2024 年 13 巻 3 号 p. 158-166
目的:本研究の目的は,市町村が主体的に実施する既存の保健事業の改善を図るための公衆衛生看護技術を明らかにすることである.
方法:研究参加者は,保健事業を改善した経験のある経験年数5年以上の保健師とした.半構造化個別面接を実施し,質的記述的に分析した.
結果:既存の保健事業の改善は【保健事業の改善の必要性の判断】を契機とし,【効率的・効果的】かつ【地域特性に応じた改善策】の検討を行う場合と,【実施上の課題に即応する改善策の検討】から始まる場合があった.保健師はその後【組織の合意形成】を行い,必要時に【実行性を高めるOn the Job Training】を設定していた.全てのプロセスにおいて【保健師・関係者の意思決定の推進】がみられた.
考察:【実施上の課題に即応する改善策の検討】とは,保健事業の方法や内容を一部変更することにより継続するための技術と考えられた.保健師による保健事業の改善のプロセスには,熟考しながら効果と効率性を目指すものと,実施上の課題に速やかに対応し,保健事業の継続を目指すものがあることが示唆された.
Purpose: This study aimed to identify public health nursing art to improve the existing municipal public health services.
Methods: The participants were seven public health nurses with ≥5 years of experience who had previously successfully improved public health services. Semi-structured interviews were conducted, and the data were transcribed and descriptively analyzed.
Results: The improvement of public health services could be categorized, which included “determining the need for improved public health services,” followed by considering “efficient and effective improvement measures” and tailoring these “measures to regional characteristics,” or “considering improvement measures that directly address implementation issues.” Public health nurses had to “build organizational consensus” and provide “on-the-job trainings to improve implementation” as needed. Throughout these processes, public health nurses and other stakeholders promoted decision making.
Discussion: “Considering improvement measures that directly address implementation issues” constituted public health services art by modifying certain methods and contents of the health services. The results suggest two types of improvement processes for public health services; aiming for effectiveness and efficiency through careful consideration and continuity by promptly addressing implementation issues.
近年,新型コロナウイルス(以下,Covid-19)のパンデミックが発生し,社会に大きな影響を与えた.健康課題は時代とともに変遷するため,行政保健師(以下,保健師)はその時々に対応すべき健康課題に合わせ,既存の保健活動を新しい保健活動へ移行することや一部変更や廃止する必要がある.保健師の活動指針では,Plan(計画)-Do(実施)-Check(評価)-Act(改善)サイクル(以下,PDCAサイクル)に沿って保健活動を系統的に展開する必要性(厚生労働省,2013)が明記されており,既存の保健活動の改善を図り,質を高めることが重要である.
しかし,先行研究では保健師の地域アセスメントやPDCAサイクルの展開について課題が指摘されている.小川ら(2018)は地域アセスメントの実践について,必要性を認識している保健師は8割を超えているものの現部署で実施している者は3割に満たないことを報告した.吉岡ら(2013)は,事業化する際のPDCAサイクルの展開における困難として最も多かった回答が多忙であったことを報告した.これらは,保健師が健康課題の明確化や活動評価を検討する時間を十分に取ることが難しい実態を示唆している.
また,保健師の活動基盤調査(日本看護協会,2019)では,現在の業務に必要な能力について「地域アセスメント能力」と回答した者が2番目に多く,保健師自身が能力向上の必要性を認識していた.先行研究では,地域アセスメントの実施状況を示した29項目のうち,実施している者が5割を超えたのは3項目のみ(小川ら,2018)と示された.岡本ら(2015)は解決を要する健康課題とその優先順位を示す「保健活動の必要性を見せる行動尺度」の各項目について本来そうであるべき到達度を6段階評定で尋ねた結果,平均点が「6割くらいそうである」に達したものはなかったと報告した.これらの結果は,保健師の多くが地域アセスメントの実践に課題をもっていることを示唆している.このように地域アセスメントおよび評価が十分できていない状況は,保健活動の改善を難しくさせると推測される.
保健師のPDCAサイクルに関する先行研究では,地域アセスメント(塩見ら,2019;吉岡ら,2005)および事業化・施策化に関するレビュー論文(吉岡,2014)があり,一定の知見が蓄積されている.事業化の方策に関する先行研究(吉岡ら,2004)では,事業化する際,保健師は既存の保健活動を振り返り,その問題をも改善し得る包括的な事業案を思考するという保健活動の改善の一端が示されたが,その詳細は明らかにされていない.PDCAサイクルを展開し,保健活動の改善を図ることが求められているものの,改善に着目し,それに必要な保健師の技術や方法に関する研究はほとんど見られない.
そこで,本研究ではまず市町村が主体となって実施している保健事業に焦点を当て,担当する保健事業を改善するために保健師がどのような技術を用いていたのか,つまり改善を図るための公衆衛生看護技術を明らかにすることとした.そのことによって,保健事業の改善を図るための技術の特徴や課題を検討でき,より効果的な技術に深化させることが可能となる.また,実践知を言語化することによって,保健師がその技術をイメージすることができ,習得が容易となる.
本研究の目的は,保健師が市町村の保健事業をどのように改善したのかについて個別面接を行い,保健事業の改善を図るために用いた公衆衛生看護技術を明確にすることである.なお,本研究では公衆衛生看護技術を保健師実践のための方法であり,目的意識的な行為(麻原ら,2010)とし,思考や判断,行動を含むものと定義した.
質的記述的研究は,出来事についての「誰が」,「何を」,「どこで」を率直に記述する場合に有用である(Sandelowski, 2000).本研究では,研究参加者の語りから保健事業の改善を図るために用いた公衆衛生看護技術を明らかにすることを目的としているため,質的記述的研究を用いた.
2. 用語の操作的定義本研究では既存の保健事業の改善の定義を,市町村が主体となって実施する既存の保健事業の質の向上を図るため,保健師が新しい保健事業へ移行,および保健事業の一部変更や廃止することとした.
3. 研究参加者研究参加者(以下,参加者)の選定条件は,市町村の保健事業の改善を図った経験があり,行政保健師の経験年数が5年以上ある者とした.参加者の募集には便宜的サンプリングを用いた.具体的には,研究チームが教育・研究者と自治体の保健師に連絡し,選定条件に合う者の推薦を得た.
4. データ収集方法データ収集は対面,またはオンラインによる面接ガイドを用いた60分程度の半構造化個別面接により行った.対面の場合,面接は参加者の職場で行った.参加者には改善を図った保健事業を1つ選択してもらい,それに関する資料がある場合は準備するよう依頼した.また,可能な場合はその資料を提供してもらった.選択した保健事業を中心に改善のプロセスおよび,その際の具体的な行動と判断等を語るよう求めた.なお,面接内容は研究参加者の許可を得た後に,録音した.データ収集期間は2017年10月~2021年2月であった.
5. 分析方法音声記録から逐語録を作成し,質的記述的に分析した.保健事業の改善のための行動,判断に関するデータを意味のまとまりごとに文章を区切り,それが技術と解釈できるよう文章を整え,コードとした.コードを一覧に並べ,類似した意味内容のコードを集約し,抽象度を高め小カテゴリを抽出した.さらに,それらの関係性を考慮しながら抽象度を高め,カテゴリとサブカテゴリを抽出した.データはエクセルシートで管理し,分析の真実性を確保するため,研究チームで分析過程を共有し,検討を重ねた.
6. 倫理的配慮参加者に研究目的と方法,参加および中断の自由やデータ管理方法等の倫理的配慮について口頭および文書を用いて説明し,文書により研究への協力の同意を得た.オンライン面接の場合は,録画はせずに音声データのみを使用すること,第3者が入室できない設定をとること,通信料が生じるためそれに応じた謝礼があることを追記した.本研究は,大阪大学医学部附属病院観察研究倫理審査委員会(2017年1月30日承認,承認番号16392)および四天王寺大学研究倫理審査委員会(2019年8月2日承認,承認番号2019倫第29号)の承認を得て実施した.
研究参加者(以下,参加者)は7名であり,性別は全員が女性であった.経験年数は15年~20年未満が4名(57.1%),20年~25年未満が3名(42.9%)であり,平均経験年数(標準偏差)は19.1年(1.7)であった.参加者の所属は都道府県が1名(14.3%),中核市が3名(42.9%),市が2名(28.6%),町が1名(14.3%)であり,職位はスタッフが1名(14.3%),主任が2名(28.6%),係長級が4名(57.1%)であり,そのうち1名は係長,1名は係長と統括保健師を兼務していた.改善を図った保健事業は全て市町村で実施しており,既存の保健事業から新しいものへの移行が2つ(28.6%),対象や方法等の一部変更が5つ(71.4%)であり,廃止はなかった.改善を図った保健事業の内容は,母子保健が5つ,成人保健が1つ,障害保健が1つであった.
研究参加者と保健事業の概要
| 年齢 | 経験年数 | 所属 | 職位 | 保健事業改善の概要 |
|---|---|---|---|---|
| 40代 | 20–24年 | 市 | 主任 | ハイリスクからポピュレーションアプローチを用いた母子保健活動への移行 |
| 40代 | 15–19年 | 中核市 | 係長級 | 生活習慣病重症化予防活動の対象者選定基準と実施方法の変更 |
| 40代 | 15–19年 | 町 | 主任 | 乳幼児健康診査の実施会場数の変更 |
| 40代 | 15–19年 | 都道府県* | 係長級 | 乳幼児健康診査の問診実施方法の変更 |
| 40代 | 20–24年 | 中核市 | 係長級 | 乳幼児健康診査の実施体制(予約制,実施会場数等)の変更 |
| 40代 | 20–24年 | 中核市 | スタッフ | 長期療養児の定期家庭訪問から関係課と関係機関とのチーム支援会議への移行 |
| 30代 | 15–19年 | 市 | 係長級 | 離乳食教室の実施会場数の変更 |
*保健事業は,研究参加者が市町村に出向中のものである
保健事業の改善を図るために用いた公衆衛生技術を分析した結果,36小カテゴリと17サブカテゴリ,7カテゴリが抽出された.カテゴリを【 】,サブカテゴリを《 》,参加者の語りを斜字で示し,その内容を説明する.参加者の語りは,意味が分かるように言葉を追加し,整えた.
市町村における既存の保健事業の改善を図る公衆衛生看護技術
| カテゴリ | サブカテゴリ | 小カテゴリ |
|---|---|---|
| 保健事業の改善の必要性の判断 | ||
| 住民ニーズと保健事業のずれに着目する | 住民と話し,生活実態を把握することで住民ニーズを察知する | |
| 組織内外の関係者の意見に基づき住民ニーズを捉える | ||
| 住民ニーズが不明なまま継続している保健事業に着目する | ||
| 住民ニーズの変化に対応していない保健事業に着目する | ||
| 保健事業の有効性を検討する | 評価されずに継続している保健事業に着目する | |
| 評価指標を用いて保健事業の有効性を評価する | ||
| 地域特性に応じた改善策の検討 | ||
| ビジョンにもとづいた保健事業を検討する | 目指す地域の姿にもとづいて活動方針を検討する | |
| 住民ニーズの変化に対応した保健事業を検討する | 住民ニーズの変化に対応した事業目的をチームで検討する | |
| 行政の専門職として住民に伝える必要がある内容を検討する | ||
| 効果的・効率的な改善策の検討 | ||
| 効果的な実施方法と内容を検討する | 関連部署の好事例を踏まえて検討する | |
| 効率的な実施方法と内容を検討する | 負担の多い業務を特定し,効率的な方法を検討する | |
| 他の保健活動や個別支援との連動を考慮して活動を検討する | ||
| 支援の必要性の高いターゲットを特定する | 人数が明確に多い健康課題を特定する | |
| リスクの大きさを比較し,支援対象を特定する | ||
| 支援が必要だが,関わりが少ない対象者を選定する | ||
| 実施上の課題に即応する改善策の検討 | ||
| 住民の利益につながる解決策を検討する | 組織内と他機関の事業活用により解決方法を見出す | |
| 不参加者を支援できる代替方法を検討する | ||
| 運用上の工夫によって解決できる方法を検討する | ||
| 既知の課題を一緒に解決できる方法を検討する | 未解決の問題と併せた改善策を検討する | |
| 実施可能性の高い方策の見通しを迅速に立てる | 使用可能な人材や予算に応じた実施方法を検討する | |
| 安心・安全に参加できる実施方法を短期間でイメージする | ||
| 保健師・関係者の意思決定の推進 | ||
| 定例かつ適時に話し合う機会をもつ | 担当者会議や係会議等の既存の会議で話し合う | |
| 組織内外のメンバーを選定し,話し合う場を持つ | ||
| 住民ニーズに関する認識を共有する | 普段から住民ニーズの話題を上げ,気づきを共有する | |
| 多職種や関係機関から把握した住民ニーズを共有する | ||
| 協力を得る必要のある者と事前に調整する | リーダーに改善策の理解を得ることにより後押しを得る | |
| 普段の活動から共感が得られる実態を用いた資料を作成する | ||
| 意見を整理し,議論を進める | 問いかけた後待つことによって,意見を引き出す | |
| 理由を聴くことによって,論点を明確にする | ||
| 組織の合意形成 | ||
| マンパワーと予算に適した改善策に調整する | 事務職や上司と検討し,効率的な活動方法に調整する | |
| 事務職の協力を得て,適正な予算に調整する | ||
| 事務職が納得できる情報を示し,説明する | 適正なマンパワーと予算であることを示し,説明する | |
| 国や都道府県の方針と他市の実施状況を示し,説明する | ||
| 住民ニーズの実態を数値化し,説明する | ||
| 実行性を高めるOn the Job Trainingの設定 | ||
| 改善策を職場で学習する機会をつくる | 資料を活用し,考え方や支援方法を説明する機会をつくる | |
| 職場内で継続的に学習する機会をつくる | ||
このカテゴリは,現行の保健事業を住民ニーズとのずれ,および保健活動の有効性を踏まえ,改善が必要かどうかを判断する技術であり,2つのサブカテゴリから構成された.保健師は住民および同僚や上司,栄養士等の他職種,保健所等と普段から意見交換することにより住民ニーズを捉え,住民ニーズが明確ではないまま継続している,その変化に対応していない保健事業に着目することにより《住民ニーズと保健事業のずれに着目》していた.
学校に上がった後のお子さんっていうのがもう,うちでは全然把握できなかった(中略).じゃあ,その人たちは困ってないのかって言ったら,訪問看護さんとかから聞く上ではやっぱり学校との連携だったりとか市の制度の使い方だったりとかで困っておられるな~っていうのがあったので(中略),全部聞き出したんですね(参加者6).
保健師は評価されないまま継続している保健事業に気づき検討を始めること,指標を用いて評価することにより《保健事業の有効性を検討》していた.
そろそろしていかないと惰性でやっているような事業になってしまわないかっていうところもあったり,栄養士さんもそういう中で疑問を感じながら回さないといけない現状にすごくしんどくなっていたので,そこを改善するなら本腰入れてやろか,みたいな感じになって(参加者7).
2) 【地域特性に応じた改善策の検討】このカテゴリは,どのような地域を目指すのかというビジョンと住民ニーズの変化に対応した改善策を立てる技術であり,2つのサブカテゴリから構成された.保健師は検討チームや保健師・関係者と望ましい住民の姿や地域のビジョンを明確にすることにより《ビジョンにもとづいた保健事業を検討》していた.
不安なく赤ちゃんの栄養に関してお母さんが取り組めるというところと,赤ちゃんたちもそれでスムーズにちゃんと離乳食期を終えることができる,というところですかね(中略).(離乳食をクリアーすることで)お母さんは自信になる(参加者7).
保健師は住民ニーズの変化を捉え,行政の専門職として住民に伝えるべき内容を話し合うことにより《住民ニーズの変化に対応した保健事業を検討》していた.
まあ離乳食も,その内容とかではなくて,楽しんで離乳食をやるのが一番の栄養みたいな,なんかそんな話を栄養士さんもしたらいいよねみたいな話の中で,まあ本当に何を伝えていきたいのかっていうのも,こう,話をしたりして,組み立てていった(参加者1).
3) 【効果的・効率的な改善策の検討】このカテゴリは限られた資源を最大限活用するため,効率的かつ効果的な改善策を立てる技術であり,3つのサブカテゴリから構成された.保健師は関連する部署が新しく始めた好事例を把握することにより《効果的な実施方法と内容を検討》していた.保健師は負担の多い業務を特定し,他の事業や個別支援との連動を検討することにより《効率的な実施方法と内容を検討》していた.
やっぱり,血圧は本当に対象者が多いから,今のまま(家庭訪問)ではこう,できませんっていうので(中略),じゃあ,もうそこは,確実に会える,健診でしようかっていう話でまとめたらもう,そこは(すんなりいった)(参加者2).
保健師は対象人数の多さとリスクの大きさ,および支援が少ない時期を検討することにより《支援の必要性の高いターゲットを特定》していた.
ずっと(母親の)悩みは尽きないというか,年齢に合った悩みっていうのがとてもあるんだろうなって思って.就学,学年が上がるにつれてやっぱり社会との繋がりだったりとかっていうところになるだろうし(参加者6).
4) 【実施上の課題に即応する改善策の検討】このカテゴリは,Covid-19の緊急事態宣言時や急な予算減額,専門職の不足等により現行の保健事業の変更を余儀なくされる場合に,速やかに住民の利益につながる最善の改善策を立てる技術であり,3つのサブカテゴリから構成された.
保健師は組織内と関係機関が実施する事業の活用,および運用上の工夫により《住民の利益につながる解決策を検討》し,改善策を立てる際に未解決のまま残されていた《既知の課題を一緒に解決できる方法を検討》していた.
(健診で会えない)その代わり,あの,赤ちゃんのときに育児相談とか,そういったところはしっかり,あの,相談に乗れるように,えっと,利用しやすいように日にちをきちんと設定して,育児相談とか早期療育相談(中略),そういった受けれるサービスは,質は落とさないように,回数も落とさないように,やっていこうねっていうことで(参加者3).
保健師は保健事業の実施上の課題を踏まえ,使用可能な人材や予算に応じて,住民が安心・安全に参加できる具体策をイメージすることにより《実施可能性の高い方策の見通しを迅速に立て》ていた.
4か月健診だけは死守しないといけない(中略).実は一旦全く健診を止めたんですけど,1か月後には病院のほうの協力も得て個別健診っていう形で.で,かなり時間制,予約制にしてもうフロアが密にならない.たくさん,あの,呼び出ししないっていう形で対応した(参加者5).
5) 【保健師・関係者の意思決定の推進】このカテゴリは保健師・関係者が住民ニーズと改善策について共通認識の醸成を図るために,話し合いを進める技術であり,4つのサブカテゴリから構成された.保健師は継続的かつタイムリーに住民ニーズと保健事業の課題,改善策を検討するために《定例かつ適時に話し合う機会をも》っていた.この機会をつくる方法には個々に話を聴く,必要なメンバーを選定し新たな場をつくる,既存の場を活用する等があった.メンバー部署内の他職種を含める場合や部署横断的に集まる場合があった.保健師は普段から部署を超えた関係者,または様々な関係機関と意識的に住民ニーズの話題を出し,把握した内容を共有することにより《住民ニーズに関する認識を共有》していた.
その内部だけに限らず,ちょっと外部とか.外部.その,例えば,まあ,市役所単位であったら,違う他の(中略),やっぱりね,1人だけの,あの,思いだと,やっぱ足りない部分いっぱいあるので.じゃ,「それだったら,この辺も用意しとったほうがいいんじゃない?」というような(参加者1).
保健師・関係者で改善の必要性の有無や改善策の意思決定をスムーズに行うために,リーダーへの根回しや共感が得られる実態を示す《協力を得る必要のある者と事前に調整》していた.保健師は複数で検討する会議等の場において,参加者の意見を引き出し,論点を明確にすることにより《意見を整理し,議論を進め》ていた.
まあ,やっぱりみんなが反対していてるわけじゃなくて,みんなもうすうす,んーって思っている部分があるから,まあそれがなくなって,じゃ代わりにこうなればって思えるというか,そのなんか糸口みたいなのは,話ししていたら,出てくることもあるので(参加者4)
6) 【組織の合意形成】このカテゴリは組織の合意を得るために,事務職や上司と改善策について意見交換することによって組織の理解が得られる改善策に調整し,それを説明する技術であり,2つのサブカテゴリから構成された.保健師は適正なマンパワーと予算にするために事務職等の協力を得ることにより《マンパワーと予算に適した改善策に調整》していた.
都道府県の非肥満の推進事業っていうので(中略),未治療の人に受診勧奨をしたら,あの,1人当たりで補助金あげますよっていう事業があるので(中略),じゃあ,そこに乗っかる形にしたら,そこの補助金は取りにいけるから(参加者2).
保健師は改善策の理解を上司に得るために,国や都道府県の方針と他市の実施状況,および住民ニーズの実態を見える化することにより《事務職が納得できる情報を示し,説明》していた.
結構やっぱり数値化したデータがすごい事務職にはうけて(中略),健診にはこれだけ来ているけど相談には繋がっていなくて,リピートの人が多いので新規の人が相談できていないんじゃないかというデータがちゃんととれた(参加者7).
7) 【実行性を高めるOn the Job Training(OJT)の設定】このカテゴリは,改善策の質を担保し,保健師の支援の均質化を図るために,職場内で継続して学習できる機会をつくる技術であり,1つのサブカテゴリから構成された.保健師は方法や考え方を共有し,職場内で継続して学べるように《改善策を職場で学習できる機会をつく》っていた.
その問診の問診票を見ながらどういうところを特に,確認していったほうがいいよねとか.その問診項目の中でも,特にここを掘り下げて聞いておこうとか,ここだけはちょっとしっかり押さえようみたいな,そういうのを(中略),みんなで出して(参加者4).
3. 既存の保健事業の改善を図るプロセスカテゴリ間の関連を検討し,市町村における既存の保健事業の改善を図るためのプロセスを図に示した(図1).参加者1の保健事業を改善したプロセスをもとに説明する.参加者1は《住民ニーズと保健事業のずれに着目》し,《保健師事業の有効性》の検討を続ける中で,【保健事業の改善の必要性】があると判断することを契機として,【組織の合意形成】に向け《ビジョンにもとづ》き,《住民ニーズの変化に対応》した方針と目的,および《効果的な実施方法と内容》を検討し,《支援の必要性の高いターゲットを特定する》ことにより【地域特性に応じた】,現状より【効果的・効率的な改善策】を策定していた.保健師は《定例かつ適時に話し合う機会》をもち,《住民ニーズに関する認識》の共有により,このプロセスを推進していた.

市町村における既存の保健事業の改善を図るプロセス
保健事業の改善を図るもう1つの契機には,Covid-19の緊急事態宣言時や急な予算削減のように,現状の保健事業の変更を余儀なくされる状況がみられた.保健師が【保健事業の改善の必要性】は高くはないと判断する場合も,上記の状況を契機として,【実施上の課題に即応する改善策】を検討していた.
どちらの場合においても,【組織の合意形成】を得た後に,必要な場合は【実効性を高めるOJT】を設定していた.プロセスの全てにおいて,保健師は【保健師・関係者間の意思決定の推進】のため,各段階を連動させて検討しており,保健事業を主体的に改善していた.
本研究で抽出された7つの技術と事業化・施策化に関する先行研究との結果を比較した.今回の結果は先行研究との類似点が多かった.これは,保健事業の改善の中に新規保健事業への移行,つまり事業化や施策化が含まれているためと考えられる.【組織の合意形成】は,「行政内外における合意形成の必要性」(吉岡,2014)や「実施に向けた合意形成」(宮﨑ら,2018)と類似していた.【保健師・関係者の意思決定の推進】は,「企画メンバーによる全過程の共有」(宮﨑ら,2018)と類似していた.事業化する際の困難には,多忙や事業化による業務量増大の可能性に対する同僚の抵抗感(吉岡ら,2013)があるため,保健師は普段から住民ニーズを話題にし,話し合う機会を持つことにより,共有認識を図っていたと考えられる.【組織の合意形成】,【保健師・関係者の意思決定の推進】は研究を積み重ねても類似した結果が見られた.そのため,これらの技術は,事業化・施策化および保健活動の改善には必須の保健師の技術と言える.
本研究で新たに明らかになったものには,【実施上の課題に即応する改善策の検討】と【実行性を高めるOJTの設定】があった.【実施上の課題に即応する改善策の検討】は,パンデミックや自然災害等の非日常的な場合,および予算と人材不足等の既存の保健事業の変更を余儀なくさせる課題が生じた場合に,保健事業を継続するために方法や内容を一部変更する技術である.これは,事業化や施策化の先行研究では見られず,保健事業の改善に特有の技術と考えられる.このような場合でもあっても,行政職の保健師は,【保健師・関係者の意思決定】を推進することにより,実施可能性の高い改善策を短期間に検討していた.
【実行性を高めるOJTの設定】は,改善した保健事業の質を担保し,より良い支援を提供するための技術である.保健師は,保健事業の改善を図る際に【効果的・効率的な改善策】を検討しており,それを確実に実施するためにこの技術を用いていたと考えらえる.
先行研究との相違点として本研究では,保健師の事業の創出に関するコンピテンシーの「創出に向けた協同」(塩見ら,2009)や施策化能力の「コミュニティパートナーシップ」(鈴木ら,2014)のように,住民との合意形成が含まれなかった.その理由として,本研究は市町村の主体的な保健事業に着目し,住民組織や自主グループの活動が含まれていなかったためと考えられた.
倉岡(2018)は,看護現場での業務改善や新しい取り組みの導入を効果的に進めるために,コッターの企業変革8段階のプロセス(Kotter, 1996)を看護現場に適用できるようにアレンジした.この中で変革とは,今まで行っていたやり方を変えることや,新しい方法を導入することと定義されており(倉岡,2018),内容は異なるものの保健事業の改善と類似するプロセスがあると想定された.変革を成功させるために特に重要なのは,「問題を明確化し,関係する人々の危機意識を高め,変革推進チームをつくり,適切なビジョン(目標)を設定する」までである(倉岡,2018).問題を明確化するは【保健事業の改善の必要性の判断】,変革推進チームをつくり,適切なビジョンを設定するは【保健師・関係者の意思決定の推進】および【地域特性に応じた改善策の検討】に相当すると考えられ,本結果と類似していた.このことから,今回明らかになった技術は,保健事業の改善に必要なものであると考えられた.
2. 既存の保健事業の改善を図るプロセスの特徴保健師による保健事業の改善のプロセスには,以下の2つの特徴がみられ,これは本研究で初めて明らかになったものである.
1つ目は,【保健事業の改善の必要性の判断】を契機とし,【地域特性に応じた】,現状より【効果的・効率的な改善策】を検討するものであり,PDCAサイクルを展開しながら,効果・効率性の向上を目指すものと考えられた.先行研究(塩見ら,2019)においても,活動の中で継続的に地域アセスメントを実施する重要性が示されており,《住民ニーズと保健事業のずれに着目する》ためは,ニーズの変化を継続的に捉える必要がある.保健事業の改善を推進するためには,保健師が継続的な地域アセスメントを実践できるよう支援する必要がある.
2つ目は,Covid-19の緊急事態宣言時等の理由により,現状の保健事業の変更を余儀なくさせる状況を契機とし,住民の健康を衛るために必須となる保健事業の継続を目指すものと考えられた.このプロセスは,活動理念である社会的公正(厚生労働省,2016)に基づき,どのような状況であっても公平性を担保するために他地域と比較し,少なくとも同水準の支援を行うためのものといえる.保健事業の変更を余儀なくさせる状況に対応するためには,住民の健康を護るために必須となる保健事業について,平時より保健師チームで共通認識を図ることが必要と考えられた.
3. 実践への示唆と保健事業の改善を図る公衆衛生看護技術の課題本結果では,【保健師・関係者の意思決定の推進】が抽出された.職場で地域アセスメントを行う際の困難点として,「保健師の意識が一致していない」や「実施できる体制が整っていない」があり(村松ら,2020),共通認識を深めることが難しい職場もある.鳩野ら(2013)の市町村統括保健師の役割遂行尺度には,「自治体全体の保健活動の推進」の中に情報共有や検討,合意形成ができる機会をつくることが含まれる.また,効果的な公衆衛生事業の打ち切りや,効果のない事業の継続を防ぐためのリーダーシップには,意見交換しやすい職場環境をつくる必要が示されている(Moreland-Russell et al., 2022).保健事業の改善を図るために,統括保健師や職位の高い保健師が共通認識を図りやすい組織体制や職場文化を醸成することが必要と考えられる.
本結果では,改善策を検討する際に,科学的根拠のあるエビデンスを用いる技術については,関連部署の好事例の活用のみであり,十分抽出されなかった.事業化・施策化に関する先行研究についても,事業や施策の策定方法に関する知見は同様に乏しく(宮﨑ら,2018;鈴木ら,2014;吉岡,2014),今後研究を重ねる必要がある.
4. 本研究の限界と今後の課題本研究の限界は,コロナ禍の影響もあったものの,保健事業の改善を図った経験のある参加者を確保することに時間を要したことである.また,参加者の所属が比較的小規模の市町村に偏り,保健事業の種別も母子保健が多かったことから,本結果を一般化することは難しい.しかしながら,保健師がどのように保健事業の改善を図っているのかという公衆衛生看護技術およびそのプロセスを明文化したことに本研究の意義がある.今後,保健活動の改善を推進するために,統括保健師等の管理職および住民と協働した多様な保健活動の改善を図る技術を明確にするとともに,技術を習得する方法を検討する必要がある.
本研究にご協力いただきました保健師の皆様に心より感謝申し上げます.本研究はJSPS科研費JP19K11183の助成を受けたものです.
本研究に開示すべきCOI状態はない.