2015 年 4 巻 2 号 p. 139-147
目的:発達障害者支援法により,地方自治体では,支援体制の基盤整備が進んでいる.A県B町の発達障がい児支援基盤整備(就学前幼児教育期)に関して,保健師が発達障がい児支援コーディネーターとなり,「発達障がい児支援ネットワーク事業」をB町第4次総合計画の中間見直しを契機に進めた.その第一段階として2010~2012年(平成22~24年度)の3年間の事業を振り返り,事業推進における保健師の役割,今後の母子保健活動と就学前の幼児教育の連携のあり方と今後の課題について検討した.
結果:新規事業の「巡回相談」「発達相談」「4歳児発達相談」「個別支援計画策定」等の実施にあたり,保育者と保護者,保護者と心理士等の関係性の構築が重要であり,その間接的支援者として保健師の役割は重要であった.
今後の課題:スクリーニングの標準化(1歳半・3歳児健診,4歳児発達相談)と保育者・保健師のスキルアップ,事業の継続に関する関係機関の連携体制の強化が必要である.
1999年に発達障害者支援法が制定され,市町村の責務として「早期発見・早期療育支援」「幼児期から就労までの途切れのない支援体制の構築」が示された.教育現場は,1994年のサラマンカ声明,障害者基本法の改正等を受け,2008年に学校教育法が改正され,障害児教育のあり方が,「特殊教育」から「特別ニーズ教育」に変換され(独立行政法人国立特別支援教育総合研究所,2007),個別の指導計画・教育支援計画の策定が義務化された.就学前の幼児教育においても,幼稚園教育要領(文部科学省,2009),保育所保育指針(厚生労働省,2008)が改訂され,学校教育に準じた障がい児の個別支援の体制づくりが重要な課題となった.
発達障がい児支援における都道府県の役割は,発達支援センターの設置,診断のための医療整備,市町村の基盤整備支援とされた.A県では,発達支援センターの設置及び,各市町村の基盤整備を推進させるための支援コーディネーターが配置された.また,市町村ごとに1名から数名の市町村コーディネーターを選任することになっており,市町村の裁量で,保健師・福祉専門職・療育機関指導員等がその役割を担っている.
B町では,2010年(平成22年度)に第4次総合計画(2006~2015年度計画)の中間見直しにより,「障害児支援事業」を「発達障がい児支援ネットワーク事業」(以下,ネットワーク事業と略す)に変更し,乳幼児期から就学期までの発達障がい児の支援体制の構築が計画された.B町では,第3期母子保健計画は次世代行動支援計画内に統合されており,次世代行動支援計画では「障がい児支援」として,計画されていたため,これらを統合した計画策定となった.計画は,第一段階で町内の保育園・幼稚園おける発達障がい児支援の体制の検討,第二段階で乳幼児健診等におけるスクリーニング体制の検討が予定された.
筆者は,保健師として,2008~2012年度までの5年間,市町村コーディネーターとしてネットワーク事業の実施を担当した.
今回,2010~2012年(平成22~24年度)(以下,西暦表記のみ記載)の第一段階にあたる事業推進について振り返るとともに,保健師として基盤整備を行う上での今後の課題について検討する.
B町の年間出生数は,130~150人であり,保育園4園と幼稚園1園,小学校3校がある.療育施設としては,ことばの教室があり,指導員2名体制である.保健師は,保健センターに5人,障害福祉担当に1人,地域包括支援センターに1人配置されており,合計7人である.保健センター保健師は,業務担当・地区担当の複合担当制で,保健師一人当たり,1~2種程度の業務担当と一人当たり4,000~5,000人程度の地区担当を受け持つ.
2. 2010年までの活動経過B町内の保育園・幼稚園においては,個別支援計画の策定に関して,未着手であった.私立幼稚園からは,「5歳児健診」を要望されていたが,健診として実施するために必要なマンパワーが無く,困難な状況であった.
そのほか,B町では,町外の保育園・幼稚園に通園している者が全幼児の2割程度あり,町内にある保育園・幼稚園だけが対象となる事業の推進では対応できないことが課題となっていた.
そこで,従前より母子保健活動として行ってきた町内の保育園・幼稚園向けの事業の見直しを行い,新規事業として進めることになった.
また,母親が就労を希望する家庭の増加や児童虐待等による社会的保育の必要性などにより,0歳~3歳未満児の保育(以下,未満児保育と表記)の利用者が増加している.B町では,発達の問題を抱えた親子を対象とした「ワイワイひろば」(1歳半・3歳児健診事後教室)を実施して早期療育支援活動をしてきたが,未満児保育を利用している親子は参加できないなど,早期の親子支援のあり方について,多様性が求められていた.
3. 検討方法中間見直しを行った2010年の年度途中から2012年度に実施された「ネットワーク事業」の各事業の実施状況等をコーディネーター(保健師)及び保健センター保健師の役割を中心に他機関・他専門職との連携等について,ネットワーク会議・巡回相談・主任研究会等の資料を参考に分析する.
4. 倫理的配慮本ネットワーク事業の活動の公表については,B町の福祉担当課および教育担当課の課長の許可を得た.また,各事業の活動の場である保育園及び私立幼稚園においては,所属長および園長の許可を得た.
個別支援計画の策定が全園で実施され,乳幼児期から就学までの「発達障がい児」の一連の発達支援が途切れなく実施できる体制が整う.
2) 具体的内容事業は表1のとおり10事業となった.研究会・研修会(事例検討会)・講演会のマンパワーの育成・発達障がいの知識等の啓蒙などの教育系の事業,会議の関係者の連携に関する事業,巡回相談や発達相談(臨床発達心理士による発達検査を行う相談)(以下,「発達相談」と表記)などの具体的な支援の事業であった.
番号 | 事業名 | 事業の目的 | 具体的内容 |
---|---|---|---|
1 | 主任保育者研究会 | ・障がい児支援を担当する,園コーディネーターの養成 ・各園の進捗状況の確認(情報交換) |
・年間6回,保健センターで実施 ※メンバー;各園の主任保育者,ことばの教室指導員,母子保健担当保健師,コーディネーター ・個別支援計画策定に関する研究 ・事例検討 ・クラス担任保育者事例検討会の事例の選択 |
2 | クラス担任保育者(臨時職員含む)事例検討会 | ・事例検討を行い,個別支援計画策定,困難事例への支援のあり方等を学ぶ | ・年間3回,B町立保育所で実施(土曜日実施) ・年度初めにそれぞれの回のテーマを決め,それに合う事例の検討を通して,ワークショップ形態で実施(事例の選択は,主任保育者研究会で行う) |
3 | 加配保育士(臨時職員)研修会 | ・発達障がいについての知識,支援のあり方を学ぶ | ・年間1回,知識・支援方法等について,講師を依頼し実施.(夕方の降園後) ・発達障がい児支援について,大学教員(発達心理)を講師に招き実施(22年度) ・発達検査(新版K式発達検査)を保育に活かすために,検査の方法・結果の見方等について,広域発達支援センターの指導員を講師に招き実施(23年度) ・個別支援計画(主にアセスメントの方法)について,コーディネーターから説明(24年度) |
4 | ネットワーク会議 | ・関係機関の情報交換,共通理解の促進,基盤整備に関する進捗状況の確認を行い,事業が円滑に遂行するための決定権をもたせる | ・年間6回,保健センターで実施 ※メンバー;幼稚園長,保育園園長代表,児童福祉係長,障害福祉係長,ことばの教室主任指導員,保健センター係長,学校教育主事,コーディネーター ・事業の進捗状況の確認,主任研究会の報告,各研修会の内容等の承認 |
5 | 巡回相談・いきいき夢会議の定例化 | ①巡回相談 新規の要支援児の発見及び保育現場での支援のあり方等の直接指導 ②いきいき夢会議 個別支援計画の策定支援(担任との相談) ※この他に,ことばの教室指導員とコーディネーターの2者で訪問したり,臨床発達心理士が支援の状況を確認するための訪問を随時実施し,毎月訪問が行われるよう配慮している |
①巡回相談 ・各園,年間5回程度訪問(1回;新規対象者5名程度) ・事前に対象者のプロフィールを確認し,情報交換(30分程度)後,クラスでの活動状況を見学(1時間程度)し,カンファレンス(1時間程度)を行う.(クラス担任・加配保育者参加) ②いきいき夢会議 ・各園,年間3回程度訪問(各園の要支援児全員対象) ・個別支援計画の進捗状況を確認(1時間半程度)後,クラスでの活動状況を見学(1時間半程度)し,その場で助言 ※メンバー;担任保育者,加配保育者,臨床発達心理士,学校教育主事,ことばの教室指導員,地区担当保健師,コーディネーター |
6 | ことばの教室入・退級支援 (療育指導) |
・個別療育の必要性の確認と終了の決定 | ①入級システムの構築 ・臨床発達心理士の発達相談(検査;新版K式発達検査等)の結果を判断資料にして,園での集団活動の様子等を加味し,個別療育支援の開始を決定する(訓練頻度等についても検討) ②退級システムの構築 ・ことばの教室指導員,保育園・幼稚園の園長等の意見を集約し,個別療育の終了時期について,決定する *ことばの教室指導員より,対象となる児がある場合に随時,判定委員会を実施する ※メンバー;ことばの教室指導員,保育園長,幼稚園主任教諭,福祉課長,児童福祉係長,保育所事務担当,地区担当保健師,コーディネーター |
7 | 発達相談(運動発達・心理発達)の活用 | ・運動発達面,心理発達面の専門相談を実施し,個別療育での支援計画及び保育園・幼稚園での個別支援の手掛かりをつかむ ・臨床発達心理士が行う発達検査を通じて,保護者の相談にのる |
①運動発達相談(月1回;1回10人程度) ・小児を専門にしている,理学療法士の相談 ・ことばの教室指導員,臨床発達心理士同席 ②発達相談(臨床発達心理士が行う発達検査) ・運動発達相談時には,発達検査を実施しない相談 ・月に10人程度の個別相談の実施(希望者に新版K式発達検査の実施) ・発達検査を実施する場合は,担任保育者,地区担当保健師,ことばの教室指導員が相談に同席する ・発達検査後,関係者と保護者の同席の下,今後の支援方針について,カンファレンスを行い,いきいき夢会議の対象者とする(個別支援計画策定対象者) ・カンファレンスへの参加者については,ケースによって選定する(父親に参加を促すこともある) |
8 | ワイワイひろば(1歳半・3歳児健診後の親子療育教室)の重層化 | ・障害の程度によるクラス分けを行い,母子療育クラス(集団療育)と集団あそびクラスを設け,指導プログラムを2層化し,保育園・幼稚園での集団活動への移行がスムーズに進むよう支援する | ①母子集団療育クラス(月1回) ・保育園,幼稚園入園後,加配保育の対象となる事が想定される児に対し,母子の集団療育を目的に主に,集団活動を見据えたプログラムを実施 ②集団あそびクラス(月1回) ・主に,家庭で保護者(母親)が児とのコミュニケーションを良好に取れるよう,遊びを通して,体験的に学ぶ ※メンバー;母子担当保健師,ことばの教室指導員,子育て支援センター保育士,保健推進員,看護師(臨時職員),コーディネーター,家庭教育指導員(教育委員会生涯学習) *保健推進員の参加は,事前に下の子の託児の申し出があった場合 |
9 | 4歳児発達相談(全員対象)の実施 | ・年少(3歳)児クラスを対象に,新規の要支援児の早期発見を目的に実施 | ・年少(3歳)児クラスに該当する生年月日の児を対象に,1月に保護者及び通っている保育園・幼稚園の担任の保育者にアンケートを実施し,必要と判定された者及び希望者に個別の4歳児発達相談の案内をする ・個別相談は,臨床発達心理士とコーディネーターで受ける ・希望した者に,新版K式発達検査を実施 ・アンケートとして,5歳児健診問診票(5歳児健診マニュアル参照),SDQアンケートを活用 |
10 | 保護者対象の講演会の実施 | ・保護者に対する啓蒙活動として,講師を招き,発達障がい児支援についての知識の普及と支援の方法を学ぶ | ・年1回 ・発達障がい児支援の専門家を講師に招き,講演会を実施 |
注)「※」は事業への参加メンバー,「*」は配慮事項を示す
2010~2012年度の3年間の進捗状況と成果を表2に示した.
年度 | 年度の状況 | 重点施策等 | 実際の活動 | 成果・反省・課題 |
---|---|---|---|---|
2010 | ※第4次総合計画中間見直し案策定 ・障害児支援事業から発達障がい児支援ネットワーク事業へ変更 ※予算措置なし ・補正予算(12月) ・1月から事業展開 |
・準備に係る組織の立ち上げ ・関係職員の研修 ・臨床発達心理士の確保 ・発達相談の実施 ・巡回相談の開始 (町内4保育園・1幼稚園) |
・ネットワーク会議実施 ・保育者研修会の実施(3回) ・臨床発達心理士による発達相談の実施(15人分予算確保) ・巡回相談の開始(各園1回) |
・関係者の意識の高まり ・保育者の基礎知識の習得 ・発達検査により,発達の偏りが認識でき,個別支援の課題が明確化 ・集団における個への関わりのあり方 *スクリーニングのあり方・目標の持ち方,支援方法 |
2011 | ・個別支援計画策定に向けた準備の年度 ・保育園,幼稚園におけるスクリーニング体制の構築 |
・ネットワーク会議の実施 ・主任研究会の実施 ・個別支援計画のツールの開発 ・巡回相談の定着化 ・発達相談の周知と方法の確立 ・保育園,幼稚園におけるアセスメントツールの開発 ・新しいスクリーニングの実施⇒4歳児発達相談開始 |
・ネットワーク会議(3回) *研修会のあり方等について検討 ・主任研究会の実施(6回) *アセスメントツールの選択,個別計画のひな形の完成 ・保育者研修会の実施(3回) *発達検査の方法 *発達障がいについて *今後の支援体制 ・巡回相談(各園5回) ・4歳児発達相談の実施 |
*研修会への私立幼稚園の参加が難しい ・個別支援計画策定は担任が行うことになったが,加配保育が担当制で行われているため,加配保育のあり方を見直す必要がある ・発達検査の活用が進んだ ・巡回相談で,新規の対象者の把握等ができた *巡回相談の活用が進んだ *4歳児発達相談について,スクリーニングの方法などについて,保護者から批判の声が寄せられた |
2012 | ・個別支援計画の策定の開始 | ・個別支援計画策定のための事例検討会の定例化 ・巡回相談年5回のうち年間2回については,個別支援計画策定支援の相談とする ・保護者の理解を得る(保護者対象の研修会の実施) ・小学校への引き継ぎ |
・年度初めに保育者全員(非正規職員も含む)に対して,個別支援計画策定方法について説明 ・事例検討会を年3回実施(保育園のみ) ・巡回相談(3回) 『いきいき夢会議』(2回) ・4月の家庭教育学級開級式で,これからの障がい児支援について説明 ・保護者対象の講演会の開催 ・プロフィール表の引き継ぎ(指導要録と一緒に) |
・幼稚園は人事異動の関係で,年度初めに説明会ができず,夏休み期間に行った ・個別支援計画の策定が保育園で始まった ・保護者への説明により,保護者の理解が進み,相談を希望するケースが出始めた *丁寧に町の方針を説明し,保護者にも理解を得ることができた.講演会(1月)にも多くの保護者が参加し,3月の4歳児発達相談のアンケートでは,昨年とは違って,苦情を訴えられる保護者はなかった *幼稚園では,知的障がい児の個別支援計画の策定からスタート(2学期から)した.発達障がい児については,順次,開始することになった |
注)表中の「※」は行政上の問題点,「・」は事業名や項目,「*」は成果・課題・留意事項を示す.
2010年度は主に保育園・幼稚園の保育者等の事業に対する理解度を上げることを中心に支援した.また,保育者にアンケート調査を実施し,発達障がい児に対する知識・現状の課題・事業への要望などについて明らかにした.2011年度は,主任研究会を中心に,個別支援計画策定に必要なアセスメントのあり方について検討を重ね,幾つかのアセスメントツールから実際に活用できるものを選択するなどしながら,保育園・幼稚園の在園児を対象とした発達相談や巡回相談の実施,4歳児発達相談を保育園・幼稚園の協力で開始した.
2012年度は,2011年度に作成した個別支援計画表に選択したアセスメントを実施し,担任保育者による策定を開始した.
事業の成果については,表2の通りである.
特に,年度途中の開始にもかかわらず,2010年度は主に保育者の理解が得られ,事業の導入がスムーズに行えた.
3年間の事業の成果から,特に3つの成果が得られた.
①「個別支援計画策定」が全園で始まった.
「個別支援計画策定」ができなかった理由に,障がい児支援を加配保育士に全面的に任せていた状況が多くの園でみられていた.個別支援計画策定を担任が行うことになり,クラス全体として支援が必要な幼児に対する意識が持てるようになった.
②臨床発達心理士の活用が進んだ.
臨床発達心理士には,発達相談と巡回相談を依頼した.発達相談には,担任保育者の同席を義務化し担任保育者と保護者との関係性についてもアドバイスできる環境を整えた.これにより,保育者と保護者の関係性が良くなり,保育・子育てを両者が協働的に捉えることができるようになった.また,巡回相談では,集団活動の場面での支援の仕方や「気になる子」がいた場合の対応等が臨機応変にできるようになり,保育者の支援のスキルが高くなった.
なお,本論では,「気になる子」を「近年,幼児教育の現場で問題視されている子どもの様子の総称.知的障がいが認められない状況で,発達障がいが疑われる場合もしくは確定診断に至っていない,集団生活において何らかの問題を抱えている幼児である.」(藤永,2009)と捉える.
③保護者自身が我が子の保育園・幼稚園での「集団活動」における適応状況について,「理解しよう」と動き出した.
保育・教育の現場では,経験不足やしつけなど,家庭での子育てが十分に行えていないと捉えられている「気になる子」が多くなる一方,集団生活での困難さに目を向けようとしない保護者への保育者の支援のあり方が課題となっていた(西垣,2011).ネットワーク事業によって,保育者にも保護者にも,子どもを中心とした捉え方ができるようになり,特に,保護者から相談を利用したいという要望が聞かれるようになった.
こうして,図1のとおり,乳幼児期から就学前の支援体系として,就学までの関係機関の連携体制を構築することができた.
B町における,発達障がい児の「乳幼児~小学校就学まで」の支援体系図
第一段階として実施した主な事業の中で,特に保健センターが実施主体となった事業は,「巡回相談」「発達相談」「4歳児発達相談」「個別支援計画策定」の4事業であった.「巡回相談」と「発達相談」は2010年度の年度途中から臨時職員として臨床発達心理士を雇用し開始した.本格的な事業の開始は,2011年度からとなった.
「発達相談」は,保健センターを会場として実施し,相談拠点として保健センターの位置づけを意識的に行った.
新規事業として5歳児健診の代わりとして,4歳児発達相談を開始した.4歳児発達相談では,スクリーニングにSDQアンケート(Goodman et al., 2000)を用いたが,4歳に満たない者に対して,多動・衝動性と向社会性の領域のスクリーニング精度にやや信頼性が低く,複合した判断基準を取り入れる検討が必要(植松,2013a)となったことから,2013年度からは,SDQアンケートの活用を一時中止し,保護者問診票のみを活用することになった.
これら4つの事業について,表3に実施状況と保健師の役割についてまとめた.4つの事業は2種類に分類でき,①保育者支援を主体とする事業;「巡回相談」・「個別支援計画策定」,②保護者支援を主体とする事業;「発達相談」・「4歳児発達相談」であった.①の事業では保育者と臨床発達心理士,②の事業では保護者と臨床発達心理士をつなぐ役割が必要となり,その中心となったのが保健師であった.
事業名 | 事業の主な内容・課題 | 保健師の役割 | |
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①保育者支援を主体とする事業 | 巡回相談 | *2010年度に実施した保育者アンケートで,最も要望が高かった. *保育・教育現場において,新規の要支援児の早期発見及び保育・教育・保護者支援の具体的なアドバイス(コンサルテーション)を対象児の様子・保育状況を確認し,現場でのカンファレンスを通して実施. ※日程調整が難しい(メンバーが揃わない)状況が初年度見られたため,2011年度からは,事業計画の段階で各園の日程を決定する必要があった. ※巡回相談が設定できない月などに,園から巡回相談の希望が挙がることがあり,対応を調整する必要がある. |
地区担当保健師:対象児の記録の管理(母子管理票),保護者支援の役割,兄弟姉妹関係の調整,乳幼児期からの育ちの確認,発達相談への案内等事業担当保健師:関係者の調整,対象児の把握 |
個別支援計画策定 | *2011年度に,主任研究会を立ち上げ,実務者によるツールの開発から行った.アセスメントに関しては,幾つかの既存のアセスメントツールを実際に保育園・幼稚園児に試しながら,選択し,個別支援計画の書式は,研究会で独自の物を作成した. *2012年度以降も,主任研究会は継続して実施し,進捗状況の確認,アセスメント・計画書の見直しやスーパーバイザーとして,各園に戻っての役割の確認をすることで,継続して行うことができる体制づくりを行った. *巡回相談とは別に,個別支援計画についての助言を目的とした,「いきいき夢会議」を年間3回実施した. ※アセスメントツールから,短期目標・長期目標を決める過程で,アセスメントツールが活かされていないケースがあり,研修会・巡回相談での助言を重ねていくことが必要. |
事業担当保健師:主任研究会を主宰し,主任同士の関係性を強める働きかけをした. アセスメントシート・個別支援計画シートなどについて,用紙・印刷等をまとめて行った. いきいき夢会議の調整等を行った. 地区担当保健師:いきいき夢会議に参加,アセスメントツールの解釈の力量形成 | |
②保護者支援を主体とする事業 | 発達相談 | *相談者は主に保護者と対象児であるが,保育園・幼稚園の担任保育者に同席してもらうことを原則として実施.相談後,関係者(保護者も交えて)のカンファレンスを行い,今後の支援の方針などを共通理解をもって行う. *園を通じて,保護者の相談希望にも応じる体制ができた. ※少なくはなったが,園から保護者に「相談してきてください」と一方的に指示を出すケースがあり,保護者が納得できないまま,相談に来所するケースもある.保護者がどうして,相談を利用しなければいけないのか,きちんと理解できるよう,保育者には対象児の様子を細やかに説明できる力量形成が求められる. |
事業担当保健師:日程の調整,記録の管理,事後管理 地区担当保健師:相談に同席し,保護者と施設側との調整を行う |
4歳児発達相談 | *5歳児健康診査の代わりに相談として実施. (専門の小児科医が2次医療圏に不在な地域なため) *スクリーニングにSDQアンケートを活用. ※2011年度は,SDQアンケートに対する不信感等があり,相談を拒否されるケースが多くあった.保護者の相談希望を優先したため,育児不安を訴えるケースの相談が多く,本来の早期発見には,繋がらないケースもあった. ※2012年度は,入園直後に説明会を行い,支援の体制について理解を得てからの実施となったこともあり,相談必要者の拒否が少なく,早期発見に繋がるケースが多くあった. ※SDQアンケートの精度の関係で,早生まれ児のスクリーニングの信頼度がやや劣ることが判明し,検討(問診票等の項目で判断必要)が必要となった.また,保護者と保育者の評価のずれがみられた. |
事業担当保健師:問診票・アンケートの発送,返却された問診票・アンケートの集計,対象者の選定,個別相談の案内,日程調整,相談,相談記録の管理,巡回相談の対象者管理 |
注)表中の「*」は主な事業内容,「※」は課題内容を示す.
町のコーディネーターとして,ネットワーク事業の進捗管理を行った.特に,中心的に関わったことは,主任研究会の実施,ネットワーク会議の実施,困難ケースの対応・関係機関の連携調整,町の各種連携会議への参加,講演会の企画,加配保育士等へのコンサルテーション,などであった.
また,事業の推進に当たって,予算の確保や臨床発達心理士等のマンパワーの確保,各事業の目的・課題等を事務職にいかに理解してもらえるかなど,事業の費用対効果を明らかにすることも必要であった.
各事業におけるコーディネーターの成果としては,多機関連携を主題として,各関係機関に積極的にネットワーク事業の発信をすることで,ネットワーク事業の理解を得ることができたことであった.
3. 事業実施における問題点の解決支援体制の基盤整備に関する問題点として,個人情報の保護に関する事項があった.これについては,全町的なルール作りを行い,乳幼児健診・相談等におい「発達障がい児」の就学までの支援体制について説明する場を設け,町内の子育て関連機関における個人情報の共有に関する同意を得るなどし,丁寧な扱いをする体制を整備した.
いずれの成果の背景にも,保健師が行った「間接的な支援」がある.
就学前の幼児に対する発達障がい児支援は,様々な機関が関与し,事業を構成することになる.新保(2014)は「コーディネーターが関わることで,支援者の負担が減少し,今まで発達障害が要因でネガディブな悩みや課題だったことが,ポジティブな話題に創り変わるので,支援者が安堵の顔になり,保護者は納得して優しい顔になる.そして,その安堵した顔を見て当事者が落ち着く」と述べている.まさに,このコーディネーターの役割を保健師が担う形態となり,発達障がい児の支援や保護者との関わりといった直接の支援ではなかったが,支援担当者との協働により,結果的にネットワーク事業を下支えする力となったと考える.
また,B町が抱える問題点には保育者と保護者の関係の悪さがあった.この関係の悪さに関しては,臨床発達心理士の活用が進んだことで,集団活動・個別支援の様々な場面において,具体的な支援が可能となり,関係者の連携が充実したことが挙げられる.
特に,保育者と保護者と臨床発達心理士の関係性の構築は,その間に保健師が入ることで,対象児の成長発達に合わせ,良好な関係性をコントロールすることが可能となったと思われる.
また,今回,ネットワーク事業を母子保健・少子化対策関連計画とは別視点でB町の総合計画における事業として実施したことは,予算の確保や役所内の理解が得られやすく,役所関係者内の連携がスムーズとなり,事業の推進に大きな追い風となった.
2. 3歳児健康診査以降の母子保健活動就学前の幼児教育期の母子保健活動のあり方について示された国の方針等は,母子保健法や健やか親子21等の母子保健を中心としたものと,少子化対策を主題とした,次世代育成支援行動計画や子ども・子育てビジョン等がある.
健やか親子21では,2013年に最終評価が行われ,次期計画に向けた提言として,「『育てにくさ』を感じる親に寄り添う支援」が挙げられ,スクリーニング技能の標準化と実施可能な人材育成が必要とされている(厚生労働省,2013).
母子保健活動は対象が広く,妊産婦から思春期保健までとして捉えられているが,市町村が行う母子保健活動については,3歳児健診までの活動となっているところが多い.
スクリーニング技能に関して,3歳児健診までに発達障がい児を発見するためには,社会性に代表される集団活動内で行われるコミュニケーションを主体とした活動等の発達の評価が必要で,集団生活を始めてみないと分かりにくい(小枝,2008)といわれており,不十分なままとなっている.そのため,厚生労働省は,発達障害者支援法の制定と同時に,「5歳児健康診査マニュアル」(厚生労働省,2007)を策定しているが,母子保健法による法定健診に位置づけがなされていないこと,保健師・心理士等の専門職のマンパワーが不足していること,私立幼稚園の協力や無認可保育所等の協力等が十分でないこと,さらには,小児精神科医などの専門医師の不足などで,普及していない(子吉,2012)とされている.
また,経過観察が必要なケースについて,保育・教育との連携を求めているが,乳幼児期の母子保健情報の利活用は「健やか親子21」の計画見直しにおいて,今後取り組むべき5つの課題に「関係者の連携強化」と「母子保健情報の収集と利活用」の2点が挙げられており,十分な環境に至っていない(山縣,2010)現状となっている.途切れのない支援を展開していくには,接続する部分である,在宅→保育園・幼稚園入園,保育園・幼稚園→小学校入学等における,双方の連携のあり方が重要な課題となる.B町では,接合部分の連携だけにとどまらず,保育園・幼稚園入園後,小学校入学後を見据えた支援の展開と特に,関係する機関の連携を最重要課題として,それぞれの事業に関係者が協働して実施する体制作りを行い,途切れのない支援の基盤構築を行うことができたと考える.
3. コーディネーターを保健師が行った意義B町は,発達支援センターが未整備のため,町のコーディネーターとして保健師が選定された.
保健師は,住民のライフサイクル全体を通じて,個人及びその家族全員に対し支援を行うことができる専門職である.保育士は同じ自治体職員であっても,保育園に入園している間だけの支援となることが多く,限定的な関わりとなっている.平成20年の保育所保育指針(厚生労働省,2008)の改訂において,「保護者支援」が初めて保育所および保育士の機能・役割として位置づけられた.しかし,幼児教育現場では,未だに「保護者支援」が十分に行われていない現状もあり,課題となっている(植松,2013a,2014).
また,自治体に働く保健師は保健医療専門職であると同時に,行政職でもある.予算の確保や教育委員会との連携など,コーディネーターとして役所全体を見渡しながらの作業も多く経験しているため,このような基盤整備が必要な事業の運営には向いていたと考える.
B町では,母子保健計画(第2期)の策定,要保護児童地域対策協議会が組織される以前の児童虐待予防の取り組み,困難事例への取り組み,保育園・幼稚園における相談支援等,子育て支援に関わる多職種と連携して子育て支援事業・母子保健活動を展開してきた.これらの活動が新たな基盤整備の下支えになっていたのではと考える.
4. 今後の課題 1) 多様化する就学前の幼児教育への対応子ども・子育てビジョン(内閣府,2010)において,「幼保一体化」が重要施策の一つとして位置付けられた.しかし,市町村において,保育園・幼稚園の事務等の取り扱い部署は,福祉部門と教育部門に分かれているところが多く,一体化は容易ではない(植松,2013b)と思われる.また,幼児教育は義務教育ではないこともあり,他市町村の施設の利用者も多く,市町村境の施設には入園児が複数の市町村となる場合があり,支援のルール作りが必要となっている.ネットワーク事業では,4歳児発達相談を悉皆方式で実施した.他市町村の施設への入園児に関して,入園している園の協力を得る必要があり,丁寧な対応が求められる.事業の該当者が初めて対象となる場合には,訪問して事業説明等を実施するなど,協力を仰ぐことが重要である.
さらに,未満児保育利用の親子支援に関して,在宅児と同様な支援が受けられるシステム作りが重要と思われる.
2) 早期発見におけるスクリーニングの標準化と保健師・保育者のスキルアップ近々の課題として,4歳児発達相談のスクリーニングについて,SDQアンケートの活用方法の検討が必要である.スクリーニングの時期に段階性を持たせるなどの対応や,抱き合わせて実施する他のスクリーニングについてなど検討が必要である.
「気になる子」が増えている現状で,対象児のどういった行動などが早期発見につながるのか,また,保護者の気付きをどのように促すのか,スクリーニングに関わる保健師・保育者のスキルアップが必要である.
ネットワーク事業はスタートしたばかりである.今後継続して事業を遂行していくために,関係者による綿密な連携が重要である.
ネットワーク会議や主任研究会を積み上げていくことで,事業の継続性が保たれると思われる.
今後推進される,子ども・子育て計画に,「健やか親子21」や次世代育成行動計画の次期計画への提言等の反映をさせる必要があり,保健師の積極的な参画が必要と思われる.
多様化している子育て事情を鑑み,従前の思考にとらわれることのない支援関係づくりが必要である.
本報告について,資料の提供及び公表に同意をいただき,B町の関係者の方々に心よりお礼申しあげます.また,ご指導いただきました中部学院大学堅田明義教授に,心よりお礼申しあげます.