日本公衆衛生看護学会誌
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活動報告
離島における5年間の地域診断実習は地域住民や保健師に何をもたらしたか
―地域診断実習を受け入れた住民や保健師の思いと行動および保健活動の変化―
小林 恵子成田 太一齋藤 智子
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2022 年 11 巻 1 号 p. 46-54

詳細
Abstract

目的:離島において,住民や保健師と協働し地域診断実習を実施し,住民および保健師の意識や行動,保健活動の変化を明らかにすることにより,実習への示唆を得ることを目的とした.

活動方法:2012~2016年度までの5年間,地域診断実習を実施し,最終年度の実習終了後に,住民代表者5人,保健師6人を対象にフォーカス・グループ・インタビューを行い,実習を受け入れたことによる思いや行動,保健活動の変化について明らかにした.

活動結果:住民代表者からは【住民の健康意識の高まりと実践】【学生と住民との交流による地域の活性化】等の3つのカテゴリが生成された.保健師からは【実習を契機とした集中的な地区活動の展開】【保健師としての活動の原点への気づき】等の5つのカテゴリが生成された.

考察:離島における5年間の地域診断実習により,住民の健康意識の向上と地域の活性化,保健師の実習を契機とした集中的な地区活動の展開と活動の原点の気づきにつながったと考えられる.

I. はじめに

離島は四方を海で囲まれており,特徴的な自然環境や歴史・文化を有する.小笹(2014)によれば,離島の多くは長期的に続く人口減少,高齢化の急速な進展をはじめ,医療・福祉資源が乏しい地域であり,住民の主体的な保健活動や健康の保持増進が重要とされており,公衆衛生看護活動の担う役割は大きい.離島で看護学実習を行う意義について,中尾ら(2009)は,地域特有の歴史や文化が人々の生活や習慣に影響を与えており,生活の特徴が把握しやすく,コミュニティが比較的小さいため,保健医療福祉の連携や全体像が把握しやすく,高い教育効果が得られるとしている.

A大学では保健師教育課程を必修とする学部教育の一環として,2012年度から2016年度まで,5年間にわたり離島であるB県C市の同一地域(D地区約200世帯の漁村)をフィールドに,住民や保健師と協働し,全戸訪問,地区踏査,住民および保健福祉専門職(以下,関係者)へのインタビューを主な学習内容とした地域診断実習を展開してきた.保健師を中心とする専門職者の指導と協力を得ながら,学生が地域診断をとおして当事者である住民の声を聞きながら,個人や地域の健康課題に関連した生活背景を分析し,その地域の強みを生かしながら解決策について提言をしている.

この実習プログラムを開始するにあたり,実習を受け入れる保健師と検討を重ね,学生の教育効果を図ることと併せて,実習が地域の保健活動の活性化に影響を与えるように意図して実施してきた.

その一方で,5年という長期にわたる同一地域での実習の受け入れは,受け入れる保健師・住民には負担となっているのではないかという懸念もある.白木ら(2012)の保健所,市町村の実習施設の調査によると,9割以上の保健師が「実習に関しては自己の成長につながり意義がある」等,肯定的な評価をする一方で,7割の保健師は実習指導に負担を感じ,3割の保健師は実習生を受け入れたくないと報告されている.また,これまで離島におけるフィールド実習を受け入れた住民に及ぼす影響について,河口ら(2010)の報告はあるが,単年度の実習の報告であり,複数年度にわたり,フィールド実習を受け入れた住民や保健師への影響についての報告はない.

そのため実習を受け入れた住民と保健師の思いと行動,保健活動の変化を具体的に記述することにより,実習や実習における住民や保健師との協働のあり方への示唆が得られるのではないかと考えた.

そこで,離島における同一地域で5年間にわたり地域診断実習を実施したことにより,実習を受け入れた住民と保健師にどのような思いや行動および保健活動の変化をもたらしたかを明らかにすることを目的とした.

II. 活動内容

1. 地域診断実習の概要

A大学では保健師教育課程を必修とし,離島であるC市の漁村D地区をフィールドにした地域診断実習(2単位)を4年次に90人の学生を対象に実施している.

なお,本報告における地域診断とは,西嶋(2007)の論文を参考に「一定地域を対象とし,情報の収集・分析,健康課題の抽出,計画策定を含む過程」とした.

A大学の地域診断実習では地域診断の手法を用いながら,家庭訪問により把握した個人の生活や健康と地域全体の健康課題とを関連付けて分析し,健康課題の関連要因を整理し,地域の強みを活かした健康対策を提案している.具体的には,既存資料と実習指導を担当する保健師のオリエンテーションの内容から,地域特性の把握と健康課題の分析について事前学習を行った後,現地に直接出向き,地区踏査による人々の暮らしの様子や生活環境,地域の強みの把握,全戸訪問,住民と関係者へのインタビューを行っている.収集したデータの分析から,地域の資源や強みを生かした対策を検討し,再び現地に出向き,継続訪問を実施するとともに,住民と関係者を対象に「地域の健康課題とその対策」について報告会を実施している.

2. 大学教員と住民や保健師との協働

D地区で実習を開始するにあたり,大学教員と保健所およびC市の保健師でお互いが実現したい実習の姿とそれを具体にする方法について,忌憚のない意見交換をし,実習を受け入れることにより,住民や保健師にとってもよい影響がもたらされるように工夫した.全戸訪問を取り入れ,住民の健康や生活を把握し記録に残し,保健師の活動に役立ててもらうことや保健師が日ごろ気になりながらもなかなか取り組むことが難しい健康や生活の実態調査を大学と共同で実施することを計画した.

なお,大学と共同で行った調査は「壮年期男性の健康と生活に関する実態調査(2012年度)」,「食事づくり担当者の食生活調査(2012年度)」,「生活と健康,ソーシャルキャピタルに関する実態調査(2013年度)」,「健康寿命とソーシャルキャピタルに関するインタビュー調査(2014年度)」である.保健師は調査結果を地区活動に活用し,大学では学生が行う地域診断のための既存資料としている.

地域住民の実習への参加,協力の依頼については,事前に地区担当保健師から総代や地区の役員に実習の受け入れを相談し,健康推進員が全世帯に協力依頼の文書を配布した.学生のフィールドワークの日には地区の役員が有線放送で住民に報告会参加を呼びかけ,住民同士を誘い合うという積極的な協力が得られた.地域住民の学生の受け入れは良く,家庭訪問やインタビューへの協力,報告会への参加や海産物の加工体験についても協力があった.

実習への大学教員,保健師,住民,関係者の関わりの詳細は表1に示したとおりである.

表1  地域診断実習の概要と教員・保健師・住民・関係者の実習への関わり
実習内容   実習への関わり
プロセス 内容 教員 保健師 地域住民 関係者(保健福祉専門職)
情報収集 既存資料からの情報収集・分析
・コミュニティ・アズ・パートナーモデルを用い,既存資料から情報収集   地域診断に必要な情報を検討し,情報提供について実習指導者と相談
・学生の事前学習における指導
・教員と相談し,二次利用できる情報の整理と資料の提供
・C市の健康実態や保健活動に関するオリエンテーションの実施
・資料提供への協力
地区踏査
・地区踏査
・フォトボイスの手法を用い,地域住民が「健康で暮らすための地域の強み」を把握
  ・事前に地区踏査の方法,視点を確認
・地区踏査に同行
・現地で地区踏査の方法,視点を助言 ・地区踏査実施時に把握すべき場所やポイントを住民の視点から学生に助言
・学生の声掛けに応じ,自身や近隣の方の生活の様子や地域で暮らす中で感じている地域の良さや課題について語る
地域住民・関係者へのインタビュー
・関係者へのインタビュー
・住民代表者へのインタビュー
  ・学生のインタビューの方法・内容の確認と指導
・学生が検討したインタビュー内容に合わせ,協力者の選定を実習指導者と相談
・インタビュー内容に応じた関係者(保健師,栄養士,地域包括支援センター等)の参加調整
・住民代表者(民生委員,健康推進員)への依頼
・関係者(保健師)としてインタビューに協力
・民生委員,健康推進員がインタビューに協力
・自身の健康や生活の様子,地区組織活動の中で把握している地域の生活の実態や活動の内容,思いについて語る
・栄養士,地域包括支援センター保健師,社会福祉協議会職員が学生のインタビューに協力
・学生のインタビューに応じ,専門職として捉えている地域住民の健康や生活実態,感じている課題,実際の活動内容等について説明
家庭訪問(初回)
・健康や生活に関する聞き取りおよび支援ニーズの把握
・家庭訪問記録の作成
・継続支援が必要な世帯の保健師への報告・引継ぎ
  ・家庭訪問の方法,訪問時の健康や生活に関する聞き取り方法・内容の指導
・必要に応じて家庭訪問に同行
・家庭訪問結果の確認
・訪問の留意点,配慮すべき世帯,継続支援の必要性の観察について指導
・必要に応じて家庭訪問に同行
・学生の家庭訪問の報告・記録から継続支援ニーズの把握
・家庭訪問の受け入れ
・自分の健康や生活に関する学生の聞き取りへの協力
・地域包括支援センター保健師,社会福祉協議会職員,地域おこし協力隊員が必要に応じて訪問に同行
地域で行われている保健事業等への参加
・地域の茶の間
・住民自主グループ活動
  ・事業の目的,概要の説明と学生の積極的な参加への働きかけ 事業日程の調整,関係者への依頼,説明,住民と学生をつなぐ働きかけ ・学生の参加の受け入れ
・活動の実際や活動に参加しての思いについて語る
・活動に関わっている栄養士が保健師とともに参加
課題の明確化と地域看護活動計画の立案 収集した情報から健康課題と関連要因の整理
・既存資料および地域診断実習で収集した情報の整理
・情報の関連性を検討し,健康課題を分析
・健康課題とその関連要因を図式化し,健康課題を明確化
  ・学生が情報収集した内容の確認,グループワークでの指導
・学生が検討した健康課題,関連図に対する指導・助言
地域の強みを生かした対策の検討
・フォトボイスにより,「地域の強み」を記述
・健康課題の解決に向け,「地域の強み」を生かした対策を検討
・健康課題とその対策を地域住民にわかりやすく資料化(リーフレット,模造紙の作成)
  ・学生が検討した対策に対する指導・助言
・家庭訪問,実習報告会に向けた資料作成,プレゼンテーション内容の指導
実習の報告・まとめ 家庭訪問(継続)
・健康課題とその対策に関するリーフレットを戸別に配布,説明
・初回訪問に把握した支援ニーズに対する対応
  ・初回訪問時に把握した支援ニーズへの対応の指導
・必要に応じて家庭訪問に同行
・初回訪問時に把握した支援ニーズへの対応の指導
・必要に応じて家庭訪問に同行
・継続支援の必要な世帯へのフォローアップ
・家庭訪問の受け入れ
・学生が渡したリーフレットや説明内容に対して質問や感想を述べる
・継続支援の必要な家庭へのフォローアップ
D地区での実習報告会
・地域の強み,健康課題とその関連要因,対策について,模造紙とリーフレットを用いて発表,意見交換   ・実習報告会の全体運営
・参加者への意見や感想の促し
・実習報告会への参加
・住民や関係者に実習報告会への参加を呼びかける
・学生の発表内容に質問,意見や感想を述べる
・有線放送や声掛けで近隣の住民に実習報告会参加を呼びかける
・実習報告会への参加
・学生の発表内容に質問,意見や感想を述べる
・実習報告会資料を回覧板で配布し,全世帯に周知
・実習報告会への参加
・学生の発表内容に質問,意見や感想を述べる

5年間の経過において,実習を開始した当初に大学と保健師で共有した思いを尊重しながら,毎年,2~3回程度の打ち合わせ会議を行った.実習開始前には実習担当教員全員と実習指導者で詳細な打ち合わせを行い,D地区の実態,実習の目標と方法を共有した.フィールドワーク実行中は,実習指導者と実習担当教員がその場で実習状況や改善点を共有し,対応可能な修正はその場で行い,一連の実習終了後に成果と改善点を検討した.

III. 方法

実習の影響評価として,フォーカス・グループ・インタビュー(以下,FGI)を用いて,実習を受け入れた住民代表者および保健師の意識や行動,保健活動の変化を調査した.FGIを用いた理由は,グループダイナミクス理論を背景に,参加者の相互作用から潜在的な思いや経験を引き出すことに適しており,実習による思いや行動,保健活動の変化について具体的な内容を引き出すという,本活動報告の目的に適していると考えたからである.

1. インタビュー参加者

1)住民代表者:本実習に協力した地区の代表者5人.

2)保健師:実習指導者であるB県保健所保健師1人,C市保健師5人の計6人.

2. 方法

D地区での5年目の実習を終了した2016年11月,対象別にFGIを各1回90分実施した.インタビュー内容は下記の項目とした.

①実習を受け入れたときの職務や役割

②実習を受け入れてよかったこと,実習を受け入れたことによる地域や保健活動の変化

3. 分析方法

インタビューの内容はインタビュー参加者の了解を得て,ICレコーダーに録音し,逐語録を作成した.逐語録の内容を精読し,「実習を受け入れたことによる思いと行動,保健活動の変化」の内容を抽出し,コード,サブカテゴリ,カテゴリを生成した.

4. 倫理的配慮

インタビューへの参加に関して,参加・拒否・参加撤回の自由があること,個人や所属のプライバシー保護,データの厳密な管理の保証について,文書および口頭で説明し,文書で同意を得た.なお,本調査は新潟大学医学部倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号:2650,承認年月日:2016年10月17日).

IV. 活動結果

1. インタビュー参加者の概要

住民代表者5人の概要を表2,実習指導者である保健師(以下,保健師)6人の概要を表3に示した.

表2  D地区住民代表者の概要
ID 1 2 3 4 5
役職・立場 元総代 元総代 健康推進員 健康推進員 健康推進員
年代 60歳代 70歳代 60歳代 60歳代 60歳代
実習への主な関わり ・実習受け入れの調整
・地域への実習周知
・実習報告会への参加
・学生からのインタビューへの協力
・家庭訪問への協力
・実習報告会への参加
表3  実習指導者としての保健師の概要
ID 1 2 3 4 5 6
年代 50歳代 50歳代 30歳代 50歳代 50歳代 40歳代
所属 C市E支所 C市E支所 C市E支所 C市役所 C市役所 B県保健所
実習担当期間 2年 5年 4年 4年 1年 1年
実習指導における主たる役割 支所における実習の統括 D地区担当保健師として実習指導を担当 D地区担当保健師として実習指導を担当 全体の調整及び一部の実習プログラムを担当 全体の調整及び一部の実習プログラムを担当 全体の調整及び一部の実習プログラムを担当

住民代表者は元総代という地区のまとめ役の経験者と健康推進員であり,実習受け入れの調整,学生の家庭訪問やインタビューへの協力,実習報告会への参加を行っていた.実習指導者である保健師の年代は30歳~50歳代,所属はB県保健所1人,C市(本庁)2人,C市E支所3人であり,実習の調整,または指導を担当していた.

2. 実習を受け入れた住民代表者および保健師の思いと行動,保健活動の変化

実習を受け入れた住民代表者および保健師の思いと行動,保健活動の変化について,表4,表5に示した.以下,カテゴリ,サブカテゴリ,カテゴリの代表的な語りを記す.なお,カテゴリは【 】,サブカテゴリは《 》,語りは斜字,語りの言葉の補足を( )で示した.

表4  D地区の住民代表者が語った実習による思いと行動の変化
カテゴリ(3) サブカテゴリ(7) コード(26)
住民の健康意識の高まりと実践 学生からの健康情報の入手 訪問時に学生から健康診断の結果を見てもらうことができた
学生から減塩などの健康に関するアドバイスをもらえた
自分や周囲の健康意識の高まり 減塩について意識するようになった
生活の中で,塩分に気を付けようという意識が出てきた
学生が報告した内容が話題になるなど,住民の中で健康に関する意識の高まりがみられた
健康推進員として意識をもって活動していかなければならないと感じることができた
住民の保健行動の実践 当初は関心が低かったが,3年目位から意識が高まり,実習報告会にも出るようになった
健康に対する意識が地域の人に根付き,学生が提言する減塩やウォーキングをする人が増えた
地域の強みを生かした健康対策への関心と納得 地域の強みや提案される健康対策への納得 学生が地域の健康課題について調べて,住民に投げかけてくれて勉強になった
塩分摂取量など地域の健康上の課題が明確になった
住民が気付かない地域の良さを学生が発見してくれた
学生が健康標語の作成など新たな取り組みを提案してくれた
学生が作成した保健教材への関心の高まり 学生が作成したリーフレットに関心を持ち参考にした
学生が作成した報告資料を,実習終了後に健康診断の待合室に掲示したところ,住民が新鮮な目で見ていた
学生の報告資料はイラストやグラフがあり内容が分かりやすく,行政の調査とは違う良さがあった
学生と住民との交流による地域の活性化 学生の誠実な姿勢によせる住民の信頼 いつも学生が来ると,道で声をかけてくれるのが嬉しかった
学生が集落を笑顔で歩き住民に気さくに声を掛ける姿が新鮮だった
地域の誰にでも声をかけてくれるのがよかった
学生が,住民の目の高さに合わせて中腰になって受け答えしてくれたのが印象的だった
学生の挨拶など地域住民と関わる姿勢がとても良かった
留守の時も,必ず訪問を知らせる置き手紙があるのがよかった
学生が孤独感をもつ高齢女性の話し相手になってくれた
学生が統一感のある服装をしていたのがよかった
学生による地域の活性化 若い学生が集落内を歩き,地域に活気が感じられた
実習をどんどん受け入れていった方が,地域に活気が出ると思った
普段大学生と接することがあまりないので,実習で多くの学生と交流できてよかった

( )はカテゴリ,サブカテゴリ,コードの数

表5  保健師が語った実習による思いと保健活動の変化
カテゴリ(5) サブカテゴリ(12) コード(38)
実習を契機とした集中的な地区活動の展開 全戸訪問や実態調査からのデータの蓄積による住民の生活実態の明確化 異動したばかりで地域のことが全然わからなかったので,実習で逆に教えてもらうことが多かった
地区担当としてまだよく地区が分からなかったが,学生が全戸訪問し丁寧に記録に残したことで,住民一人ひとりの状況がよく分かるようになった
地域に関するデータが毎年蓄積されていった
実習開始から5年経過し,データも蓄積し,学生の分析も深まった
実習を契機とした地域への集中的な介入によるつながり 実習を受け入れたことで,地域や住民とのつながりが増えた
限定された期間であっても地域に集中的に出向くことで,地域住民との繋がりができた
実習があるからこそ,学生の力を借りながら,がっぷり四つで(正面から取り組み)地域と繋がることができた
住民の暮らしにそった具体策の提案と実現 学生の新鮮な視点による地域の強みや課題への気づき フォトボイスで,自分たちでは気づかない地域の強みを学生が気づかせてくれた
自分たちが当たり前だと思うことを学生からのストレートな質問で健康対策の課題に気づくことができた
地区踏査や深いインタビューによる具体策への関心 学生が地域を歩き,地域に合った現実的で具体的な対策を提案をしてくれた
学生が地域に出て,5年間のデータを読み取り,深いインタビューをして,事業計画を提案してくれた
行政の立場では予算面から実施しにくい対策を住民の力で解決する方法を提案してくれた
学生の素直な提案に寄せる住民の関心と信頼 学生が地域を歩いて聞いた声や感じたことを報告すると地域住民も学生の言うことは取り入れようとしていた
学生が住民の話したことをありのまま受け止めたことで,学生の報告,提案が住民にも伝わった
学生の実習報告会に多くの住民が関心を持って参加した
学生の提案した具体策の実現 学生の提案を契機に関係者と一緒に健康標語を募集し,その標語が地域おこし協力隊の広報誌に2回掲載された
学生の提案を受け,住民の代表者が話し合い,健診を受けやすいよう,市役所ではなく自分達の力で送迎用マイクロバスを用意した
住民グループの活性化と関係機関との協働の促進 自主グループメンバーの自覚や肯定感の高まり 住民自主グループのインタビューで,当事者がより活動目的や方向性が定まり,自覚が高まった
住民自主グループのメンバーが学生からインタビューされることでいきいきと答えていて,活動の肯定感が得られていた
住民グループや関係機関との連携や協働の促進 保健師も実習を契機に,自主グループメンバーの活動内容を深く知ることができた
実習指導に社会福祉協議会や包括も入ってくれ,他の地区で一緒に地域診断を行ったり,サポーター養成事業に取り組むようになった
保健師としての活動の原点への気づき 活動への深い学びによる実習の意義の実感 学生に市が保健活動で大切にしている部分を理解してもらえた
学生の時にこのような実習ができることは恵まれている
保健師活動の振り返りと保健師としての原点への気づき 実習では日頃の活動では振り返れないことを改めて考えることができた
実習によって,忘れていたあるべき活動を思い起こさせてくれた
学生実習によって,自分たちの地区活動を振り返る機会になった
実習を直接担当していなくても学生実習からの学びは多かった
学生の理解したものを見て,自分のオリエンテーションや説明内容を振り返ることができた
学生実習は保健師の活動の原点に気づかせてくれる
大学との協働による充実した学びの実感 エビデンスに基づく地域の実態の把握方法や視点の学び フォトボイスなど地域をみる新たな方法を学ぶことができた
大学と共同で調査研究をしたことで,忙しい日々の中でできていなかった,エビデンスやPDCAで考える視点を学べた
当初質問紙調査項目に葛藤があったが,結果として明確にまとまることで,住民の実態がよく理解できた
地域の強みをアセスメントする視点は市の健康づくり事業に活用できる
教員との協働による充実した指導体制の実感 実習が開始して5年目くらいになると,実習が順調に進み,あまり調整に苦労しなくてよくなった
実習をスタッフ全体で担当し,協力体制を整えることができた
教員と実習の企画から反省までを行うなかで,学生と関わる際の視点が見えてきた
PDCAで実習を評価して改善していくことで実習がよくなった
実習担当保健師が気になることを教員に伝え,お互いに改善し,一緒に作り上げていくことができた

( )はカテゴリ,サブカテゴリ,コードの数

1) 住民代表者の思いと行動の変化(表4

住民代表者の思いと行動の変化として,【住民の健康意識の高まりと実践】【地域の強みを生かした健康対策への関心と納得】【学生と住民との交流による地域の活性化】という3つのカテゴリが生成され,そのカテゴリは7のサブカテゴリ,26のコードで構成された.

(1) 住民の健康意識の高まりと実践

住民の代表者らからは,《学生からの健康情報の入手》により,《自分や周囲の健康意識の高まり》を実感し,《住民の保健行動の実践》という行動変容が起こっていることが語られていた.これは【住民の健康意識の高まりと実践】というカテゴリで説明された.

確かに,(学生の報告会での働きかけにより)根付いてきてるんじゃないですかね,減塩とか,自分の健康っていうものに意識を持って,それぞれがそれぞれなりに,一歩でも半歩でもこう,うん,意識を持ってきたのが一番じゃないかなと思います.最近もう,年々ウオーキングする人達が増えてます.

(2) 地域の強みを生かした健康対策への関心と納得

住民代表者らは学生が報告した《地域の強みや提案される健康対策への納得》をし,《学生が作成した保健教材への関心の高まり》がみられたことを語っていた.このことは【地域の強みを生かした健康対策への関心と納得】というカテゴリで説明された.

(地域の強みとして)坂の多い部落だから,そういうとこ歩けば,(自然に)足腰も丈夫になるんじゃないか,ね,そういうことも,いつもしてるんだけど,わざわざ(運動)しなくったって,ある程度の年寄りは,それ(集落を歩くこと)でいいんじゃないかなっていうことも,感じました.もう,たくさん勉強させていただきました.

(3) 学生と住民との交流による地域の活性化

住民代表者らは,《学生の誠実な姿勢によせる住民の信頼》が深まっていることを実感し,《学生による地域の活性化》が起こっていることを語っていた.このことは【学生と住民との交流による地域の活性化】というカテゴリで説明された.

学生さん達の挨拶とか,地域の人達との関わりっていうのが,すごくね,こう見てて,良かったなと思います.この,お留守の何とかカード(不在時の置き手紙)はいいですしね.続けられると,本当にいいなと思いました.(略)本当に「あ~この集落,活気が出てきたな」っていう感じで,若い子さん達が,あっちでもこっちでも歩いてたから,良かったなと思いました.

2) 保健師の思いと保健活動の変化(表5

保健師の思いと保健活動の変化として,【実習を契機とした集中的な地区活動の展開】【住民の暮らしにそった具体策の提案と実現】【住民グループの活性化と関係機関との協働の促進】,【保健師としての活動の原点への気づき】【大学との協働による充実した学びの実感】の5つのカテゴリが生成され,12のサブカテゴリ,38のコードで構成された.

(1) 実習を契機とした集中的な地区活動の展開

保健師らは《全戸訪問や実態調査からのデータの蓄積による住民の生活実態の明確化》がされたことや,《実習を契機とした地域への集中的な介入によるつながり》が形成されたことを語っていた.これは【実習を契機とした集中的な地区活動の展開】というカテゴリで説明された.

異動したばかりで,(略)自分自身も,あまり地区のことが分からなかったけど,学生さんが全戸訪問とかしてくれて,すごく丁寧に記録とか書いてくれて,(略)毎年それをやってくれているので,住民のことが,本当に細かく分かって….自分も,嫌でも地区の人の所へ行って,お願いしたりとかして,そういう意味で,地域とか住民の人達との繋がりが少しずつ増えていったかなって.

(2) 住民の暮らしにそった具体策の提案と実現

保健師らは《学生の新鮮な視点による地域の強みや課題への気づき》があり,《地区踏査や深いインタビューによる具体策への関心》をもったことを語っていた.さらに,《学生の素直な提案に寄せる住民の関心と信頼》を実感し,《学生の提案した具体策の実現》に向けて行動し,実現したことを語っていた.これは【住民の暮らしにそった具体策の提案と実現】というカテゴリで説明された.

D地区の暮らしをちゃんと見て,(略)D地区に落とし込んでの話で,それでの方言での標語,「健康標語も作ってみたらいいと思います」とか….学生さん達が出してくれた提案に,(健康推進員達が)喰いついてくれてさ,住民さんも「じゃあ標語作ってみようよ」って言って,(保育所や小学校と協力して)作ったんだよ.それが地域おこし協力隊の新聞に載せて,何と2回も載った.

(3) 住民グループの活性化と関係機関との協働の促進

保健師らは,学生の参加により,《自主グループメンバーの自覚や肯定感の高まり》を実感し,《住民グループや関係機関との連携や協働の促進》が起こったことを語っていた.これは【住民グループの活性化と関係機関との協働の促進】というカテゴリで説明された.

社会福祉協議会や地域包括支援センター(以下,包括)が(学生と)一緒に家庭訪問や地区踏査に行ってくれ,(略)「地区診断を一緒にやってみよう」というので,(略)包括を巻き込んだのが,すごい良かったと思います.

(4) 保健師としての活動の原点への気づき

保健師らは,《活動への深い学びによる実習の意義の実感》をするとともに,《保健師活動の振り返りと保健師としての原点への気づき》があったことを語っていた.これは【保健師としての活動の原点への気づき】というカテゴリで説明された.

実習に参加をさせていただいて,保健師の原点というか,どういうところを大事にして,きめ細やかに地域に入って色んなところを見るっていうところ,やっぱり忘れがちだけど,やっぱりそこって大事なんだよなっていうのを教えていただいた….

(5) 大学との協働による充実した学びの実感

保健師らは,《エビデンスに基づく地域の実態の把握方法や視点の学び》があり,《教員との協働による充実した指導体制の実感》をしていたことが語られた.これは【大学との協働による充実した学びの実感】というカテゴリで説明された.

自分が,ここが気になるっていうことを(大学の)先生達にお伝えして,そこでまた先生達で,こう良いようにこう返してくださるので,何だろう,こう決められたことをやるだけじゃなくて,作っていくっていう様に感じていて,(中略)一緒にできて良かったなっていうか,良い方達に恵まれて,こういう仕事ができて良かったなって思いました.

V. 考察

5年間継続して離島の同一地域における地域診断実習を受け入れたことによる影響評価として,住民および保健師の思いや行動,保健活動の変化について考察する.

1. 住民の健康意識の向上と地域の活性化

本実習における全戸訪問をとおして,学生は訪問先の住民から健康課題に関する情報の把握を行っていた.住民は学生に自身の健康や生活について語る中で,自身も日ごろの生活や自分の健康についての意識を振り返り健康に関心を向けるきっかけにつながったのではないかと考えられる.また,このことは離島で保健医療資源が少ないというC市の特性も影響していると推察される.保健医療資源の少なさや公共交通の不便さから,保健医療サービスに気軽にアクセスしにくい環境の中で学生から提供される健康情報やリーフレットは,地域住民にとって健康に関心を向ける貴重な機会となり,【住民の健康意識の高まりと実践】につながったのではないかと考えられる.

さらに,本実習では地区踏査をとおして,学生の視点から「健康に関連した地域の強み」を把握し,強みを生かした健康対策を提言している.地域の強みについて岡本ら(2019)は,負の状態に着眼した活動は,正の状態への変化を抑制する可能性があることや,正の状態を理解し,活かす視点を持つことが重要としている.本実習においても住民は,学生による地域の強みを活かした対策の提言を前向きに受け止め,【地域の強みを生かした健康対策への関心と納得】につながっていったと考えられる.

【学生と住民との交流による地域の活性化】については,離島であるというC市の特性が影響していると考えられる.C市は進学や就職を機とした若年層の人口の流出が大きく,かつ,離島という特性から島外への移動が気軽にできにくく,広域的な交流が限定されがちな地域である.離島における実習の住民への影響について,河口ら(2010)は,実習で学生が来島することにより,島が活気づくということを報告している.本実習においても,実習を契機に毎年,多くの学生が集落を歩き,家庭訪問や道で出会う住民への挨拶やインタビューをとおして,学生と住民との交流が深まり,地域は活気づいていったと考えられる.

2. 実習を契機とした集中的な地区活動の展開と活動の原点への気づき

保健師からは,実習による保健活動の変化として【実習を契機とした集中的な地区活動の展開】と【住民グループの活性化と関係機関との協働の促進】についてあげられていた.学生実習をきっかけに,住民の自主グループの代表者や関係者が集い,保健師と情報や意見を交換することにより,協働が促進され,住民と関係者が協力して学生の提言した健康対策を実現させていった.これらの実習をとおして,保健師は保健活動の変化を実感するとともに,学生をとおして自分の日ごろの活動を振り返る機会となり,【保健師としての活動の原点への気づき】や大学と共同で行った調査や実習をPDCAサイクルで展開する活動方法から【大学との協働による充実した学びの実感】という思いを抱いていたと考えられる.

佐久川ら(2009)によれば,離島における看護職は研修の機会が乏しく,新たな知識・技術等の獲得や自己の看護実践を評価する機会が確保できにくい環境にあるという.そのため,離島における実習施設の看護職者のニーズは,実践を見直し,理論と実践を統合するための学ぶ機会を確保し,継続して学ぶことであるとしている.本実習においても保健師は,実習をとおして日ごろの活動を振り返り,地域を拠点に人々の暮らしを把握し,住民と協働するという,保健師としての活動の原点を再認識するとともに,新たな活動方法についての学びを実感していたと考えられる.

3. 今後の実習への示唆

今回,5年間継続して実習を受け入れた住民に健康意識の向上や保健行動の変容が見られた.単年のフィールド実習の住民への影響を報告している高林ら(2019)によれば,単年の実習であっても住民の意識に変化を与えるものの,行動変容が難しいとしている.今回,同一地域で5年間にわたり実習を継続することにより,地域住民との信頼関係も構築され,住民の健康意識の向上と保健行動の実践に繋がっていったと考えられる.そのため,今後も同一地域で数年間継続した実習が実施できるよう,実習施設と実習による影響評価を実施しながら調整していくことが必要であると考えられる.

特に保健医療サービスが限定される離島においては,学生が地域を活性化させながら,健康情報の提供といった保健サービスの一端を担える可能性が示唆された.実習プログラムのなかで,学生の学びを保証しながらも,学生自身が保健サービス提供者という役割を担っているという自覚を促す必要があると考える.そして,その役割が果たせるように,家庭訪問や保健指導の技術の獲得に向けた事前学習をさらに充実させていく必要がある.

また,実習における地域診断プログラムの展開の仕方について,今松ら(2013)は地域・自治体と大学が協働してプログラムを実施することにより,それぞれの機関の問題解決能力が高まるとともに,プログラム全体の質の向上にもつながると報告している.実習プログラムの展開においては,住民や保健師と協働しながら,地域診断の質を高め,地域の課題解決に向けて学生や大学のもつ力を活用してもらえるようにしていくことが重要であると考える.

4. 調査に関する限界と課題

今回,研究参加者からは「実習を受け入れることによる負担や課題」については語られなかった.実習を開始した当初は地域住民から学生のマナーに関する苦言が保健師に届いたことや,地区担当保健師に実習業務の負担がかかっている様子も見受けられた.その都度,保健師と話し合い,学生のマナー向上への指導の強化や,教員と保健師の業務の再分担により改善を図ってきた.このように一つひとつ生じた課題を共有し,丁寧に話し合い,改善してきたことにより,否定的な内容が語られなかったのではないかと考えられる.

その一方で,インタビュー参加者と顔見知りである教員がインタビュアーを担当したため,参加者がネガティブな内容を語ることを遠慮した可能性も否定できない.そのため,インタビュアーによるバイアスが生じないように,実習担当教員以外の者がインタビュアーを担うというようにインタビュー方法を検討していく必要がある.

謝辞

5年間実習を受け入れていただいたD地区の住民の皆様,ならびに関係者の皆様,インタビューに協力してくださった皆様に感謝申し上げます.

本報告の一部は第76回および第77回日本公衆衛生学会総会で発表した.

本報告において開示すべきCOI状態はない.

文献
  •  今松 友紀, 田高 悦子, 有本 梓,他(2013):自治体でのフィールドワークを用いた地域看護診断演習・実習プログラムの開発と評価,横浜看護学雑誌,6(1),29–34.
  •  河口 朝子, 山崎 不二子, 藤丸 知子,他(2010):離島における看護学実習が住民に及ぼす影響 「しまの健康実習」受け入れ関係者への聞き取り,日本ルーラルナーシング学会誌,5,31–43.
  •  中尾 八重子, 山崎 不二子, 松本 幸子(2009):「しまの健康実習」に対する実習指導者の認識と大学の課題,日本ルーラルナーシング学会誌,4,21–34.
  •  西嶋 真理子(2007):地域看護実習における地域看護診断の学習過程,日本地域看護学会誌,9(2),98–105.
  •  岡本 玲子, 小出 恵子, 岩本 里織,他(2019):公衆衛生看護が関わる地域の強みとは 文献の分析による概念化,日本公衆衛生看護学会誌,8(1),12–22.
  • 小笹美子(2014):へき地(僻地)・島嶼保健,岡本玲子,荒木田美香子,麻原きよみ,他編,公衆衛生看護学テキスト3 公衆衛生看護活動I,80–90,医歯薬出版株式会社,東京.
  •  佐久川 政吉, 大湾 明美, 呉地 祥友里(2009):島嶼における大学と実習先との協働による看護職者の看護実践力向上の試み(第1報) 宮古島の実習先のニーズと課題,日本ルーラルナーシング学会誌,4,35–42.
  •  白木 裕子, 浦橋 久美子, 齋藤 澄子,他(2012):地域看護学実習における実習指導の課題 保健師の評価を受けて,茨城キリスト教大学看護学部紀要,4(1),57–65.
  •  高林 知佳子, 平澤 則子, 飯吉 令枝,他(2019):専門職における住民との協働によるパートナーシップ型地域診断実習の認識,新潟県立看護大学紀要,8,9–16.
 
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