目的:保健師の判断と組織的検討により児童虐待の可能性が高いとされた要支援児童とその母親の属性と関連要因を解明する.
方法:分析対象は2015年度にA自治体で登録された要支援児童224人と母親199人である.保健師による児童虐待の可能性の高低により2群に分け,母親や要支援児童の属性を比較し,ロジスティック回帰分析を行った.
結果:児童虐待低リスク群は児童150人(67.0%)でその母親は133人(66.8%),児童虐待高リスク群は児童74人(33.0%)で,その母親は66人(33.2%)だった.ロジスティック回帰分析の結果,パートナーとの関係性に問題がある者,乳児健診時の育児困難があることが児童虐待のリスクが高いことと有意に関連していた.
考察:要支援児童の母親の中には妊娠中順調に経過した者が含まれており,母親とパートナーとの関係性や育児困難感の有無を把握することが保健師による児童虐待予防の支援に役立つ可能性が示唆された.
わが国で「要支援児童」という用語が初めて定義されたのは,2009年に改正された児童福祉法においてである(厚生労働省,2016).要支援児童は児童虐待のハイリスク群であり,子育てに対して強い不安や孤立感等を抱えている親に育てられている児童や,不適切な養育状態の中で生活している児童が含まれていることから,母子の健康や育児をより一層きめ細やかに支援する必要性が指摘されている(厚生労働省,2013).児童福祉法は2016年に再び改正され,要支援児童を把握した医療機関や学校は市町村に情報提供するよう努めることが明記された.要支援児童の特徴が明らかになれば,早期発見や適切な早期介入へとつながる可能性がある.
保護者が児童虐待に至る3大要因には,保護者側の要因,子ども側の要因,養育環境があげられている(厚生労働省,2013).例えば母親の精神疾患,母子家庭,妊婦健診未受診,若年,経済的困窮者(橋本ら,2013;岩清水ら,2013;丸山ら,2015),母子関係の問題(徳弘ら,2015),子どもの発達の遅れや障害(黒崎ら,2013),父親の育児への協力や理解がないこと(秋津ら,2007)などが示されており,これらを網羅したリスクアセスメント指標(厚生労働省,2013)が支援の要否の判断に用いられている.これまで児童虐待のハイリスク児(丸山ら,2015)やグレーゾーンケース(秋津ら,2007)として研究が行われてきたが,要支援児童の定義後にその特徴を解明した研究は乏しく,要支援児童の中にどの程度児童虐待のリスクが高い者が含まれているのかについても十分には検討されていない(小橋ら,2013;白石,2015).
行政に働く保健師は地域における母子保健の中心的な担い手として,児童虐待の予防と親子の支援に注力してきた歴史を持つ(有本ら,2014).要支援児童のうち,保健師が児童虐待の可能性が高いと判断した者とその母親の特徴が明らかになれば,児童虐待予防と保健師の支援技術の向上の双方に貢献できる可能性がある.そこで本研究では保健師の判断と組織的検討により児童虐待の可能性が高いとされた要支援児童とその母親の特徴について検討し,児童虐待の予防的支援に資する示唆を得ることを目的とした.
本研究の要支援児童は,最も多くの割合を占める「健康な子育て層」と最も少数ながら深刻な児童虐待ケースである「要保護児童」との中間に位置するものであり,児童福祉法(厚生労働省,2016)を参考に以下のように操作的に定義する.
要支援児童:現状では児童虐待はないが,保護者の養育上の困難があり,児童虐待に移行するリスクがあるため,関係機関による連携した支援を行う必要がある児童.
2. 研究対象本調査は,A自治体と研究者の所属大学間の共同研究協定に基づき,2015年5月から開始した.A自治体の人口は約55万人で,年間出生数は約4500人である.調査対象は,2015年度に保健センターで新規登録された就学前の要支援児童248人およびその母親221人である.なお,A自治体では保健センターが就学前の要支援児童の支援に関する進行管理機関である.
要支援児童の登録方法は,保健センターの地区担当保健師(以下,保健師とする)が,把握した要支援児童とその家庭について厚生労働省の子ども虐待対応の手引き(厚生労働省,2013)等を参考にリスク要因を検討し,児童虐待の可能性の高低を判断し,個別支援計画を立案する.また地区担当保健師,保健指導担当係長および課長から成る検討会での合議に基づき,要支援児童として登録される.この検討会は,児童虐待の可能性が高い事例との地区担当保健師の判断を,経験豊富な管理職と協議することで判断の質を担保している(吉岡ら,2016).なお特定妊婦や要保護児童からの移行事例は,児童虐待の可能性が高いと判断される.また母の実親やパートナーとの関係性の悪化,何らかの健康問題を有する,身近に育児を支援してくれる人が不在といった主に保護者側の要因が重複している場合には,児童虐待の可能性が高いと判断される.
3. データ収集,調査項目および分析方法 1) 調査項目共同研究者(保健師6人,医師1人,研究者1名)が,先行研究(有本ら,2014;星野ら,2013;蔭山ら,2013;厚生労働省,2013;丸山ら,2015;西園,2010;大友ら,2013;佐藤,2015)と日頃の実践活動に基づき調査を計画した.2015年8月から9月にかけて共同研究者のうち5人が1か所ずつ保健センターを担当し,調査対象の2013年4月から2015年8月までの相談記録票と乳児健診時のアンケート内容からデータ収集した.記載内容について5保健センターに勤務する42人の保健師(調査協力者)に確認する必要が生じた場合のみ,共同研究者が聞き取りを行った.本調査では相談記録票と乳児健診時のアンケートから確実に把握できた項目をデータとした.なお,児を養育していた当時の母親の状況,要支援児童の属性は,児によって状況が異なる可能性があったため,児ごとにデータ収集した.このためこれらの項目の母数は,要支援児童数となっている.
(1) 調査協力者の属性A自治体の5保健センターに勤務する保健師の属性として,性別,年代,保健師経験年数,職位を把握した.
(2) 母親の属性年齢,子どもの人数,生活保護受給の有無,外国籍か否か,ひとり親か否か,精神疾患の有無,慢性身体疾患の有無,母の実親との関係性における問題の有無,被虐待歴の有無を把握した.
(3) 児を養育していた当時の母親の状況産後の健康問題の有無,エジンバラ産後うつ病質問票(以下,EPDSとする)の得点,育児不安の有無,身近に育児を手伝ってくれる人の有無,パートナーとの関係性における問題の有無,乳児健診時のアンケートにおける育児困難の有無,保健師等の支援への拒否,把握経路,調査時点で利用されていた育児支援サービスを把握した.
(4) 要支援児童の属性要支援児童の性別,年齢,健康問題の有無,乳児健診における異常および発達の遅れの有無,調査時点での状況を把握した.
(5) 保健師の判断と組織的検討に基づく児童虐待の可能性の高低保健師の判断と組織的検討に基づく児童虐待の可能性の高低を把握した.
2) 分析方法統計解析には,IBM PASW Statistics 22.0(Windows)を用いた.分析対象者のうち,保健師の判断と組織的検討に基づく児童虐待の可能性が低いとされた者を「児童虐待低リスク群」,児童虐待の可能性が高いとされた者を「児童虐待高リスク群」として2群に分け,対応のないt検定とχ2検定を実施した.統計的有意水準は5%未満(両側検定)とした.有意差の認められた独立変数間の多重共線性はvariance inflation factor(VIF)を用いて検討し,4を超えると問題が生じる可能性があるため除外基準とした(Katz, 2006).母親と要支援児童の年齢を調整変数とし,保健師の判断と組織的検討に基づく児童虐待のリスクの高低を従属変数としたロジスティック回帰分析(変数強制投入法)を行った.
4. 倫理的配慮本研究の遂行は共同研究協定に基づき,個人情報の保護に留意し匿名化したデータをA自治体から提供を受けた.本研究に関するすべての資料は鍵をかけて厳重に保管し,分析はインターネットに接続していない状態のパソコンで行った.本調査は,筆頭著者の所属大学の看護研究倫理審査委員会の承認を得て行った(承認番号26-1,承認日2014年9月19日).
調査協力者の概要を表1に示す.性別は女性が41人(97.6%)と大半を占めていた.年代は40代が最も多く15人(35.7%),次いで30代が12人(28.6%),50代が9人(21.4%)の順であった.保健師経験年数は,新任期(1–5年)が11人(26.2%),前期中堅期(6–10年)が4人(9.5%),後期中堅期(11–20年)が12人(28.6%),管理期(21年以上)が14人(33.3%)であり,管理期が最も多かった.職位は,係長が8人(19.0%),主査が6人(14.3%),主任主事が15人(35.7%),主事が13人(31.0%)であった.
n | % | ||
---|---|---|---|
性別 | 男性 | 1 | 2.4 |
女性 | 41 | 97.6 | |
年代 | 20代 | 6 | 14.3 |
30代 | 12 | 28.6 | |
40代 | 15 | 35.7 | |
50代 | 9 | 21.4 | |
保健師経験年数 | 新任期(1–5年) | 11 | 26.2 |
前期中堅期(6–10年) | 4 | 9.5 | |
後期中堅期(11–20年) | 12 | 28.6 | |
管理期(21年以上) | 14 | 33.3 | |
職位 | 主事(スタッフ) | 13 | 31.0 |
主任主事 | 15 | 35.7 | |
主査 | 6 | 14.3 | |
係長 | 8 | 19.0 |
調査対象である要支援児童248人とその母親221人のうち,児童虐待の可能性について記載のなかった児童24人とその母親22人を除く,要支援児童224人とその母親199人を分析対象とした.「児童虐待低リスク群」の児童は150人(67.0%),その母親は133人(66.8%)で,「児童虐待高リスク群」の児童は74人(33.0%),その母親は66人(33.2%)であった.
1) 母の属性(表2)児童虐待低リスク群 (n=133) |
児童虐待高リスク群 (n=66) |
p-value | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
n | % | n | % | |||||
母の属性(n=199) | 年齢a) | 平均(SD) | 34.1 | (6.8) | 34.6 | (6.2) | 0.616 | |
子どもの人数a) | 平均(SD) | 1.4 | (0.8) | 1.6 | (0.9) | 0.183 | ||
生活保護受給 | 受給あり | 5 | 3.8 | 8 | 12.3 | 0.032 | * | |
受給なし | 128 | 96.2 | 57 | 87.7 | ||||
外国籍 | 該当 | 6 | 4.5 | 1 | 1.5 | 0.429 | ||
非該当 | 127 | 95.5 | 65 | 98.5 | ||||
ひとり親 | 該当 | 17 | 12.8 | 11 | 16.7 | 0.518 | ||
非該当 | 116 | 87.2 | 55 | 83.3 | ||||
精神疾患 | あり | 53 | 39.8 | 33 | 51.6 | 0.128 | ||
なし | 80 | 60.2 | 31 | 48.4 | ||||
慢性身体疾患 | あり | 9 | 6.8 | 6 | 9.7 | 0.565 | ||
なし | 124 | 93.2 | 56 | 90.3 | ||||
母の実親との関係性 | 問題あり | 35 | 27.1 | 26 | 44.1 | 0.029 | * | |
問題なし | 94 | 72.9 | 33 | 55.9 | ||||
被虐待歴 | あり | 17 | 14.4 | 18 | 34.6 | 0.004 | ** | |
なし | 101 | 85.6 | 34 | 65.4 |
註1:a)対応のないt検定その他はすべてχ2検定.数字は人数および%を示す.各%は欠損値を除く有効%を示す.P<0.05:*,P<0.01:**,P<0.001:***とした.
児童虐待高リスク群は児童虐待低リスク群に比して,生活保護を受給している者(p=0.032),母の実親との関係に問題がある者(p=0.029),被虐待歴がある者(p=0.004)の割合が有意に高かった.
2) 児を養育していた当時の母親の状況(表3)児童虐待低リスク群 (n=150) |
児童虐待高リスク群 (n=74) |
p-value | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
n | % | n | % | |||||
児を養育していた当時の母の状況 | 産後の健康問題 | あり | 49 | 34.3 | 21 | 30.9 | 0.643 | |
なし | 94 | 65.7 | 47 | 69.1 | ||||
EPDS得点a) | 平均(SD) | 9.0 | (7.2) | 7.9 | (6.6) | 0.314 | ||
育児不安 | あり | 80 | 57.1 | 42 | 64.6 | 0.360 | ||
なし | 60 | 42.9 | 23 | 35.4 | ||||
身近に育児を手伝ってくれる人 | あり | 93 | 63.3 | 32.0 | 46.4 | 0.026 | * | |
なし | 54 | 36.7 | 37.0 | 53.6 | ||||
パートナーとの関係性 | 問題あり | 37 | 25.5 | 40 | 60.6 | <0.001 | *** | |
問題なし | 108 | 74.5 | 26 | 39.4 | ||||
乳児健診時の育児困難 | あり | 37 | 30.3 | 29 | 47.5 | 0.033 | * | |
なし | 85 | 69.7 | 32 | 52.5 | ||||
保健師等の支援への拒否 | あり | 17 | 11.5 | 21 | 28.4 | 0.002 | ** | |
なし | 131 | 88.5 | 53 | 71.6 | ||||
把握経路 | 特定妊婦 | 32 | 21.3 | 13 | 17.6 | 0.595 | ||
乳児家庭全戸訪問事業b) | 30 | 20.0 | 8 | 10.8 | 0.092 | |||
医療機関からの連絡・相談b) | 30 | 20.0 | 8 | 10.8 | 0.092 | |||
その他の関係機関からの連絡・相談b) | 28 | 18.7 | 21 | 28.4 | 0.122 | |||
母親からの相談b) | 11 | 7.3 | 8 | 10.8 | 0.446 | |||
乳児健診・育相相談事業b) | 7 | 4.7 | 7 | 9.5 | 0.238 | |||
きょうだいの相談b) | 10 | 6.7 | 5 | 6.8 | 1.000 | |||
要保護児童からの移行b) | 2 | 1.3 | 4 | 5.4 | 0.094 | |||
調査時点で利用されていた育児支援サービス | 産前産後支援ヘルパーb) | 15 | 10.1 | 6 | 8.5 | 0.809 | ||
要支援児童の保護者限定の育児ヘルパーb) | 23 | 15.3 | 17 | 23.6 | 0.140 | |||
Mother and Child groupb) | 13 | 8.7 | 9 | 12.3 | 0.473 | |||
保護者のためのこころの相談 | 17 | 11.3 | 24 | 32.9 | <0.001 | *** | ||
子育て相談サロンb) | 7 | 4.7 | 5 | 6.8 | 0.534 | |||
一時保育サービス | 18 | 12.2 | 21 | 29.2 | 0.004 | ** | ||
訪問看護b) | 12 | 8.0 | 4 | 5.5 | 0.590 | |||
宿泊型一時保育b) | 10 | 6.7 | 14 | 19.4 | 0.010 | * | ||
緊急宿泊型一時保育b) | 1 | 0.7 | 3 | 4.2 | 0.103 | |||
要支援児童の属性 | 性別 | 男児 | 76 | 50.7 | 35 | 47.3 | 0.671 | |
女児 | 74 | 49.3 | 39 | 52.7 | ||||
年齢 | 0歳代 | 85 | 64.0 | 24 | 36.5 | <0.001 | *** | |
1歳代b) | 17 | 11.3 | 12 | 16.2 | 0.400 | |||
2歳代b) | 11 | 7.3 | 13 | 17.6 | 0.037 | * | ||
3歳以上 | 26 | 17.4 | 22 | 29.7 | 0.056 | |||
健康問題 | あり | 25 | 16.9 | 8 | 11.3 | 0.318 | ||
なし | 123 | 83.1 | 63 | 88.7 | ||||
乳児健診における異常 | あり | 21 | 16.7 | 6 | 9.8 | 0.270 | ||
なし | 105 | 83.3 | 55 | 90.2 | ||||
乳児健診における発達の遅れ | あり | 9 | 7.1 | 3 | 5.0 | 0.754 | ||
なし | 117 | 92.9 | 57 | 95 | ||||
調査時点での状況 | 支援継続中 | 104 | 70.7 | 49 | 67.1 | 0.645 | ||
転居b) | 16 | 10.9 | 7 | 9.6 | 1.000 | |||
入園b) | 3 | 2.0 | 1 | 1.4 | 1.000 | |||
状況改善b) | 17 | 11.6 | 4 | 5.5 | 0.222 | |||
要保護児童へ移行b) | 6 | 4.1 | 10 | 13.7 | 0.013 | * | ||
その他b) | 1 | 0.7 | 2 | 2.7 | 0.361 |
註1:a)対応のないt検定,b)Fisherの直接確率検定,その他はすべてχ2検定.数字は人数および%を示す.各%は欠損値を除く有効%を示す.P<0.05:*,P<0.01:**,P<0.001:***とした.
註2:児を養育していた当時の母親の状況,要支援児童の属性については児によって育児状況が異なる可能性があったため,各児の相談記録票や乳幼児健診時のアンケート内容に基づきデータ収集した.このためこれらの項目の母数は,要支援児童の数(n=224)となっている.
両群とも産後の健康問題がある者は約3割,育児不安がある者は約6割いたが,有意差は認められなかった.一方,児童虐待高リスク群は児童虐待低リスク群に比して,身近に育児を手伝ってくれる人がいない者(p=0.026),パートナーとの関係性に問題がある者(p<0.001)の割合が有意に高かった.また,乳児健診の時点で「育児困難がある」と回答した者は児童虐待低リスク群では37人(30.3%),児童虐待高リスク群では29人(47.5%)であり,児童虐待高リスク群の方が有意にその割合が高かった(p=0.033).さらに,保健師等の支援への拒否がある者の割合は,児童虐待低リスク群よりも児童虐待高リスク群の方に有意に高かった(p=0.002).
把握経路は2群間で有意差は認められなかったが,両群とも特定妊婦は約2割に留まる一方,新生児全戸訪問事業や医療機関およびその他の関係機関からの連絡のように,出産後に把握した者が1割~約3割を占めていた.
調査時点で利用されていた育児支援サービスでは,児童虐待低リスク群よりも児童虐待高リスク群の方が,保護者のためのこころの相談(p<0.001),一時保育サービス(p=0.004),宿泊型一時保育(p=0.010)を有意に多く利用していた.
3) 要支援児童の属性(表3)要支援児童の年齢は,両群において0歳代の割合が最も多くなっていた.一方,児童虐待高リスク群は児童虐待低リスク群に比して,0歳代の割合が有意に低く(p<0.001),2歳代の者が有意に高かった(p=0.037).健康問題の有無や乳児健診における異常や発達の遅れに関して2群間に有意差は認められなかった.また調査時点での状況についても2群間に有意差は認められなかったが,転居した者が約1割いた.要保護児童へ移行した者は,児童虐待低リスク群では6人(4.1%),児童虐待高リスク群では10人(13.7%)となっており,児童虐待高リスク群の方が有意に多かった(p=0.013).
4) 保健師の判断と組織的検討に基づく児童虐待の可能性の高低に関するロジスティック回帰分析による検討(表4)調整済みオッズ比 | 95%信頼区間 | p-value | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
母の属性 | 生活保護受給 | なし | 1.00 | (0.05–1.90) | 0.208 | |
あり | 0.32 | |||||
母の実親との関係 | 問題なし | 1.00 | (0.37–4.79) | 0.671 | ||
問題あり | 1.32 | |||||
被虐待歴 | なし | 1.00 | (0.12–2.24) | 0.382 | ||
あり | 0.52 | |||||
児を養育していた当時の母の状況 | パートナーとの関係性 | 問題なし | 1.00 | (0.07–0.48) | <0.001 | *** |
問題あり | 0.18 | |||||
身近に育児を手伝ってくれる人 | あり | 1.00 | (0.79–4.96) | 0.147 | ||
なし | 1.98 | |||||
乳児健診時の育児困難 | なし | 1.00 | (0.08–0.65) | 0.006 | ** | |
あり | 0.23 | |||||
保健師等の支援の拒否 | なし | 1.00 | (0.11–1.52) | 0.185 | ||
あり | 0.41 |
註1:母親の年齢と児の年齢を共変量としたロジスティック回帰分析.P<0.05:*,P<0.01:**,P<0.001:***とした.
単変量解析において有意差の認められた13個の独立変数のうち,調査時点で判明した母子の状況に関する4個(要保護児童への移行の有無と利用されていた育児支援サービスに関する3個)を除外した.母親と要支援児童の年齢を調整変数とし,属性に関する7個の独立変数について保健師の判断と組織的検討による児童虐待のリスクの高低を従属変数としたロジスティック回帰分析を行った.多重共線性の確認のため独立変数間でVIFを算出し,すべて4.0未満だったため一括投入した(Katz, 2006).
その結果,パートナーとの関係性に問題がある者(調整済みオッズ比=0.18,95%信頼区間=0.07–0.48),乳児健診時の育児困難があること(調整済みオッズ比=0.23,95%信頼区間=0.08–0.65)が児童虐待のリスクが高いことの判断と有意に関連していた(表4).
本調査では育児不安がある者は両群とも約6割を占め,乳児健診の時点で「育児困難がある」と回答した母親は児童虐待低リスク群では約3割,児童虐待高リスク群では5割弱に上っていた.産後から乳児健診までの期間は,母親にとっておむつ交換や授乳といった育児手技だけでなく母親役割の獲得など,不慣れな育児の中で日々新たな課題に直面する時期である(小堀,2010).保護者が乳児健診のアンケートに「育児困難がある」と回答していることは,SOSサインと考えられる.保健師はこのサインを逃さず把握し,早期に要支援児童の保護者が育児困難を有する理由を明確化するとともに,育児困難が改善するように個々の生活状況に合わせた支援を行う必要があると考えられる.
また,本結果では特定妊婦として妊娠期から継続的に支援していた者は2割前後に留まり,他は産後に把握した者であることが明らかになった.本結果は一地域における実態調査という限界はあるが,妊娠中には目立った問題がなく順調に経過している者でも,実際に育児する段階になって児童虐待のハイリスク者が一定程度の割合で見つかることを示す知見と考えられる.先行研究でも医療機関や関係機関との情報共有の重要性や(星野ら,2013;大友ら,2013;佐藤,2015;澤田ら,2007),妊娠初期から特定妊婦として継続的に支援する重要性が指摘されてきた(益田ら,2012;益邑ら,2012).今後は保健師のみならず医療機関や行政内外の関係者も,妊娠中順調に経過した者の中から産後新たに児童虐待のリスクの高い者が発生することを念頭に置くことが重要と考えられる.
一方,児童虐待高リスク群では児童虐待低リスク群よりも0歳代の者が有意に少なく,2歳代の占める割合が有意に高かった.これまで妊娠期から早期に要支援児童を把握し児童虐待を予防する支援事業を充実してきた経緯がある(厚生労働省,2013)が,本知見は2歳代の要支援児童とその保護者に対する支援強化の必要性を示唆するものと考えられる.また自我の発達により自己主張が強くなる2歳前後の児とその親を対象としたペアレントトレーニングや育児支援事業の整備は,現状では十分とは言い難い.さらに2歳代は,1歳6か月児健診と3歳児健診の狭間に位置している.このため,保健師は2歳代の要支援児童とその保護者に対して注意深くモニタリングや支援を行いながら,地域に不足している社会資源の充実を図る必要があると考えられる.
また本結果では児童虐待高リスク群で転居者と要保護児童へ移行した者が約1割いた.転居による支援の中断は,要支援児童とその保護者にとって不利益となる可能性が高いため,保健師は定期的に状況確認をし,転出を把握した段階で遅滞なく転居先の担当者へ申し送ることが重要と考えられる.また支援を継続する中で児童虐待が深刻化した場合,保健師は関係機関と協力の上,迅速に要保護児童へ切り替え,児の安全を確保することが必要と考えられる.
2. 保健師の判断と組織的検討に基づく児童虐待のリスクの高低とその関連要因についてロジスティック回帰分析の結果,パートナーとの関係性に問題があることが児童虐待のリスクが高いという判断と有意な関連を示していた.先行研究ではパートナーからのサポートの高低が児童虐待と関連を示していたが,パートナーとの関係性に問題があることについては十分に検討されていなかった(久保田,2010).パートナーとの関係性に問題があるということは,不和や暴力の存在が懸念される不安定な家族である可能性が高く,保護者側や養育環境にリスクがあると考えられる.このため保健師はパートナーとの関係性について積極的に情報収集し,アセスメントに活かすことが重要と考えられる.
また本結果では乳児健診時の育児困難があることが,児童虐待のリスクが高いという判断と有意な関連を示していた.母親の育児困難が解消しなかった場合,虐待や不適切な養育をきたし,子どもの成長に深刻な影響が生じるとの知見がある(鈴木,2014).先行研究では様々な月齢の児を持つ母親の育児困難について検討されており,妊娠中の異常(山口ら,2007),経済的困難の有無,育児について気軽に相談できる人の不在(申ら,2015),「夫の育児参加」への満足度(藤岡ら,2013),育てにくい子(神崎,2014)といった関連要因が解明されているが,いずれも一定期間に出産した母親を対象としたものであり,育児支援が特に必要な要支援児童の母親に特化したものではなかった.育児困難は母親であれば誰もが経験する可能性があるが,特に要支援児童の母親を支援する際には児童虐待の予防に資する重要な情報と考えられる.
一方,本結果では生活保護の受給の有無,母の実親との関係性の問題の有無,被虐待歴,身近に育児を手伝ってくれる人の有無,保健師等の支援の拒否,児の年齢との関連は認められなかった.これらはいずれも児童虐待の関連要因である(厚生労働省,2013;黒崎ら,2013;西園,2010;佐藤,2015).しかし要支援児童とその母親は児童虐待のハイリスク群ではあるものの,児童虐待が深刻化している者とは状況が異なっていた可能性が考えられる.このため,先行研究で指摘されていた要因との直接的な関連が認められず,間接的な関連を示すにとどまっていた可能性が考えられる.
3. 限界と課題本結果の限界は3点ある.第一は,本結果は一地域における調査のものであり,他の自治体にそのまま適用することは難しい.第二に,相談記録票と乳児健診時のアンケート内容の転記を中心としたデータ収集のため,記載が十分でなかった就労状況等を含めた家族の状況や,具体的な育児困難の内容等を十分に網羅できなかった.今後は要支援児童の母親がどのような育児困難を体験しているのかについて質的研究により解明を進めるとともに,将来的にはコホート研究により児童虐待予防支援の有効性について検証する必要がある.第三に,児童虐待の可能性の高低は,地区担当保健師の判断と組織的検討に基づき判断されており,地区担当保健師個人の判断ではないという理由から今回はその属性を独立変数に含めなかった.A自治体では各年代の保健師がバランス良く勤務しており,互いに助け合って活動している.しかし,経験年数の多寡が交絡因子となる可能性があるため,今後は地区担当保健師の属性も含めた検討が必要である.
このような限界はあるものの,本研究は要支援児童とその母親の実態を明示した点に意義がある.本研究の知見は,児童虐待予防支援の経験が少ない者が実践で活用可能なものであり,その実践能力の向上に寄与できる可能性がある.
保健師の判断と組織的検討に基づく児童虐待の可能性の高低群別の要支援児童とその母親の特徴を明らかにすることを目的として横断研究を行った.要支援児童224人と母親199人のうち,児童虐待低リスク群の児童は150人(67.0%),母親は133人(66.8%)で,児童虐待高リスク群の児童は74人(33.0%),母親は66人(33.2%)であった.両群とも特定妊婦として妊娠期から支援していた者は約2割であった.保健師の判断による児童虐待の可能性の高低に関する要因についてロジスティック回帰分析を行った結果,パートナーとの関係性に問題があることと,乳児健診時の育児困難があることが児童虐待のリスクが高いという保健師の判断と有意に関連していた.本結果から,妊娠中順調に経過した者の中から産後新たに児童虐待のリスクの高い者が浮上してくることを念頭に置いて支援することと,母親とパートナーとの関係性や育児困難感の有無を把握することが児童虐待の予防的支援に役立つ可能性が示唆された.
本研究の実施にあたりご多忙にもかかわらず多大なるご協力を賜りましたA自治体の保健師ならびに関係者の皆様に厚く御礼を申し上げます.本研究の一部は,第4回日本公衆衛生看護学会学術集会(2016年1月23–24日,一橋講堂,東京)で発表した.本研究に関する利益相反はない.