日本公衆衛生看護学会誌
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活動報告
特別な配慮が必要な子どもにおける,食育による行動変化
―心療内科子どもデイケアの取り組みから―
西村 由美子
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2023 年 12 巻 1 号 p. 39-45

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Abstract

目的:心療内科クリニックの子どもデイケアに通う,発達障がいや不登校など特別な配慮を持つ子どもへの食育活動が,食行動にもたらした変化について検討した.

方法:子どもデイケアの食育活動に参加した11名の小学生から高校生までの参加児を対象に,5年2カ月間の参加児の食行動の変化を調査した.調査方法は,振り返りシートへの記載内容,担当者,主治医,看護師,保護者の意見により,総合的に食行動の変化を考察した.

結果:食育活動への参加児の多くに,食への興味関心の向上,偏食や食わず嫌いの減少や,班活動への積極的参加などの行動変化がみられた.

考察:医療チームが食育活動に関わることで,学校現場とは違う安心感の中で食育活動に参加できたことが,食行動の変化に繋がったことが考えられた.

I. はじめに

近年,子どもの食を取り巻く環境が大きく変化している.2016年に改正された食生活指針について,文部科学省・厚生労働省・農林水産省が合同で発表した「食生活指針の解説要領」(厚生労働省,2016)ではライフステージにより食行動の特徴が異なり,子どもについては家族と一緒に食べる共食などの生活体験が乏しい子どもがみられ,子どもの貧困など社会経済的課題も生じているとしている.そして,子どものころから生涯を通じて健康的な食生活を実践する力や食生活を楽しみ態度を育むことが重要とし,家庭や学校,地域社会等で子どもの頃から,食品の安全性を含めた「食」に関する正しい理解や望ましい習慣を身につけるための学習の機会を提供する環境づくりも必要であるとしている.2005年に制定され,2015年に最終改正された「食育基本法」の前文においては,「社会経済情勢がめまぐるしく変化し,日々忙しい生活を送る中で,人々は,毎日の食の大切さを忘れがちである」とした上で,さらに「豊かな緑と水に恵まれた自然の元で先人からはぐくまれてきた,地域の多様性と豊かな味覚や文化の香りあふれる日本の食は失われる危機にある」と述べられている.

しかし,子どもが置かれている家庭の環境や,子ども本人が持つ特性は様々であり,それぞれの環境や特性に応じた支援が求められている.「第4次食育推進基本計画」(農林水産省,2021)では,基本的な取組方針の中で,「子どもの食育における保護者,教育関係者等の役割」として,「社会環境の変化や様々な生活様式等,食をめぐる状況の変化に伴い,健全な食生活を送ることが難しい子どもの存在にも配慮し,多様な関係機関・団体が連携・協働した施策を講じる」と記載されている.これらのことからも,子どもへの食を取り巻く環境の変化を踏まえて,発達障がいなど特別な配慮の必要な子どもには,個人の持つ課題に応じた食への支援が必要であることが考えられる.また,家庭においての食の課題としては「6つの“こ”食」が挙げられる.6つの“こ食”とは,ひとりで食べる「孤食」,家族が同じ食卓で別々のものを食べる「個食」,食事の量を食べない「小食」,主食が粉ものに偏る「粉食」,味付けが濃い「濃食」,そして,同じものばかり食べる「固食」である.これら6つの「こ食」では,偏食や栄養の不足や偏り,味覚や生活習慣病などの影響が懸念されている(服部,2018).

適切な食事は,身体と心の発達のためにも必要なことである.しかし,物事へのこだわりや感覚過敏により偏食が激しい,食事の量を適度に調整できないなど発達の課題により自身の食活動に困難を来している子どももいる.さらに,不登校であるために,学校での栄養教育や生活体験の授業が受けられない子ども,家庭での虐待や貧困の連鎖,保護者の病気や失業など,家庭の事情で食体験が乏しくなっている子どもの存在も考えられる.本活動報告では,発達障がいなど,特別な配慮の必要な子どもに対し,学校という環境ではなく医療現場であるAクリニックのデイケアにおいて子どもへの食行動の変化の可能性を模索することを目的に,調理作業,食に関する創作活動,栄養や食にまつわる伝統や文化などを学習する取り組みを定期的に実施し行動変化を観察した.今回,取り組みと活動内容,子どもたちの行動変化について検討した.

II. 方法

1. 調査対象

A心療内科クリニックにおける子どもデイケア(以下デイケア)を利用している小学生から高校生のうち,保護者の研究への協力が得られた11人であった.利用者の内訳としては,自閉スペクトラム症や注意欠陥多動性障がいなどの発達障がいの診断を受けている小学生から高校生,および発達障がいの診断は受けていないが不登校傾向やコミュニケーョンの困り感を持つ小学生から高校生であった.

2. 調査期間

2016年5月より2021年8月であり,2016年から2020年3月までは100分の調理活動を毎月1もしくは2回の実施し,制作活動は毎月1回50分から100分,座学は調理活動の前の10分および毎月1回50分実施した.なお,2020年4月から2020年7月は新型コロナウイルス感染症感染予防のため,すべての食育活動を中止し,2020年8月から2021年8月は,制作活動50分と座学50分のみを毎月1回実施した.

3. 調査方法

1回あたりの活動参加の平均は6人であり,デイケア利用者の主治医の指示のもとで,公認心理師(2016年から2019年2月までは認定心理士の資格での担当)および中学校教員免許(家庭科)の有資格者1名,臨床心理士と公認心理師資格を両方有する者1名,2020年4月からは公認心理師1名が加わり合計3名の専門職が関与した.デイケアの活動全般において,看護師が医師と連携して,随時バイタルチェック等を実施した.参加児の活動振り返りシートの記載内容,担当の公認心理師と主治医,看護師からの報告,保護者面談等における聞き取り内容を質的に分析し食に関する行動の変化を分析した.

4. 用語の定義

本活動報告で使用している用語の定義については,デイケアの食育活動に参加した子どもを「参加児」とした.食事・調理・食料品に関すること・食を取り巻く環境・食文化・消費活動など,食育基本法に定められている内容に関する内容を「食育」とし,食育に準じたプログラム上での活動を「食育活動」,食に関するすべての行動を「食行動」とした.また,自閉スペクトラム症や注意欠陥多動性障がいなどの発達障がいの診断を受けている子ども,および発達障がいの診断は受けていないが不登校傾向やコミュニケーションの困り感を持つ子どもを「とくべつな配慮を必要とする子ども」とし,デイケアにおける食育により変化した食行動を「行動変化」とした.

5. 倫理的配慮

心療内科クリニックのデイケアの活動であるため,院長の許可を得て,主治医の指導の下で参加児に合わせた食育活動を実施した.また,参加児と保護者には,調査の目的と,個人が特定されないこと,本活動報告の投稿原稿のすべての過程において技術の質向上のために報告・公表し,専門職間で共有する可能性があること,同意できない場合は拒否できることを記載した書面を配布し,保護者の署名により同意を得た.なお,本活動について報告・公表することに対し,所属機関の承諾を得ている.

III. 活動内容と結果

食育活動として「調理活動」「食についての座学」「食に関連する制作活動」の3つを柱にして実施した.活動の種類と実施回数,活動の目的と内容について表1にまとめる.

表1  活動の種類別による目的と主な内容
活動の種類
( )内は活動回数
活動目的 主な内容
調理活動
(1回100分を月2回.そのうち1回は昼食メニューで1回はおやつメニュー)
調理前の衛生観念を学習する ・エプロン,三角巾,マスクを正しく装着する
・事前に動画で正しい手指の洗浄,消毒を学び実践する
調理器具を安全に正しく扱うことができるようになる ・包丁やピーラー,キッチンばさみ等の刃物を自分で使う
・デジタルスケールの使い方を知り,自分で計量する
・調理に合わせて,鍋やフライパンを選ぶ
・菜箸,トングの使い方を知り,自分で使う
・自分で食材に合わせて洗い,皮をむき,メニューに合わせて切る
食材を安全に適正に扱うことができるようになる ・食材に感謝をして丁寧に扱う
調理の手順通りに作業を進めることができるようになる ・自分で進行表を確認しながら調理作業を進める
班で協力して調理作業を進めることができるようになる ・調理器具を班員が共同で使用する
・班でひとつの料理を作る
・班内で作業を分担して,自分たちで手順を確認しながら調理作業を進める
食に関する座学
(調理活動前10分程度および月1回50分)
試食を通して料理に親しみ,食事のマナーを覚える ・嫌いな物,食わず嫌いな食材や料理を少しでも食べてみる
・食事のマナーを知り楽しく試食をする
食材の栄養と旬を知る ・調理活動の前に,野菜や果物の栄養成分について,プリントや動画で学習をする
食と行事の関連を知る ・散歩プログラム時に商店に並ぶ食材を調べる
・新聞の折り込み広告の値段を調べる
・季節の行事と行事食についてインターネットで調べる
環境と食について考える力をもつ ・食材や食品の産地や添加物について調べる
・自分の居住区のゴミの分別を調べる
・賞味期限・消費期限について調べる
自分で食材や食品の買い物ができるようになる ・おもちゃのお金や,制作プログラムで作った物等を使用し予算を決めて買い物をする練習
・コンビニエンスストアを想定した絵札などを使い,栄養バランスを考えながら予算内で買い物をする「買い物ごっこ」を実施
・座学の実践編としてコンビニエンスストアで買い物の実践
献立に興味を持つ ・食事バランスガイドを使って献立のバランスを考える
・調理活動で作りたいメニューについてディスカッションをする
食に関する制作活動
(月1回50分)
自分たちが作った料理を振り返り料理に関心を持つ ・調理活動で作ったレシピ集の制作
食への興味関心を持つ ・栄養や彩りを考えた弁当を考えて,紙粘土の弁当を制作
・「おやつ」をテーマに,樹脂粘土や紙皿を使った工作を実施
・新聞紙や色紙を使用して野菜や果物を制作
・コピーライター体験として「食のレポート」を実施
・マグカップに絵付けをして自分専用のマグカップを制作
・スタンプやアイロンプリントで自分専用のエコバッグを制作

1. 調理活動について

1) 活動の目的

調理器具を安全に使い,メニューに合わせた食材の扱い方を知ること,および,学齢や調理のスキルの高い参加児をリーダーとして協力しながら作業を進めることで,コミュニケーションの力を高めることを目指した.また,行事食や食材を通して季節感を感じたり,郷土料理を通して食と行事の関連性や地域への理解を深めることを目指した.

2) 主な活動内容

毎月2回各100分の実施を行った.メニューは,主菜と副菜,汁物などを組み合わせた昼食と,和菓子や洋菓子などのおやつを隔週で行い,調理したものは全員で一緒に試食をした.方法としては,参加人数と献立により2人から4人で班を作り,共同で作業を行った.

3) 活動上での工夫点

班活動でのトラブルや包丁などの調理器具の使用により,気持ちが不安定になったり,気分が悪くなった参加児については,看護師と連携して別室で休養させるなど,主治医の指示を仰いで対応した.作業手順は,プリントとして各自に渡し,ホワイトボードにも提示して視覚的にわかるようにしておいた.

2. 食に関する座学について

1) 活動の目的

調理や食事前の手洗い方法,食材および食器や調理器具の衛生的で安全な扱い方,食材の種類や産地,季節による価格の差,地域によるゴミの出し方の違いなど日常生活で実践できるようになることを目的とした.さらに,食に関する行事とその歴史などについて知ることで,地域の食に関する生活環境等への理解を深めた.

2) 主な活動内容

毎回の調理活動前の10分は,食に関する学習の時間とした.内容は,その日の調理活動で利用する食材の栄養や産地,郷土料理の背景,行事の伝承などについてプリントや手描きの図表などを使用して伝えた.

3) 活動上での工夫点

毎月1回50分ほどの時間を使い,プリントやパワーポイント,動画などを利用し,演習も取り入れながら学習した.さらにスーパーマーケット見学を実施して陳列の工夫や食材の選び方,袋詰め方法の体験学習を実施した.体験学習の事前学習として,消費税やおつりの計算など,買い物に関する学習を実施し,コンビニエンスストアで買い物の実践をした.

3. 食に関する制作活動について

1) 活動の目的

食に関する制作をすることで,食への関心を高めることを目的とした.

2) 主な活動内容

2カ月に1回50分から100分ほど,調理活動で作った料理をレシピ集としてまとめたり,理想の弁当の紙粘土制作や,野菜や果物・料理を折り紙等で模した工作,食をモチーフにした手芸品の制作などを実施した.

3) 活動上での工夫点

あらかじめ見本を用意し,作り方をプリントやホワイトボードに書いて伝えた.また,作品は見本の模倣でも良いこと,想像上の食べ物や料理,アニメや絵本に登場するものでもよいことも口頭とプリントやホワイトボードに記載し,視覚的に伝えた.

4. 参加児の行動変化について

デイケアでは,約5年に渡り,食に関する創作活動を10回,調理活動を56回,食に関する知識と栄養についての座学を58回,合計124回の食育活動を実施した.その結果,多くの参加時に,食育活動による行動変化が見られた.顕著な行動変化が見られた参加児の支援と行動変化について表2に示す.

表2  顕著な行動変化が見られた参加児の活動への支援と行動変化
参加期間 活動への支援 行動変化
参加児①
中学2年生~高校3年生
【刃物への強い不安】
・医師および看護師と,休養場所等について連携
・休養などができることを,あらかじめ参加児に告げる
・安心して調理活動に参加ができ,刃物等の調理器具を適正に使うことが出来るようになった.家庭でも母親と一緒に料理ができるようになった
【声かけの苦手さ】
・スタッフによる言葉かけについてのモデリングを実施
・「手伝おうか?」「お願い」「ありがとう」など,他の参加児に自分から声かけができるようになった
【生肉や生魚の臭いや手触りの過敏さ】
・スモールステップで切れ端を触ったり嗅いだりする練習
・顔を背けていた食材を自分で洗ったり切ったりできるようになった
【発言の苦手さ】
・メニュー決めディスカッション時に発言を促す
・自分からメニューの提案ができるようになった
【作業の見通しの苦手さ】
・調理の手順をあらかじめホワイトボードに示す
・ホワイトボードを見て自分で作業を進めることができるようになった
参加児②
中学1年生~高校2年生
【ぬるぬるした物が触れない】
・後片付け時に,食器や調理器具等をお湯で洗う方法を伝える
・自分でお湯の準備をして後片付けができるようになった
【料理の彩りや盛り付けの苦手さ】
・紙粘土弁当作りと並行して,彩りや詰める方法の座学実施
・紙粘土弁当の制作と弁当についての座学の後から,自分が持参した弁当の詰め方に興味を持つようになった
【他児との関わりの苦手さ】
・調理や制作活動で,他の参加児の手伝いをお願いする
・食育活動および食育活動以外の場面でも「手伝おうか?」「何する?」「トランプしよう」などの声かけができるようになった
【偏食】
・苦手な物や未知の料理を食べられた時に,やや大げさにほめる
・調理活動で作った料理は残さず食べることができるようになった.他の参加児には「嫌いなものはしょうがない」「自分も嫌いだった」などの声かけができるようになった
【作業の見通しの苦手さ】
・1つの作業が終わるごとに,次の手順と担当についての声かけ
・周囲の進行具合を合わせて作業をすることができるようになった
参加児③
小学6年生~高校2年生
【自分のペースで進めてしまう】
・他の参加児より作業量を増やす
・他者の作業を取り上げることなく,周囲の進行具合に合わせることができるようになった.食育活動以外でも「自分がやりたい」「作業を変わってほしい」等,自分の気持ちを話すことができるようになった
【雑談の苦手さ】
・学齢が近く,趣味が似ている参加児と同じ班にする
・作業の合間はひとりでぼんやりしていたが,食育活動以外でも,自分の好きな趣味やゲームなどについて雑談をすることができるようになった
【競争意識の強さ】
・調理活動時に年長者と同じ班にする
・学齢が近い参加児と競うように作業をして内容が雑になることがあったが,食育活動以外でも,年長者がいることで落ち着いて丁寧な作業ができるようになった.
参加児④
小学2年生~小学6年生
【こだわりの強さ】
・作業行程により,いろいろなやり方があることを伝える
・食材の切り方や盛り付けなど,自分のやり方に固執する場面が多く見られていたが,食育活動以外でも色々な方法を試すことができるようになった
【自信のなさ】
・好ましい言動をした時に,その場でほめることを繰り返す
・「これでいい?」とスタッフに何度も尋ねることが減り,自信をもって作業に取り組むことができるようになった

調理活動では,ほとんどの参加児が食材および調理器具や食器を適正に安全に扱うことができるようになった.参加児①は,精肉は,手触りが苦手だと訴えて触ることにすら抵抗を示していたが,調理活動の回数を重ねるごとに泥付きの野菜や生魚や精肉も,素手で触る・洗う・切ることができるようになった.参加児②は,まったく触れなかったヌルヌルした肉の脂が残る鍋やボウルなどを素手で洗うことができるようになった.参加児③は,自分勝手に作業を進めることが減り,周囲に合わせて作業の進路を調整することができるようになった.参加児④は,何度も手順や方法をスタッフに尋ねていたが自信をもって作業を進められるようになった.

また,班での活動おいては,ほとんどの参加児が「塩を取って」「次はどれをする?」「ありがとう」等,他者の気持ちに配慮した言葉かけをしながら作業ができるようになった.そして,このような言葉かけに対して「大丈夫」「ありがとう」などの返答もできるようになった.さらにレシピを自宅に持ち帰って作ったり,自作のお菓子や,旅先の土産品などをデイケアに差し入れをすることも増えた.活動後のふりかえりシートに「一緒に作業ができて楽しかった」と複数の参加児からの記述や,コミュニケーションをとりながら作業をすることへの喜びを体験している様子が見られた.特に,調理活動への参加回数が多い参加児ほど顕著な行動変化が見られた.

座学での食文化や食材の栄養などの学習では,自ら大事なところにアンダーラインを引いたり,「農産物の生産に水は大事」「地域によって雑煮の味が違う」など,環境や生活と食を関連付けた発言をする参加児も増えた.また,栄養バランスを絵カードで学習した直後の買い物実習では,予算内でサラダを購入したり,清涼飲料水のかわりに野菜ジュースを購入する姿も見られるようになった.そして,紙粘土弁当の制作と弁当作りの調理活動を組み合わせたところ,紙粘土制作の弁当を見本にして,実際の弁当を彩りよく盛り付けた参加児もいた.さらに,調理活動で作った弁当を持参しての遠足では,偏食や小食の参加児が,苦手な食材や惣菜を詰めた自作の弁当を完食できたこともあった.

IV. 考察

1. 特別な配慮が必要な子どもの食育による行動変化

発達障がいを含む特別な配慮が必要な子どもには特徴的な行動が見られることが多く,食行動に困難を抱えている場合も少なくない.同じ物ばかりを食べる個食や,食事の量を食べない小食については,発達障がい児における食行動の特徴として見られることも多いことが示唆されている(田部,2015).さらに立山ら(2013)は,自閉スペクトラム症の診断を受けている子どもの中には,物事に対するこだわり行動のために,自分が食べる物についてもこだわりを持つことがあり,同じ物ばかりを選んで食べる傾向があることを指摘している.

そのような食行動に困難を抱えている参加児にとって自分のこだわり行動を受容されることが何より重要だったと思われる.心療内科クリック内のデイケアは,医師や看護師,心理士といった心の専門家が見守る場所である.そのため,臆することなく自分の知らないことを尋ねたり,苦手なことを「嫌だ」と言うことができるようになり,未知の食体験や食文化も抵抗なく受け入れて行動変化につながった可能性がある.

武富ら(2021)が実施した,発達障がいのある子どもの食支援による偏食改善に取り組んだ事例では,食べ物の色が混じり合った料理を苦手とする対象者が調理を通して,調理道具や食材への関心が湧き,さらに調理過程を知ることで食への関心が高まり通常メニューでの摂取にもつながったと報告されている.本活動も,食材や料理を「見知らぬ物」から「知っている物」に変化させ,食への関心を高め,食行動の変化に繋がったことが考えられる.

また,生島ら(2017)の調査では,発達障がい児に食を通じて親子の関わりが強化される過程で,感情表現や要求表現,対人関係の改善がなされ,行動改善の方向へ向かっている事例を報告している.本活動でも,言語でのコミュニケーションを取りながらの班活動が,他者と美味しいものを共有したい,他者にも食べてほしいという気持ちを育てることに対して効果的であった.そして,食に関する知識や,食材や料理への興味を高めたことも,行動変化に繋がった.永野(2021)が実施した中学校の給食での取り組みでは,コロナ禍という状況の中で「地元の食材を食べて応援する」「地産地消を理解する」という目的を掲げたメニューを提供したところ,生徒たちは地元の食文化や食材の理解を深めるとともに自分の暮らす県を誇りに思う気持ちに繋がった.さらに,魚を食べるという日本の食文化の伝承のために,魚料理の提供の前日に魚の食べ方の事前学習を実施したところ,1匹丸ごとの鮎料理の身と骨を外して食べることができていた生徒は半数以上であったということである.この事例は,特別な配慮を必要とする生徒のみの実施ではなかったが,本活動のように,食に関する知識や理解を深めることが食に関する行動変化にも繋がったと思われる.

2. 医療と教育の連携による食育の重要性

デイケアを利用している参加児は,発達障がいなどで不登校傾向であることが多い.鈴木ら(2017)が実施した調査では,旭川医科大学小児科子ども発達センターを初診または発達障がいなどで通院中に不登校を来した児童80例を調査したところ,不登校児の57%が発達障がいを有していたことが報告されている.また,君島ら(2017)は,不登校の子ども達の家庭の状況について,ひとり親家庭や児童虐待のおそれ,貧困や家庭不和,保護者の健康上の理由,貧困,失業など深刻な問題を抱えている事例も少なくないことを報告している.そして,櫻井ら(2020)は,不登校状態になると家庭内にこもりがちになり,多様な体験が欠けてしまう場合が多いことを指摘し,不登校などの問題を抱えた子どもを支援している大学内の施設の支援の中でイベントや調理活動を実施して生活体験活動を行うことの意義を唱えている.この報告は,本活動と同じく医療と教育現場,さらには福祉の分野とも連携して,子どもたちの生活体験を増やしていくことで,子どもたちのよりよい食行動に繋がることを示唆している.

子どもの食行動には様々な要因が絡み合っているケースがあり,家庭環境や不登校などで食育ができない状況に置かれている背景もある.そのため,子どもの食体験が乏しくなり,栄養のバランスや食文化を学ぶ機会がなく,漫然と好きなものだけを食べる固食の要因のひとつになっている可能性も考えられる.子どもたちの,よりよい支援のためには,学校と医療が連携して不登校の子どもの居場所を確保し,その中で子どもたちが安心して参加できる食育活動を提供していく必要がある.家庭環境や学校の成績にかかわらず,偏食や食感などの苦手なことについて,隠したり偽ったりすることなく,自分の素直な感情や感覚を表現することができるデイケアでの食育活動は,特別な配慮を必要とする子どもの食行動およびコミュニケーションの向上に効果的であった.

3. 今後の課題

以上のように,多くの参加児で行動変化が見られたが課題もある.特に教育現場と大きく違うのは継続した参加の難しさである.デイケアは医療機関であるため,心身の悪化や診療報酬が発生することによる利用中断,登校再開による利用中止などでデイケアでの食育活動への参加ができなくなり,継続した食育の結果として報告できなかった事例もあった.

活動上の課題としては,手先の不器用さと慣れない作業のため,刃物使用時はスタッフが付きっきりで見守り,作業が進まないこともあった.また,班活動では,作業工程が少なく手持ち無沙汰になった参加児が騒ぎ出し,聴覚に過敏を持つ参加児とのトラブルもあった.特別な配慮を必要とする子どもが利用するデイケアであるからこそ,参加児の発達特性や家庭環境,学齢や個人の持つ経験値,参加頻度を配慮し,班活動と個人活動を組み合わせるなどの工夫も必要であろう.そのためには,参加児の個人の能力や課題について,スタッフのアセスメント力の研鑽と活動全体を見通す力を養うことが重要である.

V. おわりに

5年2ヶ月に渡る医療と連携しながら特別な配慮を必要とする小学生から高校生までのデイケア参加児に食育プログラムを実施した結果,多くの行動の変化がみられた.そして,食行動の他にもコミュニケーションや学習に関する行動にも,自分から進んで行動を起こすなどプラスの変化が多く見られた.食は命を支え,生活の質を高める重要な要素である.特別な配慮を必要とする児童への食育は,自分で自分の命を支えるためのよりよい食行動に繋がる.

教育と医療が連携した食育は,まだ多くの実践報告はないと思われる.加えて,2020年に発生した新型コロナウイルスの感染拡大による食行動の制限下では,食育をはじめ,子どもたちを取り巻く食活動は大きく変化している.デイケアでも,コロナ禍により,2020年4月から2021年11月まで調理活動は中止を余儀なくされており,再開の見通しも立っていない,しかし,特別な配慮を必要とする子どもを対象とした食育は,コロナ禍における子ども食堂の運営や学校における給食指導の場面などでも,当事者を支援できるツールになると思われる.感染症拡大を含む災害時における食育の実践と検証は,今後さらに取り組むべき課題である.

謝辞

研究にあたり,快く研究発表を承諾してくださったクリニックの院長先生を始め,保護者の方々,スタッフの皆様に心からの御礼を申し上げます.

本研究に開示すべきCOI状態はない.

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