Article ID: 2020-057
2020年4月の緊急事態宣言の発出により,多くの大学で遠隔(オンライン)授業が実施されている.しかし,これまで対面型で実施してきた講義や演習・実習を遠隔型に移行する際には多くの課題が生じた.特に,医療系学部の場合は,将来,患者・生活者や他の医療従事者との関わりも極めて重要となるため,コミュニケーション能力を含めた臨床マインドの習得が必須である.摂南大学では,この臨床マインドの習得を目的に複数の科目を開講しているが,今年度はコロナ禍の対応として,完全遠隔型プログラムに改変し,目的とする臨床マインドの育成を試みた.その結果,Microsoft Teamsを用いることで,SGDによる討議は可能であったが,議論の内容としては対面型で実施した場合と比較して,内容の成熟度が浅いような印象を受けた.今後,本取り組みが臨床マインドの育成にどのように影響したのかについて検証する予定である.
Due to the April 2020 declaration of a state of emergency, most university classes are being held remotely (online). However, numerous problems have arisen in the transition from in-person lectures, seminars, and practicums to remote learning. For medical care-related departments in particular, due to the extremely great importance of future relationships with patients, ordinary citizens, and other medical personnel, it is necessary to acquire a clinical mindset including communication ability. At Setsunan University, we offer numerous courses aimed at inculcating this clinical mindset, but in response to the coronavirus crisis, we have transitioned this year to a fully remote program and are attempting to cultivate the desired clinical mindset through online instruction. As a result, using Microsoft Teams, discussion by SGD (Small Group Discussion) has been possible. However, the content seems less mature than that of in-person classes. In the future, we plan to verify the impact of this program upon the cultivation of clinical mindset.
新型コロナウイルス感染症の拡大により,4月に緊急事態宣言が発出され,多くの大学が遠隔(オンライン)授業に切り替えた.このような遠隔授業には,感染リスクを回避できる,個々の学生が自宅で受講できるなどいくつかの利点がある.一方で,これまで対面型で実施してきた講義や演習・実習を遠隔型に移行する際には多くの課題も生じる.このような状況下でも,大学は学生が到達するべき目標を設定し,適切な学習環境に基づいた教育を実践することが求められる.文部科学省は,授業科目の実施方法に係る留意点として,「コロナ禍の中でも,感染対策を講じつつ,学生が納得できる質の高い教育の提供が不可欠」であることを示している1).全国の国公私立大学及び高等専門学校を対象とした後期授業の実施方針等に関する調査結果2) では,約80%が対面・遠隔を併用した実施を計画していることが報告されている.
一方で,医療従事者は自らの職能を活かし,個々の患者にとって最適な治療やケアを提供することが極めて重要な責務である.従って,医療系学部では,将来,患者・生活者や他職種と積極的かつ効果的に関わることのできる医療人を育成することが求められている.
摂南大学では,このような責務を果たすことができる医療人の育成,即ち,学生が臨床マインドを身につけて実務実習に参加することを目的に複数の科目を開講している.特に,4年次生では事前学習,所謂,実務実習前の臨床準備教育として,実践薬学I~Vを開講している.これらの科目の目的は,3年次までに学んだ基礎知識を実臨床で活用するための考え方を習得することである.その中でも,「実践薬学V」はこれらの科目の総まとめの位置づけとして開講しており,5年次の実務実習を履修するための必須の科目である.本報告では,従来,対面型で開講していた「実践薬学V」を完全遠隔型プログラムに改変し,臨床マインドの育成を試みたので,その取り組みについて報告する.なお,本報告は,授業実施後間もないこともあり,各種データや学生のプロダクトに関する詳細な解析に至っていないため,研究としてではなく科目の内容及び実施方法等を紹介するに留めた形とする.
本科目で用いた症例は,一人の患者の治療及びケアの経過を経時的な4つの場面で設定し,実臨床における医療の連続性を意識して作成した(図1A,B).各場面における課題は,原則,1)セルフメディケーション,2)患者の病態把握,3)適切な薬物治療・ケアの提案,及び4)災害医療に関する内容とし,臨床での課題を基礎的な知識を活用して解決することを目的として作成した.本科目では,この方針で,3つの症例を作成した.なお,これまでは(非コロナ禍では),同様の考え方で9~10の場面を設定して実施している.
A)第1日目の課題(例示).B)第2日目の課題(例示)
2020年度4年次生(218名)を対象とし,①~③のグループに分け3クール実施した.各グループは72~74名とし,それぞれのグループをさらに18班に分けた(4~5名/班).図2に従来(非コロナ禍)の実施スケジュールと今回の実施スケジュールを示した.今回の実施スケジュールは,4日間で計画した.すなわち,初日にMicrosoft Teams(以下,Teams)を用いたオンライン導入講義を実施し,本科目の位置づけとアウトカム及びスケジュールについて説明した.導入講義中の学生からの疑問やシステムトラブル等については,随時,Teams内のチャット機能を用いて投稿するように指示し,適宜,対応しながら進行した.なお,導入講義の中では,本科目で取り扱う症例や疾患についての知識レベルの講義は実施していない.続いて,Teams内に設定したsmall group discussion(SGD)用チャネルで各班のSGD1を開始した.SGD1用の課題(第1日目〈その1〉)は,SGD1開始と同時にTeams内にアップロードした.およそ2コマ(180分)経過した頃に各班の討議の進捗状況の確認とフードバックを行い,次の場面の課題(第1日目〈その2〉)をTeams内に提示した.SGD開始後,担当教員は,適宜,各班のSGDチャネルに入室し,討議の進捗確認,質問対応,討議内容に対するフィードバック等を随時行った(図3).なお,各教員あたりの担当班数は5~9班とした.それぞれの班で討議した内容を振り返り,個々の患者に即したより良い対応を考えるために1日をおき,第2日目を開講した.第1日目と同様にTeamsを用いた中間講義(所謂,第1日目全体を通してのフィードバック)を実施し,その後,各班のSGD用チャネルでSGD2を開始した.SGD2用の課題,すなわち,第2日目〈その1〉及び第2日目〈その2〉は,第1日目と同様に各班の討議の進捗状況を確認し,Teams内に提示した.また,本科目を通して,SGDでの討議の内容,所謂,対面型SGDで汎用されるホワイトボード等に記録される内容は,学生個々に任意の記録用紙に記録することとし,その記録を“ディスカッションメモ”として,SGD1及びSGD2終了後に写真撮影し提出することとした.学生個々に作成したプロダクトは,Teamsを用いたグループ面談試験終了後に写真撮影し提出することとした.なお,面談試験は,各グループ30分とし,口頭試問形式で実施した.評価は,担当教員2名で各班の面談試験を担当した.
従来(非コロナ禍)及び2020年度のスケジュール
SGDの進捗確認,質問対応,討議内容に対するフィードバック
本科目のアウトカムに対する到達度は,提出されたプロダクトに対する評価,SGDへの取り組みに対する観察記録,学生間のピア評価及びTeams面談試験におけるパフォーマンス評価を用いて測定した.ピア評価及びTeams面談試験におけるパフォーマンス評価には,臨床準備教育における概略評価〈近畿地区版〉から本科目で評価すべき観点を抽出して用いた.また,プロダクト評価には,同概略評価を改変して用い,観察記録には本学独自のルーブリックを用いて評価した.なお,本科目の評価に用いた臨床準備教育における概略評価〈近畿地区版〉とは,「薬学実務実習の評価の観点について(例示)」 3) に記載の概略評価表を参考にし,薬学教育協議会病院・薬局実務実習近畿地区調整機構で作成したものである.
3.倫理的配慮本報告中で紹介しているコメントに関しては匿名で収集し,収集前に授業内容の説明等で個人を特定しない形で公開する可能性のあることを通知している.
本科目は,これまで約200名(4~5名/班×40班)を対象として,対面型で実施してきた.今回の遠隔実施に向けて,症例作成や課題の提示方法について,担当者間で協議を重ね,これまで実施してきた方法を可能な限り踏襲することとした.即ち,昨年度までは,約10の場面に分割した1人の患者の10年~数10年の治療経過を1場面ずつ各班に提示し,その場面ごとのプロダクトをSGDで作成させた(図2).その際,担当教員は各班をラウンドし,適宜,フィードバックを行うと同時にSGDでの議論を随時把握し,個々の学生の思考を確認しパフォーマンスを測定した.
今回のSGDでは,方法にも記載したように4~5名/班とし,Teams内にSGD用チャネルを設定することで実施可能であった.討議の活発さも多くの班では,対面型で実施した際と大きな差は見られなかった.また,対面型SGDと比較して,Teamsを用いたSGDの利点として,収集された情報の質が向上し,かつ量も増加したように思われた.これは当然のことではあるが,学生たちの多くは自宅で本科目に出席しているため,多くの参考図書やインターネット上の各種ガイドラインを参考にすることが可能であったためと考えられる.しかし,このことにより,課題となっている患者についてのSGDというよりも,一般論の議論が多くなってしまったように思われた.本科目で求めていることは,一般論の治療やケアの立案ではなく1人の患者の背景(家族や日常生活等)を踏まえたテーラーメイドの治療やケアを立案することである.従って,担当教員が個々の SGD チャネルに訪室した際のフィードバックに費やす時間が対面型で実施した際と比較して増加した.プロダクトについても,随時,SGD内でフィードバックを実施したものの,対面型で実施した際と比較して,課題となっている患者に対する治療あるいはケアのプランの内容が減少している印象であった.面談試験については,昨年までは,本試験(A4用紙約5枚の記述試験)で合格レベルに到達できなかった学生に対する,所謂,再試験として実施していた.今年度は,班ごとではあるが,すべての学生にTeamsを用いた面談試験を実施した(30分/班).これにより,SGDで十分に行えていなかった個々の学生の思考を確認しパフォーマンスを測定した.
今年度の本科目の取り組みを通して,学生から以下のような意見・感想(例示)が得られた.
・TeamsでのオンラインSGDの経験がなかったため,最初は少し戸惑った.
・SGDが長時間であったため,集中力を継続するのが難しかった.
・画一的な回答がないため,自ら提案した治療計画の適切なのか否かについて不安だった.
一方,ポジティブな意見としては,以下のようなものがあった.
・これまで,個々の疾患やその薬物治療について,独立して学習し理解してきたが,臨床の現場では,複数の疾患や既往歴が関わるため,総合的な病態把握が必要であることが分かった.
・患者から収集した情報をもとに状態を推測し,その情報をOTC薬の選択に活かすことが難しいと感じたため,病態や症状についてさらに学習したいと思った.
・画一的な答えのない課題に取り組むことにより,自ら提案した治療計画に対して責任を持つことの重みを感じた.
今回の完全遠隔型プログラムによる利点として,教室に来ることなく出席できることである.今回のような感染リスクに配慮すべき状況下ではメリットが大きい.また,ハンディキャップのある学生にとっても良い方法かもしれない.一方で,学習の基本は自己学習であるが,本科目のように,SGDを主体とする場合は,学生個々で一定の解答を導き出すことは難しい.即ち,他のメンバーとその場の雰囲気を共有し,意見を交わすことで議論が成熟し,目的とするプロダクトが出来上がる.今回の完全遠隔型プログラムでも,Teamsを用いることでSGDは概ね可能であった.しかし,議論の成熟度やプロダクトの完成度を考えた場合,最終的には対面でのSGDを実施することで,より強い達成感を得られたと考えられる.今後,本取り組みが,実臨床で活用できる臨床マインドの育成にどのように影響するのかを詳細に検証する必要があると考えている.
今回報告した取り組みの基盤となる計画の立案にご協力頂きました摂南大学薬学部 岩﨑綾乃講師(2019年度まで本科目の共同担当者)に御礼を申し上げます.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.