論文ID: 2022-048
プロフェッショナリズムをどう伝えるか.アカデミアだけでなく,臨床にいる薬剤師にとっても大変難しい課題である.2006年,医療技術の高度化や医薬分業の進展等に伴い,高い資質を持つ薬剤師養成のために薬学部の修業年限は4年から6年に延長された.現行の改訂薬学教育モデル・コアカリキュラムには「薬剤師に求められる基本的な資質」が示され,生涯にわたりそれらの資質や能力の研鑽が求められている.医療現場で生じる様々な課題に向き合い,医療者として,あるいは薬剤師としてどのように行動すべきかを考えるとき,その推進力になるのがプロフェッショナリズムであろう.このプロフェッショナリズムをどのように伝え,どのように身につけていくのか.コロナ禍で社会構造が激変するなか,患者中心の医療を提供し続けるためにプロフェッショナリズムを維持することは決して簡単なことではないが,教育として伝え続けなければならないことは明白である.
Conveying professionalism in the pharmaceutical sciences poses major challenges not only for academia but also in clinical practice. In 2006, the pharmacy program was extended from 4 to 6 years to ensure high-quality training for pharmacists, keep pace with medical technology advancements, and develop the separation of medical and dispensary practice. In addition, the revised Model Core Curriculum for Pharmacy Education outlines the “basic qualities required of pharmacists” and recommends lifelong learning to hone such qualities and skills continuously. Professionalism should be the driving force behind all the actions of the healthcare provider or pharmacist in the face of ongoing challenges in the medical field. However, how can this professionalism be acquired and conveyed? Maintaining professionalism to keep providing patient-centered medical care amid the social upheavals caused by the COVID-19 pandemic is not easy. However, it is an ongoing commitment that must continue to be fulfilled through education.
薬剤師の業務は,この数十年で急速に変化し,「もの」から「ひと」へと移行している.医療の現場にいれば,およそ多くの薬剤師がそのことを肌で感じとっているに違いない.ベッドサイドや投薬窓口における服薬指導では,効果的で安心・安全な薬物治療を遂行する目的で患者の言葉にしっかりと耳を傾け,時に彼らの生活に介入することさえある.その際,個々の薬剤師が有する倫理観や行動理念は,患者と医療の関係性に大きく影響し,場合によっては薬物治療の成否に関わることも決して珍しいことではない.だからこそ,医療者たる薬剤師に求められる基本的な資質や能力としてのプロフェッショナリズムを研き身につける必要がある.
2013年度に改訂された「薬学教育モデル・コアカリキュラム(平成25年度改訂版)」は,従来の教育目標(GIO, SBO)を基盤とした教育から学習成果基盤型教育(Outcome Based Education: OBE)へと転換を図り,卒業時の学習アウトカムに到達できるようなカリキュラムデザインとなった.卒業時に必要とされる「薬剤師として求められる基本的資質」が示されたことは特に印象深い1)(図1).これらの基本的資質を修得するためには,一貫した目的の統合が必要であり,この道筋を示すものがプロフェッショナリズムであろう.さらにこの概念は,薬剤師を目指す学生から,薬剤師となってより高みを目指す現職の薬剤師に至るまで,全段階に適用され薬剤師としてのアイデンティティの形成に大きく影響すると考えられる.例えば学生が,自らの進路に立ちはだかる壁に遭遇した時や,薬剤師が臨床現場で薬の専門家としての決断を迫られた時に生じる葛藤を感じた時など,その時の言動に対して,医療プロフェッショナリズムは大きく影響する.換言すれば,プロフェッショナリズムは,医療の世界で生きていく者にとって,勇往邁進するためのドライビングフォースにもなり得る.
薬剤師に求められる基本的資質(薬学教育モデル・コアカリキュラム―平成25年度改訂版―から)
プロフェッショナリズムは,これまで医学教育の中で幾度となく議論されてきており,2002年にはアメリカ内科専門医会・アメリカ内科学会・ヨーロッパ内科学会の3つの団体が共同で新たな医師憲章を「新ミレニアムにおける医のプロフェッショナリズム」として発表している2)(図2).また,Sternらが示した臨床能力,コミュニケーションスキル,倫理的・法律的理解を土台に,卓越性,人間性,説明責任,利他主義の4つの柱で成り立つプロフェッショナリズムの定義は,概念的にも大変理解しやすい3).図3にこの概念図を薬学用に改変したものを示す.土台部分の臨床能力を薬学的基礎知識・技能とし,人間性の部分をヒューマンケアマインドに変更し,連携力という柱を加えた.
新ミレニアムにおける医のプロフェッショナリズム
薬剤師に求められる医療プロフェッショナリズム
これまで,医療プロフェッショナリズムという概念が一般的に認知されていなかった時代には,医療者としての心得や精神などと称して,プロフェッショナリズムと同様に扱ってきたものと考える.すなわち,かつてそれらは指導者の背中を見て自ら学び取るものとして伝承され,敢えて教えるものではなかった.恐らくは医療者として何度も難題にぶつかる中で知らず知らずのうちに身につけるものだと思われてきた.その背景には医療現場で常態化していた徒弟制なる教育体制があったことは無視できないであろう.さらに時代背景としても終身雇用制度が根付き,教育においても,特に心構えなどの概念的な事柄は経験論や根性論が主体となっていた.しかしながら,近年,社会全体が大きく変化し,とりわけ医療の世界ではEBM(Evidence Based Medicine)が最重要視されており,診断や治療の根拠となるガイドラインやマニュアルを示すことで医療者それぞれの言動はある意味機械的に認知されやすくなっている.ICT(Information and Communication Technology)やAI(Artificial Intelligence),ロボット技術等が次々に導入され,常に最適解を見つけることが最善・最良の医療として求められている.この考え方は医療教育においても同様で,「暗黙」から「明示」へと遷移している.前述の薬剤師に求められる基本的資質は,まさに薬学教育モデルコアカリキュラムに基づく学部教育が終了した時点で必要とされる具体的な資質を明示したものであり,さらにこれらの資質は,薬剤師となってからも継続的に修得を目指すべきものであることは,誰も疑わないであろう.本来,薬剤師を目指す学生から現職の薬剤師まで一貫した教育理念が必要であることは言うまでもない.しかし実際には,卒後の薬剤師教育はそれぞれの現場によってまちまちであり,アカデミアの教育理念が現職の薬剤師教育につながっているとは言えない状況にある.昨今,卒後研修の必要性が議論され始めていることは非常に歓迎されるべきことではあるが,研修期間を終えた後の数十年間,薬剤師でいる間はやはり一貫した教育理念に基づく教育・研修が必要であると考える.
臨床現場では瞬時に物事を判断しなければならないことも少なくない.医薬品の適応症に関することや,期待する治療効果とエビデンスに乖離がある時など,臨床薬剤師としての言動が問われ,それは同時に治療薬の選択に影響し,結果として治療の成否やその後の患者の生活さえも変え得る.この時の薬剤師の発言や立居振る舞いは,まさに個々のプロフェッショナリズムに基づいていると言えるのではないだろうか.
薬剤師の活躍の場は薬局や病院などの医療施設だけでなく,製薬企業あるいは医薬品卸業に至るまで非常に多岐にわたる.近年,多額の奨学金を借りている学生が多いことが影響してか,少しでも給与が高くや教育研修体制や福利厚生が充実していることを就職先を決める際の優先事項とする学生も少なくないと聞く.薬剤師の勤務場所としては,薬局の割合が年々増加しており,薬剤師全体の約6割が薬局に就業している.これに病院や診療所勤務などを合わせると約8割の薬剤師が医療施設に勤務していることになる4).就業先における教育・研修は大変重要であり,その時の学びや臨床経験が薬剤師としての基礎を形作ると言っても過言ではない.薬学生が就職先を選ぶ際,その理由は様々であるが,「専門領域の認定取得」や「チーム医療に携わりたい」,あるいは「かかりつけ薬剤師になりたい」など,少しでも早く臨床能力を身につけ医療現場で活躍したいと希望する学生も多く,そこに至る道筋として教育・研修制度の充実を望んでいることが垣間見える.
2. 最新の医療技術医療の高度化や細分化が急速に進み,ICTやAIによる診断補助,ロボット技術の参入はダヴィンチに代表される手術領域だけでなく薬剤師業務にも及んでいる.内服薬や注射薬のピッキングマシンはもとより,散剤や抗がん剤の調製ロボットや調剤監査システム,返納薬の仕分けや薬学的ケアが必要な患者抽出に至るまで,現在では薬剤師業務のほとんどが最新技術の導入により自動化が可能となっている.これまでは薬剤師の知識や経験によってカバーされてきた調剤過誤は,ICTやAIの導入により劇的にその発現頻度が低下している.それどころか,かねてより薬剤師が最終確認すべきとされた監査業務まで,機械の補助を受けなければその信頼性が確保できない時代に突入した.確実に調剤業務の精度が上昇し,ものを対象にした業務の効率化が進み,文字通り「対物」から「対人」へと移行している.今後,対人業務への技術導入が急速に進むことは間違いなく,既述のごとくその一部はすでに始まっている.医療分野だけでなく社会全体の流れとして,最適解を効率的かつ最速で得るためにサイエンスやテクノロジーの適用こそ将来目指すべき方向性だとされている.ヒューマンエラーを極限まで最小化するためには,これら最新技術の導入は必至であり,結果として医療の安全性の向上につながることに疑う余地はない.しかし,医療人としての本質は本当にそこにあるのだろうか.医療者の専門性は,安心で安全な医療の提供に寄与するべきであるが,患者や家族の癒しや社会への奉仕にも活用されなければならない.どちらか一方だけで良いのではなく,双方ともバランスよく提供できる能力が医療専門家には求められている.
3. 専門家としての裁量的判断2020年9月,薬剤師法が一部改正された5).第25条の2に第2項が追加となった.「~(前段一部省略)~ 調剤した薬剤の適正な使用のため必要があると認める場合には,患者の当該薬剤の使用の状況を継続的かつ的確に把握するとともに,患者又は現にその看護に当たつている者に対し,必要な情報を提供し,及び必要な薬学的知見に基づく指導を行わなければならない.」この法改正により,薬剤師には服薬状況の継続的なフォローが義務化された.すなわち,薬物による治療期間中の患者モニタリングが実質的に法制化されたわけだが,2014年の同条項改正に続き,これまで以上に業務の質と範囲が拡大されたことになる.しかしながら,薬物治療の有効性と安全性の確保は,薬剤師の本来業務であり,法改正をする以前から服用期間中の有効性や副作用のモニタリングは,実施すべき業務の一つであったはずである.視点を変えると資格法である薬剤師法に,業務の各論部分を彷彿させる内容が記されたことは,極言すれば専門家としての裁量権の範囲を法によって決められてしまったと言えないだろうか.法律上の裁量権の議論は,法律の専門家に委ねるが,薬の専門家たる薬剤師の裁量的判断については,改めて議論しなければならないと感じている.薬剤師は,その薬学的専門知識に基づき患者に対しての義務を果たした上で,裁量的判断を含む薬の専門家としての行為により,薬物治療の有効性と安全性が確保されるはずである.勿論,薬剤師の行為には法的な線引きが必要であるが,これから業務の力点を「対物」から「対人」に移行していく過程において,先ずは薬剤師として現行法での解釈により職能を拡大することが必要であり,本来業務を限定的に法によって規定することには,これまで以上に慎重な議論が必要であると考える.本邦では,専門職が行うべき職務について部分的に診療報酬として規定することで,その方向性を行政が示してきた.その手法は医療政策として確立しており,薬剤師の職能拡大の経緯を見ても誰もが納得せざるを得ないだろう.ところが,報酬がつかない業務は専門家として必要な業務であっても,結果的に根付かず,時に報酬を得ることが優先され,業務自体が形骸化することさえある.そこにプロフェッションとしての苦悩があることも間違いない.
4. 新型コロナウイルス感染症の猛威6)2019年の末に中国武漢に端を発した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は急速に世界中に拡がり,翌年1月に横浜港を出港したクルーズ船ダイヤモンドプリンセス号の乗客にも感染者が確認された7).厚生労働省は那覇港および横浜港寄港時に直ちに検疫官を乗船させ船員と乗客の健康状態を確認した.この時,当センターからも薬剤師2名が乗船し,船員や乗客の常用薬の確認をした後,限られた薬剤の中から適切な薬剤及び代替薬を選択し治療の継続を図った.世界中が過去に経験のないウイルスの脅威に晒されており,乗船した医療者らも,自身も感染するかもしれないとの恐怖と不安に駆られながら船内での任務を遂行した.
COVID-19の蔓延により,同年の病院及び薬局における実務実習は,そのほとんどが中止された.その理由は院内感染の懸念からであるが,本当にそれで良かったのかについては,未だ検証されていない.既述の通り,当時,最前線に赴いた医療者達も未知の感染症に怯えながら,それぞれ専門家としての職務を完うした.医療施設においても,過去に経験のない感染症にどの様に対応し,どう決断しているのか,現場レベルで何に迷い,何を優先しているのかなど,かなり混乱していた.教育の観点からも,本来はこの実情を学生に見せるべきである.いつかまた襲来するであろう未知の感染症に,薬剤師がどの様に対応してきたのか,将来を担う薬学生にその現実を見せることが生きた教育であり,プロフェッショナリズムの涵養につながるのではないかと考え,当センターでは2019年COVID-19患者の受け入れ当初も実務実習を中止することなく継続し続けている.
現行のコアカリにおける実務実習では,現職の薬剤師がどのように業務を遂行し,患者や多職種と関わり薬剤師の職能を発揮しているのかについて,学生自身の体験を通して学修することが求められている.当センターではそのことに加え,薬剤師のプロフェッショナリズムをどう伝えるかについても重要視しており,試行錯誤を繰り返している.
専門家に求められるものは,専門的合理性に基づく技術的熟達者の側面が大きくクローズアップされてきたように思う.しかしながら,医療専門職には様々な行為の中で省察が求められるようになり,専門家にはリフレクションの技法を身につけた新しい実践家像(省察的実践家の側面)が求められている8,9).当センターでは週に1回,約半日をSEAシート(Significant Event Analysis Sheet)を用いた振り返りの時間に当てている(図4).学生にはこの1週間で「何が起きたのか」を具体的に説明させ,その時の感情を自ら詳細に語らせ,他の学生と共に深掘りするようにしている.その感情の変遷を言語化することで,自身の心の動きを冷静に分析させ次へのアクションプランにつなげる作業を指導者と共に実践している.
SEA(Significant Event Analysis)シートとその活用
また,この振り返りの時間には,症例を用いた倫理観を養う検討も行っており,臨床では決して珍しくない「答えのない事例」に,薬剤師としてどのように関わるのか考える “きっかけ” を提供している.
さらに,新たな試みとして2020年度の学生からヴァーチャルリアリティ(VR)技術を活用した学習の機会を提供している.このVR実習で使用しているコンテンツは,東邦大学医学部教授の中村陽一氏から提供されたものであり,その内容は医学生がいのちの重要性を学ぶための教育コンテンツとして開発されている.具体的には,がんに関するインフォームドコンセント(悪い知らせの伝え方)や,がん療養中の患者の思い,さらには看取りの現場などを体験する内容であり,いずれも薬学生がベッドサイドで体験することが困難な事例を含んでいる10).
これまで「もの」を中心に業務を行なってきた薬剤師が,病棟業務を機に「ひと」を中心とした業務にシフトしてきた.しかし,薬剤師の専門性を逸早く発揮しようとすると,その大半が薬剤情報を中心とした関わり方となり,薬を介した問題がないと,まるで患者や多職種と関わることが憚られるような感覚すら覚えている薬剤師も少なくないのではないだろうか.換言すれば,薬のベールの向こうに患者が存在している感覚である.薬の専門家は薬物の専門家であると同時に薬物治療の専門家でなければならない.薬物治療を受けるのは患者であり,ひとりの人間である.その命を薬剤師も多職種と共に預かっていることを感じる必要がある.そして,その体験は早ければ早いほど効果的であり,薬剤師は患者の命に主体的に関わる職種であることを,患者の命をもって学んで欲しいと考えている.医療者としての “責任と覚悟” を感じることは,患者の命に身近に触れること,すなわち薬剤師の関わり方次第で患者の命が左右することを自覚したことから始まる.そのことは医療者としてのプロフェッショナリズムの涵養に大きく影響すると思われる(図5).
いのちの教育へのVR技術の活用
我々はコロナ禍で,救える命が救えない,治療の行方など先の見えない医療,補助金頼みの医療経営,社会と医療現場の感覚の乖離,AIやICTの急成長に迷う社会,医療現場の効率重視の風潮,生老病死の伝え方の難しさ,薬剤師教育の迷い,毎年のように起こる災害への対応など,短い時間で様々なことを経験をしてきた.帰するところ,薬剤師が臨床現場で迷う姿や焦る姿を,ありのままに見せることが,プロフェッショナリズムの醸成につながるはずである.そのことが,学生やまだ経験の浅い薬剤師が “責任と覚悟” を感じるきっかけになることを信じて止まない.
医療現場の矛盾や不条理な出来事を問題解決能力とそれに立ち向かう強い意志によって解決し,乗り越えていかなければならない.その原動力となるのがプロフェッショナリズムであろう.アカデミアと臨床現場はこれからも枠を超えた連携を通じて,学生にプロフェッショナリズムをどう伝えるのか,考え続ける必要がある.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.