日本公衆衛生看護学会誌
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研究
児童虐待予防においてかかわりが難しい母親との信頼関係構築に着目した熟練保健師の支援
佐藤 睦子上野 昌江大川 聡子
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2021 年 10 巻 1 号 p. 3-11

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Abstract

目的:かかわりの難しい母親との信頼関係構築に着目した熟練保健師の支援を明確にすることである.

方法:経験年数10年以上の熟練保健師10人を対象に半構成的面接によりデータを収集し,質的に分析した.

結果:母親との信頼関係構築に向けた支援は,【最初の出会いを大切にする】【歩調を合わせ伴走する】【日常生活の役に立つケアを提供する】【身近なロールモデルとなる】【生きづらさに寄り添う】【見捨てない覚悟を示す】【自尊心を高める】【母子を支えるつながりを広げる】【生きづらさの緩和に向けてかかわる】という9のカテゴリーと39のサブカテゴリ―が抽出された.

考察:保健師は母親に対する緊張緩和的,保護的,支持的な支援を積み重ねることで母の生きづらさの本質を見極め,支援に対する覚悟を決める.その支援の継続が母親からの信頼獲得につながる.信頼関係づくりの基盤として,母親の生きづらさの理解と覚悟を示すことが必要であると考える.

Translated Abstract

Objective: The purpose of this study was to clarify the nursing support required to build trust with mothers who are difficult to relate to, to build relationships.

Methods: Semi-structured interviews were conducted with ten public health nurses (PHNs) with ten or more years of practical experience in child abuse prevention, and the data were analyzed qualitatively.

Result: We found that PHNs’ support and the process of building trustful relationships were explained through 9 categories and 39 sub-categories. These were: “Focus on the first encounter with the mother,” “Providing support to mothers in every step,” “Providing useful care in mothers’ daily lives,” “A role model for the mothers,” “sympathetic to the difficulty of their lives,” “Showing determination to never abandon them,” “Increase their self-esteem,” “Expand support connections for mothers and children,” and “providing support to reduce the difficulties of mothers in their daily lives.”

Discussion: PHNs determined the crux of the mothers’ difficulty in life by providing tension-relieving protective activities and providing support for mothers. Continuing these support made relationship building with mothers easier. We believe that it is necessary to be sympathetic to the mothers, which is the basis of building a relationship of trust.

I. はじめに

子どもの生命や健康に甚大な影響を及ぼす児童虐待(以下,虐待)は,社会全体で取り組むべき重要課題の一つであり,2000年の児童虐待防止法制定以降,度重なる児童福祉法の改正が行われ,様々な対応が行われている.2019年には,厚生労働省により虐待防止対策強化に向けた緊急総合対策が通知され,子どもの生命保護が優先される介入強化方策が進みつつある.一方,予防活動や家庭の養育環境補完・支援充実も必要であり,看護職には,支援関係を基盤に子どもの命を最優先に親と家族の育ちを護る活動展開が一層求められている(上野,2019).

母子保健活動を通じた虐待予防の主軸を担う保健師は,健康課題を切り口に家族支援や地域のサービス調整を行い,親子の健康を護る一次,二次予防に重要な役割を担う.そのため,親の生育歴や生活状況を理解し,共感的な姿勢で信頼関係を重視した専門的支援の提供が重要である(小林,2012上野ら,2006鷲山,2016).しかし,支援の必要な母親の背景は複雑,多様で個別性が高く,不適切な養育の否認,親自身の課題対応力の不十分さ,相談行動の潜在化などから支援関係の構築は難しい.有本ら(2018)の調査においても,支援関係の難しさに困難感や負担感を抱きやすいことが報告されている.また,虐待防止活動においては子どもの保護・分離という強制的な「介入」と安定した育児に向けた「支援」を同時に行う難しさも存在する(松本,2007).さらに,支援者が母親に対する否定的な感情を抱く傾向もみられている(永谷,2009).背景として,対応方法がわからない(岩清水ら,2013)といった支援に対する自信のなさや,分散配置に伴う少数配置や業務分担制の推進等による先輩保健師から指導を受ける機会の減少と支援技術継承の不十分さ(小笹ら,2014)があげられる.一方で,新任期でも年間約10人の妊婦に継続支援を行う(足立ら,2018)との報告もあり,支援技術が不十分なまま支援を行わざるを得ない現状がある.そのため,保健師の個別支援技術の向上は,虐待予防の推進において喫緊の課題であると考える.

わが国の保健師による虐待予防の研究では,信頼関係構築に向けた家庭訪問の支援(上野ら,2006)や家庭訪問による母親の変化(鈴木ら,2015),ネグレクト家庭への支援(有本ら,2013),特定妊婦に対する支援(中原ら,2016)や支援プロセス(黒川ら,2017)等が行われている.しかし,Kempe(1978)は,虐待予防における看護職の役割として,親の監視や指導よりも親との信頼関係構築の重要性を述べており,保健師による虐待予防をさらに推進させるためには,保健師による信頼関係の深め方に関する支援の実態を明らかにすることが求められていると考えられる.そのため,豊富な経験をもつ熟練保健師が,かかわりが難しいと感じる母親(以下,かかわりの難しい母親)との信頼関係構築に向けて用いている支援内容を明確にすることが必要である.その知見を基に,保健師がこれらの支援を用いることで,かかわりが難しい母親との支援関係の構築につながり,それが虐待予防に貢献すると考える.

このことから,本研究では熟練保健師が用いている支援を収集し,かかわりの難しい母親との信頼関係構築に着目した支援内容を明らかにすることを目的とした.

II. 用語の定義

支援内容:保健師と母親との間で虐待予防という目的に沿って形成され,その目的達成のために提供する行為,具体的手法.

熟練保健師:自治体保健師のキャリアラダーのキャリアレベル(厚生労働省,2017)におけるA-5「複雑かつ緊急性の高い健康課題を迅速に明確化し,必要な資源を調整し,効果的な支援を実践できる」に該当する,長期間の実践経験を通じて獲得した高い職業的能力をもつ保健師.

III. 研究方法

1. 研究デザイン

質的記述的研究

2. 研究協力者

首都圏を中心とした保健機関において,虐待予防活動の経験が10年以上の熟練保健師(以下,保健師)10名とした.研究協力者の選定は,機縁法により虐待予防に関する研究会の代表に研究の趣旨と目的を口頭及び文書で依頼を行い,承諾後,研究協力者の推薦を受けた.さらに研究協力者からのスノーボールサンプリングによって研究協力の承諾を得られた者とした.推薦のあった研究協力者には口頭及び文書で,所属長には文書で研究協力の依頼を行い承諾を得た.研究目的から,母親支援の経験が豊富で,現在も母子保健活動に直接的または間接的に関与している管理的立場にある保健師1名と定年退職後に新人育成を行っている保健師2名も対象に含めた.

3. データの収集方法

データの収集期間は,2017年5月~9月である.面接は,研究協力者の勤務場所等,プライバシーを確保できる個室において半構成的面接を行った.面接では,虐待予防における母親支援においてかかわりが難しいと感じた事例への支援を振りかえり,支援のなかで重要と考える具体的な支援内容について尋ねた.インタビューの内容は,①虐待予防におけるかかわりが難しいと感じる事例の概要,②かかわりが難しいと感じた内容,③かかわりが難しい母親との信頼関係構築のために行った支援,等である.面接時間は研究協力者1人あたり47~85分で,平均70分であった.面接内容は研究協力者の同意を得てICレコーダーに録音した.

4. データの分析方法

分析は逐語録にしたものをデータとし,保健師がかかわりの難しい母親との信頼関係構築に用いた支援内容についての文脈を抽出した.研究協力者の語りを,意味・内容を損なわない範囲で文脈を要約してコード化を行い,次にコードの類似性,相違性を検討し,コードをサブカテゴリー,カテゴリーと抽象化する整理を行った.類似のカテゴリーを集約し,関係について検討後,カテゴリーの収束化を行い,全体像を把握した.分析の際には,個人が特定される情報は匿名化した.分析過程において,質的研究の実績がある複数の共同研究者と分析内容の検討を重ね,カテゴリーを洗練するとともに,研究協力者に逐語録及び結果を提示して,内容に関する妥当性の検討を行った.

5. 倫理的配慮

研究協力者には,研究内容及び倫理的配慮を文書及び口頭で説明し,協力の自由と中断を保証し,同意を得た上で署名を得た.本研究は大阪府立大学大学院看護学研究倫理委員会で承認を得て実施した(承認年月日:2017年3月14日.承認番号:28-66).

IV. 研究結果

1. 研究協力者の概要

研究協力者10名はすべて女性であり,平均年齢55.1歳であった.保健師経験年数は平均29.7年,母子保健経験年数は平均22.5年であった.職務経験の内容は,全員が保健所,保健センターまたは精神保健福祉センターにおいて,母子保健と精神保健福祉の個別支援を経験していた.

2. かかわりの難しい親に対する信頼関係構築に着目した保健師の支援

かかわりの難しい母親との信頼関係構築に着目した保健師の支援に関して得られたデータを分析した結果,9カテゴリー,39サブカテゴリーが抽出された(表1).カテゴリーを【 】,サブカテゴリーを《 》,保健師の語りを「 」で示し,プライバシーに関わる部分は省略したり,解りにくいところに( )で言葉を補った.

1) 【最初の出会いを大切にする】

保健師と母親との出会いは,関係機関の紹介や母子保健事業等を通じて始まる場合が多く,母親は支援を必要と感じていないことが多い.そのため「最初に明るくきちんと挨拶して,訪問目的や母親のことを心配している,役に立ちたい気持ちを伝える」等,《出会いで生じる不安の軽減に努める》ことや,母子保健事業や関係者等を上手く活用して《つながるきっかけを工夫する》ことをしていた.《保健師の役割を説明する》ことにより,保健師の役割や支援を伝えることで,関係づくりの第一歩として母親の不安の軽減に努め,保健師が母親の役に立つ人であるという役割も伝えながら,支援関係を作っていた.

2) 【歩調を合わせ伴走する】

かかわり当初の母親の身構えや受け入れの難しさに対して,気持ちの確認や支援の了解をとる等,《母親の意思を尊重する》《母親のペースに合わせる》ことをしていた.そこでは,母親のできることを見極め,母親と一緒に行っていた.また,警戒心や不安感に配慮して《横並びの姿勢で向き合う》《反応をみながら距離感を加減する》といった,人間関係の不安定さへの配慮や母親の示す反応によりアプローチを変化させ,心理的距離を近づけようとしていた.そして,《理解に合わせた伝え方を選択する》といった母親が難しく感じる言葉をわかりやすく言い換えたり,馴染みのある言葉を用いて理解を促していた.《顔を合わせる機会を増やす》といった定期的に訪問をすることや,「タイミングってあると思う.その時に介入できるから一定程度待つのも必要」として,少し待ちながら母親に《タイミングを合わせる》といった駆け引きや,引くことをしながら歩調を合わせ寄り添っていた.

3) 【日常生活の役に立つケアを提供する】

母親は,日常生活のなかで様々な大変さを感じながら過ごしていることも多い.「相談事は何?みたいに迫っても,侵入感を感じて心を開いてもらえないので,困っていることを一緒にやるようにしていた」という語りや「書類とかがあまり読めないとか,書き方が分からないみたいだから手伝いをして」などの語りから,母親の《困りごとを手伝う》といった困りごとに対する具体的な支援の提供を行っていた.「赤ちゃんに必要でその日助かる沐浴や授乳を一緒にやったり,抱き方のポジショニングが悪くて飲めていないなら確認して一緒にやって,うまくいくかやってみる」というように,《育児や家事を一緒にする》といった毎日の育児や家事の中で母親が少しでも求めている支援を,母親の特性に合わせながら行っていた.さらに,妊娠中であれば,「まずは安全に産むことが支援のポイント」というように《母子の心身の健康に気遣う》ことをしていた.また,母親の大変さを察し《ニーズに応じた情報を提供する》ことや,「子どもの発達を踏まえて,少し前からこうするんだと伝えておくんです」というように,《成長発達を踏まえた育児方法を伝えておく》という,今後予測される育児上の問題を未然に防ぐための支援を行っていた.

4) 【身近なロールモデルとなる】

支援関係の構築には,保健師が信用できる人間であることを示す必要がある.「時間や誰が行くとか明確にして約束して守っていました」として《人間関係のルールを守る》ことを遵守していた.一方で,「私自身の弱みの話をしたら,お母さんも思わぬ話をしてくれて」という語りから,《自己開示しながら話をする》ことや,保健師も同じように育児に悩む女性であると伝えたり,保健師が《自分自身の個性を活かす》ことで,母親が保健師とのかかわりを通して,人間関係の経験を増やすようなかかわりを行っていた.

5) 【生きづらさに寄り添う】

保健師は家庭訪問において生活の中に入り,《母親の話をとことん聴く》ことによって母親を受け止め,具体的な暮らしぶりや育児の様子を把握し,母親の人となりや母親のもつ精神的,知的な課題の存在可能性を含めて《暮らしぶりから母親を見立てる》ことをしていた.「時間を共有する中で,やっと相談しようと思ったわけじゃなく,ぽろっと出るみたいな感じで関係をつくるようなことをやっていた」というように,育児を一緒にやったり,母親のそばで見聞きすることでぽろっと《困りごとやニーズを引き出す》ことをしていた.そして,母親の語りから保健師が《生きてきた歴史を理解しようとする》《孤独や困難に共感的な態度を示す》ことによって,生きづらさの背景にある厳しい育ちを傾聴し,現在の苦悩を理解しようとしていた.さらに,《母親以外の家族とつながる》ことにより,第三者の情報を得て,母親の客観的理解に努めると共に生活上の課題をもつことの多い家族の相談も受けることで,家族も生活がしやすくなるようにしていた.

6) 【見捨てない覚悟を示す】

保健師は,母親と相談関係が切れないことを重視し,訪問の約束を反故にする,電話に出ない,というように支援を拒否する母親の態度についても《とにかくつながっておくことを目指す》として,母親に対する関心やつながりの気持ちを示し続けていた.訪問時に見聞きする育児の様子は,保健師の目から見て母親の自己流や好ましくないと感じることも多い.しかし,子どもの健康状態の悪化が危惧されない限りは,母親の《価値観を尊重し,多少のことは目をつむる》として,指導よりも母親を尊重する姿勢で,母親を否定する存在ではないという姿勢を示し続けていた.そして,母親が困りごとを相談してきた際には,「必要な時は時間外でも訪問に行きました」,「(これが)保健師の仕事かと思われるかもしれないけれど,住まい探しにずっと付き合っていました」というように,母親に今必要なことに《徹底的につきあう》ことを行い,母親の意向を重視した支援を行っていた.時には,保健師が激しい怒りや攻撃の矛先となることもある.それに対して「クレームは(親からの)援助を求める1つの声だと思うようにしている」との語りから,《攻撃は支援を求める声だと理解する》というように,攻撃的な行動に至る母親の背景や思いを探る機会ととらえ,支援が途切れることのないようにしていた.

7) 【自尊心を高める】

自己効力感や自尊心が低い傾向がある母親に対し,「親だから子どもの面倒は見ないといけない,と思っていることに配慮した」という語りに示されるように,《母親としてのプライドを尊重する》ことをしていた.また,母親の育児の様子からできていることを見出し,「大丈夫,できているから無理しなくていいよ」というように,親の《強みを見出し肯定する》という支援を行っていた.「過去に上手くいったと思っているできごとを聞いておくと,(同様のことが起きた時に)こう言っていたよね,と言える」等,《過去の良い体験を再認識させる》《変化をとらえ,フィードバックしていく》ことで,母親の行動を強化していた.《感情を言語化して代弁する》では,母親の表現しきれない感情を保健師が代弁し,感情の意味を言語化できるよう促していた.《あなたが大事だと伝える》では,母親が大切な存在であることを伝え,母親が他者から存在を認められ,尊重される経験ができるようにしていた.

8) 【母子を支えるつながりを広げる】

家庭訪問で母親なりの育児や日常生活を見守りながら,保健師との関係づくりを進め,次には,親子の生活の安定のために他の関係機関とのつながりを検討し,「保育園も特別枠で入れてもらって,普通の環境で育つことを保障しないといけない」というように,《子どもの成長と安全を保障する》ことをしていた.また,母親に医療等の関係機関につながる重要性を丁寧に説明し,関係職種にはその後の連携が円滑に進むようにする等,《丁寧に関係機関につなぐ》ことをしていた.「つながり始めのころは両方から話を聞き,微調整をしています」というように,母親の他者との人間関係構築の難しさに対して《母親と他の支援者との関係が進むように配慮する》として,母親が関係機関とつながった後もつながり続けられるように側面的に調整し,母親が関係者や保健師とのつながりが途切れることがないように支援をしていた.

9) 【生きづらさの緩和に向けてかかわる】

保健師は,母親との信頼関係ができてきたと感じたところで,これまでの母親の意向を重視した支援から,「(始めは無理していくけれど)依存されると思う時は断ることもあります」というように,《成長を意図して支援方法を見直す》ことをしていた.また,「ある意味,認知行動療法的なかかわりを意識しています」との語りから,《行動の変化に向けて話し合う》というように,母親の良い行動を強化し,成長につながるかかわりに変化させていた.

表1  信頼関係構築に着目した支援内容
カテゴリー サブカテゴリー
最初の出会いを大切にする 出会いで生じる不安の軽減に努める
つながるきっかけを工夫する
保健師の役割を説明する
歩調を合わせ伴走する 母親の意思を尊重する
母親のペースに合わせる
横並びの姿勢で向き合う
反応をみながら距離感を加減する
理解に合わせた伝え方を選択する
顔を合わせる機会を増やす
タイミングを合わせる
日常生活の役に立つケアを提供する 困りごとを手伝う
育児や家事を一緒にする
母子の心身の健康に気遣う
ニーズに応じた情報を提供する
成長発達を踏まえた育児方法を伝えておく
身近なロールモデルとなる 人間関係のルールを守る
自己開示しながら話をする
自分自身の個性を活かす
生きづらさに寄り添う 母親の話をとことん聴く
暮らしぶりから母親を見立てる
困りごとやニーズを引き出す
生きてきた歴史を理解しようとする
孤独や困難に共感的な態度を示す
母親以外の家族とつながる
見捨てない覚悟を示す とにかくつながっておくことを目指す
価値観を尊重し,多少のことは目をつむる
徹底的につきあう
攻撃は支援を求める声だと理解する
自尊心を高める 母親としてのプライドを尊重する
強みを見出し肯定する
過去の良い体験を再認識させる
変化をとらえ,フィードバックしていく
感情を言語化して代弁する
あなたが大事だと伝える
母子を支えるつながりを広げる 子どもの成長と安全を保障する
丁寧に関係機関につなぐ
母親と他の支援者との関係が進むように配慮する
生きづらさの緩和に向けてかかわる 成長を意図して支援方法を見直す
行動の変化に向けて話し合う

V. 考察

1. 基本的な母親支援の丁寧な積み重ねの重要性

かかわりの難しい母親との信頼関係に着目した支援は,信頼関係が構築されるまでのかかわりと信頼関係の構築後に母親の成長につなげるかかわりが抽出され,先行研究(上野ら,2006)と同様の結果であった.本研究において,親との関係を途切れさせない具体的なかかわりの内容を導き出すことができた.

保健師は,妊娠届出時面接等の母子保健システムを通じて支援が必要な親子を見出し,個別支援につなげる役割をもつ(中原ら,2016).しかし,保健師が支援の必要性を感じても,通常の保健指導だけでは妊娠中からの継続したかかわりが難しくなることが多い.杉山(2007)は,支援希求の低い母親は,保健師から被虐待者であると疑われたと疑念を抱き,積極的または消極的拒否により関係が切れる傾向があることを指摘している.そのため,保健師が支援困難と感じる母親に対する最初の出会いは特に重要である.保健師は【最初の出会いを大切にする】として,地区担当制という活動体制や個別支援と保健事業の両輪で支援ができる強みを生かし,出会い方や接し方を慎重に吟味しながら支援の出発点を重視している(中板,2016).特にかかわりが難しいと察知した親に対して,最初の出会いを次の関係のつながりの礎として大切にしており,その出会いから【歩調を合わせ伴走する】【日常生活の役に立つケアを提供する】【身近なロールモデルとなる】といった,受容的な姿勢で出産,育児のための直接的ケアや知識の提供等,保健師の基本的な支援を個別性やかかわりの難しい点に合わせて丁寧に実践することで,母親の対象理解と関係づくりを行っていた.そのかかわりを通じて母子の身体状況や暮らしぶりを観察し,母親のもつ生活上の生きづらさやその背景にある辛い育ちと苦悩の理解に努めていた.このように母親を支え,一緒にケアを行い,母親の役に立つ存在になり,母親が生活をしやすくなるような支援(上野ら,2006)は,保健師が日常的に行っている通常の支援をベースにしながら,傷つきやすい家族に対する,信頼関係構築まで用心深い努力を惜しまず積み重ねる丁寧な実践(Zerwekh, 1999)の継続であると考えられる.萱間(1999)が精神疾患患者への保健師の特徴的な看護技術として,支援初期の医療とのかかわりが薄く対人恐怖が強いケースに,緊張緩和的かつ保護的にケアを提供すると述べていることと同様である.母親を尊重し,基本的な対人支援術の丁寧な積み重ねが,信用となり信頼につながる(圓増,2008)と考えられる.これは,鷲山(2016)が述べている,母親のもつ背景ゆえに援助関係形成に関与しつつ,観察を行い,信頼に値すると親たちが実感できる支援関係を親たちに提供する,という支援に他ならない.また,伊勢田ら(2012)が示している,未治療・治療中断の統合失調症者の支援において,患者・家族の抱える苦悩の理解とその解決を共に目指す真摯な姿勢を堅持し,ある程度の関係ができた後に,具体的な支援を行う,という支援とも共通するものと考える.このように,本研究から導き出された関係構築の支援は,精神保健活動を基盤とする基本的な母親支援を丁寧に積み重ねる保健師活動であると考えられる.

2. 保健師自身を活用した支援

保健師は,かかわりの当初から【歩調を合わせ伴走する】《横並びの姿勢で向き合う》というように,自尊心の低い傾向のある母親に対して,母親の目線に合わせる姿勢がみられている.さらに,母親が具体的支援を提供する際に【身近なロールモデルとなる】として,母親に保健師の模範的な行動を示し伝えるばかりでなく,《自己開示しながら話をする》として,自身の失敗談等の人生経験や育児経験等を母親に話していた.このように,支援者である保健師自身も失敗をしたり,悩みながら育児や生活をする存在であることを伝えている.これは,Riley(2004)の述べる,保健師にも母親によく似た考えや感情があり,母親を理解したことを示すことや相互関係の心地よさを高めるスキルと共通している.そのことで母親との距離を近づけ,語りづらい生育歴等を引き出す方向にも活用していたと考えられる.さらに,保健師の自己開示によって,母親が抱えている生活や育児が上手くいかない負の感情や葛藤等の自身の感情を,他者に表現してもよいことを母親に知らせることにつながっていると考えられる.

一方,母親と関係進展を目指す行動ばかりでなく,《反応をみながら距離感を加減する》,《タイミングをあわせる》といった,反応を見ながら距離感を調整・維持し,支援を継続しようとする行動も見られた.原田ら(2009)は,精神障害者への支援として,保健師は些細な変化,特に非言語的な情報を相互作用の中で査定し支援している,と述べており,保健師の家庭訪問等では,母親に対する真摯な思いを表現し,自らの知識,技術,保健師自身の人生経験や支援経験を活用して行うことが必要である.

3. 信頼関係づくりの基盤として生きづらさの理解と覚悟を示すことの意義

保健師は母親との関係の深まりに応じて,母親から《母親の話をとことん聴く》ことや母親と一緒にケアを行うことにより,《暮らしぶりから母親を見立てる》ことや,《生きてきた歴史を理解しようとする》として,母の生育歴を聞き,その大変さに共感的姿勢を示しながら【生きづらさに寄り添う】かかわりを行っていた.Ernestine(1963)は,看護において個人の援助を求めるニードを見極めることの重要性を述べている.保健師が母親と生活の場で話をし,ケアを提供しながら得た母親のこれまでの生き様と,保健師が持っている知識と技術をもとに現在の母親の状態像を見極め,身体・精神的な理由も含めて母親の育児や生活を困難とする本質を見極めていた.それをもとに彼女たちの 【生きづらさに寄り添う】といった,母親の置かれた状況に対する共感の姿勢によるかかわりが,支援関係づくりの基になると考える.

共感について西村ら(2015)は,他者の内面の推測である認知的側面と他者の感情状態を同様に経験する感情的側面から構成されると述べている.また,小林(2015)は,自分のニーズに気づかず支援希求の低い人への支援には,知識と考察に基づく想像力が必要であると述べている.保健師は,様々な生きづらさがあると予測される生活状況や成育歴等についての知識をもち,母親が生き抜いてきた厳しい生活状況を想像力をもって推測し,母親がそのような行動をとらざるを得なかった状況に心を寄せることで,共感性のある支援を行うことができると考える.この生きづらさへの支援は,虐待を指摘し,育児の改善を求める課題解決志向の支援ではなく,そこに至る背景や要因を探るための母親理解や信頼関係構築の一つの手段であり,原田ら(2009)の述べている人間関係を優先した視点であると考えられた.

そして,この人間関係を優先した支援の重要なかかわり,【生きづらさに寄り添う】に対応するかかわりが【見捨てない覚悟を示す】であると考える.保健師は,母親に対する共感的な姿勢でかかわる一方で,母親の対象理解が進む中で,母親の生きづらさの背景にある自尊心や自己肯定感の低さに関連し,この母親と信頼関係を構築するには,他の母親と同様の支援ではなく,腰を据えてかかわることが必要であると判断している.この支援が,必要な母親との支援関係づくりのために保健師自身が母親にとことんつきあうという覚悟でもある.小林(2016)は,薬物依存や虐待に関連する人達は,過去の経験から派生した信頼障害(人を信じられない病)の可能性を指摘しており,その支援方法として,成長を目標とした行為も含めた欲求に徹底的につきあうことで信頼を学ぶことができ,関係性が大きく進展する可能性が高いことを述べている.見捨てない覚悟を持ち,母親の困難な状況を共に解決しようとする真摯な支援が,実母との愛着形成が困難な生育歴から生じた他者との関係づくりに脆弱性をもつ母親が受容される経験(黒川ら,2017)となり,子ども時代に経験できなかった他者への信頼を獲得することにつながる育てなおしや自尊心に対する支援になると考えられる.

保健師の自尊心を高める支援は,【歩調を合わせ伴走する】の《横並びの姿勢で向き合う》といったサブカテゴリーにもみられており,保健師の一貫した支援姿勢であると考えられる.しかし,母親の対象理解と支援に対する覚悟ができた上での【自尊心を高める】支援や,《あなたが大事だと伝える》といった肯定的なかかわりが,表面的でなく,より効果的に母親に作用すると考えられる.そしてこの支援が,愛着形成に課題のある母親に対して,安全基地として機能する支援となり,安定した母親像の形成につながり,子どもと母親の関係性においても安定したものに変化する可能性がある(武藤ら,2013)と考えられる.そして,保健師との間で信頼関係が揺るぎないものになっていくことで,【母子を支えるつながりを広げる】ことや【生きづらさの緩和に向けてかかわる】という,母親自身の次のステップにつながる支援になると考えられる.

Kempe(1978)は,児童虐待を発見しその発生要因を明らかにするともに,支援者は危機的状態にある親の傍にいて支援を行う重要性を説いている.また,小林(2015)はこの考え方に基づき,支援者は①親の相談者になり親の社会的心理的孤立を解く,②援助関係を軸に生活上のストレスを軽減する,③子どものケアを他の大人が行う,④これらの援助により親の負担が軽減した後に親の育児改善や治療を行う,というプロセスの重要性を述べている.本研究において明らかになった熟練保健師によるかかわりの難しい母親への支援内容は,まさにこのKempe(1978)の述べる支援を,わが国の母子保健サービスの体制に合わせて丁寧に行った実践であると言える.

以上のことから,保健師は,かかわりが難しい母親の支援において,母親のもつ生きづらさに着目し,寄り添いながら支援を行うといったKempe(1972)の理論を活用し,丁寧な実践を積み重ねていた.この支援は自ら支援を求めず,疾病を否認する傾向のある精神疾患を持つ人に対して行ってきた支援(宮本,2006)を,虐待予防の母親支援においても活用していたのではないかと考えられる.虐待予防の実践においては,母子保健に関する知識や技術に留まらず,精神保健福祉に関する知識や技術が基盤として活用できることが示唆された.

4. 研究の限界と今後の課題

本研究は首都圏の一部自治体の保健活動であり,他の地域でそのまま適用することが困難な場合もある.また,過去の事例であるため,思い出しバイアスが生じた可能性もある.さらに導き出された支援内容は,保健師側から解釈したものであり,保健師から支援を受けた母親がどのように支援を受け止めたのかは明らかになっていない.また,虐待予防への支援は,個人の保健師のみが担うものではなく,保健師が支援を継続できる職場の理解や応援体制はもちろんのこと,関係機関ネットワークとの協働が重要であるが,今回は研究の対象としていない.

VI. 結語

本研究では,熟練保健師が虐待予防活動におけるかかわりが難しい母親に対する信頼関係構築に着目した支援内容について明らかにした.その結果,【最初の出会いを大切にする】【歩調を合わせ伴走する】【日常生活の役に立つケアを提供する】【身近なロールモデルとなる】といったかかわりを続けながら,育児を困難にしている本質の部分を見極める【生きづらさに寄り添う】ことを行い,【見捨てない覚悟を示す】という支援に対する覚悟と【自尊心を高める】【母子を支えるつながりを広げる】かかわりを経て,信頼関係が確立したところで 【生きづらさの緩和に向けてかかわる】という母親自身の成長や育児改善につながるかかわりをしていた.この支援では,母親のもつ生きづらさに着目し寄り添いながら支援を行う,Kempe(1978)の理論の丁寧な実践の積み重ねと地域の精神保健福祉に関する支援との共通性が推察された.これらを母子保健活動の場において活用することで,母親との関係構築に対する困難感が減少し,支援関係を基盤とした虐待予防が可能となると考えられる.

謝辞

本研究のインタビュー調査に快くご協力くださいました保健師のみなさまに心から感謝申し上げます.本研究の一部は,2020年第8回日本公衆衛生看護学会学術集会にて発表を行ったものである.また,本研究に開示すべきCOI状態はない.

文献
 
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