論文ID: 2024-007
本稿では,論文執筆初心者の筆者が薬学教育論文を執筆し採択されるに至った経験をご紹介します.その鍵となったのは,薬学教育誌に論文を掲載されていた著者らに教育研究の相談や雑談ができる環境を得られたことです.また,改めて振返り,論文執筆に必要と考える五つの要素についてまとめています.私の一例から皆様と論文執筆に必要な要素について議論させていただけましたら幸いです.また,もしもこの経験がこれから論文執筆をされようとするどなたかの一助になるようであれば嬉しく思います.
In this manuscript, the author, who is a novice in paper writing, shares experiences that led to successfully crafting and having a pharmaceutical education paper accepted. The key factor was gaining an environment for consulting and having casual discussions with other authors who had published papers in the pharmaceutical education journal. Reflecting on this experience, the author summarizes five essential elements deemed necessary for paper writing. The hope is that sharing this personal example will prompt discussions with others about the crucial elements in the paper writing process. Additionally, the author aims for considerable satisfaction if the experience helps guide anyone venturing into paper writing in the future.
本稿では,薬学教育論文をどこから執筆すればよいのか右も左もわからなかった論文執筆初心者の筆者が,論文を執筆し採択されるに至った経験(ナラティブ)をご紹介いたします.その一例を通して,論文執筆や採択への道のりで必要な要素を皆様と議論させていただければと思います.まだまだ至らないことばかりの段階ではありますが,初心者の一例としてご容赦いただけましたら幸いです.
筆者は,大学卒業後,約10年間薬剤師国家試験対策予備校で教育に携わり,その間に,社会人大学院修士課程を修了しました.しかし,学術雑誌に論文を投稿するといった発想は持っていませんでした.その後,大阪大谷大学薬学部の薬学教育支援・開発センターの立ち上げメンバーとして,教育を担う機会を得ました.大学教員となり,改めて予備校との大きな違いを感じた点は,授業などで関わる他の研究室の教員は,教育だけでなく研究も進め,その成果を論文発表していることでした.その中で筆者も独自の視点による教育実践だけではなく,研究として実践の効果を測定・評価し,得られた知見を論文化したいと考えるようになりました.そこでまずは,同センターの同僚からアドバイスを受けながら,手探りながらもアンケートの作成,解析を行い,学会発表まで到達することができました.
しかし,学会でポスター発表した研究内容を論文化する段階で大きな障壁があり,数年間,日々の業務に追われ時間だけが経過していました.
この時点で,論文執筆にあたり,特に以下の四つの点において悩んでいました.
①自身の教育実践や得られたデータは論文化が可能なレベルであるか
②解析方法は正しいのか
③論文をどのような構成で執筆したらよいか
④自信のない英語力をどのように克服すればよいか
このような状態であった筆者の自己変革の契機は,薬学教育誌に論文を掲載されていた執筆者に,論文が書けなくて困っている旨を相談したことです.
自身が執筆したいと考えていたモデル論文の著者らに教育研究の雑談や相談ができる環境を得たことで,執筆と投稿経験者が有している研究デザインや解析方法の妥当性の確認,多面的なデータの解釈,論文の構成などをについてご指導を頂き,論文を投稿することが出来たと考えています.さらに,自身の研究だけでなく薬学教育研究に関係する雑談からも新たなテーマの発想や論文化への道筋が得られ,何とか自身で研究を組み立てて論文発表ができるようになってきました.
論文誌に掲載されるには,いただいたアドバイスを基にその論文を完成させて,論文誌に投稿し,査読対応をする必要があります.また,当然のことながら論文執筆の手を止めてしまうとせっかくのアドバイスを活かすことができません.そこで,論文執筆し論文誌に掲載されるまでのプロセスを振返り,特に必要と考える五つの要素(表1)を以下に記します.
論文執筆に特に必要と考える五つの要素
1 | 英語で文献を読む,書く際のオンラインの無料コンテンツ “DeepL” や “Shaper” を活用すること | 方法論 |
2 | 書籍や論文から学べることは学ぶこと | |
3 | 通常業務がある中で論文執筆時間を捻出できるよう工夫すること | |
4 | ご指摘を受けることに対してくじけないこと | 精神論 |
5 | 研究を論文発表までもっていくと覚悟を決めること |
当初より問題としていた英語力は,テクノロジーを活用することで補っています.オンラインの無料コンテンツである,AIを活用した翻訳サイト “DeepL1) ” や,PDFの論文を翻訳する際に発生する改行及びハイフネーションを取り除いて翻訳にかけられる “Shaper2) ” は特に重宝しています.もちろん,英語力があるに越したことはなく勉強しなくてよいとは思いませんが,今は英語を読むためのプロセスはテクノロジーで補い,その先にある英語の先行論文から海外の研究動向を学ぶことを優先しています.
2. 書籍や論文から学べることは学ぶこと論文執筆というテーマで,様々な書籍3,4) や論文5,6) があることを知りました.論文執筆に必要な論文の組み立て方やコツ,精神論まで知ることができ,頭の中が整理されるように思いました.
3. 通常業務がある中で論文執筆時間を捻出できるよう工夫すること通常業務がある中,油断すると論文を後回しにしてしまうこともありました.そこで,書籍3) を参考に,論文執筆をするに当たり,まとまった時間が必要な工程と短い時間でできる工程に分け,作戦を練ることにしました.
論文の構成や解析には試行錯誤するのに時間が必要です.過去には少しの空き時間で取り組もうとしては途中でやめてしまい,また別の機会に取り組む頃には何を考えていたか忘れてしまっており,始めから考え直すという失敗を繰返していました.そこで,論文の構成や解析には,週末にまとまった時間を確保することにしました.一方で,図表の作成,参考文献をまとめることは朝の短時間に小分けにして作成していくなど,少しずつ時間をとって進めました.
4. ご指摘を受けることに対してくじけないことメンターや研究仲間,投稿後の査読者から,論文の至らない点をご指摘頂くことは多々ありました.コメントを下さる先生方の貴重な時間を頂き,良い論文とするためにコメントを下さっていることは理解しているつもりです.しかし,疲弊し,まるで自分が否定されているように感じてしまうこともありました.そのような場合は,「違う」とご指摘を受けているのは論文であって自分ではないと言い聞かせて,執筆をあきらめないことが重要であると感じています.疲弊した時の対処法として,一週間など期限を決めて論文執筆から離れる時間をとることで,気分がリフレッシュされ,くじけずに最後まで取り組むことができました.
研究者として当然のことかもしれませんが,コメントを受ける姿勢は論文掲載までの道のりに重要な要素の一つであったと感じています.
5. 研究を論文発表までもっていくと覚悟を決めること「大学教員の業務は “教育” と “研究” であり,教育だけでなく研究を遂行し発信することも社会的な意義がある」というのは,何人もの先生方よりいただいた言葉です.
自身の論文のクオリティが低いように感じ,発信する方が恥ずかしいことのように思うこともありました.しかし,そう言っていてはいつまでも発信することはできないと思い直し,論文発表することの優先順位をあげることとしました.
一報目の論文執筆後には,特に以下のような点で状況が変わってきたように感じています.
1. 論文執筆のハードルの軽減一報目の論文執筆を試みたときから論文誌に掲載されるまで,結果的に二年近くの歳月が経過していました.しかし,その後の二報目以降では,一報目と比較して論文執筆の手順が見えていたためか,大幅に執筆しやすくなりました.より質の高い論文を発表できるように現在も日々,修行の身ですが,以前より論文執筆のハードルが軽減されたように思います.
2. 海外誌への論文投稿その後,日本の雑誌だけでなく海外誌にも論文投稿をしました7,8).投稿雑誌の選択には,先行論文の検索の際に,自分と同じような研究が掲載されていたことを基準としました.
現状,日本の薬学教育の研究論文は他国の論文と比較して多いとは言いづらい状況にあるように思います.例えば,私の研究テーマとしている “ゲーミフィケーションを活用した薬学教育” について,システマティックレビューが複数報告されている中で,日本での研究は含まれていません9,10).日本の薬学教育の事例を評価し,日本と他国との教育内容の違いを説明した上で,英語で発信していくことにも意義があるのではないかと考えています.
3. 競争的研究資金の獲得論文を執筆したことと関係があるのか,因果関係は定かではありませんが,論文化したテーマの研究について,令和5(2023)年度文部科学省の科学研究費助成事業(科研費)に採択されました.以前,論文を執筆することで競争的研究資金を獲得できる可能性が高くなるという文献6) を拝読したことはありましたが,複数回不採択であった課題が採択されて私自身も驚きました.このことにより,取り組んでいた単施設での研究を,多施設での共同研究へと展開できるチャンスが得られています.
医療において,Evidence-based medicine(EBM)という考え方11) が浸透し,医療現場で実践されています.その実現の背景には医療に関する科学的な論文によって蓄積された知見が欠かせません.薬学教育分野においても,エビデンスに基づいた教育という考え方の必要性が示されています12).その実現には,薬学教育に関しても論文による情報共有と批判的吟味,科学的検証を進め,知見を蓄積していくことが必要です.実際,現在の薬学部に入学してくる多様な学生に対し,より効果的な教育の実践が必要であると感じています.当初は,実践していた教育を評価し,論文化したい一心で始めた教育研究でしたが,自身の研究が微力ながらも知見の蓄積につながり,今後の薬学教育の発展に貢献できればと考えるようになりました.
このような論文執筆の初心者であった私が論文を執筆できるようになった一経験の共有により,これから薬学教育研究を始められ,論文発表したいと考えておられるどなたかにとって,何か一つでも参考となれば嬉しく思います.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.