデータベースは,FIPのホームページ(https://www.fip.org/publicationsのPharmacy dataタブよりアクセス可能,2025/3/1現在)よりアクセスできる.
FIP DGs
筆者は有機合成化学を専門としているが,実際のところ,日本の薬系学会で議論されるようなベーシックな有機化学についての議論がFIPでなされることはほとんどない.しかしながら,薬科学全般として見た場合,世界の薬学の発展を支える意味での薬科学はFIPで重要視されており,実務中心の海外の薬学部教育と対比して,日本における薬学・薬科学にFIPも期待を寄せており,薬科学を基盤とする側面をもつ日本の薬学がFIPにできる貢献は数多く存在すると考えている.日本からの薬剤師・薬科学者・薬学教育関係者のさらなる参画により,世界の薬学をけん引するFIPがより発展するものと考えられる.この文章が読者の皆様にFIPに対して関心を持っていただく一助となれば望外の幸せである.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.