日本公衆衛生看護学会誌
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研究
産後児童虐待の可能性の高いと保健師が判断した特定妊婦の特徴とその関連要因の解明
吉岡 京子笠 真由美神保 宏子鎌倉 由起齋藤 夕子大熊 陽子大屋 成子平林 義弘黒田 眞理子
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2016 年 5 巻 1 号 p. 66-74

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Abstract

目的:産後に児童虐待の可能性が高いと保健師が判断した特定妊婦の特徴とその関連要因を明らかにする.

方法:2013年度にA自治体で特定妊婦に登録された49人について,保健師が産後に児童を虐待する可能性が高いもしくは低いと判断した群別の属性,家族要因,妊娠出産に向けた準備,保健師が予測した問題と必要な支援について,t検定,χ2検定とFisherの直接確率検定により2群比較した.

結果:産後の児童虐待低リスク群は27人(55.1%),児童虐待高リスク群は22人(44.9%)であった.二群比較の結果,児童虐待高リスク群の方が児童虐待低リスク群に比して妊婦健診が未受診・不定期の者,妊娠出産に関する知識が不足している者,入院先の確保がない者,慢性疾患の悪化の可能性がある者,医療機関への受診支援が必要な者の割合が有意に高かった.

結論:保健師は産後に児童虐待の可能性が高い特定妊婦に対し,妊婦健診の受診状況や心身状態の変化を定期的に見守る必要性があることが示唆された.

I. 緒言

日本では2009年に改正された児童福祉法により,特定妊婦が初めて定義され,妊娠期から虐待予防を目的として妊婦を支援する必要性が明示された(厚生労働省,2009).地方自治体では,地域の特性に合った支援体制が構築されつつあり(今村,2005佐藤,2010),9割を超える市町村で妊娠届出時や母子健康手帳交付時にアンケートを用いて妊婦の心身の状況を把握している(益邑ら,2013).

先行研究では児童虐待のハイリスク群として,妊婦健診未受診の妊婦が注目されている(小野ら,2012原田ら,2013井上ら,2013).このうち約4割に経済的困難があり,2割以上が出産直後から乳児院に児をあずける選択をしていた(石原ら,2014).また7割以上の者が飛び込み出産をしており,妊娠期からの切れ目のない支援の必要性が指摘されている(髙梨ら,2013).しかし,産後に児童虐待のおそれがある妊婦に関する報告は病院を中心に行われており,地域における特定妊婦に関する報告は極めて乏しい(星野ら,2013永野ら,2010).このため,どのような特徴を持つ特定妊婦が産後に児童虐待の可能性が高いのかについては,十分には解明されていない(三上ら,2013).また,厚生労働省が示す児童虐待のリスクアセスメント指標(厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課,2013)は,子どもの一時保護や家庭復帰の可否の判断を目的としたもので,特定妊婦の基準は示されているが,特定妊婦と児童虐待の関連についての記載はない.保健師は地域で児童虐待の可能性の有無を見極め,親子を支援してきた豊富な経験がある(有本,2007).このため産後に児童虐待の可能性が高いと保健師が判断した特定妊婦の特徴が具体的に解明されれば,地域で児童虐待の予防的支援を妊娠期から担う保健師の実践能力の向上に貢献できる可能性がある.

本研究では,産後に児童虐待の可能性が高いと保健師が判断した特定妊婦の特徴とその関連要因を明らかにし,妊娠期から児童虐待の予防的支援を行うためのエビデンスを得ることを目指した.

II. 研究方法

1. 研究対象

本研究は,A自治体と研究者の所属大学との間で共同研究協定を締結し,保健所保健サービス課と保健福祉部子育て支援課および大学の共同研究として2014年9月から開始した.A自治体では特定妊婦を「身体医学的リスクと社会心理的・精神医学的リスクの両面から支援が必要と判断した妊婦」と定義し,全妊婦のうち表1に示す8つの判定基準のいずれかに合致する者を地区担当保健師が判断し,保健指導担当係長および課長から成る検討会での合議に基づき,特定妊婦として判断している.この検討会は産後に児を虐待する可能性が高い妊婦であるという地区担当保健師の経験に基づく判断を経験豊富な管理職と共に検討し,判断の質を担保することに寄与している.本研究では2013年度に新規登録された特定妊婦55人を対象とした.なお,A自治体の人口は約54万人で,年間出生数は約4,100人である.

表1  A自治体における特定妊婦の判断基準
1 若年妊婦
2 予期しない妊娠(望まない妊娠)
3 精神疾患を合併している妊婦
4 アルコール・薬物等の依存症を合併または既往がある妊婦
5 知的障害等の障害を合併している妊婦
6 妊娠届の提出遅延,母子健康手帳の未交付,初回の妊婦健診が妊娠中期以降等の妊婦
7 その他の養育環境の問題
8 医療機関からの情報提供・支援要請

2. データ収集,調査項目および分析方法

1) データ収集

特定妊婦評価検討チーム(保健師5人,医師1人)と研究者が,先行研究(有本,2007;井上ら,2013石原ら,2014蔭山ら,2013永野ら,2010中板ら,2012小野ら,2012)と日頃の実践活動を参考に以下に示す調査項目を設定した.対象となる特定妊婦と児の2013年4月から2014年9月までの記録票の確認と地区担当保健師への聞き取りにより2014年9月に特定妊婦評価検討チームの保健師がデータ収集をした.

2) 調査項目

(1) 属性

特定妊婦の属性として,年齢,妊娠経過,把握経路,妊娠届出時の妊娠週数,母子手帳取得の有無,妊婦健診受診状況,過去の妊娠・出産歴,就業の有無,生活保護受給の有無,近隣の相談相手の有無,外国籍か否か,慢性身体疾患の有無,知的障害および発達障害(疑い例を含む)の有無,精神疾患の有無,精神科通院状況を把握した.

(2) 家族要因

家族要因として,特定妊婦の実親との同居の有無,実親からの被虐待歴の有無,実親の介護の必要性の有無,家族からの育児支援の有無,家族内の相談相手の有無,実親との関係性,パートナーの年齢,婚姻関係,パートナーからの暴力および妊娠出産への協力の有無,パートナーの健康問題の有無,児の兄姉(以下,兄姉とする)への虐待の有無と施設入所の有無,兄姉の病気・障害の有無,育てにくさや支援歴の有無について把握した.

(3) 妊娠・出産に向けた準備

地区担当保健師が把握した妊娠期間中の特定妊婦の妊娠・出産に向けた準備として,出産育児物品の用意の有無,妊娠・出産に関する知識の過不足,出産前後の兄姉の世話の確保の有無,出産費用の工面の有無,衛生的な環境の有無,入院先の確保の有無,母親学級の受講の有無,飲酒や喫煙の有無,不規則な生活リズムの有無,偏った食生活の有無,金銭管理/生活設計の可否,保健師との関係性構築が困難か否かについて把握した.

(4) 保健師が予測した問題と産後必要な支援

地区担当保健師が特定妊婦を支援した際に予測した問題として,不慣れ・理解・育児能力低下による養育困難の有無,過重な育児・介護負担の有無,愛着形成不全の有無,支援拒否の有無,慢性疾患(精神疾患含む)の悪化の可能性の有無,出産後,兄姉(きょうだい)を虐待する可能性の有無を把握した.

また地区担当保健師による産後必要な支援として,アウトリーチによる相談,細やかな育児相談,育児技術習得のための援助,日中親子が集える場の確保,家事支援,休養の場の確保,夜間の孤立不安解消,母親の睡眠確保,新生児期からの児の預かり,兄姉を含めた支援,児の見守り・保育支援,医療機関への受診支援が必要な者を把握した.

(5) 特定妊婦の産後の支援状況と経過

産後の保健師の支援や実際に利用されたサービス,産後の状況,産後の支援方針,エジンバラ産後うつ質問票(以下,EPDSとする)得点について把握した.

(6) 産後の児童虐待の可能性について

特定妊婦について産後に児童虐待する可能性に関する2014年9月時点での地区担当保健師の判断を把握した.

3) 分析方法

統計解析には,IBM PASW Statistics 18.0(Windows)を使用し,統計的有意水準は5%未満(両側検定)とした.特定妊婦のうち,産後児を虐待する可能性が低いと2014年9月時点で地区担当保健師が判断した者を「児童虐待低リスク群」,産後児を虐待する可能性が高いと判断した者を「児童虐待高リスク群」として2群に分け,対応のないt検定とχ2検定,Fisherの直接確率検定を実施した.

3. 倫理的配慮

本調査の実施に当たり,共同研究協定に基づき,A自治体から連結不可能匿名化したデータの提供を受けた.また,データなど研究に関する資料は鍵をかけて厳重に保管し,分析はインターネットに接続してない状態のパソコンで行った.本調査は,東京医科大学看護学部に設置されている看護研究倫理審査委員会の承認を得て行った(承認番号26-1,承認日2014年9月19日).

III. 研究結果

特定妊婦55人のうち,欠損値の多かった6人を除く49人を分析対象とした.産後の児童虐待低リスクであると保健師が判断した群は27人(55.1%),児童虐待高リスクであると保健師が判断した群は22人(44.9%)であった.

属性と家族要因について表2に示す.妊婦健診の受診状況が未受診・不定期の者の割合は,児童虐待低リスク群に比して児童虐待高リスク群の方が有意に高かった.家族要因については2群間で有意差は認められなかった.

表2  特定妊婦の属性と家族要因について(n=49)
児童虐待低リスク群
(n=27)
児童虐待高リスク群
(n=22)
p-value
n % n %
属性 年齢 平均(SD) 27.7 (9.3) 29.1 (5.6) 0.52
妊娠経過 妊娠中 0 (0) 3 (13.6) 0.20
妊娠中断(中絶・流産) 0 (0) 1 (4.5)
転出(妊娠中) 5 (18.5) 3 (13.6)
転出(産後) 1 (3.7) 0 (0)
出産 21 (77.8) 15 (68.2)
把握経路 妊娠届出アンケート 13 (48.1) 7 (31.8) 0.68
妊娠届 5 (18.5) 5 (22.7)
本人からの相談 1 (3.7) 2 (9.1)
医療機関からの相談 2 (7.4) 3 (13.6)
子家セからの相談 1 (3.7) 1 (4.5)
福祉事務所からの相談 2 (7.4) 0 (0)
その他 3 (11.1) 4 (18.2)
妊娠届出時の妊娠週数 平均(SD) 15.7 (10.2) 14.1 (9.9) 0.59
母子手帳取得 なし 0 (0) 0 (0)
妊婦健診受診状況 未受診 0 (0) 2 (11.1) 0.003 **
不定期 4 (16.7) 10 (55.6)
定期 20 (83.3) 6 (33.3)
過去の妊娠・出産歴 妊娠回数 平均(SD) 0.6 (1.1) 0.8 (0.7) 0.42
中絶回数 平均(SD) 0.0 (0) 0.1 (0.3) 0.34
出産回数 平均(SD) 0.4 (0.9) 0.6 (0.8) 0.50
流産回数 平均(SD) 0.2 (0.5) 0.1 (0.3) 0.65
飛び込み出産 あり 0 (0) 1 (4.5) 0.45
社会・経済面 就業 あり 9 (34.6) 10 (45.5) 0.56
生活保護受給 あり 2 (7.7) 2 (9.1) 1.00
近隣の相談相手 あり 11 (50.0) 7 (31.8) 0.36
外国籍 はい 1 (3.7) 0 (0) 1.00
疾患・障害 慢性身体疾患 あり 3 (11.5) 3 (13.6) 1.00
知的障害(疑い例を含む) あり 0 (0) 2 (9.5) 0.19
発達障害(疑い例を含む) あり 1 (3.7) 3 (14.3) 0.31
精神疾患 あり 8 (30.8) 12 (57.1) 0.08
内訳) うつ病 3 (37.5) 4 (33.3)
統合失調症 1 (12.5) 0 (0)
双極性障害 0 (0) 1 (8.3)
人格障害 0 (0) 2 (16.7)
摂食障害 0 (0) 1 (8.3)
その他 4 (50.0) 4 (33.3)
精神科通院状況 未治療 12 (63.2) 8 (44.4) 0.52
治療中断 4 (21.1) 6 (33.3)
通院中 3 (15.8) 4 (22.2)
家族要因 特定妊婦の実親との同居 あり 8 (29.6) 5 (22.7) 0.75
特定妊婦の実親からの被虐待歴 あり 3 (18.8) 7 (50.0) 0.12
特定妊婦の実親の介護の必要性 あり 2 (10.0) 1 (5.0) 1.00
家族からの育児支援 あり 19 (76.0) 14 (63.6) 0.52
家族内の相談相手 あり 23 (88.5) 15 (71.4) 0.26
特定妊婦の実親との関係性 問題あり 9 (45.0) 10 (52.6) 0.75
パートナーの年齢 平均(SD) 29.6 (8.4) 34.0 (7.1) 0.07
婚姻関係 未婚 10 (37) 3 (13.6) 0.18
内縁 7 (25.9) 7 (31.8)
既婚 10 (37.0) 12 (54.5)
パートナーからの暴力 あり 2 (7.7) 5 (25.0) 0.21
パートナーの妊娠出産への協力 あり 19 (73.1) 9 (47.4) 0.12
パートナーの健康問題 あり 5 (20.0) 2 (11.1) 0.68
児の兄姉への虐待 あり 1 (14.3) 7 (70.0) 0.05
児の兄姉の施設入所 あり 1 (16.7) 3 (27.3) 1.00
児の兄姉の病気・障害 あり 2 (33.3) 1 (9.1) 0.52
児の兄姉の育てにくさ あり 3 (50.0) 2 (18.2) 0.28
児の兄姉の支援歴 あり 4 (66.7) 8 (72.7) 0.84

註:平均(SD)の比較は対応のないt検定,その他はχ2検定およびFisherの直接確率検定.数字は人数と平均値,( )内は%とSDを示す.

0.01<P<0.05の場合は*,0.001<P<0.01の場合は**,P<0.001の場合は***とした.

各%は欠損値を除く有効%を示す.

なお,家族要因の「児の兄姉」に関する5項目は,兄姉のいる17人(児童虐待低リスク群=6人,児童虐待高リスク群=11人)に対して%を算出した.

妊娠・出産に向けた準備と保健師が予測した問題および産後必要な支援について表3に示す.妊娠出産に向けた準備では,妊娠・出産に関する知識が不足している者と入院先の確保がない者の割合は,児童虐待低リスク群に比して児童虐待高リスク群の方が有意に高かった.

表3  妊娠・出産に向けた準備と保健師が予測した問題および産後必要な支援(n=49)
児童虐待低リスク群
(n=27)
児童虐待高リスク群
(n=22)
p-value
n (%) n (%)
妊娠・出産に向けた準備 出産育児物品の用意 なし 4 (30.8) 5 (33.3) 1.00
妊娠・出産に関する知識 不足 5 (22.7) 13 (65.0) 0.01 **
出産前後の兄姉の世話の確保 なし 13 (76.5) 4 (44.4) 0.19
出産費用の工面 なし 3 (13.0) 5 (25.0) 0.44
衛生的な環境の確保 なし 1 (7.7) 6 (35.3) 0.10
入院先の確保 なし 2 (8.0) 10 (47.6) 0.005 **
母親学級の受講 なし 9 (50.0) 15 (78.9) 0.09
飲酒 あり 1 (4.5) 2 (12.5) 0.56
喫煙 あり 1 (4.5) 0 (0) 0.33
不規則な生活リズム あり 3 (17.6) 4 (25.0) 0.69
偏った食生活 あり 2 (14.3) 7 (41.2) 0.13
金銭管理/生活設計 可能 14 (66.7) 8 (44.4) 0.21
保健師との関係性構築 困難 5 (19.2) 9 (40.9) 0.12
保健師が予測した問題 不慣れ・理解・育児能力低下による養育困難 あり 15 (55.6) 17 (77.3) 0.14
過重な育児・介護負担 あり 10 (37.0) 14 (63.6) 0.08
愛着形成不全 あり 5 (18.5) 12 (57.1) 0.007 **
支援拒否 あり 3 (11.5) 9 (40.9) 0.04 *
慢性疾患(精神疾患含む)の悪化の可能性 あり 7 (29.2) 11 (78.6) 0.006 **
出産後,兄姉を虐待する可能性 あり 3 (50.0) 8 (80.0) 0.30
産後必要な支援 アウトリーチによる相談 必要 25 (92.6) 22 (100) 0.50
細やかな育児相談 必要 22 (81.5) 21 (95.5) 0.20
育児技術習得のための援助 必要 19 (70.4) 19 (86.4) 0.30
日中親子が集える場の確保 必要 20 (74.1) 15 (68.2) 0.76
家事支援 必要 10 (37.0) 16 (72.7) 0.02 *
休養の場の確保 必要 14 (51.9) 21 (95.5) 0.001 **
夜間の孤立不安解消 必要 3 (11.5) 10 (45.5) 0.01 *
母親の睡眠確保 必要 8 (29.6) 19 (86.4) <0.001 ***
新生児期からの児の預かり 必要 1 (3.8) 14 (63.6) <0.001 ***
兄姉を含めた支援 必要 6 (100) 8 (72.7) 0.52
児の見守り・保育支援 必要 12 (44.4) 20 (90.9) 0.001 **
医療機関への受診支援 必要 5 (19.2) 15 (68.2) 0.001 **

註:χ2検定およびFisherの直接確率検定.数字は人数,( )内は%を示す.

0.01<P<0.05の場合は*,0.001<P<0.01の場合は**,P<0.001の場合は***とした.

各%は欠損値を除く有効%を示す.

また,保健師が予測した問題について,愛着形成不全あり,支援拒否あり,慢性疾患(精神疾患を含む)の悪化の可能性がある者の割合は児童虐待低リスク群に比して児童虐待高リスク群の方が有意に高かった.

さらに,産後必要な支援については,家事支援,休養の場の確保,夜間の孤立不安解消,母親の睡眠確保,新生児期からの児の預かり,児の見守り・保育支援,医療機関への受診支援が必要な者の割合は,児童虐待低リスク群に比して児童虐待高リスク群の方が有意に高かった.

特定妊婦の産後の支援状況と経過について表4に示す.産後の支援状況について,児童虐待高リスク群の方が児童虐待低リスク群に比して,育児支援サービス・制度の導入調整をした者の割合が有意に高く,出産について前向きに思える者の割合が有意に低く,産後の支援方針が要保護になった者の割合も有意に高かった.また,要支援となった者は半数以上で,転出した者も2割以上いた.EPDS得点は児童虐待低リスク群では5.6(SD=6.1)点,児童虐待高リスク群では10.5(SD=6.7)と有意に高かった.

表4  特定妊婦の産後の支援状況と経過(n=49)
児童虐待低リスク群
(n=27)
児童虐待高リスク群
(n=22)
p-value
n (%) n (%)
産後の保健師の支援 信頼関係構築への努力 あり 27 (100) 22 (100)
訴えの傾聴 あり 27 (100) 21 (95.5) 0.45
大変さへの共感 あり 26 (96.3) 21 (95.5) 1.00
良いところを支持・認める あり 25 (92.6) 22 (100) 0.50
感情表現ができるよう促す あり 26 (96.3) 21 (95.5) 1.00
妊婦健診の受診結果の確認 あり 21 (80.8) 20 (90.9) 0.43
妊娠週数・児の月齢に合わせた具体的育児知識・技術の提供 あり 24 (88.9) 19 (90.5) 1.00
育児支援サービス・制度の導入調整 あり 6 (22.2) 12 (54.5) 0.04 *
具体的な家事の知識・技術の提供・指導 あり 7 (26.9) 11 (50.0) 0.14
医療機関の検索と紹介 あり 8 (29.6) 11 (50.0) 0.24
医療機関への受診支援 あり 2 (7.4) 4 (18.2) 0.39
治療継続支援 あり 5 (21.7) 9 (47.4) 0.11
乳児健診フォロー あり 11 (61.1) 13 (86.7) 0.13
家族の健康問題への介入・支援 あり 4 (15.4) 5 (22.7) 0.71
家族の経済問題への介入・支援 あり 2 (7.4) 3 (13.6) 0.65
家族関係の調整 あり 3 (11.1) 3 (13.6) 1.00
家族への育児指導 あり 4 (15.4) 3 (13.6) 1.00
家族へ妊婦の健康問題の説明 あり 3 (11.5) 7 (31.8) 0.15
実際に利用されたサービス 生活保護制度 利用あり 2 (7.7) 3 (15.0) 0.64
入院助産制度 利用あり 1 (5.0) 2 (11.1) 0.60
精神保健相談 利用あり 2 (7.4) 1 (4.5) 0.50
産前産後のヘルパー制度 利用あり 1 (4.3) 4 (21.1) 0.16
育児支援のヘルパー制度 利用あり 2 (8.3) 3 (16.7) 0.64
母子生活支援施設入所 利用あり 0 (0) 1 (6.3) 0.44
児のショートステイ 利用あり 2 (8.0) 1 (5.6) 1.00
児の一時保護・施設入所 利用あり 0 (0) 1 (5.3) 0.43
子の兄姉の保育園・幼稚園への入園支援 利用あり 1 (4.2) 0 (0) 1.00
産後の状況 保健師との関係構築ができる はい 17 (73.9) 12 (70.6) 1.00
お産場所が確保できる はい 22 (100) 15 (93.8) 0.42
費用や物品など出産準備ができる はい 22 (100) 15 (93.8) 0.42
出産に向けて前向きに思える はい 22 (100) 10 (76.9) 0.04 *
居住が安定する はい 21 (95.5) 14 (82.4) 0.30
こどもがかわいいと思える はい 21 (100) 12 (85.7) 0.15
適切な育児ができる はい 20 (95.2) 12 (80.0) 0.29
児の発達・発育が順調である はい 20 (95.2) 13 (81.3) 0.30
親になるための自覚が生まれる はい 19 (90.5) 10 (83.3) 0.60
パートナーとの適切な関係形成ができる はい 19 (86.4) 10 (76.9) 0.65
不安が軽減する はい 18 (85.7) 8 (57.1) 0.11
協力が得られ,負担が軽減する はい 18 (81.8) 13 (86.7) 1.00
体調・病状が安定している はい 18 (81.8) 10 (66.7) 0.44
適切なサービスを利用できる はい 16 (76.2) 11 (73.3) 1.00
行政機関にSOSが出せる はい 12 (63.2) 10 (62.5) 1.00
産後の支援方針 要支援 20 (74.1) 11 (50.0) 0.04 *
要保護 0 (0) 4 (18.2)
転出 7 (25.9) 5 (22.7)
エジンバラ産後うつ質問票得点 平均(SD) 5.6 (6.1) 10.5 (6.7) 0.04 *

註:平均(SD)の比較は対応のないt検定,その他はχ2検定およびFisherの直接確率検定.数字は人数と平均値,( )内は%とSDを示す.

0.01<P<0.05の場合は*,0.001<P<0.01の場合は**,P<0.001の場合は***とした.

各%は欠損値を除く有効%を示す.

IV. 考察

1. 先行研究との比較

本結果では,産後の児童虐待高リスクであると保健師が判断した群の方が低リスクであると保健師が判断した群に比して,妊婦健診の受診状況が未受診・不定期の者の割合や,妊娠出産に関する知識不足の者や入院先を確保していない者の割合が有意に高かった.先行研究でも,妊婦健診未受診者は飛び込み出産や虐待のハイリスクグループとされている(井上ら,2013原田ら,2013石原ら,2014).本知見はこれらの先行研究の結果を実証するものである.虐待の可能性が高いと保健師が判断した特定妊婦は,保健師が定期的に妊婦健診の受診状況や結果を確認すると共に,出産準備の進捗状況についてもきめ細かく把握し,助言することが必要と考えられる.

また,保健師が予測した問題では,愛着形成不全や支援拒否がある者の割合が児童虐待高リスク群において有意に高かった.出産について前向きに思える者の割合も,児童虐待高リスク群において有意に低かった.児童虐待予防では,ハイリスク者を把握する眼を持つと共に母子の愛着形成を促進するための支援の重要性が指摘されてきたが(佐藤,2010),本結果はこれを量的研究により実証した点に意義がある.また,胎児への虐待や妊娠・出産を受け入れることが困難な特定妊婦の存在も指摘されている(石川ら,2013).このため,保健師は特定妊婦から支援を拒否される可能性があることを念頭に置きつつ,児への愛着形成や親になることへの受けとめが円滑に進むように,妊娠中から丁寧に支援する必要性があると考えられる.

さらに,本結果では児童虐待高リスク群の方が児童虐待低リスク群よりもEPDSが高得点であり,精神疾患を含む慢性疾患の悪化の可能性がある者や医療機関への受診支援が必要な者の割合が有意に高かった.産科施設でもEPDSの高得点者は児童虐待のハイリスク群であることが実証されており(益田ら,2012),女性は周産期にメンタルヘルスの問題を来しやすいとの指摘もある(上別府ら,2010西園,2010).地域でも,メンタルヘルスに問題のある妊婦の社会的孤立(Howard et al., 2008)や児童虐待の問題が指摘されている(井上ら,2011).このため,保健師は特定妊婦の心身の状態の変化を妊娠中から産後にかけて注意深く見守り,状況に応じて医療機関への受診支援を検討する必要があると考えられる.くわえて,妊娠中から精神科や産科と連携するために,本人の了解を得ながらタイムリーに情報を共有する仕組みが必要と考えられる.

2. 特定妊婦に産後必要な支援

特定妊婦に産後必要な支援として,新生児期からの児の預かりや保育支援のみならず,母親の休養や夜間の睡眠確保,孤立解消が必要な者の割合が児童虐待低リスク群よりも児童虐待高リスク群において有意に高かった.産後のメンタルヘルスの支援に関する重要性は先行研究でも指摘されていた(中板ら,2012益邑ら,2013)が,具体的な支援サービスのメニューを明示したものは乏しかった.児童虐待予防のためには,母親が安心して子育てできる環境の整備が重要と指摘されている(澤田ら,2007).母親になって間もない産婦の休養やケアを集中的に提供する産後ケアセンターの開設は,日本では緒に就いたばかりである(小堀,2010青山ら,2010).近年,晩産化と高齢化の進展により,育児期間中に親の介護が必要となる者の存在も指摘されている(相馬ら,2013).つまり,家族による自助を前提とした育児が困難になってきており,ケアの社会化をより一層推進する必要があると考えられる.このため,特定妊婦に対しては24時間体制で新生児期からの保育や,母親の休養および睡眠を確保するための支援システムの構築が必要と考えられる.

本結果では産後の児童虐待の可能性が高いと保健師が判断した群で,産後の支援方針が要支援となった者が半数以上を占め,特定妊婦は産後にかけても継続的な支援が必要な者であることが実証された.また,転出した者が2割以上いたことから,保健師は定期的に特定妊婦の状況を確認し,転出時には遅滞なく転出先の自治体へ申し送りを行うことが不可欠と考えられる.一方,産後の支援方針が要保護となった者の割合が児童虐待低リスク群よりも児童虐待高リスク群において有意に高かった.この中には妊娠期から支援していたにも関わらず要保護となった者と,妊娠期から支援していたため早期に児の安全を確保できた者に大別されると考えられるが,今後事例を蓄積し検討する必要がある.

3. 限界と課題

本結果の限界は以下の4点である.第一は,本結果は一地域における調査により得られたものであり,他の自治体にそのまま適用することは困難である.第二に,本調査は横断研究のため,特定妊婦による児童虐待の可能性の高低と調査項目との因果関係を特定することは難しい.第三に,本調査は特定妊婦評価検討チームの保健師が行政の記録と記録を参照しながら担当者への聞き取りによりデータ収集を行った.このため想起バイアスの影響や経験年数の多寡による判断の相違が生じていた可能性が否めない.第四に,産後に児童虐待する可能性が高いと地区担当保健師が判断したのは2014年9月時点だったが,本来であれば2013年度の登録時点で判断しておくべき内容であったという限界がある.このような限界はあるものの,本研究はわが国における産後に児童虐待の可能性があると保健師が判断した特定妊婦の特徴を初めて横断調査により明らかにしたという点に意義がある.また,特定妊婦に対する支援や判断は,これまで保健師の経験に依拠していた.本研究により,保健師が児童虐待高リスク群ととらえた特定妊婦は低リスク群と比較して,妊婦健診が未受診・不定期の者,妊娠出産に関する知識が不足している者,入院先の確保がない者,慢性疾患の悪化の可能性がある者,医療機関への受診支援が必要な者の割合が有意に高かったという知見を得た.これらの知見は,経験年数の比較的浅い保健師や異動により母子保健を久しぶりに担う者に具体的なアセスメントの視点を教示するものであり,保健師の実践能力の向上に寄与できる可能性がある.今後は,特定妊婦を長期的にフォローし,妊娠中や産後の支援と虐待予防の有効性について検証することが必要と考えられる.

V. 結語

産後に児童虐待する可能性が高いと保健師が判断した特定妊婦について,その特徴と関連要因を明らかにすることを目的として横断研究を行った.その結果,産後の児童虐待低リスク群は27人(55.1%),児童虐待高リスク群は22人(44.9%)であった.二群比較により,妊婦健診が未受診・不定期の者,妊娠出産に関する知識が不足している者,入院先の確保がない者,慢性疾患の悪化の可能性がある者,医療機関への受診支援が必要な者の割合が児童虐待低リスク群に比して児童虐待高リスク群で有意に高かった.本結果から,保健師は産後児童虐待の可能性が高いと判断した特定妊婦に対し,妊婦健診の受診状況や心身の変化を定期的にモニタリングすると共に,24時間体制で出産直後から育児や体調管理を支援する必要性が示唆された.

謝辞

本研究の実施にあたりご多忙にもかかわらずご協力を賜りましたA自治体の保健師ならびに関係者の皆様に厚く御礼を申し上げます.本研究の一部は,第3回日本公衆衛生看護学会学術集会(2015年1月10–11日,神戸国際会議場)で発表した.

文献
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