目的:本研究は,外国にルーツをもつ高齢者の複数の身体的疾病や障害を有することに関連する要因について明らかにすることを目的とした.
方法:65歳以上の中国帰国者と定住コリアンを対象に,自記式質問紙による集合調査を実施した.目的変数は,複数の身体的疾病や障害を有している状態とした.また,説明変数は,基本属性,社会経済的状況,社会関係等とした.
結果:ロジスティック回帰分析の結果,対象者が複数の疾病や障害を有することには,使用言語(家庭外)が日本語以外の言語のみ(OR=8.09,95%CI [1.73, 37.83]),認知機能低下のリスクがあること(OR=6.27, 95%CI [1.87, 21.09])が関連していた.
考察:複数の身体的疾病や障害を有する外国にルーツをもつ高齢者に対する支援では,言語への配慮に加え認知機能低下のリスクの可能性にも配慮した支援策を講じることが必要となることが示唆された.
Objective: This study aimed to examine the factors associated with multiple physical illnesses and disabilities in older people from a foreign background.
Methods: A group survey, using a self-administered questionnaire, was sent to 100 participants who were divided into two groups based on their foreign roots. The first group consisted of returnees from China, and the second consisted of Koreans residing in Japan. All the participants were over the age of 65 years. The objective variable was defined as having three or more of the physical illnesses and disabilities. The explanatory variables were basic attributes, socioeconomic status, social relations, acculturation, and literacy.
Results: Results of the multivariate logistic regression analysis suggested that older people with multiple diseases and disorders should only use their native language outside the home (OR=8.09, 95% CI [1.73, 37.83]) and that the risk associated with cognitive decline is high (OR=6.27, 95% CI [1.87, 21.09]).
conclusion : Support for older people from foreign backgrounds with multiple physical illnesses and disabilities should include consideration of the potential risk of cognitive decline in addition to consideration of language.
日本では出自や文化的習慣が多様な人々の高齢化が進んでおり,例えば,中国帰国者一世の平均年齢は76.0歳(厚生労働省,2015),65歳以上の在留外国人の約70%を占める韓国・朝鮮籍の人々の高齢化率は24%と報告されている(法務省,2019).中国帰国者と韓国・朝鮮籍および韓国・朝鮮籍から日本に帰化した人々(以下,定住コリアン)については,今後も高齢化の進展が予測される.これらの人々は,一般的な日本人と同等の生活基盤を整備することや社会とのつながりをもつことが困難な環境で生活してきたことが報告されている(佐々木,2014).また,外国にルーツをもつ高齢者の中には,言語による対話の困難さや文化的規範や習慣の違い,移動の困難さから,医療や介護に関わるサービスの利用を躊躇することが報告されている(Aroian et al., 2005;Lee et al., 2018).医療や介護に関わるサービスを十分に利用できない高齢者は,加齢に伴い身体機能の低下や疾病の慢性化・悪化などが生じやすいことが考えられる.
高齢者の身体的特徴として,予備力の低下や恒常性維持機能の低下,症状や兆候がはっきりとしないこと,関節や神経に関わる疼痛,排泄障害,感覚機能の低下があることが報告されている(World Health Organization, 2015).また,高齢者は複数の疾患に罹患していることが多く,65歳以上では半数以上が平均2疾患以上に罹患していることや(Barnett et al., 2012),都内の75歳以上の高齢者(約130万人)のうち,3つ以上の慢性疾患に罹患している人は6割であったこと(Mitsutake et al., 2019)が報告されている.なお,複数の疾患に罹患した状態である多疾患併存の評価と管理については英国のNational Institute for Health and Clinical Excellenceにてガイドラインが設けられており,ガイドラインには身体的,精神的疾患の他,慢性的な痛みや視力低下や難聴などの感覚障害も多疾患併存に含むことが明記されている(Kernick et al., 2017).このように,高齢者は複数の疾病や障害を抱えやすく,健康管理や日常生活の維持が困難になりやすいと考える.
海外の先行研究でも,外国にルーツをもつ人々は,加齢に加え,言語や文化習慣,価値観の違い,社会との関係性や経済的状況などにより,健康的な生活を維持することや,複数の疾病や障害の発生に影響を及ぼしていることが報告されている(Carreon et al., 2011;Diaz et al., 2015).例えば,南米では,一世の日系高齢者は日本で生活する日本人と比較して,言語的な課題が生活への障害となっていること(井ノ上ら,2001)や,英国のパキスタン系高齢者は,日常会話に問題がない場合であっても,高齢者のための制度や社会資源についての知識が乏しいことが報告(Moffatt et al., 2009)されている.また,外国生まれの場合,ホスト国での滞在年数の増加に伴い,複数の疾病や障害を併発するリスクが高まること(Gimeno-Feliu et al., 2017)や,所得レベルの低下が複数の疾病罹患のリスクを高めること(Taylor et al., 2010)が明らかになっている.さらに,社会とのかかわりを持つことが困難な状態にあることと,複数の疾病や障害を有することの関連も報告されている(Barnett et al., 2012).一方,オランダで暮らすトルコ系の高齢者の健康維持には,オランダとトルコいずれの文化にも愛着を持つことが重要であることが報告されている(Cramm et al., 2019).これらのことから,外国にルーツをもつ高齢者の場合,加齢により複数の疾病の罹患や障害の発生のリスクが高いことに加え,包摂されにくい社会構造がある中で,生活基盤の整備や社会とのつながりをもつことが困難な環境下にあることが推察される.しかし,これまでに外国にルーツを有し,社会経済的,文化的に多様な状況にある高齢者が複数の疾病や障害を有することに関連する要因については明らかになっていない.
そこで,本研究では,中国帰国者と定住コリアンを対象として,外国にルーツをもつ高齢者が複数の身体的疾病や障害を有することに関連する要因について明らかにすることを目的とした.
本研究では,1945年当時に中国に居住していたが肉親との別離により,やむなく中国に残ることになった中国残留邦人のうち(厚生労働省,2020),日本と中国が国交を締結した1972年以降に,日本に永住または定住するようになった中国残留邦人とその家族(南,2009)を中国帰国者とした.
2) 定住コリアン本研究では,朝鮮半島を出自とし,戦前または戦後に日本に生活の拠点を移した当事者または,その子孫で,中長期在留者や特別永住者の在留資格を有する,あるいは日本国籍を有する者を定住コリアンとした(法務省,2017;呉ら,2017).
3) 外国にルーツをもつ高齢者本研究では,65歳以上の中国帰国者および定住コリアンを外国にルーツをもつ高齢者とした.
4) 複数の身体的疾病や障害を有している状態本研究では,高齢者の活動に影響を及ぼす疾病や障害のうち(World Health Organization, 2015),先行研究(近藤,2007)を参考として17の身体的疾病や障害のうち3つ以上有している状態(Barnett et al., 2012)を複数の身体的疾病や障害を有している状態とした.
2. 研究デザイン集合調査法による自記式質問紙を用いた記述相関研究とした.
3. 研究対象者研究対象者は,関東圏の65歳以上の中国帰国者と定住コリアンとした.なお,支援を必要とする状況であっても自宅での生活を続けている高齢者を対象とした.中国帰国者は,協力の得られた1団体が主催する集まりに参加する参加者のうち質問票の配布が可能であった50名,定住コリアンは協力の得られた1団体が主催する集まりに参加する参加者のうち質問票の配布が可能であった50名,合計100名とした.対象者数については,ロジスティック回帰分析に投入する説明変数を2~5と見積もり,3つ以上の慢性疾患に罹患している高齢者の割合は2割~6割(Barnett et al., 2012;Mitsutake et al., 2019;Yao et al., 2020)という先行研究を参考に,イベント発生者数を20~50人と想定し,設定した(Peduzzi et al., 1996).
4. データ収集方法協力団体が主催する集まりの参加者に調査票を配布し,添付した封筒に入った回答済みの調査票を回収箱で回収した.調査票は,日本語版,中国語版,ハングル版を作成した.なお,中国語とハングルの調査票は,翻訳を専門とするバイリンガルの研究協力者へ依頼し作成した.また,それぞれの調査票作成後,再度日本語へ翻訳する作業を実施し,その後,日本語と中国語およびハングルで作成された調査票の内容について,複数名のバイリンガルの研究協力者とともに確認作業を行った.データ収集期間は2017年3月~4月とした.
5. 調査項目 1) 目的変数目的変数は,複数の身体的疾病や障害を有している状態とした.
2) 説明変数性別,年齢,世帯状況,最終学歴,子どもの数,エスニック,社会経済的状況,社会関係,リテラシー,日本社会・文化への適応,主観的健康観,病院受診の有無,介護保険サービス利用の有無,精神的健康状態を設定した.社会経済的状況は,就業状況,年金受給の有無,居住形態,主観的経済状況,家族への経済的支援,家族からの経済的支援の6項目とした.社会関係は,地域組織への参加と社会的ネットワークの2項目とした.社会的ネットワークの測定には,日本語版Lubben Social Network Scale短縮版(以下,日本語版LSNS-6)(栗本ら,2011)を用いた.リテラシーは,「役所等からの通知文が届いた際」という状況を設定し,読み書きの困難さについて評価した.また,読み書きが困難な場合の支援先についての項目も設定した.日本社会・文化への適応に関する項目は,使用言語(家庭内,家庭外),滞在年数,エスニックアイデンティティを設定した.また,Mezzich et al.(2009)が開発したCortes, Rogler and Malgady Bicultural Scale(以下,CRM-BS)のホスト国の文化の受け入れに関わる10項目を参考に,日本語の使用(1項目),日本食の嗜好(1項目),日本の伝統的行事に対する認識(1項目),日本の娯楽への認識(1項目),日本人や日本社会との関わりと認識(4項目),日本的価値に対する認識(2項目)に関する10項目を作成した.精神的健康状態は,基本チェックリスト(全25項目)(厚生労働省,2006)のうち,認知症のリスク(3項目)とうつのリスク(5項目)を測定する8項目で測定した.
6. 分析方法高齢者の基本属性,社会経済的状況,日本社会・文化への適応,リテラシー,社会関係,健康状態について,記述統計量を算出した.次に,複数の身体的疾病や障害を有する状態を目的変数としたロジスティック回帰分析を行った.説明変数の選定では,目的変数と統計的に有意差のあった説明変数間の多重共線性を確認後,先行研究を参考として,使用言語(家庭外)と認知機能低下のリスクの2変数を投入した.出身国以外に居住し,母語以外の言語を使用している高齢者は医療サービスにつながることが難しいことが報告されていること(Ngwakongnwi et al., 2012),認知機能の低下は,受診行動や服薬管理に影響を与えること(Yarnall et al., 2017)から,これらの2変数を選定した.なお,性別,年齢,エスニックは調整変数とした.有意水準は5%とした.解析には,SPSS Statistics 26 for Windowsを使用した.
7. 倫理的配慮本研究は,2016年度首都大学東京研究安全倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号16077,2017年3月8日承認).調査は,研究参加者が集まる場の長の許可のもと,実施した.研究対象者への説明は,研究の趣旨と目的,研究参加への自由意思の尊重,匿名性の確保について口頭と文書で行った.調査への同意は,調査用紙の回収をもって,得たこととした.
調査票は100部配布し,回収率は84.0%であった.回答率が質問項目全体の50%に達していない2部は分析から除外し,82部(有効回答率82.0%)を分析対象とした.また,日本語版質問紙への回答者は,中国帰国者は0人,定住コリアンは43人中34名(79.1%)であった.
研究対象者の特徴および現病歴を表1,表2に示す.分析対象82人のうち,中国帰国者は39人(47.6%),定住コリアンは43人(52.4%),男性は22人(26.8%),女性は60人(73.2%)であった.なお,日本語版LSNS-6のCronbach α係数は.75(言語別では,中国語版.79,ハングル版.80)であった.単変量ロジスティック回帰分析の結果,複数の身体的疾病や障害を有していることに統計的に有意な関連を示した項目は,エスニックが中国帰国者(OR=3.01, 95%CI [1.21, 7.54]),使用言語(家庭内)が日本語以外の言語のみ(OR=4.27, 95%CI [1.65, 11.02]),使用言語(家庭外)が日本語以外の言語のみ(OR=5.07, 95%CI [1.87, 13.76]),主観的健康感がよくない(OR=3.96, 95%CI [1.53, 10.30]),認知機能低下のリスクあり(OR=5.21, 95%CI [1.79, 15.15])の5項目であった(表3).多変量ロジスティック回帰分析の結果,高齢者が複数の身体的疾病や障害を有していることには,使用言語(家庭外)(OR=8.09, 95%CI [1.73, 37.83]),認知機能低下のリスクがあること(OR=6.27, 95%CI [1.87, 21.09])が関連していた(表4).
項目 | n | (%) | |
---|---|---|---|
性別 | |||
男性 | 22 | (26.8) | |
女性 | 60 | (73.2) | |
年齢 | |||
65~74歳 | 52 | (63.4) | |
75歳以上 | 29 | (35.4) | |
無回答 | 1 | (1.2) | |
エスニック | |||
中国帰国者 | 39 | (47.6) | |
定住コリアン | 43 | (52.4) | |
最終学歴 | |||
高校未満 | 37 | (45.1) | |
高校以上 | 44 | (53.7) | |
無回答 | 1 | (1.2) | |
世帯状況a(一人暮らし) | 16 | (19.5) | |
居住形態(持ち家) | 33 | (40.2) | |
主観的経済状況(苦しい) | 20 | (24.4) | |
年金受給あり | 47 | (57.3) | |
就業状況(就業中) | 18 | (22.0) | |
家族からの経済的支援あり | 16 | (19.5) | |
家族への経済的支援あり | 9 | (11.0) | |
滞在年数(日本生まれ) | 12 | (14.6) | |
使用言語(家庭内)(韓国語 or 中国語) | 37 | (45.1) | |
使用言語(家庭外)(韓国語 or 中国語) | 27 | (32.9) | |
エスニック アイデンティティ(日本人) | 11 | (13.4) | |
ホスト社会の文化受け入れ得点b(平均・標準偏差) | 17.6 | 5.39 | |
リテラシー(簡単) | 46 | (56.1) | |
LSNS-6得点c(平均・標準偏差) | 15.6 | 5.97 | |
主観的健康感(よくない) | 30 | (36.6) | |
認知機能低下のリスクあり | 45 | (54.9) | |
うつのリスクあり | 24 | (29.3) | |
病院受診あり | 59 | (72.0) | |
介護保険サービス利用あり | 5 | (6.1) |
Note.それぞれの項目に該当する人数と%のみ掲載.a世帯状況:複数回答,bホスト社会の文化受け入れ得点:「0.まったく当てはらまない」~「3.とてもあてはまる」の4段階で回答,10項目の合計得点を算出する(理論的範囲0–30点),c LSNS-6得点:「0.いない」「1.1人」「2.2人」「3.3~4人」「4.5~8人」「5.9人以上」の6段階で回答,合計得点を尺度得点とする(理論的範囲0–30点).日本語版LSNS-6のCronbach α係数は.75(言語別では,中国語版.79,ハングル版.80)
項目 | n | (%) | |
---|---|---|---|
現病歴a | がん | 6 | (7.3) |
心疾患 | 14 | (17.1) | |
脳卒中 | 4 | (4.9) | |
高血圧 | 41 | (50.0) | |
糖尿病 | 9 | (11.0) | |
肥満 | 5 | (6.1) | |
脂質異常症 | 20 | (24.4) | |
骨粗鬆症 | 15 | (18.3) | |
関節痛・神経痛 | 21 | (25.6) | |
骨折 | 8 | (9.8) | |
呼吸器疾患 | 5 | (6.1) | |
胃腸病 | 10 | (12.2) | |
肝臓病 | 3 | (3.7) | |
嚥下障害 | 1 | (1.2) | |
視力障害 | 24 | (29.3) | |
聴力障害 | 10 | (12.2) | |
排泄障害 | 4 | (4.9) | |
罹患疾病数(平均・標準偏差) | 2.6 | 2.28 | |
複数疾病&障害有(≥3) | 33 | (40.2) |
Note.それぞれの項目に該当する人数と%のみ掲載.a現病歴:複数回答
項目 | OR | 95%CI | p |
---|---|---|---|
性別a | 0.94 | [.36, 2.60] | 0.94 |
年齢b | 0.84 | [.33, 2.15] | 0.72 |
エスニックc | 3.01 | [1.21, 7.54] | 0.02 |
最終学歴d | 1.06 | [.43, 2.60] | 0.89 |
世帯状況e | 0.26 | [.07, 1.00] | 0.05 |
居住形態f | 0.65 | [.26, 1.64] | 0.36 |
主観的経済状況g | 0.60 | [.20, 1.78] | 0.36 |
年金受給h | 0.48 | [.19, 1.27] | 0.14 |
現在の就業状況i | 1.08 | [.35, 3.36] | 0.89 |
家族からの経済的支援j | 2.33 | [.68, 8.02] | 0.18 |
家族への経済的支援k | 0.69 | [.16, 2.99] | 0.62 |
出生地(日本生まれ以外)l | 3.18 | [.63, 16.06] | 0.16 |
使用言語(家庭内)o | 4.27 | [1.65, 11.02] | p<0.001 |
使用言語(家庭外)p | 5.07 | [1.87, 13.76] | p<0.001 |
エスニックアイデンティティq | 0.48 | [1.12, 1.95] | 0.30 |
ホスト社会の文化受け入れr | 0.77 | [1.30, 1.95] | 0.58 |
リテラシーs | 1.87 | [1.30, 1.95] | 0.18 |
日本語版LSNS-6得点 | 0.94 | [.87, 1.02] | 0.14 |
主観的健康感(よくない)t | 3.96 | [1.53, 10.30] | 0.01 |
認知機能低下のリスクu | 5.21 | [1.79, 15.15] | p<0.001 |
うつのリスクv | 1.74 | [.65, 4.62] | 0.27 |
病院受診w | 5.06 | [1.04, 24.63] | 0.05 |
介護保険サービス利用x | 0.65 | [.26, 1.64] | 0.36 |
Note.ロジスティック回帰分析(単変量).OR=odds ratio,CI= confidence interval.a性別(女性1,男性0),b年齢(後期高齢者1,前期高齢者0),cエスニック(中国帰国者1,定住コリアン0),d最終学歴(高校未満1,高校以上0),e世帯状況(独居1,同居者あり0),f居住形態(持ち家1,それ以外0),g主観的経済状況(苦しい1,苦しくない0),h年金受給(なし1,あり0),i現在の就業状況(無職1,就業中0),j家族からの経済的支援(なし1,あり0),k家族への経済的支援(なし1,あり0),l出生地(日本1,日本以外0),o使用言語(家庭内)(日本語以外の言語のみ1,日本語or日本語または日本語以外の言語0),p使用言語(家庭外)(日本語以外の言語のみ1,日本語or日本語または日本語以外の言語0),qエスニックアイデンティティ(ルーツベース1,それ以外0),rホスト社会の文化受け入れ(なし1,あり0),sリテラシー(難しい1,簡単0),t主観的健康感(よくない1,よい0),u認知機能低下のリスク(あり1,なし0),vうつのリスク(あり1,なし0),w病院受診(あり1,なし0),x介護保険サービス利用(あり1,なし0)
項目 | OR | 95%CI |
---|---|---|
使用言語(家庭外)a | 8.09 | [1.73, 37.83] |
認知機能低下リスクb | 6.27 | [1.87, 21.09] |
−2 Log Likelihood | 78.53 | |
Χ2 | 20.34 | |
Nagelkerke R2 | .33 |
Note.ロジスティック回帰分析(強制投入法)(多変量).OR=odds ratio,CI=confidence interval.性別(女性1,男性0),年齢(75歳以上1,75歳未満0),エスニック(中国帰国者1,定住コリアン0)を調整変数とした.a使用言語(家庭外)(日本語以外の言語のみ1,日本語or日本語または日本語以外の言語0),b認知機能低下リスク(あり1,なし0)
本研究の対象者は,75歳以上が3割以上であり,単独世帯は全体の2割であった.また,経済状況が苦しいと認識している人は2割で,60歳以上の一般的な日本人高齢者の3割(内閣府,2020)と概ね類似していた.一方,高齢者のいる世帯の9割以上が年金を受給しているのに対し(厚生労働省,2018),本研究対象者は6割と低く,半数の最終学歴が高校未満であった.
2008年より中国帰国者を対象とした支援給付制度が開始され,老齢基礎年金などを満額で受給していても,その世帯収入額が一定の基準に満たない場合には,生活支援給付が支給されることになった(厚生労働省,2020).2015年に実施された調査では,7割の中国帰国者が支援給付を受給していることが報告されている(厚生労働省,2015).また,1981年に「難民の地位に関する条約への加入に伴う出入国管理令とその他関係法律の整備に関する法律(以下,難民条約)」が施行され,1982年には国民年金法から国籍要件が撤廃され外国籍住民も支援対象となった.これらのことから,定住コリアンも国民年金に加入することが可能となった.しかし,その後も,国民年金加入に国籍要件が撤廃されたことの周知が十分でなかったことや,自営業者や零細企業の勤労者が多かったこと(川本,2011)などの理由から加入者が少なく,一地域で生活する定住コリアンのうち7割が無年金であったと報告されている(吉中,2006).これらのことから,本研究対象者の低収入による経済的な不安定さは青年期や成人期から常態化しており,実際の経済状況と主観的な経済状況が一致していないことが推測される.低収入による経済的な不安定さは,高齢者の健康を阻害する要因の一つとなるため(Haseda et al., 2018),看護職は高齢者の経済状況についても十分に把握し,サービスを提案する必要がある.
本研究では,複数の身体的疾病や障害を有することと,家庭外で母語のみ使用すること(日本語以外)と認知機能低下リスクがあることが関連していた.複数の疾病管理には,複数の診療科受診や薬局での薬剤購入など,多様な場面で複数の医療者との意思疎通が必要となり,言語的な障壁の影響は大きい(三田寺,2021).中国帰国者や1世の定住コリアンは,日本語によるコミュニケーションが困難な場合には日本人の医師や医療従事者に自身の健康について相談することが難しく,心理的に受診などを躊躇してしまうことも推察される.さらに,母語以外の言語を使用して生活している高齢者は,特にかかりつけ医を見つけることが難しいことが報告されている(Ngwakongnwi et al., 2012).保健・医療・福祉に携わる専門職は,日本語が母語ではない高齢者の疾病を予防するため,様々な場面で母語による健康情報を容易に入手できる環境を整備することがさらに必要である.
また,認知機能低下リスクがあることについては,身体的な疾病や障害の罹患率が増加するにつれて,精神的な健康障害が増加することが報告(Barnett et al., 2012)されており,本研究も類似した結果であった.認知機能が低下している状態で,複数の疾病を併発している場合は,受診行動や服薬管理に影響を与えること(Yarnall et al., 2017)や,介護保険サービスなどを利用する場合,本人の意思に関わらず,これまでの生活を変化させざるを得なくなり,新たな生活環境への適応に困難が生じることが懸念されている(渡邉ら,2009).さらに,海外の先行研究では,移民は米国生まれと比較して認知症のリスクが高いことや(Franco et al., 2020),バイリンガルの高齢者は,モノリンガルの高齢者よりも軽度認知障害からアルツハイマー型認知症への変換が速いことが報告されている(Berkes et al., 2020).これらのことから,保健・医療・福祉に携わる専門職は,高齢者の社会文化的な背景を理解した上で,本人の病識の確認や困難さなどを把握し,関係機関や多職種と連携して,医療・介護サービスの提供などの支援方法を検討することが必要である.具体的には,中国帰国者や定住コリアンが日本社会とつながりにくい実態があることから(呉ら,2017),これらの人々のコミュニティや支援団体と協働して認知症予防のための支援を強化することが考えられる.また,サービス提供者のアセスメントの視点として,言語や習慣などの社会文化的な項目を設定することも考えられる.
本研究の限界として,自記式質問紙を用いて研究対象者の判断により現病歴に関する回答を求めたこと,また,現病歴は身体面に限定して回答を求めたことがある.また,対象者は関東圏の団体に属している高齢者を設定したため,一般化には限界がある.しかし,日本では,人々の国籍や文化的な背景の多様性を考慮した健康状態に関する研究は少なく,公開されている統計情報や健康情報等のデータベースの項目から該当する対象者を抽出することは困難である.これらのことから,対象数は少ないものの実態の一例として意義があると考える.今後は,外国にルーツをもつ人びとを対象として,健康状態や医療サービス利用に関する研究を蓄積し,実態や課題を可視化することが必要である.
本研究にご協力いただきました皆さま,研究協力者や研究協力先の調整にご尽力いただきました複数の団体の関係者の皆さまに心より感謝申し上げます.
本研究に開示すべきCOI状態はない.