日本公衆衛生看護学会誌
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研究
新人保健師育成に向けたプリセプターの支援内容
山田 小織越田 美穂子
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2016 年 5 巻 1 号 p. 57-65

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Abstract

目的:新人保健師育成に向けたプリセプターの支援内容を明らかにすることを目的とした.

方法:A市のプリセプターを対象に半構造化面接を実施し,データを質的記述的に分析した.

結果:研究に同意が得られたプリセプターは12名であった.新人保健師育成に向けたプリセプターの支援は【信頼しあえる関係性を築く】【仕事に対して安心感を与える】【社会人として成長を促す】【専門職としての成長を促す】【新人保健師教育体制を整える】の5カテゴリーと18サブカテゴリーに分類できた.

結論: プリセプターは信頼関係に基づいた対話を通して,新人保健師の社会人かつ専門職としての成長を促していることが示唆された.今後はプリセプター制の推進や充実と並行して,新人保健師が専門性を主体的に高めていくことができる現任教育プログラムの検討が必要になると考える.

I. 緒言

地方分権の時代において,地方公共団体が住民の期待に応える行政運営を行う為には,職員の資質向上が重要(西村,2001)といわれている.地域保健分野でも,この数年で,自治体の保健師に必要な能力とその能力を開発するしくみや現任教育強化の基本的考え方が示されるようになった.しかしながら,現在,保健師の分散配置が進み,業務の多忙さとあいまって,職場での人材育成の体制は不十分な状態にあり,これらの組織的な整備は進んでいない(佐伯ら,2009).先般,大学での保健師教育を必修とする現行制度の見直しがなされ,学士教育における保健師科目の選択制の導入や修士課程への移行等,看護系大学での保健師に関する基礎教育は大きな転換期にある.このことに伴い現任教育においても新任期保健師育成に関しては,従来よりも緻密な現任教育プログラムの検討と開発,そして評価が緊要となった.ところが,先行研究においては,システム化された現任教育が実施されている市町村はわずか4.2%であり(荒田,2009),プリセプターによる指導を受けていない者も56.5%(日本看護協会,2011)との報告があり,新人保健師に関わるプリセプター制の実施体制が十分に整備されていないことがわかる.新人看護職の離職率増加が問題視される今日,その要因には職場環境に対する不満や職務遂行に伴う重圧,相談相手欠如による問題状況への対処困難等があると報告(小元ら,2008)され,身近な指導者による具体的かつ実践的なサポートとともに配属部署での良好な人間関係構築(関井,2010)の重要性が示されている.特に採用状況から所属部署に同期が少ない新人保健師にとってプリセプターは職場や職務への適応等,離職を回避する為の鍵となる存在である.その為,組織においてプリセプターに課せられる役割は非常に大きいと思われる.しかしながら,先行研究では,現任教育のうち新人保健師育成に向けたプリセプターの支援に焦点をあてた研究はみられない.そこで本研究では,新人保健師育成に向けたプリセプターの支援内容を明らかにすることにした.本研究結果は,特に保健師現任教育におけるプリセプター制の評価・開発の一助になると考える.

II. 研究方法

1. 対象

A市に所属する2011年度及び2012年度のプリセプターで本研究に同意が得られたものを研究対象とした.

2. 用語の定義

本研究で使用する用語については,以下のように定義した.

新人保健師:新規に採用された1年目の保健師

プリセプター:専属で新人保健師に直接的な指導を行う役割をもつ保健師

3. 方法

研究方法は,半構造化面接による質的記述的方法とした.本研究では,2011年度プリセプターに対して2011年8月及び2012年3月に計2回,2012年度プリセプターに対して2012年8月及び2013年3月に計2回,半構造化面接を実施した.

1) 調査手順

A市保健師の所属部署の代表者に研究の趣旨及び方法を文書と口頭にて説明し,プリセプターへ研究依頼文書及び同意書の配布を依頼した.プリセプターへ配布した同意書は,直接郵送(研究責任者宛)にて回収を行った.同意書の提出者には直接連絡をとり,希望に応じて面接日時と場所を決定した.結果,面接場所はA市保健センター内の相談室となった.データは,インタビューガイドにそって1人あたり1回50分~70分の面接調査を実施して収集した.面接の内容は,承諾を得てICレコーダーで録音した.

2) 調査内容

インタビューガイドは,①対象者の概要:保健師経験や現在の仕事の状況,②新人保健師との接点:どのような時に新人保健師に接しているのか,③プリセプターとしての支援内容:新人保健師に接する際には,何を意識してどのような支援をしているか,その理由についての3点で構成した.

3) 分析方法

半構造化面接によって得られたデータは質的記述的に分析した.まず録音されたインタビュー内容を逐語化し,対象者1名ずつに文脈を読み取りながら具体的な会話内容を抽出した.データは,保健師の支援内容を示す文脈を検討しながら意味をもつまとまりごとにコード化した.コードは他のコードと内容の同質性,異質性,関係性を検討したうえでカテゴリー化し,サブカテゴリー,カテゴリーへと抽象度をあげていった.データ分析は,公衆衛生看護学を専門領域とし,保健師経験と質的研究の実績がある研究者と共に行った.さらに研究結果の信頼性や妥当性を確保することを目的として,研究対象者も含めてメンバーチェックを実施した.

4) 倫理的配慮

本研究は,ヘルシンキ宣言,疫学研究に関する倫理指針及び日本看護協会による看護研究における倫理指針を遵守して行うこととし,福岡大学医に関する倫理委員会において,倫理的・科学的妥当性の観点から調査実施及び公表について承認を得た(看116).対象者には,研究の目的と意義及び調査に関する情報保護の方法,調査への拒否権,調査協力に関する利益や結果の使用方法を詳細に明記した説明文書を配付した.

III. 研究結果

1. 対象者の概要

研究に同意が得られたプリセプターは,2011年度6名,2012年度6名の計12名であった.プリセプターの年齢は平均35.7歳(最小24歳,最大56歳),保健師経験年数は平均12.5年(最小2年,最大34年)であった.プリセプターが担当するA市の2011年度及び2012年度の新人保健師(新規採用保健師)は11名,年齢は平均25.1歳(最小22歳,最大29歳),このうち5名は臨時職員等での保健師経験者であった.尚,新人保健師11名に対し,プリセプターが12名であることについては,途中プリセプター1名が休職したことによるものである.休職したプリセプターについては2011年8月に調査を実施し,2012年3月は代替となったプリセプターに調査を実施した.本研究対象者のプリセプター全員が,A市による現任教育,新人保健師育成に関する研修会を受講していた.

2. プリセプターの支援内容

プリセプターの支援内容は,【信頼しあえる関係性を築く】【仕事に対して安心感を与える】【社会人としての成長を促す】【専門職としての成長を促す】【新人保健師教育体制を整える】の5カテゴリーと18サブカテゴリーに分類することができた(表1).以下,本文中でカテゴリーは【 】,サブカテゴリーは《 》,コードは〔 〕を,実際のデータについては「 」内に表記する.

表1  新人保健師育成に向けたプリセプターの支援内容
カテゴリー サブカテゴリー コード
信頼しあえる関係性を築く 新人保健師のことを深く理解しようとする 常に新人保健師のことを気にかけて目配り心配りをする
新人保健師が考えていることや望んでいることを引き出す
新人保健師が抱えている不安や悩みを引き出す
新人保健師に仕事以外のプライベートについて話を引き出す
新人保健師に自分のことを理解してもらおうとする 新人保健師に自分の仕事に対するポリシーやスタンスを伝える
新人保健師に自分が考えていることや望んでいることを話す
新人保健師に自分が抱えている不安や悩みを話す
新人保健師に仕事以外のプライベートについて話す
コミュニケーションの機会をつくる 新人保健師と1対1で話ができる機会をつくる
新人保健師と話をする為の時間を確保する
状況に応じたコミュニケーション方法を選択する 自分からさりげなく新人保健師に話しかける
自分から積極的に新人保健師に話しかける
新人保健師に敬意をもって接する 新人保健師のこれまでの経験を尊重する
新人保健師がもつ能力を信じる
新人保健師の発言や行動を否定せずに受容する
細かい部分までは指導せず新人保健師に任せてみる
仕事に対して安心感を与える 新人保健師が仕事に対して劣等感を抱かないようにする 他の新人保健師とは比較しないようにする
新人保健師がすぐに答えられない質問はしないようにする
新人保健師よりも先に自分から意見を出すようにする
新人保健師が緊張感を抱かないように配慮する 新人保健師にいつも優しい表情・態度で接する
新人保健師を傷つけないような言葉を選択する
新人保健師の前で忙しそうな雰囲気を出さない
新人保健師がリラックスできる雰囲気をつくる
新人保健師の不安感や戸惑いを軽減させる 新人保健師に遠慮せずに何でも質問してよいことを伝える
新人保健師にこれまでの経験を通して得た不安や戸惑いへの対処方法を伝える
新人保健師と連帯感がもてるように配慮する 新人保健師の悩みに共感的な態度を示す
新人保健師にとって第一の味方であることを示す
新人保健師と仕事場で一緒に行動する機会を増やす
新人保健師と一緒に共通の課題に対応する
社会人としての成長を促す 新人保健師が職場環境に適応できるように導く 新人保健師に職場内のルールやマナーを伝える
新人保健師が他の保健師と交流する機会をつくる
新人保健師に職場環境への適応方法を伝える
新人保健師が組織の一員として行動できるように導く 新人保健師に組織における報告や相談の手段・ルートについて伝える
新人保健師に先輩との接し方や指導の受け方について伝える
自らが組織の一員としてふさわしい行動をとり,それを見せる
新人保健師に改善が必要な点があればその場ではっきりと伝える
専門職としての成長を促す 新人保健師の仕事内容について肯定的な評価を行う 新人保健師の仕事に対する姿勢や努力を認め,それを伝える
新人保健師の仕事内容に対する成果を認め,それを伝える
新人保健師が効果的に仕事を進めていけるように導く 新人保健師に仕事の段取りや優先順位を伝える
周囲の保健師に新人保健師へのフォローを依頼する
これまでの経験をもとに質問に対して具体的な返答をする
新人保健師とケース対応に関する根拠を確認する
新人保健師の発言や行動についての改善点を伝える
新人保健師が自立してケースに対応ができるように導く 新人保健師に想定されるケースとその対応について伝える
新人保健師にケースに対するアセスメントの視点を伝える
新人保健師への手取り足取りの指導方法を減らしていく
新人保健師の為にケース対応の機会を多くつくる
新人保健師がケースに対応できるようトレーニングをする
新人保健師の視野を拡大させる 新人保健師が自分の力でアセスメントできるように支持する
新人保健師がケース対応を振り返る機会をつくる
新人保健師教育体制を整える 新人保健師に過剰な負荷がかからないように調整する 新人保健師の仕事内容及び業務量を確認する
新人保健師の健康状態を把握する
新人保健師に無理をしないように伝える
自分が新人保健師の時に辛かった経験はさせないようにする
周囲の保健師からの新人保健師に対する指導状況を把握する
新人保健師の仕事をサポートする
新人保健師と周囲の保健師との関係において緩衝役となる
自分の新人保健師に対する指導能力を評価し,向上させる 自分の新人保健師に対する指導内容が適切か評価する
自分の新人保健師に対する指導方法が適切か評価する
同僚や上司の新人保健師に対する指導方法を参考にする
新人保健師への適切な指導方法について同僚や上司に助言を求める
周囲の保健師が新人保健師を指導しやすい環境をつくる 周囲の保健師が新人保健師と交流する機会をつくる
新人保健師に対する指導状況について説明する

1) 信頼しあえる関係性を築く

【信頼しあえる関係性を築く】について,プリセプターは,〔常に新人保健師のことを気にかけて目配り心配りをする〕,〔新人保健師が考えていることや望んでいることを引き出す〕,〔新人保健師が抱えている不安や悩みを引き出す〕あるいは〔新人保健師に仕事以外のプライベートについて話を引き出す〕ことで,《新人保健師のことを深く理解しようとする》ようにしていた.また,〔新人保健師に自分の仕事に対するポリシーやスタンスを伝える〕,〔新人保健師に自分が考えていることや望んでいることを話す〕,〔新人保健師に自分が抱えている不安や悩みを話す〕,〔新人保健師に仕事以外のプライベートについて話す〕ことを通して《新人保健師に自分のことを理解してもらおうとする》ようにもしていた.そして〔新人保健師と1対1で話ができる機会をつくる〕ことや〔新人保健師と話をする為の時間を確保する〕こと等,《コミュニケーションの機会をつくる》ように努め,〔自分からさりげなく新人保健師に話しかける〕あるいは〔自分から積極的に新人保健師に話しかける〕等して《状況に応じたコミュニケーション方法を選択する》ように心がけていた.さらに,プリセプターは〔新人保健師のこれまでの経験を尊重する〕とともに〔新人保健師がもつ能力を信じる〕ことにし,〔新人保健師の発言や行動を否定せずに受容する〕,そして〔細かい部分までは指導せず新人保健師に任せてみる〕ことで《新人保健師に敬意をもって接する》ようにしていた.

2) 仕事に対して安心感を与える

【仕事に対して安心感を与える】について,プリセプターは〔他の新人保健師とは比較しないようにする〕,〔新人保健師がすぐに答えられない質問はしないようにする〕,〔新人保健師よりも先に自分から意見を出すようにする〕ことで《新人保健師が仕事に対して劣等感を抱かないようにする》ようにしていた.また〔新人保健師にいつも優しい表情・態度で接する〕ようにしており,「人手もないし,今この状況で辞められてしまったら本当に困るから(中略)言葉を選びながらやさしく…」のように〔新人保健師を傷つけないような言葉を選択する〕よう心がけていた.さらに,「話しかけやすい雰囲気でいないといけないとか,自分がばたばたしていると相談なんかもしにくいかなと思うので,そのあたりも気をつけないと…」のように〔新人保健師の前で忙しそうな雰囲気を出さない〕ようにすること,〔新人保健師がリラックスできる雰囲気をつくる〕ことで,《新人保健師が緊張感を抱かないように配慮する》ようにしていた.それだけでなくプリセプターは〔新人保健師に遠慮せずに何でも質問してよいことを伝える〕ことや〔新人保健師にこれまでの経験を通して得た不安や戸惑いへの対処方法を伝える〕ことで,《新人保健師の不安感や戸惑いを軽減させる》ようにしており,《新人保健師と連帯感がもてるように配慮する》為にも,〔新人保健師の悩みに共感的な態度を示す〕,そして〔新人保健師にとって第一の味方であることを示す〕ようにし,〔新人保健師と仕事場で一緒に行動する機会を増やす〕ことや〔新人保健師と一緒に共通の課題に対応する〕ように心がけていた.

3) 社会人としての成長を促す

【社会人としての成長を促す】について,プリセプターは〔新人保健師に職場内のルールやマナーを伝える〕ことや,「休み時間も周りに溶け込んでいないのがわかるんですよね,だから早く職場に馴染んでくれるといいなと思うし(中略)他の保健師ともっと話せるように会話をつないで…」のように〔新人保健師が他の保健師と交流する機会をつくる〕,〔新人保健師に職場環境への適応方法を伝える〕等して,《新人保健師が職場環境に適応できるように導く》ようにしていた.そして「こういう場合は,まずは上に報告しておいたほうがいいよと話して…」等と〔新人保健師に組織における報告や相談の手段・ルートについて伝える〕ことや「まず先に私はこう思うんですけどとか,これはここまではやったことがあるんですがって言ってから,教えてもらうほうがいいよと声をかけて…」等と具体的に〔新人保健師に先輩との接し方や指導の受け方について伝える〕ようにし,「研修会で先生も言われていたんですけど,やはり見られていると思うので,先輩としてふさわしい対応ができるようになろうって思って…(中略)言葉づかいもそうですし,確認や連絡もきちんとして…」等と新人保健師の見本として〔自らが組織の一員としてふさわしい行動をとり,それを見せる〕ように努めていた.そして〔新人保健師に改善が必要な点があれば,その場ではっきりと伝える〕ようにして,早く《新人保健師が組織の一員として行動できるように導く》支援をしていた.

4) 専門職としての成長を促す

【専門職としての成長を促す】について,プリセプターは〔新人保健師の仕事に対する姿勢や努力を認め,それを伝える〕ことや「自信がついたら保健師としてやっていけるというか…前に進めると思うから,大丈夫これでいいよとか,できているところはどんどん伝えます」のように〔新人保健師の仕事内容に対する成果を認め,それを伝える〕ことで,直接的に《新人保健師の仕事内容について肯定的な評価を行う》ようにしていた.また,プリセプターは〔新人保健師に仕事の段取りや優先順位を伝える〕ことや,〔周囲の保健師に新人保健師へのフォローを依頼する〕ようにしていた.さらに〔これまでの経験をもとに質問に対して具体的な返答をする〕こと,そして〔新人保健師とケース対応に関する根拠を確認する〕こと,時には〔新人保健師の発言や行動についての改善点を伝える〕ことで,《新人保健師が効果的に仕事を進めていけるように導く》支援をしていた.それだけでなく,プリセプターは〔新人保健師に想定されるケースとその対応について伝える〕ことや〔新人保健師にケースに対するアセスメントの視点を伝える〕ようにし,「最初は1から10まで伝えたり,同じことを何度も繰りかえし伝えたりということも多かったけれど,少しずつ自分で考えて自分なりのやり方でやってみたりできるように…」のように,〔新人保健師への手取り足取りの指導方法を減らしていく〕等,状況に応じて指導方法を変えていた.そして,「なるべくいろいろなことを,早いうちに少しだけでも経験させてあげてたら,また次に自分が何か行事をしたりするときに役に立てるかなと思って…」や「まず最初は簡単な作業から,これお願いしたいんやけどみたいな感じで…」等,〔新人保健師の為にケース対応の機会を多くつくる〕ようにしていた.加えて「初めて入る行事とかがあったときには,なるべく丁寧に説明を,デモンストレーションとかもした」や「実際の場面で困らないように,自分がいろんな役になって何回も練習とかして…」のように,〔新人保健師がケースに対応できるようトレーニングをする〕等して,《新人保健師が自立してケースに対応ができるように導く》働きかけをしていた.さらに,プリセプターは「私はこう思うってのをいっぱい言わないほうが,今はいいのかなあと思って…」等と〔新人保健師が自分の力でアセスメントできるように支持する〕ことや「訪問した時のことを再現して,お母さんがどんなだったかとか,なんであんなふうな声をかけたかとかを振り返るんです」のように〔新人保健師がケース対応を振り返る機会をつくる〕ことで,《新人保健師の視野を拡大させる》ようにもしていた.

5) 新人保健師教育体制を整える

【新人保健師教育体制を整える】について,プリセプターは〔新人保健師の仕事内容及び業務量を確認する〕とともに〔新人保健師の健康状態を把握する〕,〔新人保健師に無理をしないように伝える〕ことを心がけていた.「指導してくださった先輩が厳しめというか,それがすごく私には苦痛だったから,そんな経験はなるべくさせたくない」等と〔自分が新人保健師の時に辛かった経験はさせないようにする〕ことや「他の保健師がどんなことを指導しているかも聞いてみたりして,バランスを考えている」のように〔周囲の保健師からの新人保健師に対する指導状況を把握する〕,状況に応じて自らが〔新人保健師の仕事をサポートする〕ようにもしていた.またプリセプターは,「何となくだんだん言われているのは私のせいのような気分にもなるので精神的には結構しんどいけど…フィルターの役割もしないといけない」等とストレスを抱えながらも〔新人保健師と周囲の保健師との関係において緩衝役となる〕こともしていた.以上のように,プリセプターは様々な方法を用いて《新人保健師に過剰な負担がかからないように調整する》働きかけをしていた.また,〔自分の新人保健師に対する指導内容が適切か評価する〕こと,〔自分の新人保健師に対する指導方法が適切か評価する〕こと,そして「研修会の時にプリセプター同士で話すんですけど,今新人さんにどんなふうにしている?とか聞いて,私もそうしようかなとか,参考にしてます」のように,〔同僚や上司の新人保健師に対する指導方法を参考にする〕あるいは〔新人保健師への適切な指導方法について同僚や上司に助言を求める〕ことで,《自分の新人保健師に対する指導能力を評価し,向上させる》ようにしていた.さらに,プリセプターは〔周囲の保健師が新人保健師と交流する機会をつくる〕ことや,「周りにここまで彼女は出来てて,こういうところを気にしてて,ここまでは自分が指導していると伝える」等,〔新人保健師に対する指導状況について説明する〕ことで,《周囲の保健師が新人保健師を指導しやすい環境をつくる》ようにもしていた.

IV. 考察

村松ら(2008)は,新人保健師が先輩に自分の内実を語ることは,自己を客観視し,さらには様々な自分の変化を見出すことを可能にすると述べ,新人保健師とプリセプターとの対話リフレクションの有効性を示し,これらを新人保健師の成長への足がかりと位置づけている.本研究においても,新人保健師を組織に迎え入れるにあたり,プリセプターはまずは新人保健師を受容し,自らも新人保健師に受容されるように双方向かつ対等な関係性の構築を図り,信頼関係に基づいた対話を通して,新人保健師の社会人かつ専門職としての成長を促していることが示唆された.ここでは,プリセプターによる支援内容の特徴,新人保健師の育成に向けたプリセプター制に関する展望について述べていく.

1. プリセプターによる支援内容の特徴

近年,企業や行政において【社会人としての成長を促す】支援の一環として,新人職員に対する接遇研修が徹底して行われるようになっている.本研究では,プリセプターがこれらの研修と並行して,日常業務の中でも保健師として必要とされるマナーやルールを伝授し,ケース対応については,新人保健師が個人の裁量で判断して動くことのないよう組織における報告や相談の手段・相談ルートについても丁寧に指導をしていることが明らかになった.これは,対人関係が業務の大半を占め,健康相談や家庭訪問等,対象者と密に時間をかけて接する保健師だからこそ必要不可欠なサポートといえる.プリセプターが早期に【社会人としての成長を促す】ことで,新人保健師は社会人としての対応スキルを身につけ,これらを軸として専門職としての支援の質もさらに向上することが期待できる.

今日の新人保健師には,保健師としての専門知識や能力に加えて,行政能力も含めた幅広い能力を身につけることが求められている.しかしながら現状として,新人保健師の自己の能力に対する評価は低く,経験の乏しさによる不安や自信のなさ(塩見ら,2012)を抱えていることが報告されている.このような背景には,基礎教育修了時点の自身の能力と現場で即戦力として求められる能力との間のギャップ(池西ら,2004塩見ら,2012)が関与していると考えられる.本研究では,プリセプターが新人保健師に対して,仕事の手順及び効率性を高めるような方法のみを指導するのではなく,まずは【信頼しあえる関係性を築く】こと,そして【仕事に対して安心感を与える】等,精神的なサポーター役(永井,2012)を担っていることも明らかになった.このように新人保健師の内面を支えつつ,メンターとしても機能(村松ら,2008)しながら上記課題を解決していくことは,プリセプターによる支援内容の特徴でもある.そして,これらは新人保健師が仕事を継続していくうえで重要な役割を果たしている.先行研究においては,新人保健師は自信のなさの反面,その多くが対人支援の仕事に面白さを感じているとの報告(玉井ら,2010)がみられる.プリセプターは,新人保健師の興味や関心事を把握し,対人支援の経験を通して新人保健師が自己効力感を高められるように支援していくことが求められる.また,プリセプターと新人保健師とが“すぐ隣で,ちょっとした時間で”(山田,2011),活動を共にする場や時間を確保することも重要である.そうすることによって,プリセプターは新人保健師の不安な様子を間近で捉え,些細な悩みであっても察知し対応することができ,メンターとしての機能がより発揮されていくと思われる.現在,保健師の分散配置が進められているが,プリセプターと新人保健師との配属先を一緒にする等,今後は現任教育を踏まえて環境面においても改善が図られていくことが望ましいと考える.

本研究では,【専門職としての成長を促す】うえで,プリセプターが,新人保健師の状況に応じて,段階的に様々な教育方法を試行して対応していることが明らかになった.これらもプリセプターによる支援内容の特徴のひとつである.新人保健師に応じた段階的な教育方法の試行は,住民の行動変容を促す保健師ならではの業務経験,いわば専門職としてのキャリアも関与していると思われる.また,プリセプターは【専門職としての成長を促す】ことがよりスムーズにできるよう,新人保健師への個人的な支援のみならず,同僚や上司の力を借りて【新人保健師教育体制を整える】ようにしていることも明らかになった.

さらに,プリセプターは【新人保健師教育体制を整える】ために,新人保健師に過剰な負担がかからないように〔新人保健師の仕事をサポートする〕等し,周囲の保健師との関係性においても自らが緩衝役となっていた.このような対応は,プリセプターの心身の負担にも何らかの影響があると推察できる.先行研究において,プリセプターとの関係性の悪化は新人保健師にとって強いストレスとなり,勤務継続意欲を左右する(関井,2010)要因となることが示されているが,これらはプリセプターにも当てはまるものと考えられる.保健師採用においては,新卒ではなく嘱託職員等の実務経験者が選抜される場合も少なくない.プリセプターの中には,新人保健師と年齢や実務経験がそれほど変わらず,保健師活動に対する自己評価が低くかつ新人保健師との関係をうまく築けない人がいる可能性(矢島,2009)もある.このような場合は,プリセプターが課題をひとりで抱え込まないように(矢野ら,2001)バックアップする体制を整え,職場全体で新人保健師を育てるという職場風土を形成していくことが重要となる.その為にも組織として,新人保健師育成に向けた管理ビジョン(永井,2012)を示し,プリセプターの役割や活動の範疇を明確化していくことが必要になると考える.

2. 新人保健師育成に向けたプリセプター制の展望

看護界におけるプリセプター制の導入は,米国の病院における医学教育手法に端を発している.本来は新卒新人看護師の実務訓練の手法として取り入れられるようになったプリセプター制を新人保健師育成にどのようにアレンジしていくかが課題になると思われる.保健師の支援技術とは可視化しにくいコミュニケーション能力を主としている.保健師の対象者への支援としては,長期経過をたどる場合が多く,直にプリセプターの活動実践を新人保健師に見せたとしてもそれは一場面に過ぎず,そこから全過程とそこでの実践技術を学びとることは困難といえる.したがって,プリセプターは〔新人保健師がケース対応を振り返る機会をつくり〕,共に実践した活動場面を互いの視点で熟考する,いわばリフレクションを通して,新人保健師あるいは自身の活動実践の根拠を確認し,意味づけをしていたと考えられる.先行研究においては,自らの体験を想起するだけでなく,先駆的な活動展開を経験した保健師による語り(田中ら,2005),すなわち経験の可聴化(奥野,2010)が新人教育において有効であることが示されている.矢野(2014)は理想の先輩が所属組織に存在することが個人の態度形成を促す一要因になることを述べている.新人保健師にとっての最も身近な先輩はプリセプターとなる.しかしながら先述のとおり,プリセプターのみで新人保健師を育成していくには限界がある.嶋津ら(2014)は,保健師がプリセプターの役割を担うことにより,新人を指導しやすい体制に整えていく必要性や新人保健師の相談相手を所属外にも広げる必要性に気づいてくことを明らかにしている.本研究においてもプリセプターは,新人保健師の一指導方法としてリフレクションを試み,実際にプリセプターとしての役割を担う中で,豊富な保健師経験を可聴化する必要性を認識し,〔周囲の保健師が新人保健師と交流する機会をつくる〕ように仕掛けを行っていたと考えられる.今後は,プリセプターが,新人保健師を育成する為に,組織内外での熟練保健師をロールモデルとして有効に活用できるようなシステムを構築していくことも必要になると考える.

本研究において,プリセプターは常に新人保健師の将来を考慮し,《新人保健師が自立してケースに対応ができるように導く》働きかけをしていた.そして〔新人保健師に改善が必要な点があればその場ではっきりと伝える〕等,プリセプターとして毅然とした態度で指導をしていることも把握できた.その一方で,人員不足等の職場環境も関与してか,新人保健師の離職を回避する為に〔新人保健師を傷つけない言葉を選択する〕等,指導方法に戸惑いやジレンマを抱くプリセプターもいたと考えられる.永井(2012)は,プリセプターが新人看護職を育成するにあたっては,指導能力を一定水準以上に高めておく必要性を述べている.本研究では,プリセプターが,参加した研修会での内容や他のプリセプターからの情報を参考に新人保健師を支援していることが明らかになった.組織的な現任教育の取り組みはプリセプターの動機を高め,指導方法にも影響を与えるものである.今後はプリセプターを対象に,人材育成方法に関する研修会を企画する,あるいはそのような研修会を探し,それらへの参加を勧奨していくことが望ましいと思われる.同時に,プリセプターも自己の成長を実感し,役割に誇りを持つことができるように,新人保健師に対する日頃の指導内容や指導方法の工夫を評価していく機会も必要になると考える.さらには,プリセプター自身が,プリセプターの経験を有するアソシエイト(永井,2012)等と積極的に交流し,その教育方法を学び,指導者としての力量を自ら向上させていくことも求められてくると考える.

本研究においてプリセプターは,〔自分から積極的に新人保健師に話しかけ〕,〔新人保健師の仕事をサポートする〕ようにし,〔周囲の保健師に新人保健師へのフォローを依頼する〕等していた.プリセプター制による新人保健師への対応が手厚くなる一方で,新人保健師がプリセプターからの指示や助言待ちになり,受身的な態度を示すことも懸念される.塩見ら(2012)は,新人保健師の中には,日常業務において課題を抱えながらも場を与えられないと自ら相談することができず,それらを解決できないままやり過ごしている人がいることを報告している.社会人としての成長という観点からは,新人保健師から積極的に先輩保健師との関係性を構築し,プリセプターからの指導や助言に頼るだけでなく,新人保健師が自己の学習到達目標を意識(井上ら,2009)して,その目標達成に向けた研修を選定し参加する等,自らの力で行動を起こしていくことが望ましい.今後はプリセプター制の推進や充実と並行して,新人保健師が専門性を主体的に高めていく現任教育プログラムを検討していくことが課題となる.その為にも新人保健師が日々の活動実践を自己評価し,モチベーションを向上させるような学習支援ツール等の開発が必要と考える.

3. 研究の限界と今後の課題

本研究における新人保健師育成に向けたプリセプターの支援内容は,プリセプターによる語りから抽出されたものであり,プリセプターによる意識的な行動が多くを占めている.今後は,これらの支援内容の背景にあるプリセプターの役割意識やさらにその役割意識に影響を与える個人的要因や環境要因にも着目した研究を進めていく必要がある.現任教育プログラムを検討するにあたっては,プリセプターの支援への新人保健師の反応も評価していくことが課題となる.

V. 結語

本研究において,新人保健師育成に向けたプリセプターの支援は,【信頼しあえる関係性を築く】【仕事に対して安心感を与える】【社会人としての成長を促す】【専門職としての成長を促す】【新人保健師教育体制を整える】の5カテゴリーに分類することができた.プリセプターは信頼関係に基づいた対話を通して,新人保健師の社会人かつ専門職としての成長を促していることが示唆された.今後は,プリセプター制の推進や充実と並行し,新人保健師が専門性を主体的に高めていく現任教育プログラムの検討が必要と考える.

謝辞

本研究にご協力いただいたA市のプリセプター及び人材育成担当保健師の皆様に心よりお礼申し上げます.本研究は,文部科学省科学研究費若手研究B(課題番号:24792608)の助成を受け行った.

文献
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  •  山田 美恵子(2011):保健師アイデンティティ確立に影響した体験とサポート要因 体験を経験化するプロセスの意義,神奈川県立保健福祉大学実践教育センター看護教育研究集録,36,261–268.
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