2024 年 13 巻 2 号 p. 96-107
目的:医療的ケア児と家族の支援における保健師の役割と役割形成プロセスを明らかにする.
方法:政令指定都市保健センターの保健師8名に半構造化面接を実施し,修正版グラウンデッド・セオリー・アプロ―チ(M-GTA)を用い分析した.
結果:保健師の役割形成プロセスは《保健師としての立ち位置と自信の揺らぎ》,《低い自己評価による関わりの躊躇》を経て《自らを支援に向かわせる気づきの重なり》を得る中で《保健師の役割の自覚》に至った.保健師は地域を基盤に活動する強みを活かし【子どもの療育・就園・就学の支援】【家族の精神的支援】【地域のネットワークづくり】などの役割に力を発揮していた.
考察:医療的ケア児支援では,継続支援により【自信と肯定感の獲得】をしたこと,また【保健師だから担えることの気づき】【保健師の強みの気づき】【自らの保健師活動のコアの気づき】という活動のコアとなる気づきを得たことが保健師の役割形成を促す力となっていた.今後,保健師の「揺らぎ」を活動の活性化につなぐためのサポートとして,職場で支援目標の共有の必要性が示唆された.
Objective: To identify the formation of roles among public health nurses in their support of children receiving medical care and their families.
Methods: Semi-structured interviews were conducted with eight public health nurses at a public health center in a government-designated city. The content was analyzed using a modified version of the grounded theory approach (M-GTA).
Results: Role formation among public health nurses is marked by “uncertainty about their position and confidence as public health nurses,” “hesitation to get involved due to low self-esteem,” followed by “a series of realizations that led them to support the children.” Consequently, nurses developed an “awareness of the roles of public health nurses. ” They used their strengths in community-based activities, demonstrating their abilities in such roles as providing support for children’s rehabilitation and school attendance, providing emotional support for families, and creating community networks.
Discussion: When providing medical care to children, continued support led to nurses gaining confidence and a sense of affirmation. They also recognized the core of their activities: 1) their roles as public health nurses, 2) the strengths of public health nurses, and 3) the core of their own public health nurse activities. These, in turn, became the driving forces behind role formation. For their “uncertainty” to be replaced by “an invigoration of their activities,” sharing support objectives in the workplace will be necessary in the future.
近年,医療技術の進歩を背景に,NICUやPICU退院後も人工呼吸器や胃ろう等が必要な医療的ケア児が急増している.2018年時点で,全国で1.9万人(奈倉,2020)とされ,多くの子どもが医療・福祉・保健・教育に渡る複合的課題を抱え地域で生活している.
2021年に「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」が成立し,国や自治体の責務が明記された.その内容に,医療的ケア児と家族の日常生活支援,相談体制整備が挙げられており,行政の保健師も地域で医療的ケア児と家族が健やかに日常生活を送ることができるよう相談体制を含め支援の強化を図る必要がある.
医療的ケア児とその家族の支援(以下,医療的ケア児支援)では多職種連携が重要である.しかし,市川(2018)が関係職種間の役割分担が不明確で他職種から保健師の役割の見えづらさを,浅井(2019)が親から保健師の役割の見えづらさを報告している.さらに岡田(2019)の保健師自身が親から期待されない役割に戸惑い,保健師ならではの役割を模索しているとの報告がある.このように,医療的ケア児支援は,保健師の役割が十分整理されていないことが問題となっている.
また,役割が不明確であることは,NIOSH(米国国立職業安全保健研究所)の職業性ストレスモデルでストレッサーの一つとされ,原谷(1998)らが日本語版を示している.小牧(1994)が職務ストレッサーとメンタルヘルスの関係は,役割曖昧性や役割葛藤が大きいほどメンタルヘルス状態が悪化すると報告している.よって,役割の整理が不十分な中,活動する保健師はストレスを抱えている可能性がある.また高度医療を要する医療的ケア児の支援は,保健師全体の経験が浅く保健師が不安等を抱く可能性がある.そのため支援中の保健師の思いを理解し,適切なサポートを講じなければ保健師活動の停滞を招く恐れがある点も問題と考える.
現在,先行研究では医療的ケア児支援における保健師の役割は体系化されつつあるが,まだ完全には整理されていない.大木ら(2019)が親子保健活動における公衆衛生看護技術として長期療養児(医療的ケア児を含む)や障害をもつ子どもと家族への支援と評価に関する技術項目を示している.しかし課題に,テキストを中心とした記述内容からの技術の抽出のため,記述された範囲での体系化という限界を持ち,生活基盤としての地区・小地域を対象とした技術抽出が困難であったことを挙げている.それゆえ実践者からのヒアリング等を通した実践知の言語化を基に,さらに検討が必要と述べている.また行政保健師の支援内容を,戸谷ら(2022)が50項目,青山ら(2020)が19サブカテゴリー報告しているが,そこでも地域の医療・社会資源状況を踏まえ,一般化に向け研究を蓄積させる必要性を課題に挙げている.
一方,先行研究に,医療的ケア児支援中の保健師の行動,思いや意図の変化に焦点を当てた役割形成のプロセスに関するものは,ほぼ見当たらない.保健師が支援中どのような思いを感じ,その中でどう行動し,自身の役割を見出すのか,そのプロセスの可視化は,保健師に必要なサポートを見出し,また実践知を蓄積させ,保健師の役割を明確化するために必要と考える.
以上のことから,本研究では,医療的ケア児の支援における行政保健師の役割形成プロセス及び保健師の役割を明らかにすることを目的とする.それにより保健師の役割を明確に関係職種や親に示せるように,また保健師をサポートできるようにし,多職種連携及び医療的ケア児とその家族への効果的な支援に資するものとする.
質的記述的研究は,その他の質的研究方法と同様に内部者の見方(emic)から現実を明らかにすることを目的とする(グレッグ,2016).本研究は,保健師の経験の中身の詳細な聞き取りから医療的ケア児支援における保健師の役割形成プロセスと役割を明らかにすることを目的とするため,質的記述的研究が妥当と考えた.
2. 用語の定義役割とは,社会生活において,その人の地位や職務に応じて期待され,あるいは遂行しているはたらきや役目のことである(デジタル大辞泉第2版,2012).本研究で「保健師の役割」とは医療的ケア児支援に必要とされ保健師の専門性を発揮して担うべき具体的な支援内容と定義する.また「保健師の役割形成プロセス」とは保健師が自らの役割を見出すプロセスをいい,担うべき支援内容を明確に認識する過程と定義する.
3. 研究協力者と調査方法研究協力者は,中京圏の政令指定都市保健センターに勤務する常勤係員級保健師とした.調査では,医療的ケア児の支援において,保健師が役割を見出すプロセスを聴取するため,0歳から6歳の医療的ケア児の一事例に対し,概ね6か月以上に渡り,継続的に関わった保健師を対象とした.また,保健師の経験年数が支援に影響する可能性を考え,新任期と中堅・管理期保健師の両者の聴取が適切と考えた.研究協力者数を確保でき,施設による取り組みの違いを聴取できる可能性を考え,医療的ケア児数が市内上位2施設の管理的立場の保健師に紹介を依頼した.その結果,条件に合致し研究協力を承諾した者は8名であった.条件が合致する者の紹介を受け,研究者が文書と口頭で目的を説明し同意を得て行った.
調査は2021年7月から8月に,1名60分から90分,インタビューガイドを用いて半構造化面接を行い,研究協力者の承諾を得てICレコーダーで録音し,逐語録を作成した.インタビュー内容は,一事例を通した経験を聴取し,①医療的ケア児への介入前及び支援後に保健師が感じた気持ち,②医療的ケア児と家族に行った具体的行動とその際意図したこと,③支援中に感じたやりがいや難しさ,④関係機関に行った連携内容,⑤今後の支援の方向性,⑥今後保健師に必要と考えること等である.
4. 分析方法 1) 保健師の役割形成プロセス保健師が役割形成に至る過程分析のため,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(以下M-GTA)を用いた.M-GTAは現場で応用・実践可能な実践的理論を生成する質的研究のアプローチ(山崎,2019)のため研究目的に合致し適切と考えた.分析テーマは医療的ケア児支援における保健師の役割形成,分析焦点者は保健センター保健師に設定し,次の手順で分析した.
①逐語録から保健師が支援中に感じた思いや意図に関し内容の豊富なものを分析の1例目に選択し,データを熟読して「保健師の役割形成」に関連する箇所に着目し「保健センター保健師」にとっての意味を解釈した.語りの文脈を切らないようデータは文章のまとまりで抽出し,木下(2018)の「分析ワークシート」を用い,概念名・定義・ヴァリエーション(具体例)・理論的メモの4項目で構成した「分析ワークシート」の「ヴァリエーション」の欄に記入した.ヴァリエーションの意味を表し類似例も説明可能な幅を持つ「定義」を記入し,定義の意味を凝縮し「概念」を生成した.「理論的メモ」は解釈の検討記録,疑問やアイデア等記載した.②2例目以降は1例目で生成した概念の類似例と対極例を確認し関連データをワークシートの具体例に追加し,該当しないものは新たな概念を生成し分析ワークシート毎の完成度を検討した.③意味内容の類似する概念からカテゴリーを生成した.④生成された概念とカテゴリーの相互関連がプロセスのどこに位置しプロセスがどのような動きとなるか検討し結果図とストーリーラインを作成した.
2) 保健師の役割逐語録から保健師の役割に関する語りを行動とその意図に着目して抽出,ワークシートに書き出し,コード化し概念を生成後,カテゴリー分類し一覧にまとめた.
なお分析時,公衆衛生看護と質的研究に精通した研究者のスーパーバイズを受けた.また結果を研究協力者及び保健センター保健師に読んでもらい,了解できるか,納得できるかについて意見を得て,結果が研究者の偏りや歪みによる影響を受けていないかを確認し,信頼性・妥当性を確保した.
5. 倫理的配慮研究協力者に,研究の主旨,研究参加の任意性,プライバシーの保護,予測される利益・不利益等を説明し文書で同意を得た.日本福祉大学大学院「人を対象とする研究」に関する倫理審査委員会の審査・承認を得た(承認番号19-042,2020年3月2日)後,実施した.
研究協力者は政令指定都市の保健センターの常勤保健師8名である.年齢は20歳代から50歳代で平均年齢38.3歳,保健師歴は平均13.1年(範囲1–30年),新任期(1–5年)と中堅・管理期(6年以上)は各4名であった(表1).インタビュー所要時間は1名平均75.9分(範囲63–88分)であった.
研究協力者の属性
保健師 | 支援した医療的ケア児の事例 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|
ID | 年齢 | 経験年数 | 支援開始年齢 | 調査時年齢 | ADL | 医療的ケアの内容 |
A | 50代 | 29 | 妊娠期 | 2歳代 | 全介助 | 在宅酸素,腸管栄養 |
B | 30代 | 14 | 4か月 | 4歳代 | 歩行可 | 気管切開 |
C | 50代 | 30 | 2歳11か月 | 4歳代 | 全介助 | 在宅酸素,腸管栄養 |
D | 40代 | 19 | 0か月 | 1歳代 | 全介助 | 気管切開,胃ろう |
E | 30代 | 5 | 8か月 | 1歳代 | 全介助 | 気管切開,経鼻栄養 |
F | 20代 | 4 | 3か月 | 1歳代 | 全介助 | 在宅酸素,経鼻栄養 |
G | 20代 | 3 | 1歳2か月 | 3歳代 | ずり這い | 経管栄養 |
H | 20代 | 1 | 2歳0か月 | 3歳代 | 歩行可 | C-PAP,人工内耳 |
分析の結果,保健師の役割形成プロセスは4コアカテゴリー,8カテゴリー,26概念が抽出され(表2)概念間の関係を図に整理した(図1).以下,コアカテゴリーを《 》,カテゴリーを【 】,概念を〔 〕,研究協力者の語りを「 」で示し,表のA~Hは研究協力者を表す.
医療的ケア児支援における保健師の役割形成プロセス
コアカテゴリ | カテゴリ | 概念 | 定義 | データ(語り)の一例 |
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保健師としての立ち位置と自信の揺らぎ | 介入前の不安 | 見通し不透明の不安 | 病状不安定で,先の見通しが不透明な子どもとその親を支援していく不安 | Aさん:いつ何が起こってもおかしくないってずっと聞いていたので,どうなるかなーと思って.お母さんの精神的負担が大きいと思ったので(どう支援したらいいか不安で). |
医療的ケアの知識・技術不足の不安 | 医療的ケアの知識・技術,医療的ケア児支援の経験値が不足していることの不安 | Hさん:経験がなかったのもあって,実際に医療的ケアのお子さんがどういう風に生活しているとか,わからないことがすごく多くて不安だなって. | ||
親の受け入れを得る上での不安 | 技術不足でも受け入れられ関係構築できるか,親の不安を汲み取れるかの不安 | Cさん:医療的ケアは十分に自分に技術があるわけではないので,そういう保健師を受け入れてもらえるか心配していました. | ||
役割が不明確な不安 | 自分に何ができるのか,自らの役割が明確に見いだせていない不安,退院会議で自信を持って役割を告げられない不安 | Bさん:私に何か力になれるのか,親御さんが自分たちをどう受け入れてくれるか,何を求められているか見えにくいし.病院から何を期待されているか見えにくいので. | ||
役割の自問を生む立ち位置の揺らぎ | 親に支援が評価されない不安 | 親に保健師は何をしてくれるのかと問われる不安があり,社会資源の紹介等の支援が評価されにくいことへの不安 | Gさん:保健師に何が出来るのか考えた時に,社会資源の紹介とか状況把握がメインになってしまうので,難病の方で多いですけれど,保健師さん何してくれるんですか?と言われることも多いですし,そうならないように意識してました. | |
頻回訪問できない気後れ | 他職種に比べ関わり頻度の少なさから親に申し訳ないと思う気持ち,親との信頼関係構築のしづらさの不安 | Dさん:訪看も訪リハも往診の先生も,頻度がすごくある.実際に処置,ケアをする意味では.もうこれだけ入ると,そっちに信頼できる人ができてきてになると思うんです. | ||
詳しい知識の親に立場逆転のつらさ | 親の方が医療的ケア知識や社会資源の詳しい情報を持つことに対し,専門職として十分,力になれないジレンマ,医療的ケアの看護技術を保持する理想の姿とできていない現実との間のつらさ | Gさん:私が知らない知識,お母さんの方が詳しい知識があった時に,ご存知ですかって聞かれて,聞いたことあるけどみたいな反応をして,逆に説明をしてもらっちゃったことがあって(中略)私は結構,帰りに教えられちゃったなと落ち込んだんです. | ||
支援策が見出せないつらさ | 制度の壁などにより,解決策や提案できることがないつらさやもどかしさ | Fさん:(ショートステイ利用は)呼吸器の子は他機関にどうしているか聞いたんですけど,案はないと言われてしまって.私も明確な答えを出せれず頭を抱えてしまって. | ||
低い自己評価による関わりの躊躇 | 低い自己評価による関わりの躊躇 | 支援が親の負担になることを恐れる思い | 親の忙しさや疲労等を考えると,支援中,親に時間を割かせ,反対に疲労する親の負担になることを心配する思い | Cさん:(保健師の訪問や電話に)どこまで意義を感じてもらえるかどうか,こちらもそこまで関わっていいのだろうか,貴重なママの睡眠時間を削ることになっては,本当に意味があるのかどうかが難しい. |
持続する役割の自問 | 保健師としてできることが少ない,何も支援できていないと思う自己効力感の低い状態,持続している役割の自問 | Hさん:お母さん,対応できている方で.(中略)聞くだけっていう風になっちゃって,自分の中で行っただけで,何もできていないしとか,(中略)関わりづらさ,その気持ちは正直ありました. | ||
関われるかは親の受け入れしだい | 支援を求めていない親や拒否的な親への支援は気が重く感じ相談時対応の待ちの姿勢になるとの思い | Aさん:保健師さん来ても,結局何もしてくれんってなっちゃうと,行きにくくなったり.話すだけなら来てくれんでいいわって,拒否される方もあると思うと行きにくくなっちゃうかな. | ||
自らを支援に向かわせる気づきの重なり | 保健師だから担えることの気づき | 大変だからこそ関わるべき存在の気づき | 医療的ケア児は親の負担大で注意・調整点が多く,保健師に多職種の一員として役割意識が求められ難しいが,大変さゆえ関わるべき存在という気づき | Fさん:他のお子さんより抱える家族の問題とか,大変さが多いですね,医療機器とかありますし(保健師が)家族の気持ちに敏感になろうとしますし.お子さんも安全かなと色々と見るポイントが多いので関わります. |
医療的ケア児支援も基本は寄り添いの気づき | 医療的ケア児も関わりの基本は他の母子支援と変わらず,困りごとの対応は突き詰めれば寄り添いという気づき | Bさん:関わってみて,やっぱりみんな普通のお母さん.突然こういうお子さんを自分の子として育てていくことになるので,大変さもそこにあるしで,保健師が寄り添えるといいかなみたいな. | ||
コーディネーターを担う必要性の気づき | 調整役は課題で変化しサービス未利用時不在となるため,保健師がコーディネーターを担う必要性があるとの気づき | Dさん:コーディネーターは児童デイを運営する障害基幹支援センターの相談員が,そのデイを使うとなると思ったんですが結局使わなくて(コーディネーターは)誰もいなかったになります. | ||
子どもの成長は在宅療養の成果という気づき | 当初,状態の悪かった子どもの心身の成長から感じる在宅支援をした成果の実感,子どもの生命力と親子のがんばりに対する感動 | Aさん:最初,予後がはっきり分からない中で帰ってみえて.子どもってすごいなって,生命力というか,知らない人来ると(表情変わり)お母さんと違うのでえらい中でもちゃんとわかるしどんどん心が発達してる. | ||
支援頻度は連携で補完するという気づき | 頻回訪問できなくても,他機関と連携を密に情報を得れば支援頻度を補え,タイムリーな支援可という気づき | Dさん:保健師って,そこそこの家に,そんな回数行けるわけでもないですから.関わっているメンバー達と絶えず,タイムリーに連携して,合わせ技でいけると,とっても行きやすいというか. | ||
保健師の強みの気づき | 話を聞くことを主目的にできる強みの気づき | 訪問看護師はケアや外出支援で親との会話時間がとりづらいが,保健師は話を聞くことを主目的に訪問でき,じっくり寄り添えることの気づき | Eさん:(保健師はじっくり)お母さんから想いを聞くけれど,訪看さんはお子さんのケアの間に,お母さん休んでいいよとか,買い物してきていいよという感じで,お母さんの話をゆっくり聞きに来たっていう関わりではないと思うんです. | |
自由な立場でアウトリーチ可能な強みの気づき | 契約不要の自由な立場でアウトリーチ力を活かして支援できる,家族にとって保健師は気軽で身近な存在 | Bさん:相談支援専門員とか,契約の中で活動していく方かと思うので.そう思うと私達は,お母さんたちに無料でというか,いつでも話せるし,聞きたいことを聞けるし,来てほしいなら行くしっていう動きが割と自由に取れる存在なので. | ||
地域ネットワークを持つ自負 | 地域の情報を把握しており,地域役員や関係機関との関係性を持つ自負 | Bさん:地域のこととか,生活のことについては,まあ,こちらが情報持っていたり,紹介できることも多いかなあと思うので. | ||
自らの保健師活動のコアの気づき | 関わりづらくても住民を支援するのが保健師 | 関わりやすいから関わるのではなく,支援の必要性で関わるという意志,支援につながり切れないように介入する思い | Hさん:普通の親子と関わる時よりハードルが上がっちゃう.でもやっぱり地域で暮らす方々を支援するのが保健師.やりやすいから,やりにくいからで判断するのは違うと思う. | |
糸口をつかみ長く寄り添うのが保健師 | できることは必ずあると考え,関わり続ける中でチャンスをつかみ支援する,潜在ニーズを見つけ細く長く関わるという思い,何かしら困りごとはあるという考え | Cさん:私自身は先輩から言われたり思っているのは,保健師はある意味,隙間産業かなって(中略)見守りや関わりのポイントを見つけて(中略)ママ自身孤立してる中で数少ない関わりのある人として,保健師は細い糸でも繋がっとかないといけない. | ||
地域で育つよう支援するのが保健師 | 入園・入学などライフステージを見据え,地域の人と共に育つために地域につなぎ,医療的ケアに係る地域の子育て資源を育成する自覚 | Dさん:横で繋がっていくと,そこで力をつけられるお母さん方や家族がとても多いんですけど(中略)お子さん自身,家族だけ,お母さんだけ,ではなくて全体で,家庭に,地域に暮らす人へ支援をするというところで. | ||
自信と肯定感の獲得 | 必要とされた実感 | 親が保健師の支援を喜んでくれ,困った時に最初に相談してくれた充実感,気持ちを吐き出し頼ってくれ,支援できた実感 | Eさん:最初ツンとしてたんですよ.でも何度も会ったり,電話したりしていく中で意外と心を開いてくれて,困ると私に電話をしてくれて,助けてって言ってくれるようになって,やりがいはやっぱり感じました. | |
育まれた自信 | 継続的に関わる中で医療的ケア児支援に必要なことを理解し,不安感や抵抗感が減少・消失,自信を得た自覚 | Fさん:最初,怖い怖い怖い,って感じだったんです,大丈夫かなとか.すごく不安ですごいブルーだったですけれど,(中略)自信がついたんですかね,前より,敷居が低くなった気がします. | ||
保健師の役割の自覚 | 保健師の役割の自覚 | 明確になる役割認識 | 自身の実践を肯定し「これが保健師の役割」と自信を持って価値認識する,自分なりの支援基準ができる | Dさん:お母さんの受け止めとかに時間をかけて,関わっていくことは,今,できる立場にいる.お母さんに関わっているメンバーでは,精神的支援は,やっぱり保健師なのかなと思ったので. |
学ぶ意欲の高まり | 医療的ケアの知識・技術,社会資源を学びたい気持ち,自らの経験を伝え,事例共有で支援の質をさらに高めたい意欲 | Aさん:自分だけの対応の仕方にも,限界もあったりするので,みんなで共有しながら,積み重ねていけると,対応も自信って言うか,ちょっと行きにくい所が,変わるかなと思ったりして. |
医療的ケア児支援における保健師の役割形成プロセス
なお,本研究における保健師の役割形成プロセスは,研究協力者である保健師が一事例への支援を通し,経験したことに基づくものである.
〈ストーリーライン概要〉
保健師の役割形成プロセスは《保健師としての立ち位置と自信の揺らぎ》から始まった.【介入前の不安】では〔見通し不透明の不安〕〔医療的ケアの知識・技術不足の不安〕〔親の受け入れを得る上での不安〕〔役割が不明確な不安〕を感じていた.支援開始後【役割の自問を生む立ち位置の揺らぎ】として〔親に支援が評価されない不安〕〔頻回訪問できない気後れ〕〔詳しい知識の親に立場逆転のつらさ〕〔支援策が見出せないつらさ〕を経験し役割の自問が始まった.保健師は支援中《低い自己評価による関わりの躊躇》を感じることがあった.【低い自己評価による関わりの躊躇】では〔支援が親の負担になることを恐れる思い〕〔持続する役割の自問〕〔関われるかは親の受け入れしだい〕と感じていた.そして保健師は,継続的に関わるか,親から相談された時に関わるかを葛藤していた.
次に保健師は支援継続への思いから役割を自問自答する中で4つの《自らを支援に向かわせる気づきの重なり》を得る.【保健師だから担えることの気づき】として〔大変だからこそ関わるべき存在の気づき〕〔医療的ケア児支援も基本は寄り添いの気づき〕〔コーディネーターを担う必要性の気づき〕〔子どもの成長は在宅療養の成果という気づき〕〔支援頻度は連携で補完するという気づき〕を得た.【保健師の強みの気づき】は〔話を聞くことを主目的にできる強みの気づき〕〔自由な立場でアウトリーチ可能な強みの気づき〕〔地域ネットワークを持つ自負〕であった.【自らの保健師活動のコアの気づき】の具体例は〔関わりづらくても住民を支援するのが保健師〕〔糸口をつかみ長く寄り添うのが保健師〕〔地域で育つよう支援するのが保健師〕という思いであった.支援の中で〔必要とされた実感〕を得て〔育まれた自信〕から【自信と肯定感の獲得】をした.保健師は気づきの積み重ねから自身の実践を徐々に肯定していき〔明確になる役割認識〕となり《保健師の役割の自覚》に到達した.【保健師の役割の自覚】に至った保健師に〔学ぶ意欲の高まり〕がみられた.
1) 保健師としての立ち位置と自信の揺らぎ保健師は《保健師としての立ち位置と自信の揺らぎ》を経験した.【介入前の不安】は病状不安定で先の見通しが不透明な状態で退院する子どもと親をどう支援するか〔見通し不透明の不安〕を抱いた.〔医療的ケアの知識・技術不足の不安〕がある中,関係構築できるか〔親の受け入れを得る上での不安〕や,退院カンファレンスで自らの役割を明確に親や関係機関に告げることができず〔役割が不明確な不安〕を感じた.
支援開始後【役割の自問を生む立ち位置の揺らぎ】を経験した.保健師は〔親に支援が評価されない不安〕として「保健師は何をしてくれるのか」と問われる不安や保健師が行う社会資源の紹介等の支援は評価されにくい不安を感じていた.また〔頻回訪問できない気後れ〕は他職種に比べ関わり頻度の少なさから濃厚に個別支援を行うべきなのにできず親に申し訳ないと思う気持ちや親との信頼関係構築のしづらさを不安に感じていた.〔詳しい知識の親に立場逆転のつらさ〕では,親が医療的ケアの知識に詳しく専門職として力になれないジレンマや看護職として医療的ケアの看護技術を保持する自身の理想の姿とできていない現実との間でつらさを感じた.制度の壁で〔支援策が見出せないつらさ〕も感じた.
2) 低い自己評価による関わりの躊躇保健師は支援中【低い自己評価による関わりの躊躇】を感じることがあった.関わりを躊躇する理由の一つが〔支援が親の負担になることを恐れる思い〕であった.支援中,親に時間を割かせ,疲労する親に負担をかけないか保健師は心配していた.また〔持続する役割の自問〕は保健師として,何も支援できていないと思う自己効力感の低い状態で,関わりの躊躇の一因となった.そして〔関われるかは親の受け入れしだい〕では,支援を求めていない親や拒否的な親には,相談時対応の待ちの姿勢になると感じていた.《低い自己評価による関わりの躊躇》は持続することがあり,継続的に関わるか,親から相談された時に関わるか葛藤があったが,支援は継続されていた.
3) 自らを支援に向かわせる気づきの重なり《保健師としての立ち位置と自信の揺らぎ》を感じながらも,保健師として支援すべきという責務から,自身の役割の自問自答を繰り返す中で実践を振り返り,保健師は多くの気づきを得ていった.【保健師だから担えることの気づき】では医療的ケア児支援は注意・調整点が多く,さらに保健師に多職種の一員として役割意識が求められ,専門的知識や判断力が必要とされる点で関わりの難しさがあるが〔大変だからこそ関わるべき存在の気づき〕を得た.また親子の難しい課題や何気ない子育て相談に応じる中で他の母子支援と変わらず〔医療的ケア児支援も基本は寄り添いの気づき〕や調整役がサービス未利用時不在となり保健師が〔コーディネーターを担う必要性の気づき〕を得た.〔子どもの成長は在宅療養の成果という気づき〕は,当初状態の悪かった子どもの心身の成長から感じる在宅支援の成果の実感であった.またタイムリーな支援のため〔支援頻度は連携で補完するという気づき〕を得た.
【保健師の強みの気づき】では,訪問看護師がケア中に親の外出を支援する事例で,看護師と親の会話時間がとりづらい様子から,保健師はじっくり寄り添い〔話を聞くことを主目的にできる強みの気づき〕を得ていた.また保健師は契約不要の〔自由な立場でアウトリーチ可能な強みの気づき〕や地域の情報を把握しているという〔地域ネットワークを持つ自負〕を感じていた.
【自らの保健師活動のコアの気づき】では,具体例として〔関わりづらくても住民を支援するのが保健師〕という思いがあった.親の受け入れで関わりやすいから関わるのではなく,支援の必要性で関わるという意志を持っていた.この気づきは《保健師としての立ち位置と自信の揺らぎ》や《低い自己評価による関わりの躊躇》の中で,保健師を継続支援に向かわせていた.また関わり続ける中でチャンスをつかみ支援する,潜在ニーズを見つけ細く長く関わる〔糸口をつかみ長く寄り添うのが保健師〕との思いや,地域につなぎ,地域の医療的ケア児の子育て資源を育成する〔地域で育つよう支援するのが保健師〕との思いがあった.保健師はこれらの気づきを重ね,徐々に自身の実践を肯定できるようになった.
そして親が保健師の支援を喜び,困った時に最初に相談してくれた充実感から〔必要とされた実感〕を得た.また継続支援の中で医療的ケア児に必要な支援の理解が進み,不安感や抵抗感の減少・消失から〔育まれた自信〕につながり【自信と肯定感の獲得】をした.
4) 保健師の役割の自覚保健師は《自らを支援に向かわせる気づきの重なり》から自身の実践の肯定が進み「これが保健師の役割」と自信を持ち価値認識する〔明確になる役割認識〕により【保健師の役割の自覚】に至った.そこでは〔学ぶ意欲の高まり〕があり,介入前に不安に感じた医療的ケアの知識・技術等の学びや自らの医療的ケア児支援の経験を伝え事例共有で支援の質を高めたい意欲が認められた.
3. 医療的ケア児支援における保健師の役割分析の結果,保健師の役割は3分類,6大カテゴリー18中カテゴリー,31小カテゴリーが抽出された.概要を一覧に示す(表3).以下大カテゴリーを【 】,中カテゴリーを〈 〉,小カテゴリーを〔 〕で示す.なお,ここで示す役割は,保健師対象のインタビュー調査に基づくため,保健師が認識した役割である.
医療的ケア児支援における保健師の役割
分類 | 大カテゴリー | 中カテゴリー | 小カテゴリー |
---|---|---|---|
子どもへの支援 | 1.子どもの入院中・退院前後の支援 | 子どもの病状に応じた情報提供 | 胎児及び入院中の子どもの病状把握,医療的ケアに伴って生じる可能性のあるリスク把握 |
支援の申し出,入院中や里帰り時の医療費助成・予防接種・子育ての社会資源の情報提供 | |||
在宅移行に向けた関係機関連携・役割分担 | 退院カンファレンスや同道訪問による在宅移行に向けた情報共有・役割分担・環境調整 | ||
2.子どもの成長発達・状態安定の支援 | 子どもの病状・発育発達の経過把握 | 子どもの病状・健康状態・発育発達の継続的な評価・経過把握 | |
親子の相互作用・愛着形成の支援 | 親が子どもの伸びに目を向け成長に気づき,育児の喜びの実感につながる声かけ | ||
発達の遅れを気にする親,感情表出が困難な子への関わりが少ない親,医療的ケアの実施で余裕がない親等に対し,親が子どもの可愛さに気づき親子の愛着形成を促す支援 | |||
発達を促すマッサージや遊びの保健指導 | 子どもの体の感覚や嚥下機能等の発達を促し,親子のスキンシップを図るマッサージと遊びの指導 | ||
発達に応じた育児や生活の保健指導 | 離乳食・生活リズム・リハビリ・健康維持など,発達に応じた育児や生活の指導 | ||
安全面の確認と保健指導 | 安全な医療的ケアのための看護手技や環境の確認と指導,感染予防・事故予防の指導 | ||
緊急時や災害時の連絡先・搬送方法・電源等備えの確認と指導 | |||
3.子どもの療育・就園・就学の支援 | 療育とインクルーシブ教育の支援 | 療育・リハビリに関する情報提供と調整 | |
就園・就学に関する情報提供,動き方がわからない親に,園・学校との連絡・調整や同行等コーディネーター役,同年齢の子と育つインクルーシブ教育の支援 | |||
家族への支援 | 4.家族の精神的支援 | 家族の障害受容の支援 | 入院中及び在宅療養中の親の心配事や障害受容のアセスメント |
親の障害受容を促す気持ちの聞き役,つらさや否定的感情の受け止めとねぎらいの声かけ | |||
家族の精神的支援・グリーフケア | 不安やストレス時の寄り添い,子どもの死に遭遇した親への寄り添い | ||
感情表出が苦手な親の思いを引き出す声かけ,懸命なケアをする親へのねぎらいの声かけ | |||
5.家族のセルフケア機能向上の支援 | 育児力把握と家族関係調整 | ケア状態・支援者の状況・家族関係のアセスメント | |
家族関係不調時の気持ちの整理や関係改善に向けた家族関係調整 | |||
社会資源やサービス利用の提案・調整 | 親の負担軽減のためのレスパイトやサービス,社会資源の利用の提案・調整 | ||
きょうだい・家族のライフイベントや思い出づくりのための社会資源利用の提案・調整 | |||
生活安定に向けた社会的課題の調整 | 就労・離婚・経済的問題,虐待等に対し,親と一緒に道筋の整理や関係機関同行等,生活安定に向けた社会的課題の調整 | ||
家族の健康の相談・支援 | 家族の休養の促しや健診受診勧奨等,健康保持のための予防的支援 | ||
地域への支援 | 6.地域のネットワークづくり | 地域資源につなぐ支援 | 親に他の親の貴重な経験の情報提供 |
地域の親や子育て支援者の紹介・橋渡し,外を見る余裕のない親に交流を促す声かけ | |||
地域資源を育成する支援 | 医療的ケア児の自助グループの育成・支援 | ||
講演会等学び場づくり・地域における啓発 | |||
幼・保育園・療育機関,地域役員・NPO等子育て機関と連携協働による交流の場づくり | |||
社会資源拡充に向けたアドボカシー | 自治体の制度構築を担う部署へ,親の声や現行制度の不備・課題の提示 | ||
関係機関との連携・協働 | 平常時,退院カンファレンス等の役割分担に基づく支援・情報共有 | ||
問題発生時や児童虐待等リスク発生時の情報共有・連携した支援 | |||
担当者間・自治体間の支援方針の引き継ぎ |
保健師は【子どもの入院中・退院前後の支援】では,継続的に病状把握や医療費助成,予防接種等〈子どもの病状に応じた情報提供〉をし,親の前向きな養育を支援していた.退院カンファレンスや同道訪問により〈在宅移行に向けた関係機関連携・役割分担〉を行っていた.
在宅移行後,保健師は【子どもの成長発達・状態安定の支援】として,5つの支援を行っていた.毎回〈子どもの病状・発育発達の経過把握〉をし,〈親子の相互作用・愛着形成の支援〉では,発達の遅れを気にする親,感情表出困難な子どもへの関わりが少ない親,医療的ケアで余裕がなく子どもの可愛さに気づけない親等に,子どもの伸びに目を向け成長に気づくよう支援していた.〈発達を促すマッサージや遊びの保健指導〉では,子どもの体の感覚や嚥下機能を促し親子のスキンシップを図る指導を,〈発達に応じた育児や生活の保健指導〉は,離乳食や生活リズム等の育児や生活指導を行っていた.〈安全面の確認と保健指導〉は,医療的ケアの看護手技や感染予防,事故予防,緊急・災害時の備え等の指導を行っていた.
【子どもの療育・就園・就学の支援】は,〈療育とインクルーシブ教育の支援〉として,動き方がわからず困惑する親に保健師が園・学校と連絡調整や同行等コーディネーター役を担い同年齢の子と育つ支援をしていた.
2) 家族への支援保健師は【家族の精神的支援】として〈家族の障害受容の支援〉を行っていた.子どもの障害を受容できず,「普通なら離乳食が始まる時期なのにと思うと虚しい,やっぱり長生きしてほしくない,障害児になっていくこの子を受け入れられない」と語る親に対し,保健師はその親のつらさや否定的感情を受け止め,ねぎらいの声かけを行っていた.また,〈家族の精神的支援・グリーフケア〉では,不安やストレスを抱える親や,子どもの死に遭遇した親に寄り添う支援を行っていた.
【家族のセルフケア機能向上の支援】では,親の〈育児力把握と家族関係調整〉や,負担軽減に向けた〈社会資源やサービス利用の提案・調整〉を行っていた.また〈生活安定に向けた社会的課題の調整〉では,就労・離婚・経済的問題・虐待等に対する道筋の整理や関係機関に同行し,〈家族の健康の相談・支援〉では,家族に休養の促しや健診勧奨等を行っていた.
3) 地域への支援保健師は個別支援と並行し【地域のネットワークづくり】として,親子を地域の親や子育て支援者に橋渡しする〈地域資源につなぐ支援〉を行っていた.また地域づくりに力を入れる保健師がいる職場では,その保健師がメンバーを牽引し,医療的ケア児の自助グループ育成や講演会等の学び場づくり,地域への啓発等〈地域資源を育成する支援〉に職場全体で活発に取り組んでいた.制度の壁でサービス利用が困難な事態に遭遇した際は自治体で制度構築を担う本庁部署に親の声や現場の課題を伝える〈社会資源拡充に向けたアドボカシー〉を行った.平時は退院カンファレンスの役割分担に基づき活動し,問題発生時は迅速に〈関係機関との連携・協働〉をしていた.
保健師の役割形成プロセスは,《保健師としての立ち位置と自信の揺らぎ》から役割の自問が始まった.そして自問自答の中で《自らを支援に向かわせる気づきの重なり》を得て,徐々に自らの実践の価値認識が進み,明確に役割認識し《保健師の役割の自覚》に至ることが明らかになった.プロセスの特徴を次に4点述べる.
第1に,医療的ケア児支援では,最初に《保健師としての立ち位置と自信の揺らぎ》が生じるが,それを乗り越える力となるものは,自問自答の中で得た《自らを支援に向かわせる気づきの重なり》であると考えられる.
《保健師としての立ち位置と自信の揺らぎ》から自問自答が始まるが,そこから【保健師だから担えることの気づき】【保健師の強みの気づき】【自らの保健師活動のコアの気づき】を得ていった.気づきが重なることで自身の実践を肯定でき,継続支援の中【自信と肯定感の獲得】をしたことが揺らぎや躊躇を乗り越え《保健師の役割の自覚》に進む力となったと考える.特に〔関わりづらくても住民を支援するのが保健師〕との気づきがあることから【自らの保健師活動のコアの気づき】が支援継続に向かう原動力になったと考える.
第2は,役割の自覚に至るポイントは,自問自答とリフレクションにより《自らを支援に向かわせる気づきの重なり》を得て自身の実践を肯定できることである.
《自らを支援に向かわせる気づきの重なり》は,役割の自問自答を繰り返す中,実践の振り返りがされていたことから,リフレクションも行われ得たものと考える.
リフレクションはJ.デューイが提唱した概念で「内省・省察・反省・考え・ふり返り」など訳され,経験の中から生まれる学び・知を意識して経験を積んでいくこととされる(後藤ら,2019).また看護におけるリフレクションとは,看護実践の中で感じた不快な感情や違和感をきっかけに始まる経験の振り返りによって看護実践能力を高めていく思考様式と定義される(田村,2014).自問自答の過程で,リフレクションがなされ,経験知が培われていたと考えられる.また【自信と肯定感の獲得】が《保健師の役割の自覚》を後押ししており,役割の自覚に至る保健師の特徴は,保健師活動のコアを自覚した者や〔必要とされた実感〕を得ること等により,自己効力感が高い者であると考えられる.
第3は,医療的ケア児支援では《保健師としての立ち位置と自信の揺らぎ》と《低い自己評価による関わりの躊躇》が生じることである.
《保健師としての立ち位置と自信の揺らぎ》では〔医療的ケアの知識・技術不足の不安〕や〔詳しい知識の親に立場逆転のつらさ〕を感じていた.これらを感じる要因には,従来の地域保健では経験の少なかった高度医療を必要とする対象を前に,看護職として医療的ケアの看護技術を保持する自身の理想の姿と現実とのギャップが考えられる.また過去の様々な事例の支援経験で感じたことが〔親に支援が評価されない不安〕を生じさせ,揺らぎの一因になっていると考えられる.《低い自己評価による関わりの躊躇》では,〔持続する役割の自問〕として,できることが少ないと感じ自己効力感の低い状態となることがあった.その要因には,対象に関わる際の優先項目や自身の支援に対する評価基準が異なることが考えられる.
第4は,保健師が医療的ケア児支援の経験を積むことは経験知となり,保健師の成長につながることである.支援中《保健師としての立ち位置と自信の揺らぎ》や《低い自己評価による関わりの躊躇》を経験したが,支援を継続する中で【自らの保健師活動のコアの気づき】を経て,【保健師の役割の自覚】に至っていた.
國府ら(2016)が福祉分野を経験した保健師の職業的アイデンティティの揺らぎから活動の本質の再発見を経た役割認識の深化を報告している.医療的ケア児支援においても同様に,保健師としての立ち位置や自信の揺らぎから活動のコアの気づきを経て役割認識が深化していることから,医療的ケア児支援の経験は,保健師の大きな成長につながるものと考える.
なお,本研究における保健師の役割形成プロセスは,研究協力者である保健師の一事例ごとの経験に基づくものであるため,研究対象者全員が必ず同じプロセスをたどるものではなく,研究対象者によりプロセスの一部を経験しない場合があった.
2) 保健師に必要なサポート医療的ケア児支援では,頻回訪問できない気後れや保健師としてできることが少ないと感じる等,個別支援のできていない部分に自身の注意が向く傾向が見られた.
近藤ら(2007)の報告に,家庭訪問で多問題を抱える対象に関わる場合,保健師が行き詰まり感を持ちやすく感覚的な訪問基準では,個人の価値観で判断することが多い実態に保健師が不安を持つとの指摘がある.
保健師は《保健師の役割の自覚》に至った後〔学ぶ意欲の高まり〕の中で,医療的ケアの知識・技術を学びたい気持ちや事例共有で支援の質を高めたい意欲を有していた.この背景には,個別支援で不安を感じた経験がベースにあると考えられる.事例共有に関し,古塩ら(2019)が事例検討会により保健師の専門性や役割を確認できた効果を報告している.したがって保健師へのサポートとして,事例検討会等の振り返りの場を設け,訪問基準や関わり方を含め個人の価値判断のみに任せず,不安や課題を共有し,実践に肯定感が持てるようにする必要がある.また前述のIII研究結果3「医療的ケア児支援における保健師の役割」の中で,地域づくりに力を入れる保健師がいる職場では,集団支援の自助グループ支援に関し,活発な展開が見られた.集団支援を意識する保健師が職場に少数でも存在すると,個別支援ばかりに注意が向くことなく,活発な活動につながっていた.したがって職場の保健師全体で個別及び集団に対する支援目標を共有し,担当保健師の視点を集団支援にも向けさせる働きかけが保健師活動の活性化のために必要である.
2. 医療的ケア児支援における保健師の役割表3に整理した保健師の支援内容を,先行研究の内容と比較した.大木ら(2019)が示す技術項目は9大項目と20中項目あり,本研究と分類方法が異なり,抽象度が高いが,項目にあるものはすべて本研究で具体的内容として示されていた.戸谷ら(2022)の報告は体制整備項目と支援項目があり,項目の抽象度が異なるため比較が難しかった.青山ら(2020)の報告は19サブカテゴリーに具体的内容が示されるが,就学や育児指導等の子ども自身への支援や自助グループ支援の詳細はなかった.本研究で,より具体化され特徴的な役割を3点挙げる.
1) 保健指導を基本にした子どもの成長発達の支援保健師が【子どもの成長発達・状態安定の支援】を丁寧な保健指導により行っており,その詳細が明らかになった.保健師は発達の確認を通して子どもの成長を親に気づかせ自信を持たせる声かけや,医療的ケア児の発達を促すマッサージや遊びの紹介等の育児の指導を行っており,保健指導は保健師ならではの役割である.
保健師はインクルーシブ教育の支援を行っていた.竹中ら(2022)が医療的ケア児の地域の小学校への就学に関し,母親にとって就学の仕組みの不明瞭さ,教育関係者の理解の不十分さ,就学に必要な社会資源不足を課題に挙げており,子どもに合う園・学校選びや手続きは簡単ではない.泊ら(2021)の報告には,訪問看護師の役割の中に就園・就学支援は明記されていない.教育は福祉サービス利用と性質が異なる.特に小・中学校の教育は義務教育であり,子どもが教育を受ける権利を行政や保護者は保障しなければならない.そのため,日頃から園や学校と連携がある行政の保健師が【子どもの療育・就園・就学の支援】に責任を持ち行う役割がある.
2) 家族の精神的支援と社会的課題の調整保健師は,親に寄り添い,障害受容を含め【家族の精神的支援】を丁寧に行っていた.親の障害受容の支援は時間を要し簡単ではないが保健師は日頃から精神保健相談に携わっており,専門性を発揮できるため,精神科医療への橋渡しを含め精神的支援が保健師の重要な役割と考える.また障がい児の出生に付随して生じる家族内部の変化は問題解決能力の高い家族であろうと,家族を危機状態に至らしめるほどの深刻なストレス源となる(鈴木,2019).そのため【家族のセルフケア機能向上の支援】が重要である.保健師は就労・離婚等の相談に際し,道筋の整理や関係機関同行等の〈生活安定に向けた社会的課題の調整〉等を行っていた.保健師はアウトリーチで,公的機関と連携・調整に力を発揮できるため,生活基盤安定に係る社会的課題の調整は行政保健師の役割である.
3) 地域のネットワークづくり医療的ケア児の家族に関し,本郷ら(2019)は相談できる人の不足や情報不足,施設・支援・サービス等の不足から社会から徐々に孤立し,時に育児に絶望すら感じるようになると報告している.保健師は親子が地域で支えられ成長できるよう,親子を地域の支援者につなぎ自助グループ育成や啓発等【地域のネットワークづくり】を進めていた.大木ら(2019)が,障がい・疾病を有する子どもと家族にピアサポートの機会の提供を保健師に必要な技術項目に挙げている.本研究では医療的ケア児の自助グループ支援に積極的に取り組んでいる点が特徴的であった.青山ら(2020)の報告では肢体不自由児の親の会が紹介されており,医療的ケア児の自助グループ成立には子どもの人数の地域差が関係する.そのため担当地域を超えた保健師間の協力も大切である.麻原(2014)は,行政保健師の役割には地域づくりが求められ,行政に所属する意味はそこにあると述べている.個の支援を地域づくりに発展させる活動は保健師ならではの役割である.
医療的ケア児支援における保健師の役割形成プロセスでは《保健師としての立ち位置と自信の揺らぎ》が生じるが,役割の自問から役割認識が深化し保健師の成長につながった.また保健師の役割形成は,役割の自問自答を繰り返す過程でリフレクションも行われ,気づきを重ねることで自身の実践の価値認識が進み《保健師の役割の自覚》に至った.保健師に対するサポートは,事例検討会等による不安や課題の共有と,職場の保健師全体で個別及び集団に対する支援目標を共有することが必要である.
行政保健師の強みを活かした医療的ケア児支援における保健師の役割は,保健指導による医療的ケア児の発達支援,就園・就学の支援,障害受容を含む家族の精神的支援,生活基盤安定に係る社会的課題の調整,自助グループの支援である.
本研究は,医療的ケア児支援における保健師の役割形成プロセス及び保健師の役割を明らかにした点で,一定の意義を有すると考える.しかし研究協力者は限られた人数で一事例の経験を基とし,保健師自身の説明力という方法論的限定を持ち,支援の受手側の評価がない点で全てを表せていない可能性がある.また本研究で示した保健師の役割は地域資源の差から,他の地域にそのまま適用はできず,多様な地域で研究継続が必要である.
本研究にご協力下さった保健師,訪問看護師,相談支援専門員の皆様,ご指導下さいました日本福祉大学大学院の先生方に深謝いたします.なお本研究は日本福祉大学大学院修士論文の一部を修正したものである.
本研究における利益相反は存在しない.