2016 年 5 巻 1 号 p. 11-20
目的:特定の地方自治体の事例から,介護保険二次予防事業の長期的な効果について,新規要介護認定の発生を指標としたアウトカム評価を行うことを目的とした.
方法:北九州市における,2007年度の二次予防事業(訪問型介護予防事業,通所型介護予防事業,地域交流支援通所事業,セルフプラン型介護予防事業)対象者1,936名の二次的データについて分析した.Cox比例ハザードモデルを用い,2007年度の基本チェックリスト実施から2013年3月までに起きた新規要介護認定をエンドポイントとして,二次予防事業への参加・不参加による要介護認定のハザード比を算出した.
結果:要介護認定を受けた者の割合は,参加群で53.3%,不参加群で38.9%であった.二次予防事業参加群に対する不参加群のハザード比は最大で0.74(95%信頼区間:0.61–0.90)であり,不参加群の方が要介護認定のリスクが有意に低くなっていた.
結論:分析の結果,二次予防事業の要介護認定の発生に対する長期的な予防効果は見られなかったが,一次予防事業等の活動と連動させた事業終了後の継続支援及び事業の評価方法に関する示唆を得た.
社会全体で高齢者を支える仕組みとして,国は,2000年に介護保険制度を設立した.その後,介護を必要とする高齢者の増加や介護期間の長期化等の問題に伴い,2006年度には同制度を『介護予防』に焦点をあてたシステムへと転換した(厚生労働省老健局,2005).具体的には,高齢者が要支援・要介護状態にならないように,または重症化を予防するために地域支援事業が創設され,要介護状態へのリスクがある者に対しては二次予防事業対象者(旧称:特定高齢者)として,介護予防事業への参加を促すこととなった(厚生労働省老健局,2006).
介護予防事業を効果的に行う目的で,これまで,要介護状態のリスク要因に関する研究は盛んに行われてきた(渡辺ら,2003;大森ら,2010;浜崎ら,2012).コホート研究(藤原ら,2006;平井ら,2009)も実施されていることから,要介護状態のリスク要因については,エビデンスの高い結果が得られていると考えられる.基本チェックリスト(鈴木,2009)は,二次予防事業の対象者である,要介護状態のリスクがより高い高齢者を効率的に選出するツールとして広く利用されている.また,介護予防プログラムに関する研究(三菱総合研究所,2012)等の結果をとおして,厚生労働省からは介護予防マニュアル改訂版(厚生労働省老健局,2012)が発表された.各地方自治体においては,これらの研究結果を基盤として,効果的・効率的な介護予防施策を展開しているところである.しかしながら,地域支援事業の導入以降も,要介護認定率は年々上昇傾向にある(厚生労働省老健局,2013).すなわち,これまでに実施されてきた『介護予防』の取り組みについて適切な評価を行い,その結果から新たな課題を見出していくことが求められている.
二次予防事業の評価について同マニュアル(厚生労働省老健局,2012)では,プロセス(過程)及びアウトプット(出力・量)に加えて,アウトカム(成果)の3側面から評価を行うように勧め,「アウトカム指標が最大の評価対象」であると明記している.握力やTimed Up & Goテスト,栄養状態・口腔機能の改善状況等の指標を,事業の前後で比較することは,事業の効果を知る上で有用である.しかし,二次予防事業の目的が「要介護状態の発生をできる限り防ぐ(遅らせる)こと」であることを考慮すると,プログラムの前後比較だけではなく,実際に新規要介護認定に変化が生じたかどうか,長期的な視点での評価が重要と言える.介護予防事業の評価に関する実態調査では,調査に協力した全国の地方自治体のおよそ9割が事業前後の評価に留まっており,なんらかのアウトカム指標を長期的に検証している自治体は1割程度であったと報告されている(森岡ら,2012).
これまでに実施された『介護予防』効果を調べる上で,事業の目的に沿った評価指標を用いることは必要不可欠である.二次予防事業においては,事業の介護予防効果の検証という意味で,要介護認定の発生等をアウトカム指標とし,長期的に評価する必要があるものの,その評価は十分に行われていない実情にある.この現状に鑑み,本研究では,二次予防事業の参加による要介護認定の予防効果を明らかにする目的で,特定の地方自治体において,二次予防事業実施後の新規要介護認定の発生を指標として事業のアウトカム評価を行った.
本研究は福岡県北九州市を対象地域として実施した.北九州市は,九州地方の最北端に位置する政令指定都市で,2010年の国勢調査(総務省統計局,2010)によると,人口は976,846人,高齢化率は25.1%であり,20政令指定都市の中で最も高くなっている.また,2012年度の介護保険事業状況報告(総務省統計局,2014)からは,介護保険第一号被保険者における要介護認定率は21.1%であり,全国値(18.1%)より3ポイント上回っていることが報告されている.すなわち,北九州市は高齢者の介護予防対策に対するニーズがより高い都市型の地域であり,事例研究としての本結果は,高齢化が進行する他の政令指定都市や中核市にとって参考資料となることが期待される.また,北九州市では2007年度から二次予防事業を実施しているが,二次予防事業の実施前・実施後の比較による事業評価は行っていたものの,これまで新規要介護認定状況を指標としたアウトカム評価は行っていなかった.森岡ら(2012)が指摘したように,二次予防事業の長期的な介護予防効果を明らかにすることが課題となっている.
2) 対象者本研究は,北九州市から提供された二次予防事業のデータを用いて行った.本研究の対象者は,北九州市が事業を開始した2007年度の二次予防事業対象者全数(1,981名)とした.そのうち,登録データに不備がある者,事業開始前に要介護認定を受けた者を除いた結果,最終的に1,936名を分析対象者とした.
2. 分析データの作成分析に用いたデータは,北九州市によって作成された.2007年度の二次予防事業対象者の情報を利用して,介護保険の情報と突合させ,2007年4月から2013年3月の期間における要介護認定の有無を確認した.また要介護認定を受けている場合は,その要介護度の情報も紐づけた.それにより,基本チェックリストを実施した日から,新しく要介護認定を受けた日(要介護認定年月日)までの日数を算出できるようにした.
3. 分析方法 1) 対象者の分類2007年度の基本チェックリスト実施後,同年度中に,二次予防事業に一度以上参加した者を「参加群(604名)」,事業に全く参加しなかった者を「不参加群(1,332名)」として振り分けた(図1).
対象者の選定
対象者が参加した二次予防事業は,以下の4種類に大きく分けられる.まず,地域支援事業実施要綱及び介護予防マニュアルに沿って構成され,標準的なプログラムを提供する『訪問型介護予防事業』及び『通所型介護予防事業』.次に,二次予防事業対象者以外に要支援者等も参加が可能で,レクリエーションや体操等を中心とした『地域交流支援通所事業』.最後は『セルフプラン型介護予防事業』で,いずれの事業にも関心が無い場合に,自身で活動方法・目標を立てて介護予防に取り組む事業である.基本チェックリストによって二次予防事業の対象となった場合,これらの事業から自分が希望する事業を選ぶこととなるが,重複して参加することも可能であったため,本研究では,いずれかの事業に参加した場合を二次予防事業参加群として分類した.
2) 対象期間2007年度の基本チェックリスト実施から,2013年3月までの最長2,091日(6年間)とした.期間については,継時的な変化を確認する目的で,基本チェックリストの実施から1年後,期間の中間点としての3年後,研究実施年である6年後の3つの期間に分けた.
3) 統計解析統計解析は,Cox比例ハザードモデルによる多変量解析及び,時間経過による非要介護認定者の割合の変化をKaplan-Meier法を用いて作図した.Cox比例ハザードモデルでは,新規要介護認定の発生を目的変数(エンドポイント)として,各期間における二次予防事業参加・不参加のハザード比を95%信頼区間で算出した.先行研究で要介護認定との関連が示されている高齢者の特性については,年齢,性別の情報のみ利用可能であり,それらは,調整変数としてモデルに強制投入した.
本分析にかかるすべての統計解析は,Rバージョン3.0.1(R Development Core Team, 2014)を利用し,Cox比例ハザードモデルではSurvivalパッケージのcoxph関数を用いた.
4. 倫理的配慮本研究では,北九州市の介護予防事業評価事業として,統計的研究の目的でデータの2次的利用を行った.そのため,データは個人を特定し得るすべての情報を削除もしくは匿名化(総務省,2009)し,秘匿処理を確認した上で研究者に提供された.また,本分析にかかる作業は,西南女学院大学の倫理委員会の承認を得てから行い(承認日:2013年10月9日,承認番号:第8号),結果の公表については,北九州市より了承を得た.
表1に対象の属性について示す.参加群における男性の割合は21.7%(131名)であったのに対し,不参加群では28.7%(382名)であり,参加群は不参加群に比べ男性が少なかった(p=0.002).年齢を見ると,参加群では前期高齢者の割合が30%程度であるのに対し,不参加群における同割合は約50%であり,参加群は不参加群に比べて年齢が高くなる傾向にあった(p<0.001).なお,平均年齢は,参加群79.6±6.7歳,不参加群では74.1±6.0歳であり,両群に5歳程度の差がみられた.要介護認定を受けた者の割合は,参加群で53.3%(322名),不参加群で38.9%(518名)であり,二変量解析の結果からは,参加群の方が要介護認定を受けるリスクが高くなる傾向が示された(p<0.001).新規に要介護認定を受けた840名について,基本チェックリストの実施から初回要介護認定を受けるまでの平均日数を比較した結果では,参加群では平均797.0日であるのに対し,不参加群では898.5日と100日ほどの違いがみられたものの,統計的に有意な差は示されなかった(p=0.349).初回の要介護度では,参加群で要支援1から要介護2までの軽度な介護度の割合が高くなり,要介護3以上の介護度では不参加群で割合が高くなっていた(p=0.034).
項目 | 参加群(n=604) | 不参加群(n=1,332) | P | ||
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人数(日数) | (%) | 人数(日数) | (%) | ||
性別* | |||||
男性 | 131 | (21.7) | 382 | (28.7) | 0.002 |
女性 | 473 | (78.3) | 950 | (71.3) | |
年齢(階級)* | |||||
65~69歳 | 59 | (9.8) | 284 | (21.3) | <0.001 |
70~74歳 | 119 | (19.7) | 345 | (25.9) | |
75~79歳 | 157 | (26.0) | 330 | (24.8) | |
80~84歳 | 164 | (27.2) | 226 | (17.0) | |
85歳以上 | 105 | (17.4) | 147 | (11.0) | |
要介護認定 * | |||||
なし | 282 | (46.7) | 814 | (61.1) | <0.001 |
あり | 322 | (53.3) | 518 | (38.9) | |
「要介護認定あり」のみ | |||||
認定を受けるまでの平均日数(±SD)** | 797.0 | (±598.4) | 898.5 | (±581.8) | 0.349 |
初回の要介護度 * | |||||
要支援1 | 114 | (35.4) | 174 | (33.6) | 0.034 |
要支援2 | 65 | (20.2) | 93 | (18.0) | |
要介護1 | 90 | (28.0) | 135 | (26.1) | |
要介護2 | 34 | (10.6) | 44 | (8.5) | |
要介護3 | 9 | (2.8) | 32 | (6.2) | |
要介護4 | 5 | (1.6) | 21 | (4.1) | |
要介護5 | 5 | (1.6) | 19 | (3.7) |
* Personのχ二乗検定
** Welchの検定
二次予防事業に参加した604名のうち,要介護認定を受けた322名について,参加した事業別の新規要介護認定状況を表2に示す.二次予防事業の参加人数をみると,通所型介護予防事業が241名で最も多く,次に地域交流支援通所事業の179名,セルフプラン型事業175名と続いた.通所型介護予防事業の内訳は,241名のうち189名が運動器の機能向上プログラム,52名が口腔機能向上プログラムであった.栄養改善プログラムの該当者はいなかった.また,何らかの特別な理由により,基準のプログラムではなく個別に対応する必要があったケースについては,その他(個別対応)とした.事業ごとに要介護認定の発生割合をみると,訪問型介護予防事業参加者での割合が最も高く75.7%の参加者が事業に参加した後に要介護認定を受けていた.一方,通所型介護予防事業のうち口腔機能向上プログラムの参加者については,事業参加後の要介護認定の発生割合は28.8%であり,すべての介護予防事業の中で唯一,不参加群の割合よりも低かった.
項目 | 総数 # (n=604) |
要介護認定あり(n=322)# | |
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人数 | (%) | ||
二次予防事業の種類 | |||
通所型介護予防事業 | 241 | 114 | (47.3) |
(再掲)運動器の機能向上プログラム | 189 | 99 | (52.4) |
(再掲)口腔機能向上プログラム | 52 | 15 | (28.8) |
訪問型介護予防事業 | 37 | 28 | (75.7) |
地域交流支援通所事業 | 179 | 98 | (54.7) |
セルフプラン型事業 | 175 | 88 | (50.3) |
その他(個別対応) | 11 | 7 | (63.6) |
(再掲)二次予防事業 | |||
不参加 | 1,332 | 518 | (38.9) |
# 2種類以上の事業に重複して参加している者もいるため,合計しても604名または322名にならない.
Kaplan-Meier法による,参加群・不参加群の非要介護認定者割合の変化を図2に示す.基本チェックリストによって二次予防事業対象と決定されてから,およそ160日までは両群に目立った変化はない.160日を過ぎたあたりから徐々に参加群における非要介護認定者割合の減少が進みはじめ,1年後の終わりには要介護認定者の発生割合に10%程度の差が生じている.しかしながら,3年後までの変化をみると,割合の差は1年後と比べてあまり変化することなく,10%程度の差のままとなっている.この傾向は6年後までも同様にみられ,1年後の時点で開いた差が,6年後まで大きく変化せずに推移している.
二次予防事業参加群・不参加群における非認定者割合の推移(Kaplan-Meier曲線)
Cox比例ハザードモデルを用いた多変量解析においては,経過年数の違いで関連がみられた因子に変化があった(表3).二次予防事業の対象者となって1年後の時点では,不参加群の方で要介護認定割合が低くなる傾向にあるものの,統計的に有意な差を示さなかった(ハザード比:0.70,95%信頼区間:0.48–1.01).年齢に関しては,85歳以上であった場合にのみハザード比が有意に上昇した(ハザード比:3.28,95%信頼区間:1.69–6.34).性別の影響は,男性よりも女性で要介護認定のリスクが低くなることが示された(ハザード比:0.51,95%信頼区間:0.35–0.75).
変数 | 1年後(365日後) | 3年後(1,095日後) | 6年後(2,191日後) | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
認定あり(%) | ハザード比 | 95%信頼区間 | 認定あり(%) | ハザード比 | 95%信頼区間 | 認定あり(%) | ハザード比 | 95%信頼区間 | |
説明変数 | |||||||||
二次予防事業 | |||||||||
参加 | 8.3 | Ref. | 1.00 | 30.8 | Ref. | 1.00 | 55.0 | Ref. | 1.00 |
不参加 | 5.0 | 0.70 | 0.48–1.01 | 19.8 | 0.74 | 0.61–0.90 | 38.9 | 0.81 | 0.71–0.94 |
調整変数 | |||||||||
性別 | |||||||||
男性 | 8.6 | Ref. | 1.00 | 25.7 | Ref. | 1.00 | 44.1 | Ref. | 1.00 |
女性 | 5.1 | 0.51 | 0.35–0.75 | 22.3 | 0.76 | 0.62–0.93 | 43.1 | 0.88 | 0.76–1.03 |
年齢(階級) | |||||||||
65~69歳 | 3.5 | Ref. | 1.00 | 9.0 | Ref. | 1.00 | 17.5 | Ref. | 1.00 |
70~74歳 | 3.7 | 0.93 | 0.44–1.95 | 10.6 | 1.12 | 0.71–1.76 | 27.2 | 1.55 | 1.14–2.11 |
75~79歳 | 4.5 | 1.13 | 0.56–2.30 | 23.4 | 2.63 | 1.76–3.92 | 43.3 | 2.82 | 2.11–3.76 |
80~84歳 | 7.7 | 1.88 | 0.96–3.71 | 36.9 | 4.33 | 2.93–6.41 | 65.9 | 5.12 | 3.85–6.80 |
85歳以上 | 14.3 | 3.28 | 1.69–6.34 | 44.4 | 5.64 | 3.78–8.42 | 73.4 | 6.41 | 4.78–8.60 |
3年後になると,二次予防事業不参加群において要介護認定のリスクが有意に下がり(ハザード比:0.74,95%信頼区間:0.61–0.90),年齢の影響は1年後よりも強く表れるようになった.さらに,6年後では,性別による要介護認定のリスクは統計的な差がみられなくなり,年齢の影響がさらに顕著に表れるようになった.二次予防事業への参加・不参加による影響は,3年後の時点より少し弱まっていた(ハザード比:0.81,95%信頼区間:0.71–0.94).
本研究における対象の属性から,二次予防事業参加群の傾向として,女性や年齢の高い者が多く,先行研究で示された内容と同様の結果となった(大鐘ら,2012).一般的に知られている通り,男性では社会参加が低く,前期高齢者では何らかの仕事に従事している場合があることが背景にあると考えられる(斎藤ら,2006).初回の要介護認定度の比較からは,二次予防事業参加群は,不参加群よりも軽い介護度で要介護認定を受ける傾向が示された.これまでの研究から,介護予防プログラムに参加する高齢者の特性としては,自身の健康状態に問題を感じやすいことが報告されている(伊藤ら,2012;南部ら,2012).また,生活機能評価について調査した大渕ら(2011)は,健康づくりに消極的な高齢者の特徴として,介護予防の知識不足や主観的健康観が低いことを報告している.すなわち,2007年度の二次予防事業に参加した高齢者は,参加しなかった高齢者に比べて女性が多く,高齢であり,自身の生活機能の低下に関してより敏感であったと推測される.そのことによって,より多くの高齢者が早期の段階で要介護認定を申請する傾向として表れたと考えられる.
二次予防事業の事業別に要介護認定の発生状況をみると,事業終了後,最も多くの要介護認定者が出現していたのは訪問型介護予防事業であり,4人に3人が6年後までに要介護認定を受けていることが明らかになった.この結果については,訪問型介護予防事業の対象者の特性が関連している可能性がある.通所型介護予防事業は,送迎等のサービスはあるものの,基本的に外出が可能な者を対象としているのに対し,訪問型介護予防事業は,そのような生活機能の低下に加えて,閉じこもりや認知機能の低下,うつ等の状態により外出が困難な状況を想定している(厚生労働省老健局,2012).つまり,訪問型介護予防事業に参加した高齢者は,その他の対象者より要介護状態へのリスクが高い状態であったことが予測され,それによって,事業終了後に多くの要介護認定者が発生していたと考えられる.
本データでは対象者の特性について詳しく記述するには限界があるが,以上の考察から,二次予防事業の対象者となった高齢者が,事業への参加・不参加を決定する背景には,個人的・社会的な要因が関連していることが考えられる.つまり,先行研究で指摘されているように,事業の参加を選択した時点で,選択バイアスが発生している可能性が高いと言える.
2. 二次予防事業の要介護認定の発生に対する予防的効果性別,年齢で調整されたCox比例ハザードモデルの結果からは,二次予防事業の対象となってから1年後までの間は,事業の参加・不参加によって要介護認定の発生に差が生じないことが明らかになった.これは,基本チェックリストによって,ある一定以上のリスクをもつ対象者が選ばれている(遠又ら,2011)ことの裏付けとして解釈できる.
しかし,3年後以降の結果では,参加群において要介護認定の発生リスクが高くなっており,このことは先行研究による報告(辻ら,2009;伊藤ら,2011)と異なった.理由の一つとしては,二次予防事業終了後の介護予防の継続状況が考えられる.3ヵ月間の運動教室を受講した高齢者を2年間追跡した研究(藤本ら,2009)では,身体機能の維持が教室終了後の自主的な運動に依存していると述べられている.同様の報告として,滝瀬ら(2010)は,介護予防教室実施後にフォロー体制が無い場合,運動を継続する割合が減少するとしており,教室後の継続支援が重要であると結論づけている.北九州市では,二次予防事業に参加した後は,住民主体の介護予防活動である一次予防事業等への移行が推奨されている.このことから,二次予防事業参加者に要介護認定の発生が多かった理由としては,事業終了後にスムーズに一次予防事業への移行ができなかった可能性が考えられる.また,一次予防事業等の住民主体の介護予防活動は,二次予防事業のように専門職が提供するプログラムでないことから,効果的な内容で介護予防活動が続けられなかった可能性がある.Kaplan-Meier曲線からも,非認定者割合の差は事業に参加している途中では変わらず,160日後から徐々に差がひらき,1年後に最も変化しており,それ以降の差は,ほぼ変わらずに推移していた.本研究において,参加群に要介護認定者が多く発生していた時期は「事業終了後1年未満」であり,すなわち,その間の効果的・継続的な活動への移行状況が結果に関係していると考えられる.
二次予防事業の不参加群に着目すると,事業に参加しなかった高齢者は自身で何らかの継続的な活動をしていることが考えられる.実際に,北九州市が2010年度に実施した「北九州市高齢者等実態調査(北九州市保健福祉局,2011)」では,介護予防に取り組んでいると回答した一般高齢者は8割に上ったものの,介護予防事業の利用に関する質問には,約30%が「利用したくない」と回答していた.また不参加群の特徴としては前期高齢者や男性が多かったが,徳山(2013)や渡部ら(2014)は,就労等によって日常生活での身体活動があることは,介護予防事業に参加していなくても健康増進・介護予防効果を期待できると報告している.つまり,二次予防事業に参加しなかった高齢者であっても,何らかの介護予防に値する活動を行っている可能性があり,住民の日常生活における活動状況の差が本結果に関係していると推察される.
別の視点としては,二次予防事業のプログラム内容の違いが考えられる.プログラム内容によって得られる効果が異なる(曽根ら,2013)と言われていることから,実施したプログラムの違いが結果に影響を与えている可能性がある.北九州市の『通所型介護予防事業』は,国の介護予防マニュアルに基づいて週2回・3ヵ月間の標準的プログラムを実施しているため,類似のプログラムであっても6ヵ月間実施している場合や,独自のプログラムを提供している場合においては,同様の結果とならない可能性がある.二次予防事業の種類別にみても,参加したプログラムによって要介護認定者の出現割合は異なっており,その結果からも,プログラムの違いによる影響が考えられる.
北九州市の2007年度二次予防事業評価の結論として,期待されていた「新規要介護認定の発生に対する予防効果」は得られていなかった.多くの二次予防事業は短期集中型のプログラムであり,事業前後における身体機能・生活機能の向上は期待できる.しかしながら,要介護認定の発生を防ぐには継続した活動が重要であり,二次予防事業の長期的な介護予防効果には,事業終了後の介護予防活動や日常での活動量が影響していると予測される.すなわち,本研究の結果は,二次予防事業参加後の継続的・効果的な介護予防活動の移行に対する支援の必要性や,継続的な活動の動機付けとなるプログラムへの改善が必要であることを示唆していると解釈できる.
3. 研究の限界と今後の課題本研究の主な限界は,分析の対象が二次的データであった背景から,要介護認定の発生に影響を与える因子を十分に考慮できていないことにある.一般的に,要介護認定に強い影響を与えると言われる年齢及び性別をモデルに投入できたことは,本結果を信頼する一つの要因となり得る.しかしながら,先行研究で報告されている,基礎疾患や入院歴の情報,社会活動の状況,栄養状態,身体・認知機能(藤原ら,2006;平井ら,2009;浜崎ら,2012)等の因子についてはモデルに投入できておらず,それらの要因による影響は未調整であるため結果の解釈には注意が必要である.今後の課題として,選択バイアスの影響を考慮して傾向スコア(星野ら,2006;伊藤ら,2011)等の手法を用いることや,そのために,事業計画の段階から,アウトカムの調整に必要な変数を予め収集できるよう準備しておくことが求められる.また,本研究の結果からは,二次予防事業終了後の介護予防活動の継続状況や関連因子について,二次予防事業のプログラム内容の違いによる要介護認定者出現への影響についても明らかにしていく必要性が示された.
本研究では,北九州市における2007年度の介護保険二次予防事業について,事業実施後の新規要介護認定の発生を指標としたアウトカム評価を行った.年齢と性別で調整を加えたCox比例ハザードモデルの結果,事業への参加は要介護認定の発生の抑制要因となっていなかった.その理由としては,二次予防事業実施後のフォローアップ体制や事業以外の介護予防・日常生活における活動量等の状況,そして二次予防事業の内容が関連していると考えられる.しかしながら,本分析は既存データの二次的利用によるものであるため,要介護認定に影響を与え得るその他の因子の検討には限界があった.そのため,今後,より詳細な調査研究が必要である.
本研究は,北九州市保健福祉局健康推進課の協力により実現することができました.データの加工・個人情報の匿名化等にご協力いただきました,当課の保健師及び職員の皆様に厚く御礼申し上げます.また,データ分析及び考察にあたりご指導を賜りました,西南女学院大学保健福祉学部看護学科の伊藤直子教授につきましても,心からお礼申し上げます.