日本公衆衛生看護学会誌
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研究
育児休業取得後の中堅前期保健師の仕事と家庭生活の両立への思い
―市町村保健師に焦点をあてて―
若杉 里実大島 亜友美
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2024 年 13 巻 1 号 p. 31-38

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Abstract

目的:育児休業取得後の中堅前期保健師の仕事と家庭生活の両立への思いを明らかにする.

方法:育児休業期間を除く保健師の実務経験が5年以上10年未満の市町村保健師10名に半構造化面接法によるインタビューを実施した.

結果:分析の結果【仕事復帰前後の不安や戸惑い】【求められる仕事内容の変化への気づき】【向上すべき能力の気づき】【学びたい思いと葛藤】【仕事の進め方を変化させる必要性への気づき】【育児経験を仕事に活かせる効用感】【仕事への意欲や責任とプレッシャー】【仕事での喜び】【仕事と家庭生活のバランスをとれないジレンマ】【仕事と家庭生活の気持ちの切り替え】【家族の存在と身内のサポートによる支え】【育児休業を取り復帰しやすい職場環境づくりへの意欲】の12カテゴリーが抽出された.

考察:育児休業取得後の中堅前期保健師は,任せられた仕事に十分対応しきれずジレンマを抱えるとともに,仕事と家庭生活のバランスの難しさを実感し悪戦苦闘している状態であり,育児休業を取り復帰しやすい職場環境づくりを望んでいた.

Translated Abstract

Purpose: This study seeks to identify early to mid-career public health nurses’ views on balancing work and family life after taking childcare leave.

Methods: A total of 10 municipal public health nurses with 5 to 10 years of work experience, excluding the childcare leave period, were interviewed using a semi-structured interview method.

Results: A total of 12 categories were extracted from the interviews: 1) anxiety and confusion before and after returning to work, 2) recognition of job requirement changes, 3) recognition of the skills to be improved, 4) desire to learn and emotional conflict, 5) recognition of the need to modify work procedures, 6) perceived value of childcare experience in the workplace, 7) work motivation, responsibility, and pressure, 8) work satisfaction, 9) struggle to balance work and family life, 10) shifting gears between work and family life, 11) support from family and relatives, and 12) commitment to fostering a supportive post-childcare leave work environment.

Conclusion: After taking childcare leave, early to mid-career public health nurses were faced with the dilemma of not being able to adequately cope with the work entrusted to them and struggling with the challenge of balancing work and family life. However, they also reported finding ways to use their childcare experience to enhance their work and achieve greater satisfaction in their jobs.

I. 緒言

中堅期の保健師は保健活動の中核を担う存在である.中堅期保健師は,中堅前期は行政保健師経験年数5年(6年目)から9年(10年目),中堅中期は行政保健師経験年数10年(11年目)から14年(15年目),中堅後期は行政保健師経験年数15年(16年目)から19年(20年目)にあたる(永江,2012a).

保健師の能力の獲得としては,厚生労働省が2016年3月に「保健師に係る研修のあり方等に関する検討会最終とりまとめ」を公表し,各保健師の能力の獲得状況を的確に把握し,能力の成長過程を段階的に整理した「自治体保健師の標準的なキャリアラダー」が示された.

また,渡部ら(2018)は,中堅期保健師(中堅前期は行政保健師経験年数6~10年,中堅後期は行政保健師経験11~20年)の実践能力を測定する尺度を開発し,地区活動能力,地域ケアコーディネーション能力,後輩支援・育成能力,事例対応能力,行政能力,業務管理能力,計画的人材育成能力,自己研鑽能力の8つの因子を明らかにしている.さらに,この因子は自治体保健師の標準的なキャリアラダー(厚生労働省,2016)の活動領域項目と内容に類似性があることを報告している.このように,中堅期保健師に求められる実践能力は明らかとなってきている.

自治体の中堅前期保健師5年(6年目)から9年(10年目)の業務の実際としては,複雑な事例に対して主体的に対応する専門技術が要求され,所属組織においては,保健活動に係る担当業務全般について自立して行える力が必要であり,保健事業に係る業務がどの施策に位置づいているかを理解し,チーム内で責任をもつ業務を任される.しかし,中堅前期保健師の年齢は20歳代後半から30歳代であり,出産・育児というライフイベントと重なることが多い.育児休業取得後の保健師は,同期で育児休業を取得せず保健師経験を積み重ねてきた保健師と比較し,産休・育休を経験し,経験年数とのギャップによる不安,自身の業務遂行にとどまらない力量についての脆弱性(永江,2012b)に直面する.

川原ら(2021)は,中堅保健師は自己の思考や知識・技術に,不安やギャップを感じ,自信を持てない状況にあることが推測され,加えて,仕事や子育てとのバランスをとることの困難さがあることを報告している.

シャイン(1978)は,25歳から45歳は中堅社員として仕事上で高い専門性と責任を担う「中期キャリア」の段階にあたり,当初の自分の夢や野心と比較して,今の現実や将来の可能性を考え,現状維持か,キャリアを変えるか,あるいは新たな仕事に進むかを決定する「キャリア危機」の期間でもあると述べている.中堅前期保健師は,「キャリア危機」の期間にあたり,今の現実や将来を考え,人生における自分の生き方を模索している時期であると言える.

関(2015)は,キャリア中期の看護職者がキャリアの停滞を感じる状況として,業務の過密化と単調化による刺激の減少,組織における他者からのフィードバックおよび評価を受ける機会の減少,自身のキャリアが発達しているという実感が持てないことの3つを挙げ,個々の看護職者がキャリアに何を求め,どのような過程および段階に停滞しているかを把握した上で,適切な組織的支援を行う必要があることを示唆している.

中堅期保健師の先行研究は,「実践能力尺度の開発」(渡部ら,2018),「実践能力の到達度」(大川ら,2021),「キャリア意識」(川原ら,2021関,2015島袋,2016),「人材育成体制の構築に向けた研修方法」(塩川ら,2018)などが存在するが,仕事や子育てとのバランスをどのようにとり仕事に取り組んでいるのか,その思いを明らかにした研究は見当たらない.

そこで,本研究の目的は,産休・育休を経験し経験年数とのギャップによる不安や,仕事や子育てとのバランスをとることの困難さを抱えている可能性がある育児休業取得後の中堅前期保健師に焦点をあてて,仕事と家庭生活の両立への思いを明らかにしていくことである.

II. 研究方法

1. 用語の定義

中堅前期保健師

永江(2012a)の調査研究報告書を参考に,育児休業期間を除く保健師の実務経験が,5年以上10年未満の育児休業を取得した経験のある保健師とした.

2. 研究デザイン

質的記述的研究デザインを用いた.

3. 研究協力者

研究協力者は機縁法で研究協力の同意が得られた A県下の育児休業期間を除く保健師の実務経験が,5年以上10年未満で,育児休業を取得した経験のある市町村保健師10名とする.

4. データ収集方法

半構造化面接法によるインタビューを実施した.研究協力者の属性は,性別,年代,1回目の育児休業取得前の保健師経験年数,育児休業取得期間を除く保健師経験年数,育児休業取得回数,育児休業期間(通算),育児休業後の所属部署変更の有無,現在の所属部署を把握した.インタビュー内容は,仕事復帰前後の気持ち,現在の業務量と内容,職場から求められている役割と能力,現在の仕事への思い,仕事と家庭生活の両立への思いについて自由に語ってもらった.内容は協力者の許可を得てICレコーダーに録音した.インタビューは,協力者の所属機関のプライバシーの保護が可能な個室で実施し,インタビューの平均時間は40分であった.調査期間は,2018年11月から2019年3月であった.

5. 分析方法

インタビュー内容は,研究協力者ごとに逐語録に起こした.逐語録を繰り返し読み,仕事と家庭生活の両立への思いに関する部分を抜き出しコード化した.コードは,類似性,相違性に留意し,意味内容ごとのまとまりにし,サブカテゴリーとした.さらに,意味内容を分析し抽象度を上げ,カテゴリーを作成した.分析過程では逐語録のメンバーチェッキングと,共同研究者と語りの真実性や解釈の妥当性を確認しながら進めた.

6. 倫理的配慮

研究協力者には,研究の目的,方法,調査への協力は自由意思によること,データは個人が特定されないように匿名化すること,本調査で得られたデータは研究以外には使用しないこと,いずれの時点でも同意を撤回できることを文書と口頭で説明し,文書で同意を得た.本研究は,愛知医科大学看護学部倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号162,承認日2018年7月31日).

III. 研究結果

1. 研究協力者の属性(表1

研究協力者の概要を表1に示した.研究協力者10名の年代は全員30歳代で,1回目の育児休業取得前の保健師経験年数は3~6年で平均4年2か月であった.現在の保健師経験年数(育児休業期間を除く)は,5から9年で平均7年であった.育児休業取得回数は,1から3回で平均1.5回であり,育児休業取得期間(通算)は,2~6年で平均4年2か月であった.育児休業期間は,地方公務員の育児休業に関する法律第2条の「当該子が3歳に達する日まで,育児休業をすることができる」(勝又ら,2023)に基づき希望申請し,承認を得ている.育児休業取得期間(通算)が4年以上の6名は,育児休業期間に2~3名の子どもを出産していた.育児休業後の所属部署変更があったのは3名であるが,この3名は職場復帰前に上司との相談の上で復帰する所属部署を決めていた.

表1. 

研究協力者の概要

年代 1回目の育児休業取得前の保健師経験年数 保健師経験年数
(育児休業期間を除く)
育児休業
取得回数
育児休業取得期間
(通算)
育児休業後の
所属部署変更の有無
A 30 4年6か月 7 2 3年
B 30 3年3か月 7 1 2年9か月
C 30 3年5か月 9 3 5年6か月
D 30 3年2か月 9 2 5年10か月
E 30 5年 6 1 3年
F 30 4年2か月 6 1 4年9か月
G 30 4年7か月 6 1 2年11か月
H 30 6年11か月 8 1 6年
I 30 4年 7 2 4年
J 30 3年 5 1 4年

2. インタビュー内容の分析結果(表2

分析の結果を表2に示した.分析の結果,コード196,サブカテゴリー33,カテゴリー12が抽出された.以下,カテゴリーを【 】,サブカテゴリーを《 》,研究協力者の語りを「斜体……(協力者記号)」で示す.

表2. 

育児休業取得後の中堅前期保健師の仕事と家庭生活の両立への思い

カテゴリー サブカテゴリー
仕事復帰前後の不安や戸惑い 保育園に子どもをあずける不安がある
仕事内容の変化に対する不安や戸惑いがある
仕事と家庭と子育ての両立への不安がある
求められる仕事内容の変化への気づき 主担当の保健事業が増え,自分で考えて動かしていく
主担当になった事業を全体的にみて予算や評価を考える
新規事業の企画を求められる
アンケート作成や統計的分析の仕事を求められる
向上すべき能力の気づき 一歩踏み込んだ関わりをするために,個別の対象者に助言する力が足りない
任された事業の将来を見据えて,どう展開していくのかを考えて意見が言える
難しいケースを後輩と一緒に担当し,後輩にアドバイスできる
学びたい思いと葛藤 新たな事業について勉強したい
研修会に参加し学びスキルアップしたい
事業内容を練り込む時間がない
仕事の進め方を変化させる必要性への
気づき
仕事の量と所要時間を考え,優先順位を決めて行う
前任の後輩担当者とペアで動き仕事を覚える
育児経験を仕事に活かせる効用感 育児を経験し母親への言葉の投げ方一つ一つを考えるようになった
育児経験で自分のアドバイスの引き出しが増えた
仕事への意欲や責任とプレッシャー 責任ある仕事を任せてもらえるプレッシャーとやりがいを感じる
責任が大きくなり判断を求められることもある
与えられる仕事をこなすだけではなく,自分がしたい仕事への欲が出てきた
仕事での喜び 対象者の自己決定を支える援助が大切である
対象者の関わりが上手くいったときに喜びを感じる
仕事と家庭生活のバランスをとれない
ジレンマ
仕事時間の短縮や子どもの病気などで仕事が思うようにできない
仕事と家庭のどちらも中途半端で,全部投げ出したくなる
家庭を犠牲にして仕事をするとストレスも増え,仕事をする意味がわからなくなる
仕事と家庭生活の気持ちの切り替え 仕事のオンとオフの切り替えが上手くなった
家庭に帰ってやるべきことがあるので気持ちが切り替わる
家族の存在と身内のサポートによる支え 家族の存在が仕事の支えになっている
夫と育児を分担し育児の負担が減った
保育園の送迎等を頼める人がいる
育児休業を取り復帰しやすい職場環境
づくりへの意欲
先輩保健師の声かけとお互いに助け合える職場環境がある
子どもの体調不良などに配慮してもらえる職場環境がある
後輩が育児休業を取り職場復帰しやすい環境をつくりたい

1) 仕事復帰前後の不安や戸惑い

育児休業取得後の中堅前期保健師は,《保育園に子どもをあずける不安がある》,「法律の改正などもあり,仕事内容の変化に対する不安や戸惑いがある(I)」という《仕事内容の変化に対する不安や戸惑いがある》,《仕事と家庭と子育ての両立への不安がある》というように【仕事復帰前後の不安や戸惑い】を感じていた.

2) 求められる仕事内容の変化への気づき

育児休業取得後の中堅前期保健師は,《主担当の保健事業が増え,自分で考えて動かしていく》,《主担当になった事業を全体的にみて予算や評価を考える》,《新規事業の企画を求められる》,さらに,「子育て相談の統計的分析や子育て総合計画のアンケート作成の仕事もある(E)」という《アンケート作成や統計的分析の仕事を求められる》というように【求められる仕事内容の変化への気づき】がみられた.

3) 向上すべき能力の気づき

育児休業取得後の中堅前期保健師は,《一歩踏みこんだ関わりをするために,個別の対象者に助言する力が足りない》,「任された事業をただ黙々とやるだけではなく,根拠をもって意見を言えないといけない年代である(E)」という《任された事業の将来を見据えて,どう展開していくのかを考えて意見が言える》とともに,《難しいケースを後輩と一緒に担当し,後輩にアドバイスできる》というように【向上すべき能力の気づき】を得ていた.

4) 学びたい思いと葛藤

育児休業取得後の中堅前期保健師は,《新たな事業について勉強したい》,《研修会に参加し学びスキルアップしたい》,「やっていかなきゃいけないんだけどやれていない,そこまで練ったりする時間もない(G)」という《事業内容を練りこむ時間がない》というように【学びたい思いと葛藤】していた.

5) 仕事の進め方を変化させる必要性への気づき

育児休業取得後の中堅前期保健師は,「子どもが体調を崩す不安があるので,仕事は優先順位を決めて早めにおこなう(A)」という《仕事の量と所要時間を考え,優先順位を決めて行う》,《前任の後輩担当者とペアで動き仕事を覚える》というように【仕事の進め方を変化させる必要性への気づき】がみられた.

6) 育児経験を仕事に活かせる効用感

育児休業取得後の中堅前期保健師は,《育児を経験し母親への言葉の投げ方一つ一つを考えるようになった》,「実際にこういうことをしたよっていうところとかもあって,引き出しがさらに増えた感じですね(J)」という《育児経験で自分のアドバイスの引き出しが増えた》というように【育児経験を仕事に活かせる効用感】を感じていた.

7) 仕事への意欲や責任とプレッシャー

育児休業取得後の中堅前期保健師は,《責任ある仕事を任せてもらえるプレッシャーとやりがいを感じる》,《責任が大きくなり判断を求められることもある》,「与えられたことだけでなく,自分で『こうしたいな』という欲が出てきた(B)」という《与えられる仕事をこなすだけではなく,自分がしたい仕事への欲が出てきた》というように【仕事への意欲や責任とプレッシャー】を感じていた.

8) 仕事での喜び

育児休業取得後の中堅前期保健師は,「対象者が今後どうしていきたいかを考えて,それに合うような手助けをしていくのがすごい大事だと思う(A)」という《対象者の自己決定を支える援助が大切である》,《対象者の関わりが上手くいったときに喜びを感じる》というように【仕事での喜び】を感じていた.

9) 仕事と家庭生活のバランスをとれないジレンマ

育児休業取得後の中堅前期保健師は,《仕事時間の短縮や子どもの病気などで仕事が思うようにできない》,《仕事と家庭のどちらも中途半端で,全部投げ出したくなる》,「家庭を犠牲にしてきたところもあり,ストレスのため何のために仕事をしているのかわからなくなってきた(J)」という《家庭を犠牲にして仕事をするとストレスも増え,仕事をする意味がわからなくなる》というように【仕事と家庭生活のバランスをとれないジレンマ】を感じていた.

10) 仕事と家庭生活の気持ちの切り替え

育児休業取得後の中堅前期保健師は,《仕事のオンとオフの切り替えが上手くなった》,「家庭があるから気持ちが切り替わる,いやなことがあっても帰ったら帰ったでやらなきゃいけないことがあるから,ひきずっていられないから切り替わる(F)」という《家庭に帰ってやるべきことがあるので気持ちが切り替わる》というように【仕事と家庭生活の気持ちの切り替え】をしていた.

11) 家族の存在と身内のサポートによる支え

育児休業取得後の中堅前期保健師は,「子どものためにがんばらなきゃいけないというのもあるし,子どもに支えられている(G)」という《家族の存在が仕事の支えになっている》,《夫と育児を分担し育児の負担が減った》,《保育園の送迎等を頼める人がいる》というように【家族の存在と身内のサポートによる支え】があった.

12) 育児休業を取り復帰しやすい職場環境づくりへの意欲

育児休業取得後の中堅前期保健師は,《先輩保健師の声かけとお互いが助け合える職場内環境がある》,《子どもの体調不良などに配慮してもらえる職場環境がある》,「育休をとり復帰し,大変だけど仕事も家の事も子育ても楽しくやってるよっていうところを後輩にみせていきたい(C)」という《後輩が育児休業を取り職場復帰しやすい環境をつくりたい》というように 【育児休業を取り復帰しやすい職場環境づくりへの意欲】がみられた.

IV. 考察

育児休業取得後の中堅前期保健師の仕事と家庭生活の両立への思いを明らかにした.

育児休業取得後の中堅前期保健師の仕事への思いと必要な支援,育児経験の仕事への活用と喜び,仕事と家庭生活の両立への思いと必要な支援の3つから考察する.

1. 育児休業取得後の中堅前期保健師の仕事への思いと必要な支援

育児休業取得後の中堅前期保健師の現在の保健師経験年数(育児休業期間を除く)は,平均7年であった.仕事では《主担当の保健事業が増え,自分で考えて動かしていく》,《主担当になった事業を全体的にみて予算や評価を考える》《新規事業の企画を求められる》等【求められる仕事内容の変化への気づき】を得ていた.これは,自治体保健師の標準的なキャリアラダー(厚生労働省,2016)の定義のA-3にあたる保健活動に係る担当業務全般について自立して行うという「所属組織における役割」,係の保健事業に係る業務全般を理解し,地域支援活動に係る担当業務に責任を持つという「責任を持つ業務の範囲」を自覚していたと言える.加えて,《一歩踏みこんだ関わりをするために,個別の対象者に助言する力が足りない》,《難しいケースを後輩と一緒に担当し,後輩にアドバイスできる》等【向上すべき能力の気づき】も得ていた.これは,自治体保健師の標準的なキャリアラダーの定義のA-2にあたるプリセプターとして後輩の指導を担うという「所属組織における役割」,定義のA-3にあたる複雑な事例に対して自立して対応するという「専門技術の到達レベル」を自覚していたと推察される.この状況の中,育児休業取得後の中堅前期保健師は,《新たな事業について勉強したい》,《研修会に参加し学びスキルアップしたい》等【学びたい思いと葛藤】していた.

橋本(2021)は,地域保健活動に対して困難を感じるのは,経験や力量不足であったと述べている.育児休業取得後の中堅前期保健師は,任された仕事一つ一つに向き合い,どの能力が不足しているのかを自覚し,学びたい気持ちや意欲はあるが,仕事に費やす時間の制約もあり,任せられた仕事に十分対応しきれずジレンマを抱えながら仕事に向かっている状況が明らかとなった.

宮﨑(2019)は,保健師の経験からの意味付けを行うことができる環境づくりと,意味付けを行う力を高めていくことが,キャリア発達には重要であると述べている.加えて,大川ら(2021)は,5年目保健師が自分の強みと課題を自己洞察し,実践能力を高めるために必要な取り組みや方策を実践の中に位置づけ,それを遂行していく力を身につけられるよう,個別支援の強化が必要と述べている.

本研究協力者は,育児休業取得期間(通算)が平均4年2か月であり長期間職場を離れていたことから,「人材育成支援シート」(厚生労働省,2016)を活用して個々の保健師の業務経験や能力の獲得状況について,保健師本人と指導者がともに確認し,保健師個々人が不足していると自覚している能力を高めるために職場内外で学習できる機会と時間の確保を検討していくことが,中堅前期保健師の成長につながると考える.

2. 育児休業取得後の中堅前期保健師の育児経験の仕事への活用と喜び

育児休業取得後の中堅前期保健師10名中8名は,母子関連部門に配属されていた.母子保健事業では,《育児を経験し母親への言葉の投げ方一つ一つを考えるようになった》,《育児経験で自分のアドバイスの引き出しが増えた》ことを実感していた.加えて,《対象者の自己決定を支える援助が大切である》,《対象者の関わりが上手くいったときに喜びを感じる》と実感していた.

保健師という職業は,自分の生きてきた経験つまり自身の人生を仕事に丸ごと反映させることができ,かつ仕事での経験が自分の人生を豊かにしてくれる(佐伯,2022).島袋(2016)は,保健師としての仕事のやりがいは,保健師として住民に関わり支援することで得られた満足感であると述べている.

育児休業取得後の中堅前期保健師は,保健事業での【育児経験を仕事に活かせる効用感】を通し自分の仕事が役立ち認められたという実感を得ることにより自分の成長を確認し,「できる」という自信を高めるとともに,仕事での喜びの実感につながっていたと考える.

3. 育児休業取得後の中堅前期保健師の仕事と家庭生活の両立への思いと必要な支援

育児休業取得後の中堅前期保健師は,【求められる仕事内容の変化への気づき】をするとともに,《仕事時間の短縮や子どもの病気などで仕事が思うようにできない》,《仕事と家庭のどちらも中途半端で,全部投げ出したくなる》,《家庭を犠牲にして仕事をするとストレスも増え,仕事をする意味がわからなくなる》という【仕事と家庭生活のバランスのとれないジレンマ】をかかえ悪戦苦闘している状態であった.この状態の中,《仕事の量と所要時間を考え,優先順位を決めて行う》等【仕事の進め方を変化させる必要性への気づき】を得ていた.

他方,【家族の存在と身内のサポートによる支え】を得ながら【仕事と家庭生活の気持ちの切り替え】の実行に努めるとともに,【育児休業を取り復帰しやすい職場環境づくりへの意欲】をもっていた.

保健師は,人生の中で起きるライフイベントをプラスのキャリアに変えていくことが職業である(加倉井,2019).加えて,保健師はキャリア発達の上で,家庭との両立も充実感につながる(齋藤ら,2016).表山ら(2015)は,有意にワーク・ライフ・バランスへの自己評価が高かったのは,「職員を大切にしている組織である,メリハリをつけて働き,業務が終われば周囲に気兼ねなく帰ることができる,家庭内での役割に満足,休養の質に満足」と回答した人であったと述べている.

育児休業取得後の中堅前期保健師は,結婚や出産,育児などのライフイベントによりワーク・ライフ・バランスをとることが難しい時期であるため,適切な仕事内容と量の配分をするとともに業務効率の検討を行い,時間の有効活用を図る必要がある.そのためには,業務上の疑問等を一人で抱え込まずに気軽に相談し合いともに育ち合えるように,職場全体での組織的な取り組みによる職場環境づくりの構築が重要であると考える.

4. 研究の限界

本研究は,育児休業取得後の市町村の中堅前期保健師に限定しているため,一般化するには限界がある.今後は,本研究での知見を活かし,県型保健所,政令市,中核市の保健師へと対象を拡大するとともに,質問紙での実態調査を実施し,データを蓄積していく必要がある.

V. 結語

本研究では,育児休業取得後の中堅前期保健師の仕事と家庭生活の両立への思いを明らかにした.

育児休業取得後の中堅前期保健師は,【求められる仕事内容の変化への気づき】をし,【学びたい思いと葛藤】をもちながら【仕事の進め方を変化させる必要性への気づき】を得て,【育児経験を仕事に活かせる効用感】を実感していた.また,仕事をする中で,【仕事への意欲や責任とプレッシャー】を感じながらも,【仕事での喜び】を実感していた.【仕事と家庭生活のバランスをとれないジレンマ】をかかえ悪戦苦闘しながら,【家族の存在と身内のサポートによる支え】を得て【仕事と家庭生活の気持ちの切り替え】の実行に努めるとともに,【育児休業を取り復帰しやすい職場環境づくりへの意欲】をもっていた.

謝辞

本研究にご協力いただきました市町村の保健師の皆様に深く感謝申し上げます.

利益相反

本研究に開示すべきCOI状態はない.

文献
 
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